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06・恋心



 三十分の拷問後、幸いにも四人目の客人はドタキャンした。たまに忘れて他の用事をいれてしまう人がいる。

よかった。一時間休むことができる。

デヴィットから逃げ出して、私は裏庭で一人休憩した。片手には魔術書。もう片方には野良猫にやるミルク。

 三十分休みの過ごし方の一つ。時々遊びに来てくれる黒猫と戯れてた。動物と戯れる時間は癒しだ。

とくに美形の吸血鬼の嫌味と皮肉と不満をぶつけられたあとは極上の癒し。

 近寄ってきた黒猫にミルクを与えながら、指先で撫でた。この子は耳の付け根がツボ。

ミルクを舌で舐めながら気持ち良さそうに目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らす。

ミルクの匂いに誘われたのか、他の猫まで歩み寄ってきた。

 だけど私に辿り着く前に、猫達はビクリと震え上がり後退していく。私の隣でミルクを飲んでいた黒猫さえ、私から離れていった。

まるで何かに怯えてる。


「……デヴィット?」


 ドアにデヴィットが立っていた。


「……すまない。ゴロゴロと変な音が聴こえたから……邪魔してすまなかった」


 デヴィットは苦笑して、一歩後退りする。どうやらデヴィットに怯えて猫達は離れたらしい。


「脅かしたのですか?」

「……動物には嫌われているんだ。オレ達は獰猛なライオン。近付いてはくれない」


 つまりデヴィットはなにもしてない。苦笑してる。


「……まぁ、そうですね。私はそのライオンが三匹いる家で無防備に寝ちゃいました。こちらへどうぞ」


 私は笑いながら、隣に座るように言う。デヴィットは不可解そうに微かに歪ませた。


「……猫と戯れたいんじゃ?」

「ライオンも猫ですけど」

「……ライオンと戯れたら怪我するぞ」


 言ってやれば困ったように笑って、デヴィットが私の隣に腰を下ろす。


「おいで」


 私はその猫達に微笑みを向けた。

少しだけ警戒体制で四本足で立ち尽くしていた猫達は、恐る恐ると足を出して近付く。


「……驚いた。この猫、君に従順なのかい?」

「違うわ、気まぐれな野良猫なんです。誰にも従わないけれど、私とは仲良しだから多少聞いてくれます。友だちの頼みは聞くものでしょう?」


 目を見開いてデヴィットは私と猫を交互にみた。

「そんなに嫌われてたんですか?」と私は首を傾げる。物凄く驚いてることが意外だ。


「犬は吠えもしないで離れるし、鳥は頭上さえ飛ばず避けていく。我々吸血鬼は血生臭いのかもしれない」

「そうかもしれませんね」


 私はさっきの仕返しで頷いた。


「オレ、臭う?」


 沈黙を返して私は猫と向き合う。

「ねぇ、臭いの?」と猫に訊いてみた。猫達は揃って首を振ってみせる。


「あぁ、なるほどね。じゃあ……禍々しいオーラ?」


 一人の猫が私に語りかけるように口を開いて鳴いてみせた。


「雰囲気ですって」


 私はデヴィットに教える。デヴィットが不可解そうに笑みを歪ませて私を見た。


「……それは、魔術かい? 動物と話す……」

「いいえ、ただの特技です。魔力で感じ取れるんです、感情を。彼らも感じ取ってるんですよ。私と隣に並んで座ってるから安心したみたいです」


 魔力の仕組みは上手く説明できないけれど、大抵の魔女は動物の感情が読み取れる。

猫達はまだ警戒してデヴィットを避けて私を取り囲む。でもお目当てのミルクは私とデヴィットの間。

 早くミルクをくれ、とお願いしてくる。

私はそこにあるわ、と伝えた。

まだ信じてくれず、じっとミルクを頂戴と目で訴えてくる。

だから私はディヴィットの肩に手を置いた。


「なにしてるんだ?」

「危険じゃないって教えてるの……ほら、痺れを切らした」


