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SARO

視線

作者:

DIVE6




 校門を出て曲がったところでさろは思わず足を止めた。大きなバイクに腰掛けて手の中のヘルメットで遊んでいる少年。明るい色の髪と、両耳にいくつものピアス。外見から行けばまず身構えてしまうようなムクがのんきな顔で手の中でヘルメットを転がしていた。とは言っても、ムクを知らない人が見れば誰かを待ち伏せか、と思ってしまうのだろうが。視覚からの情報というのは強いのだな、と思ってしまう。ぱっと見がいかに相手の印象を変えるかだ。さろは知っているからそのようなことはないが。

 ムクは視線に気づくと顔を上げ、軽く笑った。挨拶代わりの軽い笑顔だ。

 それでようやく足を動かしたさろはムクの前に立って首を傾げた。ヒロイからの呼び出しはかかっていないはずだが。

「呼び出しあった?」

「ほれ」

 ムクは自分の携帯をさろに放る。受け取ってメールを見たさろは何とも言いがたい顔でムクを見た。この間さろは子犬を拾ってヒロイの家においてきた。と言うより、それ以来さろはヒロイの家に居候させられているのだが。犬の餌がないから買ってこい、とムクのメールに入っているのだ。

「ったく、オレはあいつのパシリじゃねぇぞ。第一何でオレに寄越すんだよ」

「重いからでしょ」

 さらっとさろは言いながら勝手に自分のヘルメットを出す。長い髪を整えながらヘルメットをかぶるとさろは少し首を傾げた。

「そういえば最近ダイブ減ったね」

「一時期が多すぎたんだろ」

 ムクに言われ、そう言えばそうだな、と思う。そもそも、めったにあることではなかったのだ。それが一時期頻繁に続いた。ダイバーになった最初の頃など、忘れた頃に呼び出しがかかると言ってもいいほどだったというのにだ。

「それだけあちこちに知られたってことかな」

「だろうな。いくらでも利用のしがいのあるもんだし……ただ、ダイバーは増えたっつっても少ないからな」

「うん」

 場合によっては、ダイバーがダイブの対象になることもあると聞いた。そういう場合もあるだろうと、ダイバーをやっているさろもムクも納得してしまう。さろたちのようなダイバーの存在、と言うより、さろたちがやっているような人の精神に潜ることができるということ自体が機密事項なのだ。知る人はほとんど少なく、関わる人も最小限に抑えられている。しかしその便利なことから、利用範囲を広げ、次第に知る人も増えていると言うことなのだろう。「組織」あるいは「会社」と呼ばれる場所にさろたちダイバーは所属しているが、直接の関わりは持たない。間を取り次ぎダイバーに仕事を伝える者がいる。さろとムクにとってはヒロイがそれだった。そして、ダイブする意味がないことなどはヒロイが断ってくれている。

「そうなると、ヒロイの面倒も増えてるね」

 さろは呟きながら既にバイクに跨っているムクの後ろに乗り、その腰に腕をまわした。

 断るのも一筋縄ではいかないものらしいというのは、さろもムクも分かっている。ただ、それをありがたいと思って素直に感謝する気になれないのはひとえにヒロイのあの性格のせいだろう。

「まあ、とにかくワンコロどものメシ買いに行くか」

 苦笑混じりに言いながらムクは手首をひねった。あの子犬たちはそのうち、飼い主を見つけてもらって引き取られていくのだろう。さろも寂しがるだろうが、むしろヒロイの方が人に分からないようにこっそりと寂しがりそうな気がする。



 店の中で犬の餌だけではなく他の食料品の方も見て回るさろにムクは面倒そうな声をかけた。買い物は嫌いだ。ただ、さろも買い物が好きではないことも分かっているが。

「犬のだけでいいんだろ?」

 やっているのが犬用の餌だけではないのは分かっていたが、思わず言ってしまう。野菜を手に取りながら選んでいるさろは振り返らずにうん、と頷いた。

「ヒロイの家の冷蔵庫、また空っぽなの。放っとくとああなるんだから……」

「って今お前いるだろうが」

「わたしもあんまり買い物行かないから」

「どっちもどっちじゃねぇか」

 呆れたように言いながらムクは買い物籠を持つ手を変えてため息をつく。人のことを言えた立場ではないのは分かっているのだが。ムクの家にはしっかりカップヌードルの買い置きがしてある。成長期に体によくないとさろに怒られるが、時間がない時は仕方ないではないか、と思ってしまう。まあ、ダイバーになってからさろの作ったものを食べることが多くなっただけましと言うところだろう。

 と、ムクに何か言われても振り返らなかったさろが、ふと何かが気になるように振り返ってきょろきょろする。刺すような視線を感じたのだが、と探していると、ようやく目が合った。じっとさろとムクを見ていたようだが、目が合ったのに気づくとくるりと背を見せて行ってしまった。

