1:ストレス…科学都市来訪第一日目
「リュウ君、いつもごめんね……」
申し訳なさそうにする院長。どうやらいつものことらしい。
「別に」
彼はぶっきらぼうに答えた。機嫌が悪い理由は、自分を恐怖の目で見て来る子供たちがいるからだ。そのままさっさと歩きだした。
「あ……、じゃあみんな、注意したことを忘れずに、楽しんでね。解散!」
院長は慌てたように号令をかけ、グループごとに行動を始めた。
リゼリアとムーシャが付き添う班は、さっさといなくなったリュウも入っている。この班の<科学都市>散策は、リュウを探し、追いつく所から始まった。リゼリアもムーシャも、<科学都市>には初めて来るので、歩き慣れていない。床がスケートリンクの様につるつるである。
なんとかリュウに追いついた時には、二人は息も絶え絶えであった。
「なんで、こんなに滑りやすいの!?」
と怒鳴りながら、リゼリアは床を蹴った。蹴っても傷一つつかない。
「ここを毎日歩くんじゃあ、住んでる人も大変だねえ」
ムーシャがそう言うと、子供たちが一瞬暗い顔になった。この班の子供たちは、緑髪の女の子と橙髪の男の子、そしてリュウの三人だ。
その中の一人、緑髪の女の子が言う。
「大変じゃないよ。全く大変じゃないよ。だって電子自動円盤もってるもん」
「電子……なんだって?」
聞き返したリゼリアに、リュウが説明する。
「電子自動円盤。この床と同じ材質の、白い円盤を、この国の人は一人ひとり持ってる。これの移動が、驚くほどなめらか。床は円盤を浮かすためだけのものだから、こういう材質なんだよ。人が歩かない床の滑りにくさなんて、考える必要無いだろう」
「いや、今まさに15人程この国の中を歩いてますけど。床で滑りそうですけど」
リュウがリゼリアの事を一瞥し、すぐに目を逸らした。
「『人』じゃないでしょ」
ムーシャが体をこわばらせる。
「僕らは『ケダモノ』だよ。あいつらにとって」
「そんな…!」
怒鳴りかけたリゼリアを、腕を引いて止めたのは、ムーシャではなく、橙髪の男の子だった。しかし彼は、直ぐにリゼリアから離れた。
「……いつものことだよ」
男の子はそう言った。
緑髪の女の子が笑って言う。
「ね、あれ食べようよ! 美味しーんだよ!」
女の子が食べたがったものは、かき氷だ。
「イニゴ味ください」
子供たちの誰も、注文を口に出そうとしないので、ムーシャが注文を取った。
しかし、いつまでたっても、かき氷屋の店員の返事は聞こえない。
とりあえず、かき氷の代金を払った。店の奥から手がひょいと伸び、小銭をかっさらう。
次の瞬間、唸り声が聞こえた。
「ふっざけんな、ふざけるなよ……」
店の奥へ消えていた小銭が、はっと気付けばムーシャの目の前にあった。直後、額に痛みが走る。
「ムーシャ!?」
リゼリアが彼女の額に手を当てると、手が赤く染まった。かなり出血している。
かき氷屋の店員は、小銭をムーシャに投げつけたのだ。
店員が出てきて怒鳴る。
「ふざけるなよ、お前らみたいなケダモノが。俺達至高の<近未来>民と同じ値で食い物を買えると思ってんのか!? ああ!? なにやってんだよ?」
「……貴様が何をやっている」
低い声が響いた。
「はあ!? 手前ケダモノのくせに……」
「黙れ。さっさと品物出せよ」
リゼリアの一睨みで、店員は委縮したらしく、かき氷を出してきた。とても量が少なかったが。
リゼリアがすっと女の子の前にかき氷を差し出すと、女の子は恐る恐る手を伸ばし、かき氷を受け取った。
「……ありがとう」
女の子はリゼリアに向かって、花がぱっと咲くように笑った。それを見て、リゼリアだけでなくムーシャもほっとしたようだ。
「……どういたしまして」
はにかみながら、二人は答えた。
どこに行っても、<科学都市>の住民はこのような対応で、リゼリアはストレスで爆発しそうだった。
怒りのはけ口とばかり、住民に罵詈雑言、睨みの雨で、もう今では不良の雰囲気である。かき氷の一件から、少しずつ慣れてきた女の子も、怖がって声をかけてこない。
「リゼ、眉間の皺取れなくなるよ」
と、ムーシャが言っても、リゼリアはしかめっ面のままだ。
誰も口を開かない、全く楽しくない状態になって、どれくらい経った頃だろうか。道の角から飛び出してきた人影が、思い切り緑髪の女の子にぶつかった。
<科学都市>の住民が乗る「電子自動円盤」は、第二位世界で言う「自動車」と同じスピードを出すのだ。それが、年端のいかない小さな女の子に衝突したらどうなるか。
女の子は、思い切り吹っ飛び、白い建物に激突しかける。目をいっぱいに開き、「しにたくないよ」と口を動かし―――。
突如現れた水のかたまりが、女の子を優しく受け止めた。