 デヴィットは興味津々に訊く。黒猫が私の膝に飛び乗る。その黒猫はぴょんっと私の膝からデヴィットの膝に飛び乗った。

 デヴィットは仰天して身体を強張らせる。

私を脅迫した吸血鬼はどこへやら、猫に怯えていた。

 可笑しかったが笑うと怒られるから堪える。でも猫達に伝わって彼女らも笑う。

猫達はそれほど怖くないと気付いてデヴィットと私の間に入り、ミルクを飲み始めた。


「……メリア、どうすればいい?」


 戸惑いで一杯な声でデヴィットは助けを求めた。吹き出しそうになる。


「彼はここを撫でられるのが好きなの」

「……ここかい?」

「優しくね」

「……すごい」


 教えてあげるとデヴィットは黒猫に耳元を撫でた。気持ち良さそうに目を閉じて喉を鳴らす姿をみると、デヴィットは感動した笑みを溢す。


「食べる以外でこんなに近付けたのは初めてだ」


 ギョッとして「……猫食べたなんて言っちゃダメ」と私はそっと囁く。

「大丈夫、食べてない」と笑って返すデヴィット。


「動物と触れ合うのは生まれて初めてだ……。動物園に行っても避けられたからな」

「本当に?」

「ああ。……人間に戻るまで猫を膝に乗せられるなんて夢にも思わなかった……」


 感嘆を吐くデヴィットは黒猫に釘付け。

デヴィットが喜んでいると感じとり、猫達は気を遣って寄り添う。


「……人間に戻るまで、人間と恋愛することも無理だと思っていたのに、ルーカスはすごい」

「……そうなの?」

「ああ。大抵は噛まずにはいられないし強い感情を抱くと、自制がきかないから。ほら、ルーカスが怒って君を殺そうとしただろ? あれさ。君が泣く時と一緒。吸血鬼なんて明かしたら離れていくし、ずっと長い間そばにいられない。そんな相手を好きになれるなんて……オレならもどかしすぎて堪えられない……」


 あいつはすごいよ、とまたデヴィットは呟いた。

私が負の感情を高ぶらせると魔力を暴走させるように、吸血鬼も高ぶると自制がきかないようだ。

 つん、と猫がおかわりを要求してきたから瓶に入ったミルクを注ぐ。


「……なぁ、メリア。奴に恋愛感情を抱いたことはあるのか?」


 少しの間、沈黙をしていたデヴィットは呟くように訊いてきた。

ドミニクのことかな。

私は首を横に振る。


「じゃあ何故パーティーに行くんだ? 君が友達として行っても、周りは勘違いする。恋人だと」


 私がドミニクとパーティーに行くのは、一時でも恋愛感情を抱いていたからだと思っていたみたい。


「彼はずっと友達。私が恋愛感情抱いていないことも彼は知ってるわ」

「奴はそうは思っていないようだった。君に気があるからパーティーに誘ったんだ」

「……知ってます。これでも外見でモテていたので、気があるってわかっていますよ」


 デヴィットに言われなくても、ドミニクが私を好きだってことくらいわかってる。

外見だけで想いを寄せられることが多かったから、ドミニクの気持ちは前から知ってた。


「だから友達だって言い続けました。これからもずっと友達だって。彼は承知してます」

「……そういうものなのかい?」

「えぇ。大学で新しい恋をしていると思ったのに……私の占いで見付けてあげようかしら」


 猫達が私とディヴィットを交互にみて、静かに見守ってる。そんな気を遣わなくてもいいのに。


「その占いで奴とは上手くいかなかったのか?」


 嫌なことを訊いてくる。

私は顔を歪まして俯く。一匹の猫が励ますように私の手の甲をざらついた舌で舐めた。おかげでミルクの匂いがついてしまい笑う。


「ドミニクどころか、高校にいた男子生徒とは誰一人として上手くいかないって出たんです」


 私は遅れて答えた。


「一度だけ自分の恋愛について未来を見てみたんです、いつもは見ないのですけど……。学校に私が魔女だと知っても不気味がらない人を捜しました。誰も映りませんでした……」


