03・占い師
私の職業は占い師だ。
魔女は世界中にいるが一般的には魔力を持っているとは知られていなく、おまじないをする類いだと思われている。
魔力が科学で証明できるかどうか知らない。魔力の使い方は無意識的で、意識して使うのは難しいことだ。考えずに使うのがコツ。
命と直結していて使い果たせば魔女は死ぬ。
そんなリスクの高い魔術は大勢の人間の命を奪うくらいなものだ。
私は占いにも魔術を使っている。胡散臭い感じに水晶を通して選択した未来を見てどうすればいいか迷う客にアドバイス。
占いというより未来を見るから予言だが、占いと言った方が不気味がられない。
こうして魔女は社会に馴染む。ちなみに母はおまじないつきのアクセサリーを売って生活している。
さて。私が昨日脅迫同然に選らばされた選択肢はどんな未来をもたらすのか。ちょっと見ようと思ったが、怖くて私は水晶に触れなかった。
未来を知る術を知っていても私は自分の選択した未来を覗かない。他人の未来を見る分はいいが、自分の未来となると不気味だもの。
一度見たことがあって────懲りた。
「何故こんな広い家で暮らしているのかい?」
ゾッとする美しい容姿をした吸血鬼のデヴィットは、新聞を読みながら訊いてきたので仕事もここでやっているからと答え、自分が占い師だってことも答えた。
何も言っていなかったが、吸血鬼達は私の家に居座るつもりらしい。
朝には消えてくれるとばかり思っていたが、朝陽が射し込むリビングに不法滞在者は揃って寛いでいた。私は寝室にこもる時以外、びくびくしていなきゃいけないようだ。
太陽に弱いなんて弱点は嘘っぱち。その噂を流すことで恐れる人間からきっと生き延びてきたのだろう。
魔女も同じ。魔女狩りの時代、魔女は子供が持ち上げられるほど軽いなど鼻が長いなど色んな嘘っぱちの噂を流して逃げ延びた。
「なぁなぁ、ボクも占ってほしい!」
占いに興味津々といった反応をしたのは、退屈そうにベージュ色のダイニングテーブルにはり付いていたテオ。
「今予約をすると一ヶ月後になります」
「うっわ! 人気なんだ!?」
少年らしい無邪気さを漂わせた笑みを見て、冷酷の欠片も見当たらなく不思議に思い首を傾げた。
とても感情を捨ているようには思えない。
「一ヶ月後には人間に戻っているかな? コーヒーを頼む」
デヴィットは微笑みを浮かべ新聞の文字を追いながら私に言う。勝手に入ったなら、コーヒーも勝手に淹れればいいのにと思ったが、逆らう勇気はないため彼らは客人と言い聞かせて、私はキッチンに向かいコーヒーを淹れる。
「……そのことなのですが、先ずは貴方がた吸血鬼の特徴を教えていただきたいんです。吸血鬼の呪いを作った魔女の魔術書が見付からないなら、特徴から読み取り呪いのかけ方から調べないと解け方がわかりませんので」
私は昨夜のうちに書き留めたメモをポケットから取り出して、デヴィットの前にコーヒーと一緒に添えた。
デヴィットの純金の瞳がそのメモに向けられる。
「ふむ、必要なのかい?」
「はい。方法としてはこれだけです。もちろん、時間はかかります。私に弱点を知られたくないのなら、吸血鬼の呪いが書き留められた魔術書を見付けてください。存在するかも疑わしいですけど……」
「君が弱点を突かないことを信じて教えよう」
次にその純金の瞳が私に向けられたから、目を逸らす。逸らした先に冷たい眼差しを向けてくるルーカスがいた。彼の声はまだ聞いていないが、きっと社交的な性格ではないはずだ。
メモに目を向けると私が知る限りの吸血鬼の弱点を箇条書きしたものがペンで消されていった。
太陽の光は勿論消されている。十字架も聖水も消された。ニンニクには嘲笑付き。
招かないと家に入れないという説は昨日のうちに歪曲だと身を持って教えられたので書かなかった。
