間奏Ⅱ
「こんにちは。お久しぶり、って言ったほうがいいのかな?」
俺を呼び出した人物の真正面に座りながら尋ねると、彼女はこちらをちらりとも見ずに口を開いた。
「うーん、同窓会で会ったような会わなかったようなだから、それでいいんじゃない?」
「ははっ、結構テキトーなんだね、水宮サン」
「お、名前覚えててくれたんだね。昔は一日くらいで忘れてたのに」
名前を呼べば、彼女はちょっと嬉しそうなカオをして、メニューに釘付けだった目をようやくこちらに向けた。『彼女』よりも小さいのに、意外と食い意地張ってるんだな、なんて思った。
「俺も成長したんだよ」
「へー。あ、すいません、あたしこのワッフルのセットでメロンソーダフロートお願いしまーす」
「うわ、すげぇどうでもよさげ。じゃあ俺はコーヒーで」
「まあどうでもいいことだからね。さっさと本題に入ろうじゃないの」
「いいよ。と言っても俺は何が本題なのか知らないけどね」
聞いただけで甘ったるくて腹がいっぱいになりそうなメニューを頼んだ彼女、水宮友羽――俺の中学時代の同級生であり、俺の大学のクラスメイトの彼女でもあり、『楓くん』の幼なじみでもある――は、真っ直ぐに向き直って俺を見つめた。
「単刀直入に聞くけど、高梨は砂名のことがすきなの?」
「すきだよ? 楓くんの嫌がるカオだけ、だけどね」
本当に単刀直入な質問に苦笑しながらも、特に動揺するわけでもなく答えると、彼女は顔をしかめてあごに手をあてた。
「うーん、それがよくわかんないんだよねぇ。それで何で付き合うってことに発展するわけ? 砂名は短気で負けず嫌いな性格だから、売り言葉に買い言葉でっていうのはわかるけどさ、あんたは何でそんなこと言ったの?」
「さあ、何でだろうね?」
「そのー、砂名の嫌がるカオ? がすきっていうのは……何て言うの、フェチみたいなものでしょ? それは恋愛とは違うじゃない」
「そうだね。でも、俺がすきなのは、楓くんの嫌がるカオだけなんだ」
「いや、それはさっきも聞いたけど」
「そうじゃなくて、楓くんだけなんだ、嫌がるカオがすきなの。だからここで水宮サンが嫌がるカオをしても、別に何も感じないんだよね」
にこ、と微笑んでみせれば、彼女の眉間にシワが寄る。ああ、これが楓くんだったら面白いのにな。やっぱり楓くん以外の人じゃダメだ。
「ふぅん、つまり砂名じゃなきゃダメってことだよね。それが恋愛感情になることはないの?」
「ないよ」
「どうして?」
「さあ、どうしてかな」
「じゃあ、もし砂名が高梨のことをすきになったらどうするの?」
「……は?」
「お待たせいたしましたー」
「あ、ありがとうございまーす」
運ばれてきたワッフルを、顔を輝かせながら食べ始めた水宮サン。会話の流れを断ち切ったという意味でタイミングは最悪だったけれど、わずかに動揺した心を落ち着かせる間ができたという意味ではよかったかもしれない。
俺もコーヒーを一口飲んで、話を再開させた。
「有り得ないでしょ、それは」
「どうして?」
「だって楓くんが自分で言ったんだよ? 付き合ってもいいけど、絶対に俺のことをすきにはならないって」
そう、それが楓くんと付き合うときの条件のようなものだった。彼女は俺の大すきな表情できっぱりとそう宣言したのだ。
しかし、水宮サンは何故か食い下がる。
「もしの話だよ、もし」
「もしそうだとしても、俺は楓くんのことをすきにならないよ。すきになっちゃいけないんだ」
「……? それってどういう……」
「友達想いなんだね、水宮サン」
ぽろりとこぼれてしまった本音を隠すようにして彼女のセリフを遮れば、水宮サンは不服そうに口を尖らせながらも、俺の言葉に応えた。
「……そうだよ。あたし砂名のこと大すきだから」
「墓穴は掘るのに?」
「それはあんたがカマかけたからでしょ」
「あれ、そうだっけ?」
「……高梨」
「何?」
再びコーヒーに口をつけたところで呼びかけられたので視線を上げると、今までになく真剣な瞳がこちらを射抜いた。
「高梨が何で砂名のことを恋愛的にすきになろうとしない、いや、すきになっちゃいけないって思ってるのかは知らないよ。そんなの、わたしが知っていいことでもないと思うし。でも、」
落ち着いた声で語る彼女の表情から、本当に楓くんのことを大切に思っているのだということがよくわかった。
だけど、
「砂名をすきになる可能性がないなら、あんまり振り回すようなことしないでよ。傷つくのは高梨だけじゃないんだからね」
その友達想いは、時として仇となる。
「……ご忠告どうも」
「よし、あたしの話はこれで終わり。ごちそうさまでした」
「ここは俺がおごるよ」
「いいよ、呼び出したのはあたしだし。お金置いておくからよろしくね」
「そう、わかったよ」
「じゃあ、またがあるかどうかわからないけど、またね」
「ああ、またね」
そうして、彼女は去っていった。また墓穴を掘ってしまったとは気付かずに。
「……バカだなぁ、水宮サンは。そんなの、楓くんが俺のことすきだって言ってるようなものじゃん」
一人残された俺は小さくつぶやいて、今の自分の心境のようなコーヒーを飲み干したのだった。