 苦笑すると黒猫が励ますように尻尾で小突いてきたり、頬を擦り付けてくる。その子の頭を撫でた。


「母の二の前は嫌だし……私みたいな思いはさせたくないから……高校時代は青春も味わえずに過ごしてしまいました。だから迂闊に自分の未来はみないことにしてるんです」


 母のように妊娠してから明かして去られたくはない。私と同じ思いを子どもに味あわせたくはないから。

 私は水晶であらかじめ捜した結果、望む相手はいなくて落ち込んだ。入学仕立ての頃だったから、一気に希望をなくした。

それから自分の未来は見ないようにしてきたんだ。本当に、未来を知ることは怖いことだ。


「拒まれるのをわかってて好きになれません。……悲しいお話は嫌いですから」


 終わってしまう恋なんて始められなかった。だからドミニクとは友達関係を保ってきたし、これからもそうするつもり。


「だからルーカスを早く人間に戻したいと思ったんですけど……やっぱりパーティーに行くのは、やめようかしら」

「……いや、行った方がいい」


 デヴィットに目を向けると彼は何処かを見つめていた。散々嫌味を言ってたのに、どうして今更すんなり頷いてくれるんだろう。私は首を傾げた。


「ところでルーカスに何をしたんだ? あんなにすんなり一夜を潰すなんて……」


 くるっとデヴィットはルーカスが一番先にパーティーに行くよう言ったから私に訊く。本人に訊けばいいのに。

私からは言えない。占いで恋人が一ヶ月先も待ってくれていることを知ったからなんて。

さぁ、ととぼけた。


「そうだ、テオを呼ぼう。アイツも喜ぶ」


 ぱっと目を輝かせてデヴィットは黒猫を下ろしてから家の中に戻ろうとしたが、ピタリと止まって私を振り返る。

「大丈夫だろうか?」と不安げに訊く。

私は猫に目を向けた。

「テオが食べなければ」と私は笑って応える。

デヴィットは嬉しそうに微笑みを溢して、家に入った。

どうやら家の外に出ると彼らには聴こえないみたいだ。そのくらいの聴覚ってこと。

 それにしても、相当デヴィットは友達想いみたい。あんなに嬉しげに笑うなんて。

 喜ばせてあげてくれてありがとう、と私は猫達に感謝を伝えた。

だけど戻ってきたのはデヴィットだけ。なんだか不機嫌に唇を尖らせている。


「テオは?」

「ルーカスと買い出しに行ってしまったらしい」

「じゃあまた明日にしましょう」

「驚かせたい。内緒にしよう」


 ルーカスとテオはいない。せっかくの触れあいのチャンスを友達が逃して不機嫌だ。

だから私が笑って言うとコロッと表情を変えてはしゃいぐ。すごく茶目っ気がある。子どもだな。

 思わず吹き出す。

笑った意味がわからず、デヴィットはきょとんと首を傾げた。


「もう時間だわ。じゃあまた明日」

「ありがとう」


 立ち上がって猫に挨拶すると、デヴィットもしゃがんで礼を言う。

ある猫はその場で寛ぎ、ある猫は背伸びをしてから帰っていった。

 それを二人で眺めたあと、顔をあわせて笑って中に戻る。


「……買い出しって私の食料?」

「ああ、テオは久しぶりに料理が振る舞えて喜んでいるんだ」

「……お金は?」


 不意に疑問に思い訊いた。テオが喜んでいるのは、伝わっていたから知っている。知っているが買い出しにいったのは私の食料だ。金銭は一体どうなってるんだ?

さぁ知らないと言わんばかりに、デヴィットは肩を竦めて流した。

買いに行くと言ってくれればお金を渡したのに……もう。


「二人とは何年の付き合い?」

「四百年だ。ルーカスの方が早く会ってるが数十年の差だ」

「……長いわね」

「……クス」


 目を丸めていたデヴィットは小さく笑いを漏らす。

今笑うところ?


