二章 物語の幕開け(少女との出会い)
あれから湊は何時の間にか眠りについていた。
気がつけば、時間帯は既に昼休み。
「んあ?あー、寝過ぎたな」
湊は時間と周りを見渡し、今が何の時間かを認識した。
「……散歩行こ」
基本的に湊も昼食は食べるのだが、今日はどうも食欲が湧かないため、そのまま散歩に出掛けていった。
その道中、また湊は考えていた。
(今日は色々ありすぎた。溜め込み過ぎてこうなるのは分かってたけど。やっぱ、適度に発散させなきゃな)
湊の足は、自然に練習場に向かっていた。
練習場とは、魔法等の訓練を行う場所だ。
主に授業や部活などで使われることが多い。
湊はそこで軽く身体を解し、肩の力を抜こうとしていた。
「ん? 珍しいな。昼に練習場が使われてるなんて」
湊は練習場から聞こえてくる音に首を傾げながらも、入り口に向かっていった。
「うげ……面倒な場面に遭遇しちまったか」
練習場に足取り軽く入っていった湊は、そこに広がっていた光景に顔を歪める。
湊の目前では所謂、いじめと言うものが行われていた。
「……山城」
集団の中の一人が湊に気付き、声を上げる。
「はい、山城です。よく知ってたね一年生。ついでに先輩くらいはつけような」
湊は面倒臭そうに、ため息混じりに頷いた。
「っ、あ」
「ああ、君はそのままで良いから」
湊に気付いたのだろう、苛められていた一年と思わしき少女は倒れながら虚ろな目で湊を見上げていた。
「山城はまずい。行くぞ」
「でも、こっち六人だぞ。いけるだろ、別に」
「あっち一人だよぉ? かー君強いんだから、いけるよぉ。あいつも一緒にやっちゃお」
「馬鹿か、山城に数は関係ないんだ。死にたくねぇなら逃げんぞ」
少女と湊を尻目に、苛めの集団は逃げる手だてを考えていた。
「いやいや、数は関係するし、殺したりもしないから。どんな噂流れてんだよ」
もちろんのこと、湊は近くにいるため話しは丸聞こえなのだが。
「まぁ、逃げるならご勝手に。出口はあちらになりますよっと」
湊はそう言うと、その場の誰も気づかないうちに少女の下にたどり着いていた。
「んな、何時の間に」
「ちっ、行くぞ」
集団は、何人かは驚いていたが、リーダー格と思わしき人物の一言にすごすごと練習場から退散していく。
「そうだ。一つ言っておくけど、次、僕の目の前で同じ光景を目にしたら、今度は見逃さないから」
集団の誰もが背筋に冷や汗を垂らす。
気配だけでも分かったのだ。
湊が本気で言っているのだと。
「さてと、大丈夫か?」
湊は最後の一人が消えるまで出入り口を睨みつけた後、名も知れぬ少女を見やる。
「……っ、はい。大丈夫です。ありがとうございました」
髪は乱れ、痛々しいほどに痣だらけの腕や足。
顔は髪のせいでよく見えなかったが、血が垂れているのを見る限りでは怪我をしているのだろう。
それでも少女は気丈に振りまい、震える身体で立ち上がろうとした。
「泣くの堪えるんじゃないっての。起き上がろうともするな、怪我が悪化するぞ」
だが、そんな状態で立ち上がれるわけもなく、案の定湊に支えられることとなった。
湊は再び少女を横にし、自らもどっかりと座り込んだ。
「泣いてません」
少女は湊から顔を逸らし、必死に涙を止めようとしていた。
「……そっか。なら、見間違いだ」
湊にもそれがわかり、素知らぬ顔で肩をすくめる。
それから、少女が泣きやむまで二人の間に言葉は無かった。
「僕は山城 湊。君の一学年先輩。よろしく」
突然であった。
湊は少女が泣き止んだのを知ると、胡座に手を置き自己紹介を始めた。
「……いきなり、何ですか」
少女は戸惑った。
逸らしていた瞳を湊に向けてしまうほどに。
「自己紹介。それ以外に何がある?」
「だから、何でいきなり」
