Mother Complex
題名通り、マザーコンプレックスな男の話です。
俺の母はまるで聖母マリアのような人だ。
いや、もしかすればマリア様よりも美しく、優しく、慈愛に満ちた人なのかもしれない。
長く美しい、絹糸のような漆黒の髪。
きめ細かい、雪のような色白の肌。
微笑めば悪魔さえ魅了してしまう瞳。
花を揺らす風の様に、耳にそっと入る声。
潤っている桜色の唇は、見ているだけで吸い付きたくなるような。
100人中100人が我が物にしようと意気込み、ことごとく散っていった。
話しを聞けば聞くほど、母はかぐや姫なのではないだろうかと心配になった。
この美しい母は、いつか月へと帰ってしまうのではないか。
その事を不安に思い、母の膝へと泣きつけば、まるで歌っているかのような声色で、杞憂だと言い頭を撫でてくれた。
さすがにこの歳で縋りつく様なことは出来ないが、かわりに抱きしめられるようになった。
守るために、慈しむために、愛するために。
牛乳を毎日飲んだ。筋トレだって欠かさなかった。
勉強は苦手だったが、いい点数をとれば褒めてくれると知り、一生懸命机に噛りついた。
それとなく母の好みを聞き、髪形も服も性格もそれ相応にした。
母は読書が好きだった。だから俺もたくさん本を読んで、会話の幅を広げた。
全ては母に振り向いて欲しくて。
あの澄んだ深海のような瞳に、俺だけを映して欲しくて。
学校の女子は、皆同じに見えた。
ヘタな化粧をし、はしたない容姿で頬を赤らめ告白しに来たが、鏡を見て出直して来いとさえ思ったほどだ。けれどもバカな女子たちは、迷惑を省みず俺の周りをうろつき、その瞬間を母に見られ勘違いをされたのだ。
あの時は、誤解だと母を説得するのにどれだけ時間と労力を使ったか。
だから女子の少ない高校を選んだ。
本当は男子校に行きたかったが、家からの距離が遠すぎる。何を好き好んで、母から離れなければいけないのだ。それはどんな拷問よりも酷く、断腸の思いとなるかは想像したくもない。
母の事を第一に考え、行動し、極力女子から距離を置いていた今日。
母の誕生日を向かえたのだ。
あぁ、ご先祖様。俺はあなた方を母の次に尊敬し、敬愛する事を誓います。
なぜなら、女神のような天使のような王女のような女帝のような、母を作り出してくれたのだから。
感謝してもし足りない。
さっさと学校が終わるようずっと時計と先生を睨みつけ、暇なのかと言いたいくらい毎回休み時間にくる女子たちを無視し、掃除をふざける男子たちを片っ端から地に沈めていった。
もちろん合間合間に母とメールをし、ささくれる心を癒してもらった。
チャイムが鳴ったその瞬間。俺は全速力で走り、前から予約していた、でかいクマのぬいぐるみとバラの花100本を取りにいく。
数日前ソファに座り、母を膝に乗せテレビを見ていると、たまたま『男性から貰って嬉しいプレゼント』という番組企画をしていたのだ。その中に入っていたのがこの2つ。母が反応したのもこの2つ。
鈴を転がすような声で、素敵だね。と言ったのを俺は聞き逃さなかった。
包装紙が崩れないように上手く走り、母の好きな薄いピンク色の家へたどり着く。
玄関前で息を整え、ネクタイをきゅっと締める。
インターホンを押してしばらく待つと、パタパタと可愛らしい足音が近づいてくる。
このドアが開いた瞬間、母の視界はこのバラの花束で埋め尽くされ、俺の腕へとすっぽり収まるのだろう。
驚いて小鳥のさえずりのような悲鳴を上げ、犯人が俺だと分かった時、とろけそうな笑顔で「お帰り」を言ってくれるのだ。
想像しただけで、頭と鼻と心臓と下半身が大爆発してしまいそうだ。
カチャリ、と開くドア。
覗く小さな手を優しく、けれど強く引っ張れば鼻腔一杯に広がる、バラと母の香り。
「ただいま、母さん。それと、Happy Birthday!」
大きな瞳を数回瞬きした後、聖母が嫉妬するほど母の笑顔は美しかった。
あぁ、あぁ、愛しい母を俺の腕の中で閉じ込めれるなんて、なんて幸せ者なんだろう!
父?
そんなもの聞いたことも見たことも存在しているなんて事も、知らないよ。