「いや、さっきから、フレンドリーに話してくれているなぁと思って」


 言われるまで気付かなかった。

確かに時々、敬語を忘れてしまっていたみたい……。


「あ、ごめんなさい」

「何故謝る? オレはフレンドリーに話してもらいたい」


 玄関の前でデヴィットが立ち止まるから私も立ち止まる。


「オレのこと嫌いか? そりゃあ……第一印象は君の人生の中でダントツで最悪な男だろうけど」

「あー……いえ。嫌ってないわ」


 またその話を持ち出してくるデヴィットに、私はきっぱりと首を振って否定した。


「大丈夫、貴方達がいい吸血鬼だってわかってるから」


 嫌ってない。

話に聞いていた吸血鬼と違うってちゃんとわかっている。

ルーカスは人間を愛している人がいるし、テオは天真爛漫で料理を振る舞うのが好きで、デヴィットは微笑の仮面を被る五百歳だけど結構子どもっぽい。


「……ありがとう、メリア」


 穏やかにデヴィットは微笑んだ。

まるで耳を撫でられたあの黒猫みたいに目を細めているその微笑は、安らいでるみたいに見えた。

純金のキャッツアイも、優しげに見えて今度こそ見惚れてしまう。

 デヴィットはその笑みを浮かべたまま私を見つめてきた。

どれくらいの時間が経っただろうか。よくわからない。

漸くデヴィットから動いて私に手を伸ばしてきた。冷たい指先が撫でるように頬を滑る。

 その時にチャイムが鳴って、デヴィットはバッと手を引っ込めた。フッと消えたみたいに私の目の前からいなくなる。

 今の行動の意味はなんだったんだろう?

その疑問を消して私は五人目の客人を笑顔で迎えた。




 夕飯のご飯はとてもすごくて思わず「うわお!」と漏らしてしまう。


「それって美味しそうってこと? それとも不味そうってこと?」


 不安げに眉間にシワを寄せるが、自信でつり上がる笑みは隠しきれていないテオ。


「とても美味しそう」


 私は笑みで応えた。

目の前に置かれたのは、トマトの甘い香りがするハヤシライス。

とろみが残る卵が乗せられていている。

テオの喜色満面の笑顔を見てから私は食べた。美味しい。


「メリアは何が好き?」

「え? 好き嫌いはないわ」

「好物だよ」

「んー、特にないけど」

「ないの?」


 ぴょんぴょん跳ねながらテオが訊く。


「お母さんが作ったもので、一番好きなのは?」

「母は料理が得意な方じゃなかったから……小学生から自分で作ってたんで」


 母が作る好きな料理は全然思い浮かべられなかった。頬杖をついて目を真ん丸にしていたテオは、少しの間考える。


「じゃあいっぱいボクが作るから好物にいれてよ」


 にぃ、と尖った牙も一緒に白い歯を剥き出しにしてテオは、笑って見せた。

 私も笑い返す。牙を見ても怖くなくなった。

人間の適応力はすごいものだ。


「……君の母親は、そんなに淡白だったのかい?」


 食べる私を眺めていたディヴィットが疑問をぶつける。高校時代の友人にも家族について話したことが、なかったからちょっと戸惑う。


「ロアン一族は優れた魔女で大抵は自分で出来たから、幼い時から大人扱いだったから」


 そう私は割りきっていた。

母を他に表現するなら、魔術の先生。


「……その母親は、今何処なんだい?」

「んーわからないわ。私が引っ越してからすぐに他の街に引っ越したから」


 互いに連絡手段を持っていなくとも不便はない。


「生き方は人それぞれだが……些か君の一族は淡白すぎないかい?」

「そうね。それが最も優れた一族の秘訣かも」


 自虐的に言ったが笑ってくれたのはテオだけ。デヴィットとルーカスは気に食わなそうに顔をしかめている。


「どうかしたの?」

「……異常だと思わないのかい?」

「……んー。私にとってそれが当たり前だから。それが通常」

「いいや、当たり前だと思ってはいけない。そんなのオレ達が吸血鬼だから人を殺して当たり前と言っているも同然なんだぞ」


 怒ったようにデヴィットが言うから私は震え上がった。それを見てデヴィットは口を閉じる。


「……大丈夫、私は父親から一時でも、ちゃんと愛をもらえたので。時折会った祖父も優しかったし」

「それじゃ足りない」


 ずっと黙っていたルーカスが口を挟む。


「お前のような人はもっと愛を貰うべきだ。それくらい価値がある人間だとおれは思う」


 もっと愛を貰うべき価値がある人間。

なんだか素直に受け止められない言葉だ。そんなに私は価値があるのかな?

