エピローグ
「やっぱりあたしは二人がくっつくと思ってたんだよ。何だかんだでお似合いだもん。いやー、ホントによかったよかった」
まるで自分の手柄であるかのように、うんうんとうなずく友羽。あとから言われてもまったく説得力がないし、そもそも友羽のせいでこじれたはずなのだけれど。
でも、思い返せば友羽が墓穴を掘らなければ、あいつとはただの同級生だったのかもしれないから、その点では確かに友羽の手柄なのかもしれない。
「――で、何やってんの、あんたたち」
先ほどまでの満足げな笑みから打って変わって、ジトリとした不審の目が向けられる。その先には、先日晴れて正式に恋人になったわたしと高梨がいた、――のだが。
「だってこいつが前にわたしの手料理を食べたいって言ってたから、せっかく作ってやったのに!」
「助けて水宮サン! 楓くんに殺される!」
「ふざけんなコラ! 責任もって食べやがれ!」
「ムリムリムリムリ! 見た目からしてムリ!」
「あー、確かに」
「でしょ?」
「友羽まで……! この裏切り者!」
二人の残念そうな視線の先にあったのは、わたしが昼食に作ったオムライス、らしきもの。玉子とチキンライスが混ざっているうえに、全体的に(おそらく八割方)焦げている。だから、確かに食欲を誘うような見た目ではないということは認めよう。
しかし、見た目が悪い、イコール、まずい・食べられないということにはならないはずだ。それなのに、
「高梨って命知らずだよねぇ。調理実習で砂名が何で下ごしらえと皿洗いしかしてなかったか、考えたことなかったの?」
「あー、そういやそうだったね。料理自体は問題なかったから、すっかり忘れてたよ」
「そりゃあ料理は違う人がしたんだもん。そこが一番重要なんだから、忘れちゃダメでしょ」
「ごめんごめん。次からは気をつけるね」
高梨と友羽はすっかり息の合った会話を交わし、中学時代の思い出話に花を咲かせていた。
今日、高梨はもとから昼に合わせて家に来る予定だったからいいのだが、できたオムライスを見た途端、あろうことか逃げ出そうとしたのだ。まったくもって失礼極まりない。
それをどうにか食べさせようと奮闘していたところに、暇だったから遊びにきたという友羽がひょっこりと現れ、わたしたちの状況を見て冒頭の言葉を紡いだのである。
「でもまあ、ほら」
ぱくり、ふてくされていたわたしの機嫌をうかがうようにこちらを一瞥した友羽が、オムライスをスプーンですくい、口に運ぶ。
「見た目は酷いけど、味はそんなに悪くないんだよ?」
にこり、友羽は満面の笑みを浮かべてフォローの言葉を述べた。さすが幼なじみといったところだろうか。彼女はわたしの作る料理がまずくないことを、ちゃんと知っているのだ。
しかし、高梨は友羽の発言を信じていないのか、肩をすくめて苦笑しただけ。
「その行動と発言を含めて、水宮サンのほうが命知らずだと思うけどなぁ」
「……あんたはつべこべ言わずにいいから食え!」
「ちょ、わかった! わかったから、無理やり口に突っ込もうとしないで!」
わたしがずいっと突き出したスプーンから逃れるように後ずさった高梨は、ふぅ、と深呼吸をしてから、ごくり、とのどを鳴らし、じっとオムライスを見つめた。そして、
「……あ、ホントだ。見た目に反して結構うまい」
「でしょ? こんな見た目なのに普通に食べられるなんて、ある意味奇跡だよね」
「一言多いんですけど」
見た目見た目って失礼な。普通に誉めろ、普通に。この二人、案外似た者同士なのかもしれない。
そんなことを考えていると、高梨がこちらを振り向き、嬉しそうに笑った。
「楓くん、ありがとね」
「……別に」
「ていうか、何でまた『楓くん』って呼び方に戻ってるわけ?」
最初に状況確認をしたときと同じ、ジトリとした視線を友羽から向けられ、わたしは思わず目をそらしてしまった。
「い、いや、それは……」
「だってさ、楓くんは未だに『高梨』って呼ぶのに、俺だけ『砂名』って名前で呼ぶのは不公平だと思わない? だから、楓くんが名前で呼んでくれるなら俺もそうするよ、って言ったら恥ずかしがっちゃって」
