3:憂鬱
リゼリアとムーシャが、大ダコに出会ってから2週間がたった。リゼリアにとっては最悪の2週間。
朝。扉を開けると、黒板消しが頭上に落ちて来る。歩くと足を引っ掛けられ、話しかけても無視され。
昼。食堂に行っても、そこのおばさんにはすっと目を逸らされる。弁当を分けてくれる者もいない。
部活に行っても門前払いだ。
リゼリアは、今までこんな扱いを受けたことが無かった。「いじめ」と称されるものが多いことは知っていたが、彼女自身に関わるものではなかった。だから、受けた衝撃も大きかったのだろう。
リゼリアは全く笑わなくなっていた。
―――昼になると、ムーシャが私の教室に来るようになったのは、いつからだろう。
この2週間はリゼリアにとって長過ぎた。これからもこんな調子か、と暗澹たる気持ちになる。
「…リゼ。お昼食べよう」
今日も、ムーシャがやって来た。…弁当を分けてくれる友がいない、と言ったが、ムーシャだけは変わらずに接してくれた。それは、怪事件に共に遭ったことも理由ではあるだろうけども。
リゼリアは無言で頷くと、さっさと教室を出る。
人気のない路地裏の広場。かつて試合をし、そして事件が起きた、噴水のある広場ではない。…そこにはリゼリアもムーシャも、行く気にはなれなかった。
無言の昼食は、とても重かった。
先に食べ終えたリゼリアが、ぽつりと言った。
「…ムーシャ。無理に私に付き合わなくていい」
「リ、リゼ!? 無理なんて、してないよ?」
「私と話してると、いじめられる」
「…」
―――リゼは、ずっとそのことを気にしてくれていたんだ。
リゼリアはムーシャに、朝や放課後には会いに来るな、と伝えていた。いじめがひどくなるその時間帯で、ムーシャを巻き込みたくなかった。…3日前の朝に起こった出来事で、リゼリアの傷はさらにえぐられてしまったが。
「…あは、私、もともと友達少ないし! リゼは気にしなくていいんだよ?」
昔私に話しかけてくれた時、リゼは周りの目なんて気にしなかったじゃない。と言った。
ムーシャはリゼリアと、居られる限り隣に居て、恩返しをしたいと思っている。いじめられているから、友達を辞める、なんてできない。
なんとか笑みの形をつくって、大丈夫大丈夫、と言ってやった。
リゼリアはそれを見て、ぼろぼろ涙をこぼし始めた。彼女が泣いたのはいつ振りだろう。少なくとも、この2週間、泣き顔は見ていない。
「ムーシャ…ごめ…」
なんとかそれだけ言うと、顔を俯かせた。
「ほら、今までためてたからそんなに涙が出ちゃうんだよ。今ここで全部吐き出してごらん?」
「ありがと…」
リゼリアは、これまでの不満、悲しみ、絶望を全て吐き出す。…その内容は、かつてムーシャが思っていたことと同じ。成長して高校生になっても、やることは変わらないということか。
「…なんで、急に態度変えてきたんだろう。髪の毛の色が変わっただけなのに…」
リゼリアがいじめられるようになった理由は、単純、かつくだらないこと。周りと違う。校則と違う。異質な物。
リゼリアの髪と瞳は、あの事件を境にかわってしまった。東洋を感じさせる黒から、西洋の一部地域に存在する民族の色、金へ。
その輝きたるや、神の後光とも思える。「天使の輪」とはよく言ったものだ。
しかし、ここは白霧学園。全てが白い<白の街>。校則でも金髪は許されていない。
昼寝をしてしまうとはいえ、Aクラスに入るほどの実力を持つリゼリアは、髪の色だけで退学になったりはしなかった。しかし、教師は彼女を邪険に扱う。教師の態度は生徒にも伝わってしまった。
クラスの人気者から、いじめられる者へ。一気に転落したのだった。髪の色が違うだけで。
それだけでこうもなるだろうか。ムーシャもリゼリアも、今その理由には気付けなかった。