一睡も必要ないから棺桶で眠るなんてことはないらしい。蝙蝠に姿を変えたりしないし、霧にもならないそうだ。猫は苦手ではなし、苦手な動物もいない。
息はするし、心臓は動いている。
心臓が動いていることは昨日手に触れた時、微かに脈を打ったのを感じたから知っていた。
心臓に木の杭は少し躊躇したように見えたが、"木の杭"だけは消される。
心臓は弱点らしい。
「強靭的な身体の上、治癒力も超人的だが、心臓がなくなると生き絶える。血を飲むことで心臓を動かし続けられるのだ。血液は命の源とはよく言ったものだな?」
「……はあ」
簡単にデヴィットは弱点を話す。私を本当に信頼しているのか、それとも私が殺せるとは思っていないのか。
メモにデヴィットは新たに付け加える。
「……ここにいても構いませんが、出入りする人間には会わないでください」
「君の家を汚したりしない」
「占い見てちゃダメ?」
「プライバシーの侵害なので、見学はだめです」
メモはまだ時間がかかりそうだから私は仕事の準備に向かうことにした。
一応占い部屋も結界を張っておこう。
私は一度寝室に戻って仕事着に着替えた。
「素敵なドレスだ」
占い部屋に行く途中でデヴィットと出会してちょっとギョッとする。
「衣装かい?」
「そんなところです。楽だし、客のウケもいいので……」
中世のドレスを思わせるファッション。ベージュと白の控えめなフリルのロングスカート。
デヴィットと並ぶと男爵と村娘みたい。
デヴィットは楽しむように眺めながらメモを差し出した。
「夜に調べますね」と受け取り見ずにポケットにしまう。
「ありがとう、お嬢さん」
ポケットに入れていない方の手を、デヴィットは手に取り甲にキスを落とす。
時代錯誤な光景だ。
この屋敷も年代物だから、タイムトラベルした感じに陥り呆然としまう。
脅してきたくせに。
デヴィットは満足気にリビングに戻っていった。
それを見てから、階段の横の廊下の先にある占い部屋に行く。
深紅と茶色の模様の壁紙で部屋の中心にテーブルと椅子が二つ。テーブルの上に仕事道具の水晶。
結界を張って、水晶を覗いて本日最初の客人の顔を見る。水晶は問題ない。本日の客人に危険はないか調べてみたが、なにも映らなかったからきっと彼らの餌食にはならないだろう。ついでに私もどうなのるかと疑問が過り、見ようとしたが踏みとどまる。
未来が見えるのは怖いことだ。
白いテーブルクロスを整えてから朝食を摂りにリビングに戻る。
三人の吸血鬼はまだいた。朝食はいらないかな……。
「仕事をするなら朝食を摂るべきだ」
心の中を読んだみたいにデヴィットが釘を刺す。
「ボクが作ってやるよ!」
テオが椅子から立ってキッチンの前に、瞬間移動した。
「作れるんですか?」
瞬間移動にも驚いて訊けば、無邪気に頷いてくれる。
「なら、頼みますね。その間、呪いの件を探ってみますので」
ちょこっと不安に思いつつも私は朝食作りを頼んで、書物の宝庫である書斎に入った。最初の客人が来るまで一時間ある。
階段を上がって左に書斎。中は左右の壁に私の身長よりも高い本棚がずらりと並んである。木の匂いが充満したそこはとても落ち着く。ポケットからメモを取り出して確認する。
「私が持つ書物で足りるといいんだけれど」
「そう願う」
一人言のつもりが返事がきたから震え上がって声の主を捜すと、腕を組むデヴィットが扉に寄り掛かっていた。
「てっきりサクッとオレ達の心臓に魔法の矢でも突き刺すのかと思ったけれど、君はとても優しい魔女だね」
微笑んでみせるデヴィットに、私は心の中で毒づく。
そんな呪文を唱えるより貴方が私に噛みつく方が早いからよ。
私が沈黙すると「手伝うよ」とデヴィットが言った。