卵とハヤシライスを掬って口の中に入れた。

 でも愛をくれるような人が、いないのよね。





 食事を終えてから魔術探し。まだ書斎の本からまだ四分の一も見てない。吸血鬼の特徴に合う魔術を見つけ出すのに時間がかかる。

見つけ出して呪いに変えて、そしてその逆を導き出さなきゃ。

なんだか誰も解けない複雑な数学の問題に取りかかっている気がしてきた。


「メリア、今日は早めに切り上げたらどうだい?」


 デヴィットが温かいココアを差し出して言う。私にいれてくれたらしい。

私は受け取って礼を言う。


「だけど、先ずはロアン一族の魔術書から見つけ出して他の魔女から借りなくては……」

「それは明日もあるし、日曜日は占いは休みだろう?」

「……そうだけど」


 ルーカスに目を向けると彼は何も言わず壁に寄りかかっている。そんなに余裕でいいのかな?


「お肌に悪い。パーティーに行くのに肌が荒れたら台無しじゃないか」


 冷たい指が私の頬をなぞる。微笑が近くて私は身を引く。

「わかったわ……」と私は従うことにして、三冊抱えて部屋に行こうとした。

 急に腕の中の重みがなくなる。

腕の中に抱えていた魔術書が消えていた。

捜すとデヴィットの前に他の魔術書と同じく山積みにされて置かれている。

テオがケタケタと笑い声を上げた。

 誰の仕業かわからないが、寝室に持っていくことも許されないようだ。

肩を竦めて私は大人しく自分の寝室に行こうとしたが、思い出して振り返る。


「あの、デヴィット」

「ん?」

「ちょっといいかしら……」

「あ、あぁ、いいよ。なんだい?」


 デヴィットにだけ話したいと呼ぶと、予想外で面食らったような顔をしてデヴィットは立ち上がった。

 占い部屋に入れてから私は「テオを驚かす件なんだけれど」と口火を切る。

「ああ! それかっ……」と落ち着きなく首の裏を擦って占い部屋を見回した。


「どう……したの? 忘れちゃった?」

「いや、いや! 覚えてたさ。それでサプライズのプランを二人で立てるのかい?」


 様子が変で訊いてみたら大袈裟なくらい首を横に振って、楽し気な笑みを浮かべる。

私は申し訳なく感じた。


「その、ごめんなさい。明日の客人はほとんど気難しい方ばかりで、ちゃんと来ると思うけれど中には時間通りに来ない人もいるから……」

「……明日はだめだということかい?」

「いえ。朝なら大丈夫、でも猫達はいないの。朝は他のところで食べているので、だから代わりに……鳥やリスは……どうかしら?」


 明日の予定を考慮するべきだったと後悔してる。吸血鬼達は暇をもて余してるから、なるべく早く動物と触れあう時間を与えたいから、朝に鳥やリスを呼ぶことを提案した。

鳥やリスが嫌いでないならいいが。


「鳥まで呼べるのかい?」

「えぇ……まぁ……」

「勿論! どんな動物でも触れあえるならテオもルーカスも感動する!」


 驚いて目を丸めていたデヴィットは、大喜びで声を上げた。

友達に感動を与えれることに喜んでいる。そんなデヴィットを見ると口元に思わず笑みが浮かぶ。


「あ、あと……明日は外出してほしいんです。家にいない方が……」

「何故?」

「……とても、偉い方が来るので」


 私は口ごもる。はっきりと言えない。

「大統領でも来るのかい? それとも王族かい?」と冗談を言うデヴィット。

「……大統領は来ない」と苦笑を漏らす。


