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07・月下の青


 恋心に気付いてしまったがそれをどうすればいいかわからず、淡々と仕事をこなした。

 それに気付くと厄介で、デヴィットと顔を合わせるのが非常に高い壁に感じてしまう。

 今日一日分の客人を見終わったあとも、占い部屋に籠った。


「落ち着け、うん。落ち着こう」


 部屋を右往左往して胸を押さえる。落ち着くのよ、私。落ち着いて。

 別に告白する訳じゃないんだから、こんなに心臓をバクバクさせていたら、聴覚の鋭い彼らに指摘されてしまう。

 告白。という単語で墓穴を掘る。居心地悪い緊張が、チクチクと胸に刺さった。

 膝を抱えて座り込んだけれど、その緊張に堪えきれなくなって、バッと立ち上がる。


「そうよ、眠りの魔術があるじゃない」


 心臓がバクバクしたら、眠気で落ち着かせればいい。

 胸に呪文を囁いてから、私は意を決して占い部屋を出ようとした。


「やぁ」


 その瞬間、デヴィットが目の前に現れたから、私の心臓は悲鳴を上げる。

 途端に強烈な眠気に襲われ、クラッとした。

 後ろによろけて一度は踏みとどまったけど、眠りに落ちて倒れた。



 私が倒れたのは吸血鬼が入れない結界の中で、そのまま眠ってしまった。

 結界の中の音は聴こえないため、デヴィットには私が息をしているかもわからず、ルーカス達を呼んで慌てたそうだ。

 私には外の音が聴こえたので、五分後、彼らの声で目を覚ました。

 彼らに大変な心配をかけてしまった。


「あれが眠り姫? 毎回あんな風に倒れて同級生は驚かなかったのかい?」


 暴走してまたデヴィット達を傷付けないために、眠りの魔術をかけたと嘘をつく。

 そうしたら安心して笑みを溢すデヴィットは、からかった。その笑みに心音が乱れたらしく、眠気に襲われる。


「いえ、あれは……貴方が急に、現れるから」


 眠らないように堪えつつ、頭を押さえると「頭を打ったのかい?」とデヴィットが触れてきたので余計に眠気に襲われた。


「もう! 寝る前に食べてよ!」


 テオが痺れを切らして声を上げるのでビクッとした。眠気に襲われて倒れかける。それをデヴィットが受け止めるものだから、ついに眠ってしまう。


 結局、テオが作ってくれたのに夕飯を食べることができず、私は朝まで寝てしまった。


「本当にごめんなさい、迷惑をかけて……テオが作ってくれたのに……魔術探しもせずに寝てしまって」

「今食べて」

「仕方ない。おれ達を傷付けないために講じた策だろ」


 ソファーで目覚めて自分の失態に知り、慌てて謝罪したが、吸血鬼達は寛大だった。

 彼らを傷つけないためなんて、嘘。その罪悪感に苛まれる。


「メリア。とりあえずその眠りの魔術とやらを解いたらどうだい? 心配せずともオレ達は怒鳴りあいなどしない」


 デヴィットは私の肩に手を置いて笑いかけた。

 元凶は貴方なんだけど。

 言えるわけもなく、また倒れて眠る前に私は言われた通り、眠りの魔術を解いた。

 デヴィットを意識しないように心掛けるが、逆に意識してしまう始末。

 だから心音の乱れを知られる前に、朝飯を食べて占い部屋へと逃げ込んだ。


「バカバカバカ……」


 顔を押さえて俯く。

 恋心に気付いたからといって、何かを望んでいるわけではない。

 というか何を望むの?

 彼は吸血鬼。

 彼らは私に人間に戻してほしくて、ここにいる。

 呪いを解くために私に会いに来たわけで、私は呪いを解くために集中すべきで、私が恋愛にうつつ抜かしている場合ではない。

 彼らは四百年近く苦しみ待った。

 そうよ、私に全てはかかってるのよ。

 恋煩いで遅れを取るなんてだめだ。慌てるな、動揺するな。しっかりするのよ、私。

 深く呼吸をして、けじめをつける。


「……そうよ、初めての恋だけど……。先ずは彼らの呪いを解かなくちゃ」


 初めての恋。初めて好きになった人。

 口にして気付く。


「……初めて、好きになれたんだ……」


 母の二の舞にならないように、一線を引いていた。魔女だと知っても、離れていかない人を探して、そばにいるドミニクも好きになろうとしなかった。

 デヴィットはもう、私が魔女だと知っている。

 魔術を目の前で見せたし、暴走して傷付けた。それでも怯えず、一番そばにいてくれた。


「ひゃっ!?」


 振り返ると、入り口にデヴィットがいて震え上がる。


「突然現れてない。さっきからいたよ」


 私の様子を笑い、デヴィットは壁に凭れた。

 さっきからですって?