見張るついでに手伝ってくれるようだ。
「では……あの、どうやって魔女の呪いだと確信したのですか?」
メモを読みつつ、私は訊いた。
「オレより年寄りの吸血鬼が教えてくれたんだ。物知りでね、呪いを解きたがっている吸血鬼の一人」
「……その吸血鬼は呪いをかけた魔女のことは」
「そこまでは流石に」
その吸血鬼が知らないなら、他の吸血鬼は知らないという口振り。どうやらその魔女の書物を見付ける方法はやはりないに等しいようだ。
「狼人間も魔女の仕業?」
「番犬として召し使いを変えたんです。元々存在しない魔術なので一から作り上げるのですが、しっかり明確なビジョンを持って作らないと思わぬ欠落が生じます。姿を変える魔術ならリスクはないのですが、狼のスキルも付け加えた結果、吸血鬼と同じく噛まれたら伝染し自我を失い猛獣になる」
好奇心で訊いてきたデヴィットに淡々と説明する。
世界の伝説のモンスターの多くは、実際に存在していてほぼ全て魔女が作った。
危険なモンスターを野放しにして呪いや魔術を解かないのは、その方法がわからないから。
「あぁ……狼人間に感染しない魔術があります。参考になるかもしれない」
「吸血鬼に感染しない魔術はないのかい?」
「私は知りません。存在するかもしれないけれど」
メモと睨み合っていた私は顔を上げて狼人間の感染予防の魔術を記した書物を探す。本棚を見るがどの本に書いてあったか、思い出せない。
「手伝うよ?」とデヴィットが言うが私は答えずに瞼を閉じた。
ふわっと浮遊感にも似た感覚がしたあと、本棚から追い出されるかのように一冊の本が落ちる。それをキャッチした。
「見付けました」
「……どうやったんだ?」
「ああ、すみません。魔女だと認知している人の前だとつい使ってしまうんです。知らない人の前なら使わないけど……」
デヴィットの声に驚いた色が滲んでいたので顔を見たら、好奇心で目を輝かせている。吸血鬼は不気味がるより、面白がるようだ。
「本棚に魔術をかけてあるんです。探している魔術が記している本を出してくれるんですよ」
「この家にはそうゆう類いの魔術があるのかい?」
「……クローゼットもそうです。魔術に必要な材料倉庫も同じ」
「他にはどんな仕掛けが?」
テオに負けない無邪気な面を見せられるが、いい匂いがして私は開いた本を閉じる。
「朝食を摂りながら教えてくれ」とデヴィットは先に部屋を出る。私も本を抱えてリビングに戻った。
フランス料理がテーブルに用意されていたことにあたしは驚きが隠せずに立ち尽くす。
エッグベネディクト。イングリッシュ・マフィンの半分にカリカリに焼き上げたベーコンにポーチドエッグとオランデーズソースを乗せてある。芸術品みたいに添えられたサラダ付き。
「すごい……ありがとうございます」
作ってくれたテオは楽しげに笑って頷いてみせた。いただきますと食べてみると見た目以上に美味しい。
「フランス料理店のシェフだったんだー」
嬉々として料理が出来る理由を教えてくれた。へー、すごいな。
「それが魔術書?」とテオは横においた薄い黄緑色の魔術書を手にして開く。
「なにこれ読めない、何語?」
「魔女が古代から使っている文字です。魔力を持つ人間になら簡単に読めます」
サラダも頬張りながら、私は教える。テオはくだらない冗談さえも笑い声を上げて笑うタイプみたいだ。落ち着きなく魔術書を見ている。
私はそんな彼から目を離して時計を見てみたら、あと五分だ。
私は早く食べて歯を磨かなきゃ。
「それで狼人間予防の魔法は何ページ?」
平然と問われて私は静止する。デヴィットの方が早くリビングに戻ったが、人間のようにゆっくり歩いていたから数秒差しかなかった。だからなにしていたかなんて報告していなかったはずなのに、テオは何故知ってるの?
