5:旅立
―――手を貸してくれませんか。
それはつまり―――第二位世界から逃げられる?
リゼリアは、逃げられる、ということに気付き、ずっと考えていた。
逃げられる。あの息苦しい教室から。
逃げられる。クラスメイトの嘲笑から。
逃げられる。
―――もう目を合わせてくれない幼馴染から。
「……リゼ?」
そっと呼びかけられてはっと気付いた。逃げられるけど――ムーシャはどうなる?
ムーシャはずっとリゼリアに寄り添ってくれた。リゼリアがいなくなった後、ムーシャは確実に立場がまずい。自分のせいでムーシャがいじめられたら。そう考えると背中がすうっと寒くなった。
「あの……」
アウナと呼ばれていたという占い師が、二人に声をかけた。
「リゼリアさんはもちろんですが……。できれば、ムーシャさんにも第一位世界へ行って頂きたいのです」
思わぬ言葉に二人とも目を丸くした。
「それは……どういうことですか?」
「ムーシャさんは既に一度、化け物から命を狙われています。一度目をつけられてしまえば、これからも襲われてしまうでしょう。……私が助けられればいいのですが、私の命もそう長くは無いので」
闘神とその依り代の人を、第一位世界に送ったら、私は力尽きるでしょう。そう占い師は言った。
「じゃあ」
占い師は顔を歪めた。とても悔しそうだった。
「そうです。私はあなたについて行く事ができません」
その言葉を聞き、ムーシャが勢いよく手を挙げた。
「私、着いて行きます!」
占い師がつくならともかく、リゼリアを一人になどさせたくは無い。
占い師はそれを聞いて、ほっとした顔になった。
「それでは……持っていきたいものを持って、明日の朝に北門へ来て下さい」
リゼリアとムーシャは、次の日に異世界へと旅立つことになった。急なことだが、リゼリアにとってはありがたいことだった。
改めて荷造りをしてみると、自分の荷物の少なさを再確認した。リゼリアとムーシャだけでなく、白霧学園の生徒は皆、荷物の量はこんなものだろう。意識すると、ここは異様な所だった。
―――白霧学園だけじゃなく、他もこうなんだろうか。
第二位世界は「差別の世界」、歪んでいる世界だそうだ。世界自体、おかしいのかもしれない。
ぐだぐだと考えてしまったことを振り払う。リゼリアは北門へと向かった。
「……来ましたか。それではリゼリアさん、ムーシャさん、準備はいいでしょうか」
二人は顔を見合わせて、そして、占い師に向かって頷いた。
「では。……wsrye nmu wrketnm,zznud t kuyt zzeud」
地面に奇妙な紋様が描かれ、光りだす。
「nmu sue msha,rzia. warye nmu wrketnm,zeeina kaeo ynta nmu sue msha,rzia」
光の粒が拡散し、集まり、一部はリゼリアとムーシャの方に、そして残りは渦を巻き始めた。
やがて、空間がねじ巻き、歪んだ。
歪んだ空間を示し、占い師が言う。
「ここが、入口です」
ここが入口。……出口はない。
もう戻れない。
しかし、二人は一晩の間に、惜別の気持ちを絞り尽くした。
「じゃ、行こっか」
ムーシャが、わざとらしく明るい声で言った。
二人は、異世界への一歩を踏み出す。