 独り言を聞かれた!?

 焦ったけど、部屋の外にいる彼には聴こえていないことを思い出して、胸を撫で下ろす。


「どうしたんだい? なにか悩みごと?」


 デヴィットは、首を傾げた。


「……いえ、別に」

「聴こえないって」


 私の返事が聴こえないため、デヴィットは苦笑する。

 そうね、聴こえない。


「……デヴィット、あのね」


 一歩近づく。高鳴る心臓も、彼には聴こえない。


「恋をしてしまったみたいなの、貴方に」


 ドキドキと震動する胸で、声が震えたが微笑む。

 生まれて初めての告白。

 痛いくらいの緊張に、ギュッとスカートを握り締めた。


「メリア」


 優しく名前を呼ぶデヴィット。


「今だけ、伝えさせてほしいの」


 一方的で、聴こえなくてもいい。

 伝えたことにはならないかもしれないが、私は彼を見つめて言葉にしたかった。ただ一言。


「……好き……」


 トクン、トクン。

 ゆったりとして大きな心音が、胸の中で奏でていく。

 熱さを感じながら、デヴィットの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 デヴィットも見つめ返すけど、困惑の表情を浮かべていた。

 私に触れようとしたのか、手を出したが結界に弾かれる。


「……メリア。意地悪はよしてくれないかい? また悪口を言っているんだろう」


 困ったように笑って肩を竦めたデヴィットに、苦笑を送った。悪口は言ってないと首を横に振って伝える。


「じゃあなにを? ……まぁいいけど。メリア、髪飾り」


 大して興味がないらしく、自分の用件を言う。手には羽の髪飾り。

 朝起きてからないと思ったら、彼が持っていたらしい。それをつけてくれるために来たみたいだ。

 つけやすいように背中をみせるけど、彼には届かなかったらしい。


「メリア。意地悪はやめてくれって」


 溜め息をつくものだから、一歩出る。


「あ、ごめんなさい。忘れてて」

「やっと君の声が聴けた。何を言っていたんだい?」

「眠いって言っただけよ」

「そうなのかい? ……そうか」


 撫でるように髪をかき集めながらデヴィットが訊いたので、さらりと嘘をつく。

「よし」と言うので一歩前に進んで、結界に戻る。振り返ったら、デヴィットが目を見開いていた。


「……オレのこと、避けていないかい?」

「そんなまさか」


 慌てて首を振るが、よく考えたら避けてる。


「じゃあ、来てくれ」


 腰に手を置いて、デヴィットは待ち構えた。結界から出ろって意味だろうか。

 でも結界から出ようと踏み出せば、触れる距離になってしまう。

 戸惑っていると「ほら、オレを避けているじゃないか」とデヴィットが唇を尖らせた。

 違うと言いたくて慌てて一歩踏み出したら、デヴィットの胸に顔をぶつけてしまう。

 頑丈なデヴィットだから、跳ね返って後ろに倒れかけたが、ディヴィットが背中に腕を回して受け止めてくれた。

 触れる距離どころか、ゼロ距離。

 デヴィットの胸に手をついてなるべく離すが、これ以上離れられない。

 私の後ろにある結界がデヴィットを拒絶して、デヴィットの腕ごと私を弾き、デヴィットに抱きつく形となってしまった。

 彼の胸に耳が辺り、彼の小さく速い鼓動を耳にする。心地のよいリズム。

 もう少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 このままで居たかったが、ちゃんと自分で立ち、笑みを向けてから訪ねてきた客人を出迎えにいった。



 遅れを取り戻そうと、休憩中も魔術書をめくり魔術を探した。


「変なんだ……」

「自意識過剰なだけだろ。普通じゃないか」


 居間のソファーで魔術書を見ていたら、聴こえてきた会話。ダイニングにいるデヴィットとルーカスの声だ。テオは私の目の前にいる。


「オレが自意識過剰なのか? ……なんだか嫌われた気がしてならないのだが」


 私の話だと直ぐに気付いた。

 あからさまに避けてしまっているのだろうか?

