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蜻蛉の三題噺

生まれる

作者: 尻切レ蜻蛉

小さな小さな音がする。

心が揺れる。

揺らされる。

信じてほしいとは言わない。

でも、届いて欲しいと思うから、祈りを歌う。




人通りのない公園で、弾くようにギターを鳴らす。

ストリーターは縄張りに煩い。

人通りの多い場所は、大抵予約済み。

知らずに其処で歌っていたら、この前はぼこぼこにされた。

ただ歌うことが好きなだけで、ただ音楽が好きなだけ。

誰かが聞いてくれなくとも、誰かに聴こえるように歌いたい。

だから不意に聞こえた拍手に、驚いて顔を上げた。


「それ、なんて歌ですか?」


パンツスーツの彼女は、大きな瞳を一杯に広げてふわりと笑う。


「気に入っちゃった。CDとか出てます?」

「あ、いや。オリジナルだから」


CDは出てないよー困ったように呟くと、彼女は無造作に鞄の中から携帯電話を取り出した。


「それなら録音しても良いですか? どうしても、聞かせたい子がいるんです」

「え?」


予想外の言葉に驚いて瞬くと、彼女は慌ててぶんぶんと手を振る。


「あ。違います。曲盗もうとか思ってるわけじゃないですよ」

「あ、いや」


そんな心配をしていたわけではないのだけれど。

あわあわとしどろもどろな彼女に思わず笑ってしまった。


「どうぞ、こんな曲でよければ」

「こんな、とか言わないでくださいよ。私、凄くいい歌で声だと思います」


力いっぱい告げられて、照れくさくて視線を逸らす。


―キミの生まれてくる世界には溢れるほどの祝福を歌う人がいて


ーキミの生まれてくる世界には驚くほどのおめでとうを告げる歌がある


ーだから


ーキミは躊躇わなくていい


ー増えていく蝋燭に


ー誰も彼もが祝福の言葉を贈るから


ーキミが生まれてくる、この場所は…


唐突に鳴り出した着信音に、彼女は慌てて電話を取る。


「はい、どうか」


彼女の言葉はそれきり途切れて、「すぐ行く」彼女は電話を切った。

彼女の頬を零れた雫。


「ありがとうございました」

「え?」

「お姉ちゃんの子どもが、今、生まれたんですって」


貴方の歌、早く聞かせたいです―律儀に頭を下げてから、走っていく彼女を見送った。

彼女の姿が消えてから、ギターをつま弾き祈りを零す。


―生まれてきた小さな命に


―これから訪れる未来に、幸多からんことを




【三題噺】出産、ストリートミュージシャン、盗難

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