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限定恋愛  作者: 久遠夏目
12/16

10 虚勢

(別れようか)

(うん)


 それはあまりにも唐突で、あまりにもあっけない幕切れだった。

 でも、これでいいんだ。わたしはこれを望んでいたんじゃないか。あいつだっていくらおかしな性癖をしていても、毎日毎日眉間にシワの寄ったカオなんて見たくないだろう。そう、これでいいんだ。

 ――ホントウに?


(アレ、今日は素直だね)

(俺は楓くんのことすきだから)

(砂名)


「――っ」


 何だよ、この感情は。意味わかんないよ。別れられて清々しているはずなのに、別れる前よりも頭の中がぐちゃぐちゃだなんて。


「んじゃ、あたしの単位が全部取れてた祝いにカンパーイ!」

「……」

「砂名ー? 暗いよーう」

「あ、ごめん。カンパーイ」

「うわぁ、覇気がなーい」


 ジト目でわたしを見つめた友羽がぐいっとビールをあおる。かわいい顔して彼女は酒豪だったりする。


「あのさーあ? この前のことはホントに悪いと思ってるよ。ホントにごめん」


 パチン、と目の前で両手を合わせ、本当に申し訳なさそうに謝る友羽に向かって、ふ、と笑みをこぼす。

 この前のこと、とは、もちろんわたしが何もするなと言ったにもかかわらず、友羽が勝手に高梨と接触していつかと同じように墓穴を掘り、わたしとあいつが別れることになったキッカケのようなことである。


「いいよ、友羽が悪いんじゃないし。もうね、その悪癖は諦めた」

「さっすが砂名! ってちょっと待って、何かおかしくない?」

「墓穴を掘ったのはどこの誰かな」

「はい、サーセン」


 潔く罪を認めた友羽は、またビールを一口飲んだ。確かに、墓穴を掘ってキッカケを作ったのは友羽だったが、別れると決めたのはわたしと高梨なのだから、友羽は悪くない。

 それに、嫌いなヤツと別れることができたのだから、友羽には感謝こそすれ、怒るのは見当違いだろう。


「砂名はさーあ? 結局高梨のことがすきなの?」

「嫌いだよ」

「ホントに?」

「……いいんだよ、別に。お互いにすきじゃないってわかってたし」


 そう、それはわかりきっていたことだった。それに、わたしは告白したわけじゃないから、フラれたわけでもない。ただ付き合っていた恋人が別れただけ。いや、あんなの「付き合っていた」に入るかどうかもわからないけれど。

 それなのに、何故かムカついて、心が落ち着かなくて。


「彼氏が言ってたんだけどさーあ? 高梨、最近元気ないらしいよ。って言っても基本的に口数少ないけど、最近はずーっと上の空なんだって」

「は? あいつの口数が少ないとか冗談でしょ。口を開けば『楓くん、楓くん』ってうるさいし、人の神経逆なでることばっか言うし」

「だから、それは砂名といるときだけだよ」

「は?」


 意味がわからずに顔を上げれば、友羽が眉を下げて苦笑した。


「高梨があんなに表情豊かで口数が多いのなんて、親しい男子とかなら別だけど、女子ではほかに見たことないもん。中学のときからそうだったよ?」

「……ウソだ」

「あたしがウソついたことあるー?」


 ひひっ、といたずらっぽく笑う友羽のやさしさが沁みる。だけど、


「その発言自体がウソだよね」

「はっ、何故バレた!」

「いやいや……」


 少し和んだところでお互いぷっと吹き出して、酒を口に運ぶ。そして、枝豆をつまみながら友羽がまた話し始めた。


「それはさておき、高梨もそんな状態ってことはさーあ? やっぱり砂名に何か思うところがあるんじゃないの?」

「いやいや、あっさり別れようって言われたんだし、何もないでしょ」


 まあ、何故かそのまま一分くらい抱きしめられていたのだけれど。

 気付けばその感触をなぞるようにして、自分の腕を自分でぎゅ、と掴んでいた。


「んー、しかし高梨ってホントに変人だよね。いくらなんでも嫌がるカオだけがすきとか有り得ないでしょ。やっぱりすきな人には笑顔でいてほしいって思うのが普通なんじゃないの?」

「ただの性悪なんだよ。ま、その気持ちはわからなくもないけど」

「え、どゆこと?」

「昔、理科のテストでわたしに負けてすごく悔しそうなカオをしてたときは、心底いい気味だと思ったね。ただ、そのあと返ってきた数学ではわたしが負けて、散々バカにされたけど」

「うわあ、似た者同士だね」


 そうつぶやいた友羽は呆れ顔だったが、それでも、毎日それを見たいとは思わないし、そもそも嫌いなんだから、顔を見たくもないというのが本音だ。

 じゃあ何か、あいつはわたしのことを嫌いではなかったってことか? いや、自惚れてはダメだ。そのせいでこんな状況に陥っているのに。


「あ、でもさーあ? あたしがこの前会ったときに高梨が言ってたんだけど、自分は砂名をすきになっちゃいけないって言ってたんだよね」

「何それ、どういう意味?」

「いや、それははぐらかされちゃったからわかんないけどさ、まだ脈ありってことなんじゃないの?」


 励ますように食い下がる友羽を見て、わたしはふっと笑みをこぼした。


「ありがとね、友羽。でも、本当にもういいんだ。さ、友羽の単位取得祝いなんだし、すきなもの頼んでよ」


 話題を変えたわたしに、友羽は不服そうなカオをしていた。でも、もう、いいんだよ。わたしのことで友羽が悩む必要はないんだ。お節介でよく墓穴を掘るけれど、基本的にはわたしを思ってのことだってわかってるから。

 だから、もう終わりだ。あいつとはもう関わらない。

 ――そう、思っていたのに。




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