 意識しないように、視線を逸らしてしまったのがまずかった?


「だったら直接訊けばいいだろう!」


 痺れを切らしてルーカスが声を上げた。それに驚き振り返る。

 テオがそれをみてギョッとし、私の目の前から消えてダイニングに行った。


「聴こえてるよ、ルーカス。メリアが震え上がってる」

「……すまない、メリア。大丈夫か?」


 テオが教えれば、ルーカスが顔を出して静かに謝る。

 怒声が苦手な私は、胸を押さえてながらも頷く。大丈夫。


「どうかしたの……? トラブル?」


 一応訊いてみると、ルーカスが私からは見えないデヴィットに目を向けた。


「いや、大したことはない」


 ルーカスは首を振る。デヴィットが言葉を発しない。

 今度はデヴィットが避けてる?

 ズキッとしたが気にしていない素振りを見せて、魔術書に目を通す。

 恋心に気付いただけで、ギクシャクしている。溜め息をつきたかったが、またデヴィットが気にするといけないので飲み込んだ。

 テオが戻ってきてソファに座った。それから私が開く魔術書を覗く。


「それはなぁに?」

「これは薬よ。治癒の薬。どんな怪我も一瞬で治すけれど……とても不味いの」

「ボクが美味しくしようか?」


 一度経験したことのある私が苦い顔をすれば、料理上手のテオが真顔で言うのだからちょっと可笑しくて笑う。

 薬を混ぜこむから、至極苦い。原料は薬草に花に爬虫類の一部。グツグツと煮込んだそれを飲めば、苦しいが魔力の減りも少なく完治できる。

 これはテオでも美味しく作れないはずだ。

 調理材料を言えば「魔女みたい!」とテオは笑った。薬作りは古典的な魔女のイメージね。


「呪文では治せないの?」

「治す呪文もあることはあるけれど、正しくは怪我を移すの。魔力を相手に注ぐのはちょっと危険なの、拒絶反応が出てしまうから他人の怪我を呪文で治すことはしない。代わりに他人の怪我を自分に移して、薬を飲んで治す魔女がいるの」