「耳がいい。聴こえた」
テオは疑問に答えてくれた。メモにも書いてあったな……。
「……どの範囲まで聴こえるんですか? 占い部屋には耳をすまされちゃ……」
「言い触らさないから」
肯定だ。少なくともこの家の中では全て聴こえているようだ。音も漏らさないような結界に変えなくちゃ。
私はたいらげて歯ブラシをくわえながら、占い部屋の結界を変えた。
その最中に、最初の客人が来て大急ぎで玄関に駆け寄る。
初めての客人ではないので、先に占い部屋に行かせてリビングに顔を出す。
「できればリビングから出ないでいただけると有り難いです」
それだけ言うとデヴィットとテオは頷いてみせた。ルーカスは相変わらず喋らない。さっと私は占い部屋に行き、仕事に取りかかった。
最初の客人はブロンドのふっくらした女性。占い内容は前回と同じで、恋愛。
占いの予約をした時は、今付き合っている恋人と結婚していいかどうかを占ってもらおうとしたが、最近その恋人が冷たく感じるとのこと。
結婚していい相手かどうかと、冷たい理由を水晶を通して見てみた。
水晶の中で煙が渦巻いたあと映ったのは、目の前の女性ではない別の女性と浮気している光景が浮かぶ。
こうゆう結果がでると、心苦しい。
人見知りでも高校の時から占いをやっていたから対応は心得てるが、つらい真実を告げるのは何度だってつらい。
「よく聞いてください……。彼は浮気をしているようです」
「……そんな、まさか……嘘よ」
向き合って座っている彼女の手を握って言い聞かせたが、動揺して涙を浮かべた。
こうゆう時のために次の客人の番まで時間を三十分空けてある。飲み込むまで少し間をあげた。
「どうしますか? このまま別れるのか、それとも最善の対処を占ってみますか?」
私は涙を落とす前にハンカチを差し出して静かに訊く。言葉を失った彼女は弱々しく俯いた。
水晶を覗くと何も映らない。
私は相手のプライバシーを尊重して、予め訊いてから相手の未来を覗く。残念ながら別れることを勧めるべきだ。
「どれも上手くいかないみたいです……残念ながら……別れた方がいいです。そう簡単にふっ切れられないのはわかります、幸せになる方法を他に探してみましょう」
泣きじゃくる彼女を宥めながら、私は優しく話し掛けた。
他の人と恋をするより、時間を置いて整理をしたいという彼女のためにキッパリ別れられる方法を教える。
それから次の予約を入れるよう勧めた。次は一ヶ月後だから、ふっ切れた頃だと思う。
「お願いします」とだけ彼女は言って深々とお辞儀した。泣かせてしまったお詫びに勇気が持てるおまじないをかけたブレスレットを渡す。母が作ったものだ。
涙目で礼を言う彼女を玄関で見送ってから扉を閉じて一息つく。
「どんな相談だったんだい? まるきり聴こえなかった」
声をかけられて私は震え上がる。心臓に悪い。デヴィットは真後ろに立っていた。
「当ててみよう……家族が死んだとか?」
「お客の相談内容は話しません」
脅かしたことを謝りもせず笑えないジョークを放つデヴィットにきつく言う。
「君の占いは例の魔術書を探せないのかい?」
「魔術書は探せません。元々そうゆう魔術がかけられているんです、中には他の魔女から魔術を奪う魔女がいるので」
自分の一族の魔術書を見付ける呪文ならあるが、それは言わなくてもいいだろう。
玄関の窓に影が映る。次の客人だ。
デヴィットを振り返るともういなくなっていた。音もなく現れて音もなく消える。……心臓に悪い。
「いらっしゃい」
私は扉を開いて、微笑んだ。
二人目の客人も恋愛相談。いい人と出会いたいとのこと。
出会いを求める人には先ず、生活パターンを訊く。何処に出掛けるか、どんな趣味があるのか。
それを元に素敵な出会いを探る。
選択次第で未来は変わるから、選択肢を作って未来を見た。
よく通うカフェやジムの中である出会いを見付ける。三番テーブルに座る客人にぶつかって必死に謝罪する店員がいた。相手を見付けたようだ。
「そのカフェではいつも同じ席に座るのですか?」
「いいえ、空いてる席に座ります」
「次は三番テーブルに座ってみてください。そのテーブルが出会いにきっと繋がるでしょう」
明確な日付や時間はあえて言わない。不気味だものね。
私が告げることでその未来は決まり、水晶に映ったことが実現する。客人が派手な行動をしなければの話だけど。
それだけを聞くと客人は喜んで席を立った。すぐに終わり。
よかった。三番目の客人はせっかちで早めに来たから。
三番目の客人は仕事について。
良いタイミングについてと仕事の人間関係。これもすんなり簡単にいった。
四番目は不倫について。隠し続けられるかを問われるから「いずれ隠し事はバレてしまいます」と告げた。こうゆうのは本当に嫌。
だけどお金をもらっている以上、不倫の助言をする。あと一ヶ月はバレない。