「どうした?」

「うん、何か見られてた……ムクと同じ学校の制服の女の子だったけど」

「オレ?」

 外見がたたってか、ムクの学校での評判はよくない。勝手に一人歩きをしているようなものだが、面倒だから放ってあった。訂正するのも面倒なら、誰かとなれ合う気にもなれなかった。友達になりたいと思う奴がいれば自分から話しかければいい。そういう考えだから、数は少なくとも友人と呼べる相手はいる。ただ。

「女の友達なんて学校にいねぇぞ?」

「そうなの?もてないんだ」

「何でそうなるんだよ……」

 がっくりと肩を落としてムクはため息をつく。すぐにそっちに話をもっていく。女子は怖がっているのか遠巻きにして近づいてこないのだ。

 ムクの外見は確かにぱっと見は怖いが、顔立ちは整っているし背も高い。遠巻きに憧れの視線を送っているのだと気づかない辺りがムクも鈍いところだ。そもそも、明るい色の髪も目の色もムクの場合は天然なのだ。ただ、外見で怖い印象を与える最たるものはピアスだと思えば自業自得だが。

 ムクがそうしてやれやれと思っている間にも、もうその女子高生のことを考えるのはやめたらしいさろはムクの持っているかごに次々に放り込んでいく。

「おい……重いぞ」

「だってまとめ買いしておけばしばらく来なくていいじゃない」

「そういう問題か……第一バイクなんだぞ」

「大丈夫大丈夫」

 無責任にそう言いながらさろは笑っている。これはヒロイの家まではバイクを押していくしかないな、とムクは諦めながらかごを持ち直した。



 店を出たところでさろはまた先程の女子高生に気づいた。やはりこちらを見ている。ふと思い当たってムクを見上げた。これはもしや、と思いながらなぜか複雑な心境になる。からかうなり冷やかすなりという気分が確かにあるのだが、その奥に寂しいようなつまらないような、何とも言えないものがあった。まさか嫉妬なんてのはないよな、と自分で自分に問いかけるが、そんなもの自分で分からない。

「何だよ……」

 さろの視線に気づいたムクはさろが大量に買い込んだものがヘルメットを入れておく場所に入るか試行錯誤している。ある程度入れば、残りはさろに抱えさせておいていつもよりゆっくり走れば何とかなるはずだが。

「ねえ、あの子知ってる?」

 さろがそっと指す方に目をやり、ムクは目を細めた。確かに自分の学校の制服だ。ただ、顔の方はすぐには思い出せない。確かに見覚えがある気はするのだが。

「見覚えはあるな……」

 人の顔を覚えるのはダイバーをやっている関係からかそこそこ得意のムクが首をひねりながら思い出そうとしている。ムクがそうやっているようでは大した知り合いではないな、とさろが思ったところでようやく思い出したようにああ、とムクが声を上げた。

「この間、夜ガラの悪いのにからまれてるの見かけた奴だ」

「見かけて放っといたの?だったらそれ、恨まれてるって」

 ムクが放っておくのはないだろうな、と思いながらさろが言うと、ムクは軽く笑いながらそれまで試行錯誤していたところを閉めた。何とかなったのだ。

「一応口は出しておいたぞ」

「手は?」

「ノーコメント」

 言いながらさろに乗るように促す。さろはふーん、と意味深に頷きながら笑った。やっぱりそうだ。これはいい話のネタになる。ただ、と言うことはあの鋭い視線は自分に向けられたものと言うことになるが。



 買ってきた荷物を提げてヒロイの家に入った二人は、玄関にヒロイのものではない男物の靴があるのに目を止めた。来客中らしい。ただいま、と声をかける前にバーニーと子犬たちが駆け出してきた。

 足元にじゃれつかれて閉口しながらリビングに入ると、ヒロイと一緒に桐生がいる。二人の間にはお茶も出ていなかった。

「ヒロイ……桐生さんもお客さんなんだからお茶くらい出そうよ」

「頼んだ」

 呆れて言うさろにヒロイは平然と返す。こういう奴だよ、とため息をつきながらキッチンに足を向けるさろにムクも続いた。買ってきたものをしまわなくてはいけない。ここで放っておいたらさろが怒るだろう。

