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(電車への)愛は国境を越える

 唐突ですが、電車に乗ってきた~♡

 宿を取ったのはサンフランシスコから少し離れたサンマテオという街。

 チェックインのとき、買い物のときに「チャイニーズ?」と聞かれる事を考えると、日本人の宿泊地としてはマイナーなのでしょう。日本語は通じないのが当たり前、早口で容赦のない英会話攻撃も当たり前なのです。

 だが、人間は暖かい。

 今こうしてホテルのベッドにもぐりこんでバツバツとパソコンを打っていられるのも、今日一日の中で出会った優しい人たちのおかげなのです。

 

 朝食を食べながら猪八戒が言いました。

「今日はフィッシャーマンズワーフに電車で行くから、調べておけ」

 調べておけって言われても、グーグル先生は検索ワードに左右されるものなのです。

「『電車』で調べればいいだろう」

 世界中の路線図を調べさせるつもりですか……

 それにアザとー、取材派なのです。地図つきのパンフレットとボールペンを持ってフロントに特攻をかけます。

「エクスキューズミー」

 現在地が地図のどのあたりなのか、身振り手振りの質問に流暢な英語が帰ってきたので、アザとーの脳内補完で会話をお楽しみください。


『残念ながらここはサンマテオだ。これはサンフランシスコの地図じゃないか』

「さんまていお?」

『ああ。サンマテオの地図はこっちだ』

「さんきゅう」


 こうしてアザとーがぐったりしながら得た情報を元に、ブタ……いや、旦那は予定を立てます。

「ふんふん、この電車でミルブレイまで出て乗換えか。駅まで行けば何とかなるだろう」

 この猪八戒、自分がパーティーを引っ張りたがる割には行き当たりばったり。『何とかなる』のはいつだって俺が『なんとかする』からなのですが……アザとーはこんなところで喧嘩を売っても得など無いことを知っているので、急いで切符の買い方を検索します。

「パソコンなんかしてないで、さっさと支度しろ。もう出かけるぞ」

 小猿のように落ち着き無い娘を連れて、旦那は先に行ってしまいました。

 まだ乗換駅まで向かう『カルトレイン』の事しか調べてはいないのですが……

「早くしないと、父ちゃんがキレるよ」

「うむう……海外まで来てこのパターンか」

 勝手ばかり言う旦那に泣かされながら、それでも何とかするのがアザとーのお仕事です。

「大丈夫。俺はお前と違って海外旅行なんか何度も行っているんだぞ? その俺がついているんだ。任せておけ」

 夫の言葉がアテにならないのは身に沁みて解っているのですが……俺はしぶしぶ、腰をあげました。

 

 特に駅舎があるわけでもなく、駅員すらいない駅に止まっていた電車は、アメリカンサイズだった……え? 日本の電車で例える? 無理でしょ。軽トラとコンボイトラックぐらいの差だぜ?

(こここここここ……これはっ! ぜひとも写真をツイッターに上げて、あの方に無生物擬人化をお願いせねばっ!)

 写真を撮りながらの夢想は、走り出した巨体に踏み砕かれた。

(うん。やっぱり俺が書く~~~~!)

 実際に見ないと解らない雰囲気というものがある。

 コトンコトンと行儀良い日本の電車とは違い、うるさいほどに警笛をかき鳴らし、轟音と共に一気に走る……いや、『突っ走る』荒さは実にアメリカ的だ。

(そっか、阪急電鉄の擬人化をお願いして、それと絡ませるとか……)

 腐女子魔王のささやかな夢を、無粋な怒声で破ったのは旦那だった。

「ねえ、切符っていくら!」

せっかく画面に表示されている駅名すら読まずに、切符が買えるわけもなかろう。

 ここで意外な能力を発揮したのは息子だ。

「行きたい駅は? は、わ、ど、ぱ、く……この駅からだから、み、る、ぶ、り? ここだね」

 言っておくが息子は英語だけ赤点である。

 それを散々馬鹿にしていた夫が赤点常習者の息子に切符を買ってもらい、それを超える一桁得点だった俺にダイヤを調べてもらっているのだから、学校のテストなど生きていく役には立たないのだと痛感してしまう。

 こうして乗り込むことができたカルトレイン。実にパワフルでガツガツと心地よかったのだが、ちょっと特殊な俺の嗜好による感想なので割愛させていただく。

 

 ただ、アメリカの電車なり車なりを見て思ったのは、「日本人は乗り物を洗いすぎ」ということである。ぴかぴかに磨きたてられた車ばかりが走る日本とは違い、車は少し薄汚れた感じのものが多い。電車ももちろん、かすかにホコリで煤けた感がたまらない。

