05・同級生
「カメリア」
なんだか楽しげな笑みを含んで名前を呼ばれた。目を開く。
ぼやけた思考と視界で捉えたのは、美しい顔。赤みかがった髪。はっきりしている整った顔立ち。口元に微笑みを浮かべている。
純金のキャットアイを見て、漸く覚醒した。
!? !!?
目が覚めたら目の前に見た目麗しい吸血鬼がいた。その驚くべき謎に大いに混乱する。
「カメリア、おはよう」
家に吸血鬼が居候して四日目の朝。初めて朝の挨拶をされた。睡眠が必要のない彼らにとって挨拶は不要だと思っていたが。いや、それより。何故目覚めたら吸血鬼がいるんだ。
その疑問は訊かずともわかった。
私は談話室のソファーで寝ていたのだ。昨夜は徹夜して書物を漁って、そのままソファーで寝てしまったからここにいる。
つまり私は一睡もしない吸血鬼三人がいる目の前で無防備に寝てしまったんだ。
「……おはようございます、デヴィット」
「そろそろ支度した方がいい。朝食を用意させる」
「はい」
慌てて起き上がって毛布を畳もうとしたら、先にデヴィットが目にもとまらぬ早さで畳んだ。
あれ? 毛布出したっけ? と覚えがなかったが私は自分の寝室にある浴室に向かう。
手早く支度を済ませてリビングに行けば、テオが朝食を並べてくれていた。
「おはよう」と先に声をかけてくれたのは、私のコーヒーをテーブルに置くルーカス。
「おはようございます……ルーカス、テオ」
「おっはよーカメリア」
少し戸惑いつつも二人に挨拶をする。テオはいつもと変わらない無邪気な笑顔だ。
ルーカスも笑みは浮かべていないが、普通に話してくれるようになったみたい。良かった。
昨日話し合った結果、私に呪いを移さず協力して呪いを解くことになった。注意事項もある。
吸血鬼の目の前で血を流さないこと。
吸血鬼はもう人殺しをしないこと。(人工血液か動物の血を代用)
喧嘩しないこと。(とくに私には怒鳴らないように)
占いにきた客人とは会わないこと。
占いは私の職業で、客人は一ヶ月も前から待っている。謂わば先客なのだ。だから占いはさせてほしいと頼んだら、ルーカスは頷いてくれた。
「デヴィットは?」
「ここにいるよ。髪をとかしてもいいかい?」
「え、あ、はい……」
リビングにデヴィットの姿が見当たらないから訊いてみたら本人が返事をする。気配もなく背後に現れた。
振り返らないまま髪に触れる許可を出すと、冷たい手が私の髪をまとめながらブラシでとかす。
「綺麗な髪だね。太陽みたいだ」
「……あの、もう……いいです」
「オレにセットさせてほしい。だめかい?」
「……自分で、やります……」
「オレがやるから」
会話をする間もデヴィットの冷たい手がうなじや耳に触れてきてくすぐったい。デヴィットは譲ってくれなかった。
落ち着いて食べられない。
「成果はあったのか?」
「いえ……。吸血鬼と人間の異なる特徴に当てはまる魔術を見付けるのはあと数週間かかります」
ルーカスに問われて意識が逸らせたから我慢する。
「パズルみたいにはめるためにピースを見付けるんだよね」とテオ。昨日説明した。
「パズルを完成させる前にピースを見つけ出すことが一番の難関だと思います。ピースである魔術を合わせて吸血鬼の呪いを完成させれば、解く魔術も導き出せます」
必要ならば他の魔女から魔術書を借りなくてはならない。
早くても一ヶ月かかる。
それを申し訳なく言う。ルーカスは恋人に友人との用事で遠くに行くと言って出たそうだ。あまり引き延ばしにはできない。嘘をついて離れているのだから。
嘘はそう長くは持たないものだ。
「同じ魔術になるのかい? 魔術はそれぞれの一族で違ってくるのだろう?」
「基礎は同じですので、酷似していれば通じるはずです。似ているピースさえ揃えられれば調整をしてはめるだけです、それなら上手くいきます。魔術を解く魔術を作るのは得意ですので」
たくさんの被害者を出した呪いを作り出すのは気が重いが、呪いのかけた方から解き方を見付けるために必要だ。
パーティーやショッピングは好まなかったから、暇潰しに一族の魔術書の魔術の解き方を作っていたので魔術作り同様に得意。
私の一族は呪いの類いは限りなく少なく、魔術を解除する魔術は少なかった。魔術のほとんどは注がれた魔力が尽きれば自然ととけていくから必要ないのだ。
だから書物にはほとんどなかったから作り上げた。
「天才なんだね、カメリアは」
ロアン一族が優れているから。
並みの魔女ではきっとピースを集められても無理だろう。ちなみに私の母は呪いの類いは全く専門外。だから協力は求めない。
きっと吸血鬼がいると訊いただけで目をつり上げ、吸血鬼退治に来てしまうだろう。
