「心の耳を開くのだ・・・」で、英語がしゃべれるなら苦労しませんて
ちなみにタイトルは息子の名言な~
さて、空席の都合上、成田からファーストクラスに乗れるのは夫と娘の二人だけだということになりました。別に構いはしません。それでもビジネスクラスには乗れるんですから。
ただ一つの問題は、俺と息子の座席が離れているということです。神経質で怖がりの彼を見知らぬ人様のお隣に座らせるなど、不安しか感じない……
アザとーも人の親ですから? 離陸の瞬間を怖がる息子の姿ばかりが目に浮かんで、せっかくのビジネスクラスも……
「なにこれ、めっちゃテレビでっかい!」
シートの弾力だってエコノミーとはちょっと違う。前の座席とも十分な幅がとられ、おまけにテレビのリモコンをくるりと裏返せば……
「おおおお! これはっ!!!」
ゲームのコントローラーにもなっているという芸の細かさ!
いやいやいや、こんなことに心躍らされている場合ではない。息子は……
「ま、高校生だもんな」
正直、さしあたっての心配は俺の英語力の方だったりもする。友人のアドバイスを真に受けて英語を耳から聞くという勉強法など試しては見たが、いかんせん付け焼刃にすぎる。単語のいくつかを拾うだけで精一杯だ。
それでも隣に座ったおにいちゃんは親切だった。手元灯やテレビなど、いくつかのボタンを、実際に操作して教えてくれた。
通りかかった客室乗務員との会話の雰囲気と、いくつか拾えた単語から推測するに「面倒見がいいんですね」「ロングフライトを一緒に過ごすお友達だからね」などと小粋なことを言ったっぽいが、あくまで推測でしかない。
それでもアザとーは、ちゃんと感謝の言葉を伝えたいと思って、回りの『音』に耳を澄ました。
ヒアリングもしょぼいが発音はさらに最悪らしく、『チョコレートソース』という単語すら真っ当に伝えることができない。せめて『サンキュー』くらいは……
機内食を配る客室乗務員に、誰かが軽くお礼を言っている。そうか、そのタイミングで言うのか……
「さんきゅう」
「…………(にこっ)」
むむむ? 間があいたぞ。もっと早く、もっと短くか?
この旅のために購入した電子辞典をとりだして、耳にあたった言葉を勘頼みで検索する。
(take? take 『おばうう』? いや、『あぼうう』って聞こえた気もするぞ?)
食事のトレーを下げに来た年配のFAが優しい声を出す。
「~~~~サム~~~~~ドリンク~~~~オブ~~~~~」
(むむむ、ドリンク。飲むのだな)
「かっふぃい? てぃいい?」
(ゆっくり言ってくれたのだな。解った! コーヒーとティー、ドリンクするならどっちってことか!)
俺は一生懸命に声を動かしてみる。
「ち……ちぃい……ていいぃ……ティー!」
「おけぃ」
(おおお! 通じた!)
「~~~ミルク? シュガー?」
「の、ノーでプリーズ」
「おけぃ」
(うわ、なんとかなったじゃん?)
もちろん、こちらが全くのノー英語なのを理解しての対応だからではあるが、ともかく意思を伝えることはできるようだ。
試しに、コップをさげられるときに言ってみる。
「さっ! サンキュウ~」
「スア」
今度は間が開かなかった。返事は多分、シュア?というのも理解できた。こうしてアザとーはなんとな~く会話を成り立たせる術を覚えたのである。
後で聞いたことだが、ファーストクラスは不自由無かったらしい。
一番心配だったコミュ障の息子は真っ先に、英語ができないことを身振りで伝えておくという作戦を取った。やはり隣の座席の人が優しく、身振りのやり取りで何くれと無く助けてくれたそうだ。
離陸の瞬間も、親が心配するほどのことは無かったらしい。
「いくら俺だって、他人様にご迷惑はかけられないよ」
これが『可愛い子には旅をさせろ』効果というものであろう。順応能力を如何なく発揮して座席のゲームで遊び倒し、映画を楽しみ、快適なフライトだったという。
アザとーも順応能力を発揮……実は辺りが暗くなったとたんに問答無用で夜モードに入り、少しばかりの読書と書き物を楽しんだ後は明るくなるまで寝倒すという、これまた座席の快適性を十二分に楽しむフライトであった。そして時差ぼけ無し!
え、お礼ですか? がんばって伝えました。
「Thank you。色々とお世話になりました」
彼がにこっと笑って「アリガト」と返してくれたのが、この旅はじめての嬉しい出来事なのです。




