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アザとー一家 道中記  作者: アザとー
再々道中記
22/31

姫に忍び寄るピンチとは!

 その翌日、目指すはワイキキから少し離れた『カイムキ』というエリア。これは娘のたってのお願いであり、今回のツアーの中でもっとも重要なミッションなのだ。

 アザとーの娘は少々オタク傾向があり、しかも彼女の好きなキャラクターは日本ではややマイナーなアメリカのアニメのキャラクターたちなのだ。だからアメリカに行くとなると日本では入手しにくいこれらのキャラクターグッズが欲しいに決まっている。

 前日のビーチの帰りに観光客向けのショッピングセンターはチェックしたが、ここには彼女の満足するようなものはなかった。それゆえ、ガイドブックを頼りにここにあるコミックショップを目指すことにしたのだ。

 これが今回の旅でいちばん厄介なミッションであったかもしれない。何しろガイドブックではグルメスポットのように書かれていた街が、実はひどく日常的な、住宅街の真ん中にあるタダの商店街だったのだから。

 もちろん、日本人観光客がこぞって押し寄せるビーチ際とは様相がまったく違う。例えていうならお観光メインのお台場と、生活する人メインの青戸駅前くらいには違うだろうか。

 ハワイの島内はバスでの移動が便利だ。私たちはまず、ホテルの目の前にあるバス停からアラモアナ・ショッピングセンター行きのバスに乗った。

 ここは観光客向けに作られたショッピング施設で、お土産にするような高級ブランドやお菓子店が多い。当然日本人観光客も多く訪れるため、商品見本やフードコートなのに日本語で書かれた張り紙が多く見られる。バスの行き先表示も英語とカタカナとで書かれているという親切さだ。

 だから安心してバスに乗った。そもそもがアラモアナ・ショッピングセンターが終点なので迷いようも間違えようもない。

 ところが、大変なのはここからであった。何しろ件の町はむしろ観光客のほとんど行かないような住宅地域、バスも日常的なアメリカ仕様だったのだ。

 まずは乗客、日本人はウチの一家だけ。当然日本語も、英語のわからない人に対する気遣い仕様もない。次の停留所の名前すら表示されないのだから、耳だけでこれを聞き取るしかなく、語学的に難易度マックス。おまけにそれもマイクを使って車内中にアナウンスされるのではなく、運転手が肉声で告げる声を聞き取らなくてはならないという鬼レベルのハードさ。

 こういう時に役に立つのが文明の利器である。

「せめて地図アプリを起動しておけばさあ、下りるバス停の目安くらいはわかるんじゃない?」

 俺の提案にも、姫はなぜか頑なだ。

「そんなのいらないよ。俺は独身のころからハワイなんて何度も来てるんだぜ? 余裕さあ!」

 いつの間に感化されたのか、ちょっとアメリカンなオーバーリアクションで答えた……割にはビビってバス停二つほど早く下りちゃったんですけどね。

 下りた所はまさに住宅街のど真ん中だった。

 道幅は広く、ただまっすぐにのびる道。はるかに住宅街を抱き込んだ山が見え、まるでそこまでこのまま進んでいけるのではないかと思うほど景色が近い。

そして道の両脇はアメリカ映画で見るような大きな庭と大きな箱を伏せた酔おうな住宅が立ち並ぶ。

 それはそれでステキな風景なのだが……

「どうすんの、これ、本当に住宅地じゃん! お店なんか一軒もないよ!」

 俺の声に姫はやっと地図アプリを開く。

 しかしそれよりも早く、通りかかった年配の女性が声をかけてくれた。

 全体がアメリカの人は親切だ。人懐っこいせいもあるのだろうが、道に迷っている様子があれば気軽に声をかけてくれる。ましてや日本人などほとんどこないであろう住宅街で日本語でのケンカが始まったのだから、これは心配もされて当然だろう。