「ピースを集めるには吸血鬼と人間の違いを隅々まで知る必要があります」
「全て教えたつもりだが……まだ足りないのかい?」
やっと整え終えたらしく、手を離したかと思えば私を挟んでテーブルに手を起き、デヴィットは耳に囁くように吹き掛けた。
ゾワッとする。ち、近い。
「あの、えっと……。身体の中の機能も知るべきかと」
「例えば?」
「……心臓とか」
「人間と似たような機能をしているさ。ちゃんと命の血液を循環させている」
「……鼓動を聴いてもいいですか?」
デヴィットの近さに戸惑いつつも、私が言うと。
そのままデヴィットの胸に押し込められた。つまりは抱き締められたのだ。
「聴こえるかい?」
「えっ……えぇ……」
左耳はしっかり彼の心臓の音を聴きとっていた。私は聴診器で聴こうと思ったが、仕事の時間が迫っている私にとって簡潔な方法なのでこのまま聴くことにする。
「……やけに、速いですね……」
「そうかい?」
「はい。人間より速い……」
少し速い鼓動が聴こえた。
「でも小さい心臓みたいに静か……」
小さな動物の心臓みたいに、速くても静かだ。まるで囁いているみたい。心地いいリズムだ。
「動くと更に速くなりますか?」
訊いたら、グオンッと体内の全てを奪われたかのような感覚に襲われた。
私はデヴィットに抱えられて二階の踊り場にいる。お姫様だっこをして瞬間移動さながらのスピードで移動されたらしい。
「驚いた……」
「クス、ごめん。どうだい? オレの心臓は」
驚きで速くなったのは私の心臓。左耳で聴きとるのは先程と変わらぬ速さと静けさの鼓動。
「……変わってない……」
どんなに速く動いても心臓はそのリズムを崩さないみたいだ。
他の臓器の機能はなし。皮膚は大理石のように冷たいがちゃんと熱がこもるらしい。
またグオンッと同じ感覚に襲われた。
ダイニングテーブルに戻ってる。
「早く食べないとお客さん来ちゃうぞー」
テオが急かす。そうだった。
私はまとめられた髪が崩れていないか触れて確認してから食事の続きをする。
占い部屋でメモに付け加えた。
心臓にどんな魔術をかけたらああなるんだ?
顎に手を添えながら考えてみる。
客人と向き合うテーブルをぐるりと回ると、部屋の前にルーカスがいると気付く。
占い部屋に近付くなんて……私に急用かな。
首を傾げて歩み寄ると、ルーカスは背後を気にする素振りを見せた。
どうやらデヴィット達には聴かれたくない話をしたいようだ。家の中では筒抜け。例外はこの占い部屋と私の寝室だけ。
だから私はルーカスの手を掴んで中に入れた。
「……入れるのか?」
「私が入れれば」
結界が張ってあると言ってあったからルーカスは部屋の前で待ってたんだ。
私が許可すれば中には入れる。
「それでどうかなさいましたか?」
「……その……」
客人がもうすぐ来てしまうから長話は出来ない。単刀直入で用件を訊こうとすれば、罰が悪そうにルーカスは口ごもる。くしゃくしゃと漆黒の髪を掻いているのを見ていれば、漸く告げた。
「……占ってほしい……」
予想しなかった言葉に目を見開く。
「……恋人さんとの未来?」
「……おれの留守の間、待っているかどうかを……見てほしいんだが……」
占ってほしいのは恋人とのことだとすぐに理解した。
離れている一ヶ月の間、ちゃんと自分を待っているかを知りたいらしい。それが不安でルーカスは苛立っていたのだ。
口ごもっているわけは、私が予約してとテオに言ったのを目の前で聞いていたし、くだらないと吐き捨てたから。
素直に謝れない性格のようだ。
「皆には内緒ですよ」
私は唇に人差し指を当ててそっと言う。それから椅子に座って水晶を覗き込む。
ぼんやりと水晶の中で絵の具をかき混ぜるように煙が渦巻き、映像を映し出す。
花に囲まれた女性がいた。少女と呼べそうな幼い顔立ち。ウェーブがかかった茶髪をポニーテールでまとめている。
「可愛らしい人ですね」
私が感想を告げるとルーカスも覗き込んだが、私にしか見えていない。
「大丈夫です、彼女は待っていてくれます」
他の男の影は見当たらないということは、ルーカスを一途に待っているということ。
私は微笑んで答えた。
するとルーカスは安心したのか、微笑みそうな柔らかい表情になる。
ルーカスは彼女を愛しているんだ。
胸がいっぱいになる。
客人が来ても頭の隅でルーカスと恋人について考えた。もしかしたら今もどこかで人間と吸血鬼の恋で悩んでいる吸血鬼がいるのかもしれない。遥か昔から、苦しんでいたかもしれない。
そう考えると憂鬱になってしまう。
呪いなんて、なければいいのに……。
一体吸血鬼の呪いを作った魔女は、相手にどんな恨みがあったのだろうか?
