見たか乗ったかファーストクラス!
空港で、憧れのファーストクラスは六席しかあいていないことがわかった。何しろダンナの福利厚生で乗せていただく身なので、空席があれば、という運しだいのフライトなのだ。
だから登場前の手続きは一種の賭け気分であった。何しろ行き先はラスベガス、旅のしょっぱなからはずしては幸先も悪かろう。
結果……
「四人ともファーストあいてるって!」
「ぃよっしゃああああ!」
待合ロビーで子供たちとハイタッチをかわし、こうしてアザとーは機上の人となった。
ファーストクラスの座席は機種の部分、天井を見上げれば前に向かってなだらかにすぼまっている、いちばん飛行機らしい形をした部分だ。
席はもちろん広く、一人一席ずつに低い囲いがあって個室気分でくつろげる。これが実に快適で正面に取り付けられた画面ひとつでテレビ、ゲーム、音楽等のコンテンツが楽しめる。座席はボタン操作だけでゆったりリクライニングから脚を伸ばして眠れるフルフラットまでの細かい調節が可能。引きこもり性質のあるわが家族には大好評のシステムだ。
「これを個室にしてくれたらゆっくりと引きこもれるね」
などと冗談を言いながら離陸を待つ。
今回は家族全員が近い席に座れたので娘と息子を並んで座らせる。腰くらいまでの低い仕切りをはさんで隣り合った席なのだから、額を寄せ合って、すでに配られた機内食のメニューを覗き込んでは何事かを話し合っている。そして時々クツクツと笑う。
うちの兄妹はこんな調子で仲がいい。気の優しい兄と勝気でわがままな妹という組み合わせは二次元でも理想的なのかもしれない。
「まあ、兄ちゃんには妹ちゃんがいるし、妹ちゃんには兄ちゃんがいる。いざとなっても二人でいれば何とかなるんだろうな」
そんな安心感から機内での飲み物はウイスキーを頼んだ。雲を足の下に眺めながらの酩酊は地上のそれとは違って心地よい。
「ふあああ、いわゆる浮遊感ってやつだね」
一口を含めばアルコールは舌の上でたちまちに気体となり、飲み下すときには直接欠陥に溶け込んでゆくような身体感覚があるのだ。
「うん、空の上では酔いやすいって言うもんね。それがなんとなくわかるよ」
大喜びでおかわりを頼む私をいさめたのは、しっかり者の娘だった。
「母ちゃん、あんまり調子に乗っちゃダメよ」
「は~い」
実はこの娘、今回の旅物語の中で主役になる予感……
前回の旅以降、子供たちの英語の点数が上がるという事はなかった。日常で英会話などする機会もないわけで、今回も言葉で苦労するはずだったのだ。
しかし、子供の柔軟さとはすばらしい。飛行機に乗った瞬間から娘はたどたどしくも英語を話し始めたのである。
「コーク、プリーズ」
はっきりとした娘の声に驚いて振り向けば、CAのおねいさんがにこやかに答える。
「オーケィ」
「すげえ……ちゃんと通じてる……」
娘がむかつくくらいのドヤ顔をこちらに向ける。
もちろんここがファーストクラスであり、CAの応対が丁寧だというせいもあるだろうが、その後も娘は大活躍だ。
兄のところに機内食のメニューを聞きにCAがきたときも、聞き取り不十分だった兄に耳打ちする。
「朝食はどうしますか、だって」
やばい、これでは母親の沽券というか、プライドというか……なんかそういうもののために負けてはいけない気がする! そうだ、メニューを指差さないで発音だけで頼んでみよう。
「しーばす」
「バス?」
「う……これをお願いします」
仕方なくメニューの文字を指差す。
「オゥケィ、バッス!」
このやり取りを見ながら娘はニヤニヤしている。
「ぐやじい~~~~~」
そんなヒトコマもありながら、道中最初のフライトは快適そのものであった。
一泊百万円也の空飛ぶホテルは伊達ではない。CAさんはマメに回ってきて気を回してくれるので、サンキューとノーサンキューだけですべての用事が事足りる。大気の状態も良く、今迄でいちばんゆれないフライトであった。
何より、座席が……フルフラットになったときにその真価は発揮される。たとえ低い仕切りだとしても自分用の空間が確保されているというのは安心感がある。平らになった座席は少し固めのベッドそのままの感触なので、むしろせんべい布団を好む私にはやわらかすぎるくらいだ。
座席を倒してすぐ、私の斜め後ろから聞きなれたいびきが響いてきた。大丈夫、うちの子達はたくましい、今回の旅もきっと楽しいものになるさ……
地上から1万フィート、夜の中を日本から遠ざかってゆく機体の中、私は静かにまぶたを下ろした。