『お店のあるところに行きたいのね、じゃあ、ここから4ブロック先へ行って、右に曲がりなさい』

 ていねいな説明を受けている横に、車が止まった。助手席に座っているのは日系のお姉さんなのだろうか、きれいな日本語で声をかけてくれる。

「何か困っていますか?」

 たぶん、言葉の通じないであろう私たちを心配してくれたのだろう。この国のこういうところが好きだ。

 ともかく、こうして「4ブロック先を右」という情報を得て私たちは歩いた。

 住宅街を抜けて大通りに向かえば、そこは本当に日本の商店街を思わせる小さな商業地である。パン屋、ラーメン屋、古びたカフェ……そんな商店が立ち並ぶ中に目当ての店はあった。

 壁に大きく店名が書かれ、ガラス戸には映画やゲームのポスターが貼り付けられている。ウインドウの中に飾られたのはアメコミヒーローのフィギュアやおもちゃの類……コミックショップだ。

 これこそが今回の娘の目的であるのだから、行動は早い。少しも物怖じすることなくドアを押し開いて中へ入ってゆく。人見知りで少し引っ込み思案な普段の彼女からは想像もできないような行動力だ。

 腐女子、おそるべし……

「おおっ! フィンくんだ!」

 娘のお目当てはコミックコーナーだったようで、本の積み上げられた一角に座り込んで商品を漁りはじめてしまったので、私は一人で店内を見てまわることにした。

「なんか、古本屋さんのにおいがする」

 作りも古本屋さんに似ているだろうか。あまり広くない店内に書籍が所狭しと並べられ、その合間合間にフィギュアや人形や、その他諸々のキャラクターグッズが並べられている。レジ横には腰の高さくらいの、日本でもよく見るガラス製にショーケースが置かれていてカード類はここに並べられていた。

 コミックに関しては、新刊本は陳列用の棚に表紙が見える形で並べられ、後はタイトル順に箱に並べられている。圧倒的にマーベルヒーローものが多く、嫌でもテンションがあがる。

「お、これ、知ってる!」

 ついうっかり箱をあさって出物を探してしまう、まさに古本屋感覚。

 その間に娘は購入候補の本を数冊見つけ出して、それを抱えて戻ってきた。

「どうしよう、母ちゃん、どうしよう、こんなに買ったら破産しちゃうよ」

 ここで甘やかさないのがアザとー流。自分が小遣いとして得た金をどう使おうと自由だが、余計を出してやるほど甘くはない。

「あ~も~、どうしよう!」

 そんな娘に追い討ちをかけるように、店主がその手元を覗き込んで声をかける。

 『ああ、それ系ならあっちにもあるよ』とでも行ったのだろうか、娘はそっちに向かって走っていってしまった。まだまだしばらくかかりそうである。

「やれやれ」

 そんな俺に、姫がそっと耳打ちした。

「……トイレ行きたい」

「はあ?」

「まだ時間かかりそうなら、ちょっとトイレ探しに行ってもいい?」

「あ、はあ、無理だと思うけど……」

 大きなショッピングモールとは違って小さな店が立ち並ぶ商店街の中、日本でもこういう場所では意外にトイレ探しに手間取るものである。ましてやアメリカ、コンビニで簡単にトイレを貸してくれる日本とは違うのだ。

 こういうときのセオリーは日本と同じ、何か食べ物屋に入ってしまうのが手っ取り早い。おやつでも食べに入店した客にトイレを貸さない店は無いだろう。

 しかし頑なな姫はこの提案を拒んだ。

「いいよ、本見てる間にちょっと行ってくるから!」

 実はこの姫、『エクスキューズミー』が言えない。つまり、人に何かを聞くことができないのだ。

 聞けばなんとかなる事は意外に多い。ここへ来る前のバスも、乗るときに下車する地名を伝えてさえおけば何とかなったはずである。

(まあ、いいんじゃないかな)

 少しはよい薬になるだろうと、お守りやくに息子をつけて、私はゴルファーの姫を野に放ったのである。


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