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アザとー一家 道中記  作者: アザとー
再々道中記
20/31

ゴルファーの姫、アザとーを怒らす

 さて、ゴルファーの姫はワガママだ。先ほどのテイクアウトの袋を持とうとはしない。

「動物園まで歩こう、いや、水族館がいいかな?」

 どちらも歩いて1キロちょい、歩けない距離ではない。

 ただしこのとき、私は少々の時差ぼけと寝不足で不機嫌であった。おまけにフロントに預けなかったリュックの中には愛用のノートパソコンと旅行中に読もうと思っていた本が数冊、俺に常時カバンに入っているノートやメモ類、その他こまごましたもの全てが詰め込んである。背負い紐が肩にギリギリと食い込むほど重たい。

「ぐう、せめてもう少しゆっくり歩いて……」

 私の懇願などむなしく、ゴルファーの姫は一人でご機嫌だ。

「やっぱりさ、Wi-Fi借りて正解だよね、スマホ使えると道にも迷わないもんね」

 今日日、空港で海外旅行用のポケットワイファイが借りられる。レンタル代もびっくりするほど高いというわけではないのだし、何よりも普段使い慣れているスマホの機能がそのまま使えるというのがありがたい。

 ダンナは地図アプリを起動して、これにしたがって進むのだが、どうしてもスマホを見ながら歩くことになるので後ろをついて歩く私たちに対する気遣いがおろそかになるのだ。

 おまけに、早朝日の出すぐは肌寒かったのだからそれなりに温かい格好をしてきたが、日が上るほどにそれがあだとなる。

「あちい~」

 ようするにバテ気味だったのだ。

 そんな私に向かってゴルファーの姫の怒声。

「なにやってんだよ、もっとちゃきちゃき歩けないの?」

「あ~う~、頑張ります」

 右にふらふら、左によたよたしながら歩く俺の目の前を、ゴルファーの姫は軽やかな足取りで楽しそうだ。

「ほら、海、海海! ハワイだねえ」

 そんなせりふが脳内でほどよく変換される。

『見てぇ、海だよぉ、姫ねえ、海って好き~♡』

 かなり疲れきっている証拠だ。ダンナがキャピキャピした本当の姫に見える。

『あ~、でもぉ、水着きてくればよかったねえ、暑いからぁ、泳げたのにぃ~』

 ここにいたって、私の堪忍袋が……木っ端微塵に吹き飛んだ。

「『寒いから海は明日ね』って言ったの自分やん! なんでいまさら……」

「え、え? そんなこと言ったっけ?」

「あー、もー! アンタはいつもそうだよな、このゴルファーの姫がっ!」

 外聞を気にする娘が少し泣きそうな顔をする。

「そういう声出さないでよ、みんながこっち見るじゃん」

 そう、娘を楽しませるための旅行なのだからこれではいかんとにっこり笑う。

「まあ、泳ぐのは明日でいいからさ、とりあえずどっちに行くの?」

『え~、わかんなぁい。なにがしたい? お買い物? それともどこか行くぅ?』

 ここに来て怒りのボルテージが天井を突き破って吹き出した。

「てめぇ、水族館か動物園行くって言ったじゃねえか! そこ目指して歩いてるんだろうがよ!」

 その返事すらゴルファーの姫風に聞こえるのだからそうとうに重症だ。

『わかんない、姫、わかんない! でも、そうね、水族館なら行ってあげてもいいわよ』

 フーフーと怒りを抑えて水族館へ向かう道すがら、ここは日本とずいぶん樹木の様相が違うことに気づいた。

 ガジュマル系の、気根を枝のあちこちから垂らした大きな木。幹に近づくほどに気根は太く、強く大地に根ざして入り組んだ幹層を描き出している。

「ほわぁあああ、これは……」

 ふらふらと木の下に入り込めば、太い枝から垂れた地上に及び届かぬ気根も十分に太くて、子供たちが引っ張ったくらいではびくともしないのだ。

「なんか、癒されるね」

 木陰には海の水にほどよく冷やされた潮風が通り、涼しい。

 強い南国の日差しを避けるように、そんな気の影を選びながらたどり着いた水族館は、観光地特有のちゃちなほどに小さなものだった。

 水槽は十個ほどだろうか。ほとんどは南国特産の色鮮やかな魚が入れられていて目に楽しい。

 しかし、私が心引かれたのは変哲ないミズクラゲの入れられた円筒型の水槽だった。

「母さんって、ほんとクラゲとか好きだよね」

 そう娘に言われるほど真剣に、ガラスの曲線に張り付くようにして覗き込んだクラゲ水槽は、暗い館内でひどく映える青い照明で照らされていた。だから、クラゲは青く光っている。

「ふわぁ、かわええ……」

 ふわん、ぱくんと、膨らみながら縮みながら泳ぐ青いクラゲは美しい。小さな子供が「ジェリーフィッシュ!」と叫びながら水槽に駆け寄るのも異国の情緒だ。

 だから、この水槽を覗いているだけで異世界の光景をでも見ているような心地になる。

「母さん、機嫌直った?」

 少し首をすくめながら尋ねる娘に満面の笑みだけで返事をしながら、この日のメインイベントは幕を閉じたのである。


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