それを知るすべはきっとない。
沈んでしまった気分を浮かそうと二人目の客人を見送ってから、リビングでオレンジジュースを飲んだ。
相変わらず三人の吸血鬼はリビングにいた。
デヴィットは新聞を読んでいて、テオは夕飯の支度をしている。ルーカスは腕を組んで壁に寄りかかっていた。
暇そう……。なにか暇潰しになることを提案しようと考えていたら、チャイムが鳴らされた。
三人目の客人にしては早い。
私は不思議に思いつつも、玄関に向かった。
「やぁ、メリア」
「ハーイ」
扉を開いたらフレンドリーに笑いかけられた。私はも条件反射で笑い返すが、すぐにパタンと扉を閉じる。
「……なんで彼がきたの?」
答えがこない一人言を呟いてから扉を開くと、きょとんとしたかつての同級生がまだいた。
高校の友人。名前はドミニク・カール。ブロンドの髪はボリュームをつけてセットされていて、あどけなさが顔に残っている翡翠色の目で私を見下ろす。
「ドミニク、久しぶり。どうしたの? 占いの予約?」
私は戸惑っていた。
高校の友人には占い師になると宣言して、友達は占いしてもらいにいくといったがそれは社交辞令。来た試しがない。大学生が金を払ってまで私に会いに来ることはなかった。
ドミニクもその一人。
なのに今日来た。
「友達に会いに来たんだ。だめ?」
「あー……嬉しいけれど、仕事中なの」
「今さっき占いしただろ? 三十分の休憩、話したいんだけど」
にっと笑みでそう言われて、私は断れなくなる。
私の占いのシステムを考案したのは他でもない彼だ。
今が予備時間としてあけている三十分休憩中だと知っている。
ドミニクが嫌いなわけではない。心配要素は吸血鬼にある。今もこの会話を聞いている彼らがなにもしないことを祈って、とりあえずリビングとは逆の談話室に案内した。
「大学はどう? 楽しい?」
「そこそこかな。メリアがいればもっと楽しいんだけど」
ソファーに座ってから訊いてみた。サラリと言われて私は笑みだけを返す。
「それにしても大きい家だ」
「知ってるでしょ? 形から入るタイプって。まさに占いの館でしょ?」
天井を見上げてドミニクは感想を述べるのでにこやかに言う。
客人も招ける一昔の貴族の屋敷みたいな家に住みたいと思ってここを選んだ。装飾も古風な感じで私は好きだし、お客さんも褒めてくれる。
「ドレスも不自然じゃないくらい馴染んでる……前からきれいだったけど、もっときれいだ。そのまとめ髪も似合ってる」
「あ、あぁ……ありがとう」
デヴィットがまとめてくれた髪を褒められて俯く。睫毛越しにドミニクを見てみれば、微笑んだまま私を見つめていた。
本当に、何しに来たんだろう……。
思い出話をしにきただけ?
ドミニクの視線が私から逸れる。それを見て、焦った。
まさか。
視線を追ったら案の定、デヴィットがそこに立っていた。客人に会うなって言ったのに!