 決して手入れされていないわけではなく、乗り物という実用品であるが故の汚れはアザとー的にはツボだった。


 さて、ガッツリとした乗り心地を楽しんだ後のミルブレイン駅では試練が待っていた。

 乗り換えの切符を買いに行った夫がまごつき、後ろに数人の列をとどめてしまったのだ。見かねたのか、すぐ後ろに並んでいたお姉さんが手を貸してくれる。だが、夫はさらに戸惑い、救いを求める目で俺を見た。

 いくつかの単語が聞き取れるだけの拙い英語力でなぜか通訳をするという……それもウザイので、脳内補完による会話をお楽しみください。


『どの駅に行きたいの?』

「ひっしゃーまんずわーふ」

『オーケイ。じゃあダウンタウンに向かうのね。片道券? 一日券?』

「ラウンド。らうんどちけっと!」


 これは事前にグーグル先生を見ておいて良かった。アメリカの鉄道料金は実にざっくりとしている。購入するときは片道か、往復ではなくてワンディなのだ。その知識があったから、ラウンドという単語を拾うことができた。

 息子がぺこりと頭を下げる。


「さんきゅう」

『どういたしまして』

 俺も頭を下げる。

「さんきゅう」

『どうってことないわ』


 アメリカのお姉ちゃん、めっちゃいいオンナである。

 その後も、ホームで乗る電車を探していると、見かねた通勤中のオジサマが声をかけてくれた。俺の拙い英語に合わせて実に丁寧な説明をしてくれたうえ、『楽しんでおいで』なんて小粋な言葉を残して颯爽と立ち去るというイケメンっぷり!

 やばい、ちょっとアメリカって楽しいかも♪


 などの試練を乗り越えてたどり着いたフィッシャーマンズワーフで、俺は運命の出会いを果たした。 子供のころから恋焦がれ、しかし、海を越えるという距離ゆえに決して叶わぬと思っていた『彼』との対面を……そう、愛くるしいケーブル電車である。

 思えば中学校の英語の教科書の表紙で恋に落ちてから実に20と余年、永意片思いの末に出会った小さな路面電車は、予想を裏切らない可愛らしさで俺の心をさらに撃ちぬいた。

「ふやああああああ! かわいいいいいいいいいっ!」

 日本の恥を晒さぬように控えめに叫び、ファインダーにその姿を収める。

 急坂をゆっくりと上る姿は、どのアングルでとっても絵になる。

 鉄製の非常階段がついた小さなビルをバックに。チャイナタウンの怪しい骨董屋の前で一枚。下り坂の向こうに並ぶにぎやかな街と海をバックに、さらに一枚……

「ぷはあ♪ さあ、帰ろうかぁ?」

「何言ってるんだよ、海まで行くぞ!」

 ずしずしと歩き出す猪八戒。何でこのパーティーは俺の立場が弱いかなぁ?

「ほら、行くぞ!」

「うえ~い」

 しぶしぶではあったが、着いてしまえば楽しめた。

 何より賑わっている。名物のクラムチャウダーやカニを食わせる小店が立ち並び、その色とりどりのひさしが潮風で白けている風情は、目にも美しい。

 大道芸人が見せるパフォーマンスに人が集まり、喧騒わだかまるこちらの岸から海を見れば、ぽつんと浮かぶは有名なアルカトラズ!

 テンションが上がらない訳が無い。

「息子よ、あそこがスカーフェイスことアル・カポネが収監された……」

「だれ、それ?」

「知らんのか。てれれ♪てれれれ♪てれれれれ~の人だ」

「ああ、ゴッドファーザーね」

 などと間抜けなやり取りを、娘が冷ややかに見守る。これこそがアザとー家の通常運行というものだ。

 

 幾件かの土産物屋を冷やかして歩く。

 アザとーはいかにもアメリカっぽい派手な亀と蛙のぬいぐるみを買った。


『あなたのラッキーカラーはグリーンなの?』

 訳に手間取って間が開いてしまったが、にっこりと笑って返してみる。

「まい、らっきー、あにまる」

『そう、じゃあ、ラッキーが来るといいわね』


 袋を手渡しながら、彼女が言う。

「アリガト、ゴザイマス」

 日本人観光客はサンフランシスコに泊まるものらしい。会計の時には『ジャパニーズ?』と聞かれ、「アリガトウゴザイマシタ」と言われることが多かった。

 おかげで気安く、楽しい一日を過ごせたのである。


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