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02・訪問者



 自分の命を危険に晒す者が近付いていると気付いたのは、ガーデニングの魔術書を読み耽っていた最中。

母の元を離れて一人住む屋敷に侵入者が入ってきたと直感で気付いた。

 母は才能と美貌の幸せを与えてくれたが、家族愛はくれない母親だった。家族愛と言うものを知らないような一族らしい。

だから母との二人きりの生活は、よく似た他人との共同生活に過ぎなかった。祖父と祖母は教師みたいだったし。

高校卒業と同時に一人暮らしをすると言ったら「あらそう、どうぞ」とあっさり母は許可を出したのだ。

一人の方が気楽だから私もさっさと家を出たが、今そうしたことを後悔している。

 強盗なんて生易しい者じゃないと何故かわかった。

一体何処から侵入されたか把握するために耳をすませながら窓を見ると外は暗い。もう夜だ。

重たい書斎の扉を開いて、魔法の炎で照らされる静寂な廊下を確認する。

ドクドクと恐怖に脈打つ心臓を押さえつつ、廊下に踏み込んだ。

一人で住むには大きすぎる屋敷は、私の仕事場でもある。職業は占い師。

魔女だって現代社会に溶け込める。祖父母は違うけれど、母はおまじない付きのアクセサリーを売って生計を立てていた。

私も本物の魔女だと気付かれない程度に魔術を使って占いをする。占いは高校時代からの趣味。趣味を仕事にした。

形から入りたがるタイプで、占いの館といった風貌の屋敷を選び、ドレスを着て水晶を覗く。それがウケて人気になれた。

 二階は書斎と寝室と客室があり、一階は談話室にリビングにダイニングキッチンそして占い部屋があって、建物の中央に階段があって玄関に通じている。

ステンドグラスの窓がある玄関の扉が開いた形跡はない。

 侵入者は何処?

私は耳を頼りに捜してみたが侵入者の動きは掴めない。

錆びた金色の装飾がある階段を降りていく。二階にいるのか一階にいるのか、わからない。

黙って感じるものを正確に読み取ろうとした。

 ハッとする。

今、二階の踊り場に誰かが立っていた気がした。

恐怖による幻?

一瞬そう思ったが、違う。踊り場には男が立っていた気がする。

私には視認出来ない何かが今ここにいるんだと理解した。

私の頭の中にある知識からすると──姿は人間の男、そして視認が出来ない──二つの存在が浮かぶ。

 一つは幽霊。だが魂は存在するが姿を表して脅かすようなことはしない──だから違う。

 もう一つは最悪だ。これは酷い。最悪だ。本当に。

私は口の中の唾液を飲み込んで周りを注意深く見張りながら後退りする。本当なら一か八か、結界を張ってある寝室に駆け込みたい。そこならば私以外誰も入れない唯一安全な場所。でもそんな勇気がなかった。

 もう終わりだ、と思い知る。


「こんばんは、お嬢さん」


 背後からそっとかけられた声に、震え上がることなく私は凍り付く。髪に吐息がかかるほどの距離にいた。それでも私は背後にいる男の気配が感じられず、血の気が引くのを感じる。

予想は的中した。


「勝手に入ったことをお許し願いたい」


 あくまで紳士的に男はそっと言う。なめらかな口調でうっとりする素敵な声。それでも冷たくて私は恐怖に凍り付く。


「それにしても」


 男が一歩、右に踏み出すのを感じた。

視界の隅に彼が見えたかと思えば、瞬く間に瞬間移動したかのように目の前に現れる。

私は今度こそ震え上がり、後ろに倒れて尻をついた。


「お美しい魔女だ」


 そんな私なんてお構いなしに彼は微笑む。

踊り場で刹那見た男だった。

男爵を連想させる小綺麗で高級感溢れる背広とコートという黒い服装。片手に黒いステッキ。そこまでは普通だが、その顔はゾッとするほど美しかった。

私の母に負けず劣らず、綺麗に整っている。赤みかかった髪。惹き付けるような妖しげな光を放つ瞳は、私の髪よりも濃いゴールド。本物の純金が目になってるみたいに輝いている。微笑みられたら恍惚と見惚れてしまうところだが、その微笑を浮かべる瞳は瞳孔が猫のように尖っていて口元から覗く白い牙を視認して私はただただ恐怖に身を強張らせた。