「王族が来るのかい?」


「秘密です、秘密ですから! ボディーガードを引き連れてくる人達が来るから、いない方がいい……」

「……君ってすごい」


 感心してデヴィットは笑う。

本当にこれは話してはいけない機密事項。武装している人間と吸血鬼を会わせたら非常事態になる。

外国の王族に大統領の相談役をする政治家などが、来るからいてもらっては困る。


「わかった。小鳥と触れあってから出掛ける。六時に戻ってくればいいかい?」

「うん、お願いします」

「……敬語だ」

「頼み事をする時はお願いしますと言うのが普通でしょ」


 引き受けてくれたデヴィットに正しい頼み方を教えてから笑いあった。


「さぁ、寝てくれ」

「えぇ」


 デヴィットが私に手を差し出してきたので、私はそっと手を乗せた。

 昔からの癖は根を張っているみたいだ。紳士的な行動を受け入れて、寝室まで送ってもらった。


「おやすみ、メリア」


 デヴィットが部屋に入る前に、私の腕を掴んで止める。そして私の頬に彼は唇を重ねた。

 柔らかい感触。ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。

デヴィットはさっと、私の前から消えた。


「……へ?」


 今の行動の意味はなんだったんだろう?

私はポカーンと立ち尽くした。






「なにすんの? なにすんの?」


 翌朝。

起きて真っ先に裏庭に出た。テオがじれったそうに急かす。

私は三人が見えるように芝生の上に立つ。背には花の庭園。春だから咲いてて花の香りがした。

どことなく昨日嗅いだ匂いと似ていたから、デヴィットのおやすみのキスを思い出してしまう。

意識をしてしまうからデヴィットを見ずに、空を見上げる。それから腕を広げた。

 羽ばたかせて小鳥達が私のその腕に舞い降りる。ある小鳥は羽で私の首を擽り、ある小鳥は歌を囀ずった。


「うわっ! すごいすごい!」


 テオが目を見開いてその場で跳ねる。私はそんな彼を手招きした。

「え? 逃げちゃうよ?」と不安げに言いつつも、目は私に留まる鳥に釘付け。


「食べちゃだめだぞ」


 デヴィットが釘をさして私に歩み寄る。目が合った。

自然に純金の瞳から小鳥に目を移して、デヴィットの肩に乗ってくれと伝える。

羽の音を立てて、デヴィットの肩に降りた。

 テオの瞳がキラキラと輝く。

「いいの? いいの?」と訊きながら、テオはジリジリと歩み寄った。


「大丈夫、テオもルーカスも」


 私は二人を呼んだ。戸惑っていたルーカスもテオに続いて私の前に立ったので、頷いて小鳥達に合図をした。

 一斉に小鳥は飛び立ち、テオとルーカスの上に舞い降りる。

テオは小鳥が入るくらい口をあんぐり開けて、感動で目を見開いた。ルーカスは息を殺して硬直して立ち尽くす。そのルーカスを私もディヴィットも笑ってやった。


「すげーすげー!」


 テオははしゃいでくるくると回る。一時避難するために、小鳥は飛んだがまたテオの肩に降り立つ。ルーカスはまだ息を止めて固まっていた。

ディヴィットは笑い声をあげながら、私が動物と通じていることを説明する。

 リスも呼ぼうと振り返ると、足元には黒猫。昨日の子だ。


「やぁ! 昨日はどうも」

「どうしたの?」


 ディヴィットも気付いて一緒にしゃがんで話し掛けた。

黒猫はディヴィット達が気になって来たらしい。どうして?