「ふぅん、そぉなんだぁ」


 怪我をした相手に魔力を注いで治癒することは、時には危険に晒すことになる。薬の方が安全だ。


「呪いをとくのは呪文だから、不味い薬を食べさせたりしないわ」

「あははっ」


 テオと会話しながらも、デヴィットのことを考えた。けれども、ドミニクのことを思い出す。

 そうだ、明日の夜はパーティーだ。でも、好きな人がいるのに、ドミニクと過ごせない。断るなら早い方がいい。代わりを見つけるため。

 次のお客が来る前に占い部屋で、申し訳ないけれど電話で謝罪して断った。

 すごく残念そうな声だったけれど「わかったよ」と諦めてくれる。本当にごめんなさい。

 肩の荷が降りた。これで少しは専念できる。


 その夜も、徹夜しようとした。


「明日はパーティーがあるのだから、もう休んだ方がいい」


 ルーカスが気遣ってくれる。


「パーティーは断ったの」


 笑顔で答えたら、テオが飛び上がった。


「なんで!? せっかくのドレスが!!」

「テオ!」


 直ぐ様デヴィットが声を上げるものだから、私はビクリと震える。


「……えっ……ドレスってなんのこと?」


 デヴィッドは額を押さえて、テオは口を両手で押さえた。ルーカスは呆れた表情で肩を竦める。


「……ドレスを用意したんだ、明日のために」

「私の?」

「驚かせたくてね」


 しぶしぶといった様子で、デヴィットが笑みで白状した。

 驚かせたかった、という理由を聞き、私は納得する。デヴィットがパーティーに行くことを許したのは、ドレスで私を喜ばせようと思い付いたからだったんだ。

 胸が熱くなる。

 ああ、そういうところ、好きだな……。

 想いが表情に出ないように心掛けた。


「あ、ありがとう……ごめんなさい。無駄にしてしまって」

「いや、贈り物だから気にしないでくれ。それより、断った理由はなんだい?」


 デヴィットは微笑んで問う。

 でも、テオの方はなにか言いたげ。座っていたソファーの上で中腰になったまま、デヴィットにむくれた顔を向ける。

 デヴィットはそれを無視して、理由を待っていた。


「そうだ!! じゃあ、ここでパーティーしよう!」


 ナイスアイデアと、テオは言い出して万歳する。


「メリアに息抜きさせなきゃ! メリアはドレスを着て、庭でパーティーだ! ボクはご馳走作るっ!!」


 ご馳走を作ることは決定事項らしい。テオはサッとキッチンに行ってしまう。

 元々ドミニクのパーティーは、息抜きのためでもあった。

 息抜きに賛成であるルーカスはなにも言わない。


「……ふむ、それもいいか。構わないかい? メリア」

「うん。ドレスをありがとう」

「……いいんだよ」


 デヴィットに笑みで答えたあと、サッと視線を本に戻す。油断していると見つめてしまうもの。


「テオの料理は楽しみだけれど作りすぎないと……あら? ルーカスは?」

「……さぁ?」


 気付けば、壁に凭れて立っていたルーカスがいなくなった。

 キッチンでテオの手伝いをしているわけじゃないみたい。

 居間には私とデヴィットの二人きりになった。

 意識をしない。緊張をしない。ビクビクすることない。

 やがて、デヴィットが近付いた。優美な手が伸びてきたかと思えば、俯いた私の顎を指先が上げさせる。

 デヴィットと視線が合った。優しさが帯びた純金の瞳。


「ドレスは明日のお楽しみだ……。今夜はもう眠ってくれ」


 そう微笑んで告げたかと思えば、私からまた本を取り上げて、瞬きする間に寝室に運ばれた。

 下ろされてすぐに、私は寝室に足を踏み込む。乱れてしまった鼓動を聴かれないため。


「おやすみなさい、デヴィット」


 精一杯微笑みで告げるけれど、彼には聴こえない。でもなにを言っているかは予想がついているはずだ。


「……おやすみ、メリア」


 デヴィットはいなくなる。

 私は今日一日挙動不審だったことを反省して、ベッドに倒れ込んだ。


 翌朝、キッチンを見てみたら、たくさんの材料があって、テオは上機嫌に鼻唄をしながら仕込みをしていた。


「おはよう、テオ。あの、作りすぎちゃうんじゃない?」

「余ったらご近所に配るもん!」


 もう既にいい香りが満ちていて、お腹がキュルルッと鳴る。

 そうすれば、目の前に朝食が並べられた。自分の料理の腕を振るえて、テオは本当に嬉しそうだ。

 手間もかけているし、楽しみ。


「あっ! 庭に出ちゃだめだからね!?」

「わかったわ」


 もう準備しているみたいだ。ルーカスとデヴィットも姿が見当たらないから、中庭かしら。

 私はクスクスと笑ってしまう。


「テオは料理が好きね」

「時間が有り余ってたから、暇潰しのつもりでやってみたらハマっちゃったんだぁ」


 楽しげなテオを眺めながら、朝食を堪能した。


「あ、今夜はイタリアンだよ」

「え? テオはフランス料理のシェフでしょ?」

「イタリアンも経験したよ。カメリアって、イタリア語でしょ?」

「……うん」


 椿。それが私の名の由来だ。

 イタリアンもよく食べるけれど、なにも私に合わせなくともいいのに。


「人間に戻れたら、お腹一杯に食べるんだぁー」


 テオはニコニコした。

 こんなに料理上手なのに、テオ本人は食べられない。胃が機能しないから、受け付けられないそうだ。

 あんなにも楽しそうに作るのに……。


「……早く、呪いがとけるように頑張るわ」