「あ、どうも、ドミニクです。メリアの高校の友人です」
「デヴィットだ」
先に挨拶したのはドミニク。立ち上がって握手しようと手を差し出したが、デヴィットは無視して私の隣に座る。
無視をされて困った顔をしたドミニクに、私も似たような笑みを返す。
「あ、えっと……彼は、友達」
なんのつもりなんだろう。疑問に思いつつも、ぎこちなく関係性をドミニクに話す。
ドミニクは笑みを張り付けたままデヴィットを見張るように見ていた。
「てっきりメリアを起こす係かと思った」と私にジョークを言う。
「起こす係?」とデヴィットは私に向かって首を傾げる。
「あれ、知らない? メリアの高校での呼び名は眠り姫」
「ああ、知ってる」
「眠れる学校の美少女。メリアは学校一の美少女だった、他の学校から見に来る奴らもいた」
笑って言うドミニク。高校時代を知る同級生なら笑ってくれるが、デヴィットは愛想笑いすら見せず沈黙を返す。
気まずい。
「ところで、君は何故カメリアをメリアと呼ぶんだい?」
「え? メリアは……愛称だから」
沈黙を破ったのは作った本人のデヴィット。
ドミニクから答えを訊くと何故か私に責め立てるような目を向けてきた。
初めて会った日に言ったつもりだったのだけれど。
その純金の瞳の瞳孔は丸い。コントロールできるらしい。キャットアイだとドミニクが怖がるから助かるが、人間らしい目だと不気味さと怖さが拭いさられているから私は変な感じだ。
「高校の皆はメリアって、呼ばれてたけど今は違うのか?」
「ええ……まぁ……」
曖昧に頷く。
カメリアじゃなくメリアと愛称をつけたのは、父だ。それは誰も知らないけれどね……。
「占い中に寝ちゃったりしないのか?」
「眠り姫から卒業したから」
「はは、メリアはところ構わず寝てたんだ。廊下でも体育館でも食堂でも教室でも。オレはそのお姫様を守る役。一度廊下で寝て制服だったから皆に下着見られたってショック受けちゃって!」
「ドミニク!」
恥ずかしい過去を明かされて声を上げてやめさせるが手遅れ。赤くなる顔を押さえる。
その事件をきっかけにドミニクが守る役を買って出てくれた──唯一見てなかった彼に泣き付いたから。それで一番仲良くなった気がする。
「ほんと、メリアの寝顔が可愛くて。それを写メろうとするやつらからオレは守ったりしたな。メリアって眠くなるとすんっげー可愛い声でオレのことをニックって呼んだりしてさ」
「や、やめてよ、ドミニク……!」
感情の高ぶりが激しいほど酷い睡魔に襲われて、私はドミニクの名前がうまく言えず寝言のようにニックと呼んでいた。それが彼にとって楽しい出来事だったらしくデヴィットに話す。
だから私の恥ずかしい過去を明かさないでほしい。
まぁ、デヴィットは私の眠り癖の理由を知っているから幾分かいいけども……。
「あぁ、確かにメリアの寝顔は可愛らしい。一晩中眺めていても飽きなかった」
デヴィットはにこり、眩しいくらいの笑顔で言った。
その言葉は解釈によっては誤解を招くもので、私は焦ってしまう。
え? なんで? なんでそんなことを言うの?
確かに彼は私の寝顔を一晩中見ていたかもしれないが、聞いた人は親密な仲なのかもしれないと誤解してしまうだろ。
うん。明らかに誤解させるためにデヴィットは言ったに違いない。一体なにをしたと言うんだ。何の八つ当たりなんだこれは。
昨日から打ち解けたと思ったのに、なんだこの仕打ち。笑顔の裏に黒い思惑を感じて冷や汗をかく。
「その可愛らしい寝顔を眺めたあと、海のように深い青い瞳を魅せられると心が安らぐ。まさに美しい眠り姫だ」
私に向かってデヴィットは甘く微笑んだ。いつもと違って瞳孔が丸く白い牙が隠されているから、危うく恍惚に見惚れてしまうところだった。
ドミニクに誤解をされてしまう焦りのおかげで目が逸らせて、弁解に入る。
「徹夜してソファーで寝てしまったの」
それは墓穴だった。一夜デヴィットと共にいたことを認めた自白になってしまってる。
「本を読み耽ってて……デヴィット達は徹夜してお喋りしてて……ははは」
デヴィットと二人きりではないことを仄めかして私は曖昧に笑ってみせた。
ドミニクはポカーンとしてる。
「ところでもういいかしら……? 次の準備をしなくちゃいけないし」
「あ、ごめん」
誤解をしてないといいけど。
私が帰るよう催促するとドミニクは、立ち上がりポケットからチケットを取り出した。
「金曜日、大学でパーティーがあるんだ。よかったらオレと一緒に行ってくれない?」
「パーティー……?」
どうやら用件はこれだったらしい。
高校時代パーティーにもあまり行かなかった私を、何故誘うんだ?