 今目の前にいる存在は人間ではない。いや、人間だけれども、人間は人間であっても呪われた人間。

 吸血鬼だ。

人間の生き血を啜り、長き時を生きる存在。噛まれた者は全ての血を奪われたら死に、或いは吸血鬼に変わる。

吸血鬼は人間を凌駕した存在。目にも止まらぬスピードで動けて、象も放り投げる怪力を持つ。襲われたら、先ず勝てない。

そんな闇の生き物に牙を向けられるなんて夢にも思わなかった。

 私は今まで幸せだった。十九年という短い人生を送れただけで幸せだ。

噛まれたら呪われ、吸血鬼に変わる。

そんなのまっぴらごめんだ。

 魔女の中には魔術で百年以上若い姿を保って生きている人もいると聞いていたが、私はそんなに長く生きるつもりなんてない。何より呪われて他人の命を奪いながら生きるという苦悩を味わうのは嫌だった。

吸血鬼は人の血を欲する。他人の命を奪う苦悩から逃げるように、吸血鬼は感情を捨て冷酷なモンスターになると聞いた。

私はそうはなりたくない。

誰だってそうだ。

だからって、吸血鬼にせずに一思いに殺してと頼んでも聞き入れてはくれなさそう。

だから私は、自分の身を守ろうと口を開いた。

この屋敷から追い出す魔術を唱えようとしたが、彼の方が早く私の口を塞ぐ。ひんやりと死人のように冷たかった。


「落ち着いてほしい。君の美しさにはそそられるが、食べに来たのではない」


 冷たい手が私の顔を簡単に捻り潰せることを知っているから私はまた凍り付く。

微笑みながら彼は言った。


「君が最も優れた魔女だと聞いた」


 蜘蛛の糸が美しく絡み付くような声を発する唇から相変わらず牙が見え隠れする。


「どうかオレを救ってくれないだろうか?」


 丁寧に頼み込むが、純金の瞳は脅すように睨み付けてきた。


「君にしか頼めない。この呪いを解けるのは、君だけだ」


 一体彼が何を言っているかわからず、ただただ絶望に浸っていればにこりと笑みを向けられる。


「魔術を唱えないと約束するなら手を離そう。だが唱えようとしたら」


 その言葉の続きが怖くて私は即答で頷いた。気を良くしたような笑みを浮かべて彼は私の口から離した手を、立ち上がる手伝いとして差し出す。


「君は実に友好的な魔女だ。他の魔女には門前払いを受けた。必死に家の外から訴えたら無理だと断られ、皆君の居場所を教えてくれた」


 恐る恐るその冷たい手に自分から触れて立たせてもらうと、彼はそう経緯を簡潔に話した。よく話は見えないが、私は同じ魔女に売られたようだ。

 なんで私なんだ! と叫びたかった。

いくら現代の魔女の中で一番、優れている魔女の一族だからって私に白羽の矢を立てなくてもいいだろう!

 友好的? 対処する暇さえあれば私だって追い出した。そして二度と入られないように家中に結界を張る。


「お気付きの通り、オレは吸血鬼だ。吸血鬼なって早五百年になる」


 彼の喋り方はどうやら五百年前からの癖のようだ。吸血鬼は歳を重ねるごとに力を増すと聞いたことがある。それなりどころかかなり彼は強いようだ。


「優れた魔女である君に、頼みたい。どうかこの呪いを解いてくれ」


 吸血鬼の知識を掘り起こしている最中に、微笑みかけられて私は一瞬呆けた顔をしてしまう。


「……私に、呪いを、解けと?」


 思わず聞き返す。

つまりえ? 私に吸血鬼の呪いを解けと?

先程からそう言っていたみたいだ。理解の遅さに苛立ちを見せずに目の前の吸血鬼は微笑む。


「吸血鬼の根源は、魔女に呪われた人間。その人間に噛まれ、呪いは風邪のように広がりオレも呪われてしまった。謂わばオレ達は被害者だ」


 ゆったりと語りかける口調で訴える。

一説には吸血鬼を作ったのは魔女の呪い。吸血鬼以外にも呪われた人間の姿をしたモンスターはいる。その多くは魔女の失敗作や魔女が自分の守護のために作り上げたモンスター。

私は恐怖で寒さを感じつつも冷静に頭を働かせて考えた。

 仮に魔女の呪いだとしても──きっと彼は確証を得たからこうして魔女に頼みに来たのだろうけど──魔術はそれぞれ違う。

母親から子へと独自の魔術を教える。基礎は同じでも、同じ魔術を使わない。

単純な魔術があれば複雑な魔術がある。呪いも同じで、きっと吸血鬼の呪いは複雑だ。例えるならパズルだ。ぴったり合うピースを嵌めなければならない。必要なピースが集まる可能性は著しく低い。