 四人分のコーヒーを入れたさろはジャンボクッションに制服のひだがしわになるのも気にせず無頓着に座りながら桐生の顔を見上げた。

「桐生さん、今日は?」

「うん、この間ムクに潜ってもらったことの事後報告。ああ、あとさろに頼まれた子犬の飼い主も探してるから。ちゃんといい引き取り手が見つかりそうだよ」

「ほんと?ありがとう」

 嬉しそうな顔をするさろを、ムクは少し呆れた目で見る。自分で探しているかと思えば人に頼んでいたのか、と。

「お前自分で探してるんじゃないのか?」

「桐生さんが見つけてくれた人の方が安心できるもん」

 桐生の人を見る目に信頼をおいているさろはそう言ってけろっとしている。軽く笑っている桐生の向かいでヒロイも苦笑いを浮かべた。自分たちに潜るよう仕事を持ってくる桐生に二人ともよく懐いているものだと思う。桐生の人柄だろう。何より、桐生が持ってくる仕事は、ヒロイも断ろうと思ったことはない。同じ警察関係でも桐生を通さずにその頭を越えていって寄越したものは大抵ろくなものではないが。

「事後報告って何かあったのか?」

 事後報告がされるなどめったにない。と言うより、さろもムクも知らされていないだけかもしれないが。だが、尋ねてからムクはしまったと思う。この間潜った相手は、何か訳ありのようだった。ヒロイにとっても、そしてさろも関わりのある何か。

 まるでその話を逸らそうとするようにヒロイはさろの顔を見る。何か面白いことがあったらしくさろは上機嫌だ。

「さろ、何かいいことでもあったのか」

 待ってましたとばかりにさろは軽い含み笑いを見せる。自分が顔に出やすいのか、周りにいる連中が鋭いのかは気になるところだが。

「ムクに春が来そうよ。ムクのことを見てる女の子、見つけちゃった」

 そう言いながらさろは見たこととムクから聞いた話に自分の推測を添えて話す。話の成り行きが見えてきたところでムクはさろが話すのを止めようとするが、それが通る相手ではない。何よりヒロイも桐生も面白がってしまっていて、そのムクをヒロイが無言の圧力で押さえ込んでしまうのだから。ヒロイの機嫌を損ねたらろくなことがないのは経験上分かっている。結局観念したように黙り込んでそっぽを向いたムクは、話し終わってもその顔を戻そうとしない。微かに顔が赤くなっているようだが、その顔を見てヒロイと桐生は顔を見合わせた。

 ムクにはまだこの手の話は早いらしいな、と。面白くない、と思いながらもヒロイは立ち上がった。確かにからかうのにはいいネタだが、肝心のムクがこの調子では。

「まあ、大型犬は躾が大変だがな」

 しっかり嫌味はいう。ムクはヒロイを一瞬睨むが、その目はすぐに逸らした。睨んでいるのを見られればさらに何か言われるだけだ。

「さろ、メシ!」

「何であんたに言われなきゃいけないのよ」

 話を逸らそうとするようにムクに言われてさろはむぅっとふくれる。が、まあ今回はこのくらいで見逃そうか、と立ち上がった。

 どうせこの話が出る機会はまたあるだろう。

「桐生さん、食べていってくださいね」

「ありがとう」

 頷きながら桐生は笑顔を見せる。この二人にダイブの話を持たずに会いに来るのは気安く嬉しいことだ。だが、仕事上の関係が前提だから、そう言うことはあまりないのだが。ダイブが何をダイバーに見せるのか、桐生には分からない。その結果を知らされはしても、ダイバーがそれをどのようにそれを見、体験してくるのかまでは分からないのだ。そして、ヒロイも、さろもムクも、詳しいことは話さない。機密事項だからと言うのもあるのだろう。ただ、自分が持ってくるのはいつも、胸の悪くなるようなものであることが多い。高校生の二人に負わせるには重すぎるものに思えてしまう。

 そして、今日ヒロイに届けたもの。あれがこの二人に知らされることはあるのだろうか。立ち上がって部屋を出ていったヒロイの手にはその報告書があった。二人には見せないということ。確かに、自分でもそれを見せるかと言われれば、できないと言うだろう。詳しいことを何も知らず、ただそこにあった報告だけにざっと目を通した自分でも。それを見る限りでは何も変わったことはないと言うのに、何かがあると、ただざわつく胸だけが感じていた。

「桐生さん?」

 考え込んだ桐生の顔をムクが首を傾げてのぞき込む。自分がヒロイの言葉でむくれたことを気にしてしまったかと、心配しているらしい。確かに、大型犬に似たところのある少年だと思う。人の気持ちに敏感で、あたたかい。

「何でもないよ。それにしても、買い物の荷物持ちにわざわざさろに付き合ってあげるとは、優しいね」

「それは間違ってる……」

 ムクは褒められているというのに苦笑いして訂正した。

「オレがヒロイに行って来いって言われたの。さろは付き合わせただけ」

 聞いて桐生はムクと顔を見合わせ、揃って笑ってしまった。側で寝そべっていたバーニーが軽く頭を上げ訝しげにその二人を見ている。


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