8:歪み
ユウとリゼリアがそうやって食料を漁っている間に、どんどん言い争いは激化する。
「ふざけないでよ野蛮人!」
「野蛮なのはそっちでしょう!」
ああ、ムーシャまでそう言い始めた。それにしても、ムーシャがここまで口喧嘩ができるとは予想外だ。ここまで騒がしくなると、自然に止めてここからいなくなるのも難しいな。ユウがのんびりと考えていた時。
「このっ……煩いのよ、女狐っ!」
女の一人が、ムーシャを突き飛ばした。ムーシャは女狐ではないと思うのだが。
ムーシャはよろけて、そのまま床にへろへろと崩れた。そこまで強く押されたのか。
よく見ると、その場では絨毯が煤けているし、女は水浸しだし、どうも魔法が使われたようだ。魔法を使って、ムーシャは疲れてしまった。
少し規模が大きいものの、ただの喧嘩である。これを機に、さっさとムーシャを拾って逃げようか、と手を伸ばすと。
「ムーシャに何してくれてんだこの馬鹿が!」
先にリゼリアが怒り出してしまった。彼女はぎっと周りを睨みつける。
「リゼ姉、馬鹿が馬鹿って言っちゃ駄目だよ……」
ユウがリゼリアの気を逸らそうとしたものの。
「さっきから私を馬鹿にしてぇええ! ちょっと騎士達、やっておしまい!」
「いいじゃん、全部返り討ちにしてやるよ!」
平穏にやり過ごそうとしているのに、誰もかれもさっぱり聞いてくれない。
そしてこの状況は不味い。リゼリアは威勢のいいことを言っているが、周りにいるのはざっと30人の騎士である。数は暴力、リゼリアはすぐに拘束されるだろう。
仕方なく、ユウはこっそりと手を広げた。誰も見ていない今なら、水で一網打尽にできる。
そう思った矢先に、それまで静観していた、偉そうな椅子に座った王が、厳かといった雰囲気で言う。
「……不意打ちとは卑怯ぞ、青い子供よ」
「……な」
その言葉に、ほぼ全ての者がこちらを振り返った。駄目だ、何してくれるんだ愚王様。心の中で王を罵る。
「何て最低なの!」
「不意打ちは、極刑だ!」
殺せ、と叫ぶ人々。ユウは、自分の顔が青ざめていくのをはっきりと感じた。彼らの雰囲気は、<科学都市>の防衛隊によく似ている。しかし、防衛隊は皮肉を言うと逆上したりうろたえたりしたが、今目の前にいるのは、怒ることしかしない、魔物に似たイキモノなのだ。
リゼリアもその危険さを肌で感じ取ったらしい。切羽詰まった表情でユウに話しかける。
「これ、本当に殺されちゃうぞ」
何も答えられなかった。
殺せ、と叫ぶ人々。何人かが寄ってきて、リゼリアとユウを捕まえにかかった。
水を放って抵抗しようとしたが、狂気に当てられて体が硬直する。リゼリアも、震えて何もできない。
「こーろーせ! こーろーせ!」
周りの人は大合唱。リゼリアが殴られ、ユウは蹴られ、その様子を見て嗤っている。王も、それを嗤って見ていた。
「白騎士の頼みであるから城に泊めてはいたものの……ただの弱い餓鬼だ、何の価値も無い」
王の台詞は、この国の特徴を端的に表していた。
リゼリアが虚ろな顔で呟く。
「……これが<武国>の歪みか」
人を殺す事を何とも思わない、むしろ悦楽だと感じる人々の国。それが<武国>。
何て国だ、とユウは思った。<科学都市>も大概だが、せめて隣人愛くらいはあっただろうに。この国には人の思いやりなんてものは無いし、負けた途端に奴隷扱いだ。戦うこと以外頭にない。
リゼリアが話してくれた、<楽園サラダ>に一回行ってみたかった、と思う。もう、無理そうだけれども。ユウは霞む頭でつらつらと考える。
そのときだった。
まず、リゼリアを殴っていた男が視界から消えた。次に、ムーシャの髪をひっ掴んでいた女が悲鳴を上げて倒れる。
最後に、ユウを蹴る男がうめき声を上げ、腹を押さえて蹲った。
「随分なことをしてくれますね」
涼しい顔で立っているのは、この国で最強だと呼ばれる白騎士――アルトだった。