「わかってるけど、今夜はだめー!」


 私の前に立って、テオが釘をさす。それから、にっこりと笑みを深めた。


「ボクの料理を食べてくれてありがとう、メリア」


 声を弾ませて告げると、また鼻唄をしながら料理に戻る。

 その姿を見つめながら、食事をすませた。

 いつも通り、占いをしていく。ルーカスとデヴィットとは会わなかった。

 その日のお客の占いを終えたあと、居間のソファーを占領したドレスがあった。

 鮮やかな青。ソファーから溢れるほどボリュームがあり、腰元には薔薇が3つ並んでいる。それは大学のパーティーにしては豪華すぎる。


「着替えないのか?」


 いきなりルーカスが後ろから声をかけたものだから、私は震え上がった。心臓が暴れるので両手で押さえる。


「ルーカス……昨日は、どうしていなくなったの?」

「……」


 ルーカスは、ちらりと庭の方に目を向けた。


「花を……買いに行っていた」

「……恋人さんに会いに行っていたの?」


 私は目を見開く。

 花と言えば、ルーカスの恋人が花屋さんだ。会いに行ったとわかった。

 ルーカスが少しぎこちなさそうに顔をひきつらせる。


「話せたの? どうだった?」

「おれの話はいいだろ、早く支度をしないとテオが騒ぎ出すぞ」


 どんな様子だったか聞いてみたかったのに、照れたみたいで背中を押された。

 二人が会えたなら嬉しい。

 まだキッチンで作業しているらしいテオに怒られる前に支度しよう。

 ルーカスがドレスを運んでくれるので、2階の寝室に向かう。


「それ……高過ぎるんじゃないの?」

「贈り物の値段を問うな」

「そうじゃなくて……こんな豪華なものをどうして?」


 階段を上がってからルーカスを振り返ると「デヴィットに聞け」と素っ気なく答えた。


「朝からデヴィットを見ていないのだけれど?」

「すぐ顔を出す」


 寝室には私しか入れないので、ドレスを受け取り中で支度をした。

 着てみたら、豪華で素敵だ。私の身に余る豪華すぎるドレスと感じる。

 ノースリーブでハイネック。胸元部分だけレースで透けていて、二の腕まで隠す手袋をつけた。

 大学のパーティーには派手すぎだ。化粧をしたら、なんだか着飾りすぎに思えてしまう。

 鏡を見つめながら、立ち尽くした。ゴールドの長い髪は下ろしたきり、どうしようか迷っている。

 このドレスを着させて、ドミニクとパーティーに行かせるつもりだったのか。そう思うと、シュンとしてしまう。

 でも今夜は、デヴィットと一緒。


「……きっと、いつものように褒めてくれるわね」


 想像したら、口元が緩んだ。

 髪はやっぱりデヴィットがしてくれるように纏めよう。青のグラデーションの髪飾りは、ドレスと似合う。

 靴は玄関から、似合うものを見付けられるだろうか。白いヒールならあった。それにしよう。

 部屋を出ようとしたら、目の前にはヒールがあった。クリスタルのように透き通る美しいヒール。これを履けってことね。

 クスクスと笑ってしまいながら、そっと足を滑らせるように履いた。

 そのまま、階段を下りていく。1階には誰もいなかった。キッチンには料理があるけれど、テオもいない。

 庭に出てもいいってことだろうか。

 出てみれば、私の庭は飾り付けられていた。球体の灯りが2階から吊るされて、さながら控えめなシャンデリアみたいに温かく柔らかく照らしている。

 白いテーブルクロスの長いテーブルの上には、イタリアンのパーティー料理が並んでいた。

 ローストビーフからピザ、フルーツの盛り合わせまで。色鮮やかな料理は美味しそう。

 華やかな花も飾り付けてあった。これはルーカスの恋人から、買ってきたのかもしれない。


「食べてもいいってこと?」


 もうお腹がペコペコ。聞こえる距離にいるはずだから、私は声に出す。でも、返事はない。なんで姿を現さないのだろうか。

 花の中にメッセージカードがあった。先に食べて、とイタリア語で書いてある。少し、出掛けたのかな。


「いただきます」


 元々、私しか食べない。皿に取り、食べて彼らを待つ。まさか私を一人にしないよね。いくら息抜きのためでも、一人はちょっと……。

 でも、やっぱりテオの料理は美味しい。立ったまま、堪能をした。

 バイキングみたいな形式にしたのは何故だろうか。息抜きなら、私一人をもてなすような形式にしそうなのに。

 テーブルは隅に置かれていて、真ん中のスペースは広い。何のためだろうか。


「……テオ? ルーカス? デヴィット?」


 呼んでみたけれど、返事はない。どこ行ったのかな。

 椿の形に盛り付けられた料理は崩すのがもったいないけれど、食べてみる。

 美味しいよ、テオ。直接言いたいのにな。

 ルーカスと花の話もしたい。

 ……寂しい。

 最悪な出会い方だったけれど、それからずっと一緒にいて、とてもいい人。

 もう良き友人だ。

 テオは無邪気だ。料理好きで、笑顔が愛らしい。

 ルーカスは無愛想な顔をして冷たい印象を抱くけれど、表に出さないだけで恋人を深く愛している。

 デヴィットは少し腹が黒いけれども、友だちを喜ばせることが好き。子どもっぽい笑顔も、優しげな微笑も私は好きだ。


「……」


 その微笑みを思い浮かべながら、何となく庭の中心に行き、スカートを軽く持ってクルリと回った。

 あれ、もしかして、このスペースはダンスをするため?