「そうだ、抱き上げてもいいだろうか?」


 黒猫が答える前にディヴィットが弾んだ声で私に訊く。

それに黒猫が了承を出すようにディヴィットの前に歩み寄る。ディヴィットはそっと慎重に抱えると、テオに渡した。キラキラと目を輝かせたテオは喜んで受け取る。


「……メリア。時間じゃないのか」


 漸く起動したルーカスに言われて、私は慌ててリビングに駆け寄って食事をした。

 今日の一人目の客人は、とある国の王子様。イケメン王子と世界中で持て囃されている方で、ボディーガードを二人連れて入ってきた。

気さくなお方で、占いの内容は恋愛。未来のプリンセスを、そろそろ見付けたいとのことだ。

国の顔であるプリンスも、占いに頼ることはある。

 出逢いのアドバイスをしてから見送ると、入れ違いに大統領の相談役の女政治家が入ってきた。

 予約の時間より早い。

予定が押しているから手短に済ませたいらしい。

何事もタイミングが肝心。行動を起こすタイミングを占いに来るのだ。

本当に手短に聞くと、サッと立ち上がり玄関に向かう。お忙しい方だ。


「貴女のおかげで今の地位があるのよ、感謝してるわ」

「そんな、大袈裟ですよ」

「大袈裟じゃないわ。貴女の話をしたら他の政治家も会ってみたいと言ってね、明日の夜にパーティーがあるの。参加してくれないかしら」


 ボディーガードを携えた中年の女性でも気丈な振る舞いをする客人に、パーティーに誘われて困る。


「ごめんなさい……明日は用事がありまして」


 政治家のパーティーを蹴り、大学のパーティーに行くなんて言えない。


「大統領も興味持っているのよ? これは貴女にとってチャンスでしょ」

「とても有難いのですが……今のままで満足しておりますので。今回はお断りいたします、申し訳ありません」

「相変わらず謙虚ね。また機会があったら誘うわ」


 大統領がお得意様になるのは、顧客が増えるチャンスでもあるが今のままで満足している。

世界一の占い師を目指しているわけでもないので、パーティーに行ってまで客を探す気はない。

丁重にお断りするとそれほど残念がらずに、女政治家は家を出ていった。


「君が企めば核を発射するのも容易いわけだ」


 何事もなくお偉いさんを見送れたことにホッとしていたら、背後から声をかけられて震え上がる。

振り返れば、デヴィット。


「企んでもそんなことは実現しないわ。……出掛けたんじゃなかったの?」

「君に似合いそうな髪飾りを見付けたから、早くつけた君を見たくて戻ってきたんだ」


 ちょっとブラックなジョークに苦笑しながらも、首を傾げれば買ったばかりの髪飾りを見せた。

 ブルーのグラデーションに彩られた鳥の翼の髪飾り。とても綺麗だ。

 私が手に取るよりも早くデヴィットは、私の後ろに回って下ろした髪をまとめる。

冷たい指先が触れてくすぐったいが、「待っていて」と言われたのでじっとした。

 やがてまとめ終えたらしく、デヴィットが目の前に戻る。


「うん、似合っている。君が小鳥に囲まれた時、青い鳥がいればいいのにって思ったんだ。見付けた時は即座に買うって決めたよ。君の青い瞳と合っていて、素敵だ」


 微笑んで私の頬を撫でるデヴィット。

それで、羽の髪飾り……。

純金の瞳で見つめられて、少しドキドキとしながら「ありがとう、デヴィット」と微笑み返す。


「じゃあまた後で」


 私の髪を一撫でしてから、デヴィットはニコッと笑みを残して私の前から消えた。

 撫でられた髪を耳にかけて、後ろについている髪飾りに触れる。笑みが溢れた。

あ、まだ次の客人が来るまで時間があるのに……と思ってもデヴィットはもう遠くに行ってしまっただろう。

最近は空き時間も話し相手がいたので、退屈で仕方ないと感じた。

 とりあえず占い部屋を軽く掃除してから、お茶でもしようと考えて部屋に戻る。

テーブルクロスを直して、視界に入る占い道具の水晶を見て久しぶりに自分について占うことにした。

 占うのは、私とデヴィットの相性。

触れた途端に透明な玉の中で煙が渦巻いたのを見て、我に返り手を引っ込めた。


「え……?」


 戸惑う声を漏らす。

なんで私、占おうとしたの?

自分の行動の意図を考えたが、出た答えに否定したくなった。

異性との相性を占うなんて、理由は一つだ。

 気になるから。

それはつまり。でも、なんで?

あの魅力的な容姿で大抵の人は一目惚れするが、私はそれに囚われなかった。

吸血鬼だって知っているから、好きになったりしなかったのだ。

なのに、今、何故?

 私は。

 デヴィットの内面に惹かれた?

初めて会った時は脅されたが、今では印象が違う。

ありのままの彼に、私は。

微笑んで私の髪を撫でたあの吸血鬼の彼に。



 私は恋をしてしまったの?




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