「はあ? だったらそっちも名字で呼べばいいだけだろ」
「だって、この前『織原さん』って呼んだらキモイって言ったのは楓くんでしょ」
「あれはさん付けだったからであって、普通に『織原』って呼べばいいじゃん」
「それじゃあ楓くんの嫌がるカオが見られないから、面白くないでしょ。いやぁ、相変わらずいい顔してるよ、楓くん。最高だね」
「死ね」
今までの会話からわかるように、相変わらずこの男はわたしの嫌がるカオがすきらしい。よくもまあ毎回毎回そのカオを引き出せるものだ、とある意味感心する。
まあ、それにいちいち反応しているわたしもわたしだし、この前はもう嫌がるカオをしてやらないと宣言したのだが、やっぱり不愉快なものは不愉快なのだ。
「んー、でもまあそれでいいんじゃない? あたしも何となくそっちのほうがしっくり来るし」
「え、それ友羽の意見関係ある?」
「ほら、これで二対一だよ? 楓くん」
「だから楓くんて言うな!」
そんな会話を交わしながら、何だかんだでオムライスを食べ終えると、暇だったからといってここに来たはずの友羽は「じゃあ、あとは二人でごゆっくり」と言って、至極愉快そうな、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべて去っていったのだった。
本人は気を遣ったつもりなのだろうけれど、端から見たら、険悪なムードの二人を置いて逃げたように思えなくもない。まあ、わたしと高梨は昔からいつもこんな感じだったから、誰が増えても減っても変わらないのだろうけれど。
はあ、と一つため息をつき、皿を洗い終えた手を拭いていると、高梨が声をかけてきた。
「前から思ってたんだけどさ」
「何」
「彼氏に死ねとか言うの、酷くない? 俺、結構傷ついてるんだよね」
「ウソつけ」
「いやいや、ホントだって」
わざとらしく眉を下げ、哀しそうに微笑む高梨に疑いの眼を向ける。そんなの、絶対にウソだ。
「それなら、わたしだって今までずっと『楓くん』って呼ばれ続けてきて、傷ついてるんですけど」
「そんなに楓くんって呼ばれるのが嫌?」
「当たり前だろ。わたしの名前は『楓くん』じゃないんだから」
まったく、何回、いや、何年言い続ければ、こいつは先輩の名前で呼ぶことをやめてくれるのだろうか。
いや、おそらくわたしが先に高梨を下の名前で呼べば、ヤツも普通にわたしを名前で呼んでくれると思うのだが、『楓くん』と言い出したのは高梨なのだから、まずはそっちからやめるというのが道理ではないだろうか。わたしから折れるのは癪に障る。
そんな結論に至って口をつぐんでいると、高梨がひょいとこちらをのぞきこんできた。
「じゃあ、砂名」
「じゃあって何だよ」
「砂名」
「何」
「砂名」
「だから」
「すきだよ」
「は」
突然ささやかれた甘いその言葉に、開いた口が塞がらなくなる。そして、喧嘩腰だった自分がバカバカしく思えてきた。
前にこいつがわたしの飼育員だとかふざけたことを考えていたけれど、どうやらそれで正解だったようだ。わたしを嫌がらせるのも、喜ばせるのも、高梨は全部心得ている。
また一つ、はあ、とため息をこぼし、わたしはにこにことした笑顔をこちらに向ける高梨を見やった。
「……わたしも」
本来ならそこでやめてもいいはずなのに、ごくり、と一度唾を飲んで、次の言葉を告げる準備をしている自分がいる。これからどうなるかはわからないけれど、とりあえず今回はゆるしてやろう。
「……千尋が、すきだよ」
躊躇いがちに小さくそうつぶやけば、高梨はにやり、と満足げな笑みを浮かべた。そんなカオするなら、普段から名前で呼べばいいのに。
ああ、きっとこれからもこいつはわたしを『楓くん』と呼び、たまに気まぐれで『砂名』と呼ぶのだろう。しかし、それでわたしが浮かべた嫌がるカオも、喜ぶカオも、こいつはすきだと言うのだから、まあいいか。
でも、やられっぱなしはムカつくから、たまにはわたしから『千尋』と呼んで、不意打ちを食らわせてやろう。それこそ、ヤツの思惑通りなのかもしれないけれど。