魔術も呪いもかける術を知らなければ、解ける術を知ることは出来ない。

 吸血鬼誕生は千年より前だと聞く。恐らく呪いをかけた古代の魔女はもうこの世にいない。

呪いを解くには先ず、その呪いを作った魔女にかけ方を教えてもらわなくてはならないのだ。

書物に書き記したならば希望はあるが、その書物──魔術書を見付けるのは困難。他の魔女に奪われないように魔術では見付けられない細工をしているのだから。

魔術書は魔術の記録。ロアン一族の魔術書のコピーは、私が持っているだけでも千冊近くある。魔術の数は約七百万だ。七百万の魔術の中に、吸血鬼の呪いを手がかりになるピースは掌で数えるくらいしかないはず。試行錯誤してなんとかピースを一から作り上げても膨大な時間がかかるし、ピースを作る材料すら足りない。

それはまるで砂のように細かく粉砕された硝子を直すような作業。

つまり、無理だ。


「無理とは言わせない」


 口を開く前に、黒いステッキが私の喉に突き付けられた。

純金のキャットアイが私に冷たく睨み付ける。私は後退りした。その足取りに合わせて彼は迫る。


「君にある選択肢は二つだ。快くその美しい顔で微笑み頷くか、オレに噛まれて呪われるか、どちらがいい?」


 私の後ろに玄関の扉。もう下がれない。この扉を開いて、外に出るという選択はなかった。

 右の部屋の入り口にもう一人、吸血鬼が立っている。楽しげにニヤニヤと笑みを浮かべて、純金の瞳を細めて私を眺めていた。少年と呼べそうな顔立ち。ツンツン跳ねるブラウンの髪。いかにもお調子者といった感じ。彼がテオ。

 左にも同じように立って、私を見ている吸血鬼がいる。漆黒の髪の物静かな男。その純金の瞳はメデューサさながら見るものを石にしてしまいそうな冷たさがあった。彼がルーカス。

三人とも純金の瞳とゾッとする美しい容姿を持っている。

吸血鬼は美しく最も危険な生き物だ。

 吸血鬼三人に私は囲まれている。ドアノブに触れた瞬間に私は噛まれるだろう。

一人だって手に終えないのに、三人が囲い私の答えを待つ。

 初めから低姿勢で頼むつもりなんてなかったらしい。

脅迫してる。


「お嬢さん?」


 目の前の吸血鬼が微笑みを浮かべて急かす。

 今思い出した。何故魔女達が私を売ったのか──それは母のせいだ。

母は私が今世紀最強の魔女だと魔女仲間によく話していたことがあった。

魔女は感情の高ぶらせると魔力を暴走させることがある。けれど大抵は風を起こす程度。

私の場合、暴走が激しい。それはトラウマのせいで、その暴走を恐れて私は自分に感情が高ぶると眠る魔術をかけて高校時代を穏便に過ごした。おかげでついたあだ名は"眠り姫"。

その私の魔力の暴走を止められるのは、母だけ。母はいかに私の暴走がすごいかを話して、そしてそれを止められる自分がいかに優れているかを自慢していた。

母は自己愛が強い女性。

きっと自慢された魔女仲間達が私に白羽の矢を放ったのだ。

母にはこの美貌と才能を手にした幸せをもらったが、命に関わる不幸さえも私にくれたらしい。

 私は精一杯微笑んだ。

たった一つの最善策を選ぶしか私には選択肢はなかった。

脅していても、彼らは本気で呪いを解きたいと思っているのでしょう。

散々門前払いされてきたのならば、この頼み方をするのも仕方ないと割り切ろう。

どうやら私以外頼れる魔女はいないようだ。追い返しそびれたのだから、たった一つの選択肢──引き受けるを選ぼう。


「その頼み事、私ができる限り、引き受けましょう」


 とても恐ろしいけれど、引き受ける。できる限り、だけれども。

この世のものとは思えないほど美しく目の前の吸血鬼は微笑んだ。


「貴女ならばきっと引き受けてくれると思った。オレはデヴィット・ライアン。君の右側にいるのはテオ。左にいるのはルーカスだ」


 デヴィットと名乗る紳士的だが腹が黒そうな吸血鬼は、簡単に紹介をしてから私の名前を問う。


「メリア……カメリア・ロアン」


 私は弱々しく名乗った。




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