「でも、私……」
「頼むよ、メリア。高校一の美少女と仲良しだって、誰も信じてくれないんだ。オレの顔を立てるためにさ、な?」
「んー……」
大学の友人に言い触らしたから証拠としてあたしを見せたいというわけか。
……そんなの言い訳だと思うけれど。
「パーティーサボって映画に付き合った礼にさ、頼む」
何度か映画に付き合った記憶を呼び覚ます。そうなると更に断りづらくなる。
金曜日ということは明後日だ。
行ってやりたいのはやまやまだが、吸血鬼の頼み事をやらなくちゃいけない。なるべく早く済ませてやらなくちゃいけない用事だ。
だからきっと私が頷いても、彼らは文句をつけてくるだろう。
正式に頼み事を引き受けた矢先だし、私はドミニクに断ろうとした。
「いいんじゃないか? 行けばいい」
デヴィットと同じく玄関方面から現れたルーカスが言ったから私は驚く。一番焦っているはずなのに。
「おれらとの先約は次の日でも構わない。おれらは留守を預かるから、たまには外で遊んでくればいい」
嫌味ではなく、ルーカスは許可を出してくれた。今朝の占いの結果で焦りがなくなったのかな。
デヴィットは気に入らないらしく、天井を仰いだ。
そう言えば私はこの四日間、一歩も家から出てない。確かに外に出るべきかもしれないな。リフレッシュにもなるし。
「じゃあお言葉に甘えて……ドミニク、行くわ」
チケットを受けとるとパッとドミニクは笑みを輝かせる。
迎えにくる時間を告げてからドミニクは軽い足取りで帰っていた。
「……やつは君の恋人か?」
「!、いえ……」
背後にデヴィットが立っていて驚いて震え上がる。その瞳の瞳孔は尖ってキャッツアイに戻っていて声には苛立ちがこもっていた。
「では何故、やつは君を自分の物のように自慢する?」
「え? ……自慢なんて、そんな」
ドミニクは昔話に花を咲かせようとしていただけだ。若干自分はメリアと親しいと自慢を含んでいた気もするけど、彼は単に私の笑える話をしただけ。
「けしからん。好きでもない男と映画を観に行き、そしてパーティーに行くのか?」
「学校で一番親しい友達だったので……」
「同性に親しい友達はいなかったと?」
同性の友達はパーティー好きだった。だからドミニクと二人で映画に行って暇潰しをしていた、二回だけ。
「そもそも何故やつが君を守る係なのだ? 君はそんなに同性の友人がいなかったのか?」
「同性だとあたしを運べないからですよ……授業が始まる前によくおぶって教室に運んでくれたんです」
「君は無防備すぎないかい? 隙がありすぎる。昨夜も一晩中君の寝顔を眺めるのは楽しかったが、些か危機感がなさすぎなのでは? 自分がいかに狙われやすい美味しい兎かわかっていない。まるで食べてくださいと言っているようなものだ。自分がどれほど美しいかわかっているのか? わかっているならあそこまで男に無防備を晒さないか……。それとも君は男を弄んでいるのか? 可愛らしい顔をして小悪魔なのかい? 微笑みばかり向けおって。それに何故オレに愛称を教えてくれなかった? 恥をかいたではないか。オレを愚弄したいのか? だいたい何故あやつとオレの対応が違いすぎるんだ? 昨日は君と本当に打ち解けたと思ったのに、やつにはフレンドリーに話してオレには他人行儀。君はオレを嫌っているのか? まさか、脅迫したことをまだ根に持っているのか? いい加減許してくれ。久しぶりに会った同級生に頼まれてお飾りになりにいくくらい優しいのだから」
私に口を挟む隙なんてなかった。デヴィットが微笑をベースに、時折不機嫌に唇を尖らせたり嫌味ったらしく皮肉を混ぜこんで言い放つ。
美味しい兎ってなに?
それすらも問うことが出来ず、デヴィットは次の客人が来る五分間ずっと私を責め立てるように長々とあれやこれやと言った。
紳士的に振る舞っていたデヴィットが露骨に吐き捨てたのは初めてだ。完璧に微笑みの仮面を被って、黒い思惑を隠していた。
よっぽど呪い解きをそっちのけてパーティーに行くことが気に入らないみたい。
「メリア」
「な、なんですか」
三人目の客人が帰ると、デヴィットはまた現れて私を捕まえて、先程の続きを始める。
今度は三十分、彼の嫌味と皮肉と不満をぶつけられるはめとなり、休憩時間は容赦なく潰されてしまう。
彼が怒鳴り声を上げてくれるなら私は魔力を暴走させていたが、そうならないようにあえて微笑みながらオブラートに包んで言った。
見た目麗しい微笑を浮かべた吸血鬼に、私は立ち尽くしたまま棘をチクチク刺された。