「お美しい魔女だ」


 デヴィットの声に振り返れば、そこにいた。

 赤みかかった髪は、いつもよりお洒落に遊ばれたオールバック。優雅な黒のタキシード姿。見惚れてしまう。


「オレと踊ってくれるかい?」

「あ……はい……ぜひ」


 返事をしそびれそうになったけれど、なんとか頷く。差し出された手に、自分の手を置く。

 気付けば、テーブルの横に蓄音機があった。レコードはセットされていて、音楽が流れ出す。

 私の手を握り、腰に手を当てて、デヴィットはリードして踊り始めた。

 優しく細められた純金の瞳と長く見つめ合えず、何度も視線を落とす。


「本当に美しいね、メリア」

「……ありがとう。デヴィットも、素敵」


 視線を合わせたけれど、目が放せなくなりそうで、また背ける。


「実はこんなにも美しい君を、君の友人からかっさらう計画だったんだ」

「え?」

「メリアは彼のものではないと示したかった。そうすれば、同じような頼み事はされたりしない」

「ええ?」


 とんでもない悪戯を計画していたと知り、私は苦笑した。

 ドミニクに同級生の前で恥をかかせるつもりだったなんて。そのタキシードもそのためだったのかしら。

 こんな姿で迎えに来られたら、連れ去られても構わないとさえ思ってしまうけれども。ドミニクが可哀想だ。


「実行されなくてよかった……。でもドレス、ありがとう」

「ふふ。……そうだね」


 笑い合ってから、ターンをした。青いドレスは軽やかに舞う。

 昨日はドミニクの誘いを断った理由を答えていないけれど、デヴィットはまた問うだろうか。その時、私はなんて答えるべきかしら。


「メリア。君も打ち明けてくれないだろうか?」


 ドキッとして、顔を上げる。デヴィットは微笑みを保ったまま、私をリードしてステップをした。


「昨日、占い部屋で言っていたことを、オレに聴かせてくれないかい?」


 予想よりも、驚いてしまう質問をされ、私は足を止める。デヴィットも止まって、私を見つめた。

 心臓が、ドクドクと高鳴る。一方的な告白をした時より、強い。

 このために、ルーカスとテオがいないんだ。

 私の心音も声も聴こえなかったはずなのに、伝わってしまったのだろうか。

 今は、確実に耳に届いてしまっている。


「……聴かせてくれないか?」


 温かさが溢れて、とろとろに溶かしてしまいそうだ。

 想いが塞き止められずに、ここに漂っているみたい。

 デヴィットが見つめて、待っているからなのだろうか。

 もう一度、言葉にしようとした。でも、詰まってしまう。


「聴かせてほしいんだ」


 デヴィットは顔を近付けて、視線を繋げた。


「……優しい君のことだ。呪いをとくことに専念しようと考えているのかい? ルーカスも言っただろう。君はもっと愛を貰うべきだ」


 デヴィットの右手が当てると、別の温もりが広がる。愛を注がれているように感じて、涙を落としそうになって瞼を閉じた。


「オレの愛を受け取ってもらえないだろうか?」


 優しい声が、愛を告げる。


「愛しい魔女、メリア」


 温かい雨が降り注ぐように、包まれるように、愛を感じた。

 純金の瞳を見つめ返して、想いを言葉にする。


「……好きよ、デヴィット」


 デヴィットは、微笑んだ。嬉しそうに見える。

 私も、想いを受け取ってもらえて嬉しい。涙が溢れそうになり、デヴィットの指が拭ってくれる。

 ゆっくりと、顔が近付く。私はギュッと目を閉じて、デヴィットを感じた。


「……ふっ」


 私の唇に、デヴィットの息が吹きかかるから、ビクッとした。


「落ち着いて、メリア」


 笑っている声に、瞼を開く。愉快そうに笑っているデヴィットが、チラッと視線を送る。

 気付けば、足元には青い薔薇が咲き誇っていた。まるで月光の下で揺らめく青い海の上にいるよう。

 私の魔力の影響だ。緊張のあまり、感情の高まりで魔力が薔薇を咲かせた。

 目に見える動揺に赤面して、私は俯く。顔を覆ってしまいたくなるけど、デヴィットは許してくれない。

 甘い青い薔薇の香りに満ちたそこで、口付けされた。




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