その客人を帰してからリビングに行ってコーヒーを注いで一気に飲み干す。
「今の男にセクハラでもされちゃったー?」
ひょっこり隣から現れてテオがからかう。
「いいえ」と溜め息混じりに吐き出す。
これだから盗み聞きはされたくないんだ。家族にも明かせない秘密も相談されることがあるから。
「一日何人の相手をするんだい?」
「一日六人です。夕方まで」
「お昼休憩は?」
「ないです」
「弱っちゃうなら食べちゃうよ?」
デヴィットに答えるとテオが笑えないジョークを放って笑いかけてきた。おお怖い。
「どんな風に占うの? 星占い? それとも血液占い?」
「……水晶で未来を見るんです」
テオは今にも飛び跳ねそうなほど上機嫌に笑ってみせる。私はそっぽを向いた。
「未来? まじ? 予約するするっ!」
一ヶ月後まで居座る気なのか。
疲れを感じつつ、私は占い部屋に戻る。五人目が来るまでそこで待った。
六人の客人の占いを終えて、一息つく。一人一時間が目安。計六時間と予備時間三十分×五で一日は終わる。
いつもなら寝るまでゆっくり出来るが、生憎今夜からはそうはいかない。
テオがまた食事を作ると言ってくれたので私は黄緑色の魔術書を開いた。
「どう参考になるんだい?」
「呪いの感染を防ぐ魔術なんです。呪いを解く魔術には程遠いですが、きっと繋がるはずです」
「じゃあ狼人間の呪いも解けるんだな」
狼人間に噛まれても感染しない魔術のページを読む。普通に見ていたらわけのわからない暗号にしか見えないが、魔力を眼球に集めるように集中すると魔女語が読める。
音符を読むように、母国語じゃない文字を読むように。
メモと比べてから私は頬杖をつく。
「だめです。狼人間の呪いから調べて呪いを解く魔術を見付ければ参考になるだろうけど……」
「遠回りしてんじゃねーよ……」
低い声に私はビクッと震える。初めて私の前でルーカスが口を開いた。そのハスキーボイスは間違いなく苛立ちが込められている。
「お嬢さんはちゃんと調べてくれている。そう苛立つな、ルーカス」
デヴィットがルーカスを宥めた。
私は乱れる心臓を胸の上から押さえて落ち着かせる。……怖かった。
「すまないね。ルーカスは狼嫌いで……大丈夫かい?」
「えぇ……大丈夫です……」
顔を伏せてメモをもう一度読む。でも動揺で思考がまとまらない。
心音も呼吸も聞き取っているデヴィッドは窺うように見てきた。深呼吸して平然を装う。
「普通の人間なんだから、先に食事を摂って。食べちゃうぜ?」
テーブルの上に、こんがりニンニクと一緒に焼き上げられたステーキが置かれた。隣にはリゾット。
これはまた美味しそうだ。
また笑えないジョークを言うテオにぎこちなく笑ってからナイフで切り取り食べた。
私は口論や怒鳴り声が苦手。感情が高ぶる原因は主にそれだ。
平然に装っても脅迫された時より効いてしまい、味わって食べられなかった。
食べ終えてから歯を磨いて書斎に入る。数え切れないほどの本が並ぶ本棚を見回して考え込む。
ルーカスの苛立ちの声は、ある意味デヴィットの脅迫より効いた。
あの様子じゃあ近いうちに怒鳴られる。
その前にこの頼み事を済ませたい。なるべく早く帰ってもらいたいから、効率よく呪いの解く方法を見付けて進めなきゃ。
砂のように細かく砕けた硝子を直してやるわ。
今すぐ追い出したいならロアン一族の優れた魔術を駆使して追っ払うが、真昼も動き回る彼らに外で襲われるから好ましい選択ではない。水晶を見なくてもわかる。
怒声や口論が嫌いならば、勿論怒りを買うことも喧嘩することも嫌い。だから対立することはしたくない。
彼らを人間に戻せば安心できるから、呪いを解く魔術を作らなきゃ。
魔術を作ることはある。どちらかというと得意な方だ。先ずは吸血鬼の呪いを突き止めなきゃいけない。
「……魔女さえ見付かればいいんだけど……」
魔女の話でも噂にしか過ぎなかったから、きっと魔女に聞き回っても見付けられないだろう。魔女のコミュニティはそんなに広くはないから。
腕を組んで近道を探す。
「占いで見てみようかな……魔術書が絡むと見えなくなるから無駄か……」
ブーツの踵で床を小突きながら無意味にうろつく。
デヴィットに教わった吸血鬼の特徴から、パズルのように組み立てるつもりだったがそのパズルが超難解。ピースを見付けるのだって。
いっそのこと吸血鬼退治してしまおうか。
またそんなことを考えてしまう私は相当ルーカスの苛立ちの声に堪えてしまったようだ。
頭を抱えてしゃがんでいたら、本棚の魔術が反応して一冊の魔術書を落とした。偶然開いたページには、身を守り危険な敵を殺す魔術が記されている。
それは使ったことがない魔術だったが、私の実力なら問題なく使える魔術だった。
次回の更新は五月六日です。




