4:守ろう
初めてきちんと使った魔法が、ねばねばした網というのは、とても微妙な気分だ。ムーシャは、網と捕らわれてもがく牛を見比べて、しみじみとそんな風に思った。
リゼリアは小さく嘆息して、言った。
「ただの水で網作っても、網として使えないだろうからな……。 スライムっぽくても仕方ないよ」
そう諌められても、ムーシャの気分は晴れない。
「……。まあいいや。 ムーシャ、この網、いつまで保つ?」
ムーシャは本をごそごそと取り出し、答えた。
「えーとね、……『術者が解除の呪文を唱えるか、そうでなければ一日効果が続く』だって」
「じゃあ平気だな。 ……っと」
リゼリアは、牛の一本角に、スライムの様に伸ばした網の一部を、ぐるぐると巻きつけた。ついでに、脚も網で縛り付ける。……とはいえ、網自体伸びるので、牛は脚を動かせた。さっきよりは蹴りの威力が弱くなっていそうだが。
リゼリアは、なんとか牛を背中に担いだ。
「リゼ!? 私も運ぶよ!」
ムーシャが叫ぶ。しかし、リゼリアは無視して牛を運び始めた。
―――ムーシャは魔法を使って牛を捕えた。せめて私は、運ぶ事くらいしないと。
リゼリアはそう考えたのだが、ムーシャを突き飛ばして命を救ったことは、頭から抜けていた。
牛を抱えて戻って来た少女二人を見て、牧場主は驚いたようだ。
「……あれ、あれ。 もう捕まえたのか」
ムーシャはその言葉を聞いて、胸を張った。
「ほら! 魔法、使えましたよ」
青い網を指して、言う。どうやら、怒っていなくとも多少根に持っていたようだ。
「いやはや、感心するよ。 疑ってすまなかったね。 ……最近、見栄を張って、死んじゃう奴が多くてね……」
それなら、何度も注意したり、疑うのも仕方ない。と、ムーシャは納得したが、リゼリアは難しい顔をしていた。
牧場主と別れ、再び牛探しに繰り出したところで、リゼリアが呟いた。
「……ちょっとは良心もあるのか。 そこを衝けば……」
ムーシャは、リゼリアが誰を指して言っているのか分かった。
「? あの人は、悪い人ではないんじゃない?」
「……悪い人でもいい人でもない。 まあ、普通の人間だよ」
「?」
リゼリアの言うことが分からない時、ムーシャは、もうちょっと頭が良ければなあ、と寂しくなるのだった。
二人が次に見つけた牛は、既に他のバイトの者が捕まえようとしていた。リゼリアとムーシャと同じく、二人組の男性である。どうやら魔法が使えるようで、詠唱していた。
それを聞いて、リゼリアが慌てる。
「アレはまずいって。 ……ムーシャ、走るよ!」
と一言、牛と二人組のところへ走りだしたのだ。
ムーシャは、さっきからリゼリアの考えが読めず、おたおたしていた。
「ちょっ、ちょっと待って~!」
そう聞いてもリゼリアは止まらない。
「hh rit……いってー!? お前、何すんだよ!?」
二人組の元へ走り寄り、顔を殴った。
「リゼ!? 何してんの!?」
リゼリアはまたもや黙殺。無視されすぎて、ムーシャは悲しくなってきた。
牛が、隙を見て逃げ出そうとした。
「ムーシャ! 網!」
言われるままに、ムーシャは青い網の呪文を唱える。
再び牛を捕える網。やはりスライムだった。
「お前! 何してくれてんだ! 横取りでもしたいのかよ!」
後少し、という所で邪魔された二人は怒り心頭。一人は涙目だ。
そんな二人を前にして、リゼリアは冷静だった。
「……すいません。説明しますから」
「説明なんてしなくてええわ!」
「……あの時使おうとした魔法の属性は?」
「は? ……火、だけど」
そう答える二人の髪は紅い。確かに、火以外何も使わないだろう。
「火を動物に当てたら、火傷します。傷が付くんです」
「? だって、魔法使わないでどうやってあの牛捕まえるんだよ。
多少の牛の怪我は仕方なくね?」
リゼリアは、二人とムーシャに、バイトの広告を見せた。
「……ここに、『10頭全て』とありますね?」
「……まあ、うん」
「それと、バイト始まる前に、牧場主が『無事に集まったら』と言ったんです。
多分、『10頭全て』が『無事』でないと、肉の切り落としをくれません。
……牛が一頭でも、少しでも怪我していたら、文句付けられるかもしれません。バイトの人が傷つけようが、事故でそうなろうが、です」
リゼリアの言葉を聞いて、三人は沈黙した。
「……ただ働きさせるつもりです」
三人は顔を俯かせている。
リゼリアは思った。
―――私は、ただ働きさせられることに腹立ってるんだけど。この人たち(ムーシャを含む)は、どうも違うな……。
試しに、一言。
「……牛肉を、私達は食べられません」
次の瞬間、三人が吠えた。
「「「許せーん!」」」
三人の目には、強い意思が感じられる。
「守ろう!」
「俺たちの牛肉を!」
「そうです! 絶対食べるんです!」
「「「いざ!」」」
どうやら、逃げ出した牛を守る方向になり、それだけ見ればいいことなのだが。
―――なんだかなあ……
リゼリアは、そのノリについて行けず、引いていたのだった。




