プロローグ:黒い染み
どこか遠い世界のとある国のとある町。立派な名前は付いていたが、いつも町中を覆う白い霧のため、人々はこの町をこう呼んでいた。<白の街>と。
いつしか白い霧は建物にまでしみ込んだようで、どこを見ても白いレンガしか見当たらない。
この、雪景色のようにどこか寂しい印象がある町は、しかし日々騒々しい。この国の多くの少年少女たちが、学びの為に集まってくるからである。
厳しい規律と、卒業後の進路が良いことから、大人がこぞって自分の子供を入れさせようとする。そのため難易度も高く、国の最難関の学園――白霧学園。
ここに居る学生たちは、いわゆる「優等生」が多いのだが、優等生でも若者・子供は明るく騒がしい。
楽しげに駆け回り、笑いあう生徒たち。制服までも白く染まっている。髪の色も白か、黒、茶色。
今日もまた白いままのはずだった。
しかし、今日は一点だけ違っている。
昼、白の街に、黒いしみが一つ。人もペットも無機物も、何もかもが白いこの町で、見慣れない色だった。
シミの正体は女性。黒マントをはおり、ゆっくりと歩いていた。時折ふっと宙を見つめる。彼女の周りを誰もが避ける。異質なものだからだ。
黒い女性は途方に暮れているようだった。
狭い路地裏に入り込み、当てもなくさまよう。彼女が探しているモノは、どこにいるのか分からない。彼女は静かにため息をついた。ため息はすぐ、霧の中に溶けていく。
何度も角を曲がり、どこに自分がいるのか分からなくなった時。学生の声が聞こえ、同時に視界が開けた。そこは広場だった。中央には壮大な噴水があり、迸る水に二つの人影が映っている。
「てい!」と気合の入った少女の声。
「うわ!」と間の抜けた少年の声。
少年と思わしき影が倒れ、それを追うように棒状のものが少年に突き付けられた。
---次は絶対俺が勝つからな、リゼ! 毎日聞くね、そのセリフ。やれるならやってみなさいな。あと、「俺」呼びは似合わないっていつも言ってるでしょ。アル。
少年は、少女の言葉を聞いてがっくりと肩を落とした。試合をして負けてしまったらしい。
しかし、彼女--黒い女性にとっては、二人が何をしていたかなど、どうでもいいらしい。目は爛々と輝き、口元は大きく笑みの形を作っている。
「やっと、世界の光を見つけた。
でも、まだ本体は…空に」
彼女は急に顔を曇らせる。
「この町では、大変な目にあわせる。私の--私たちのせいで。
でも、やってもらわないと」
彼女がそう言った。次の瞬間、黒い染みは町から消え去っていた。