湊の平然とした態度に、更に戸惑いが増した少女はあの状況の後だ。
頭も心もこんがらがって訳が分からなくなっていた。
「君と知り合ったから。君の事を知りたいと思ったから。それじゃ駄目か?」
そこにこれだ。
弱っていた少女にとって、これだけの言葉でも堪えようにも堪えられないものがあった。
「っ、ふぅ、ふぇ」
そこから少女はまた涙が溢れてきてしまう。
しかし、今度は顔を逸らさずに湊にしがみついて泣いた。
心を許してしまった。
「すみませんでした。みっともない所をお見せしてしまって」
暫くして少女は泣き止むと、赤くなった目を擦りながら湊から離れた。
「いや、泣くのは別に悪いことじゃない。それは人が持つ一種の防衛本能なんだ。逆に泣かない方が体に悪い」
「ふふ、慰め方が下手なんですね。山城先輩って。……あ、私、小西 明日香って言います」
湊のお世辞にも上手いとは言えない慰めに、思わず小西は笑ってしまった。
「小西 明日香、いい名前だな」
湊は自覚があるのか、肩をすくめながら小西に笑いかける。
「それと傷はどうだ? まだ痛む?」
「あっ、傷。あ、あれ? 傷が、痣も無くなってる」
湊に言われ、漸く小西は自身にあった傷が無くなっているのに気がついた。
「一応、治癒魔法で治したつもりなんだけど痛む場所はないか」
湊はさらりと言ってのけたが、治癒魔法とはかなり高度な魔法である。
いたずらが成功したような表情を浮かべる湊は、小西の反応を楽しみにしていた。
「治癒魔法!? いつの間に。詠唱も何もしてなかったじゃないですか!?」
結果、湊の期待通りの反応を小西はしてくれた。
「どんな事にでも言えるけど、『基本は極意』なんだ」
湊は満足そうに笑い、小西の問い掛けに答える。
ただ、小西の得たかった答えとは別物ではあったが。
「詠唱破棄とか聞いたことある?」
小西の表情で大体判断できた湊は、付け足すように問い掛けた。
「あ、はい。高等技術で会得は難しいとか」
「そんな風に習ってるのか。実際はさ、詠唱破棄って高等技術であって高等技術じゃないんだ」
小西が生返事で答えたのを聞いた湊は、悩むように話し始める。
どうやら湊にとっては当たり前のことで、説明が難しいようだ。
「何て言えばいいかな。そもそも詠唱ってのはさ、魔法を現した詞を詠い唱えるって事なんだ」
もう知ってはいるだろうと思いながらも、湊は教えていく。
「詠唱破棄はそれをしないで魔法を扱う技法なわけなんだが。ぶっちゃけ、高等技法ってわけでもない。基本を、ここで言うなら詠唱だな。詠唱を、無意識下まで刷り込むほど使い込めば意外に詠唱破棄は出来るようになる」
湊は小西の眉間に皺がよっていることに気付いた。
「大雑把に数式に例えると、問題に対して複雑な計算式を使わないで答えだけ出すって感じかな」
「えっと……」
本当に簡単に説明したつもりだった湊だが、小西には難しいようだった。
「説明が下手ですまん。この話はまた担当教師にでも聞いてくれ」
自分にはこれ以上のことは無理だと、湊は諦めた。
「理解力無くてすみません」
小西は気まずそうにそれを見やる。
「いや、今回は教える方が悪かっただけだ。話しも逸れてるしな」
本題にも入っていないことに、湊は自分の説明下手を認識した。
「まぁ、僕が言いたかったのは、治癒魔法を詠唱破棄して使ったってだけだよ」
「山城先輩って何者なんですか? ここまでの力があるなら、代表の方とか?」
さらりと言ってのける湊に、実力はあるのだろうな、と小西は思うのだった。
「残念ながら、代表入りはしてないんだ。僕は」
「自分から代表入りを蹴ったからな」
湊が首を振りながら否定していると、突然横槍が入ってくる。
「げっ、冬川先生」
「あ、冬川先生」
そう、またも冬川であった。
今回はスーツではなく、運動用のジャージ姿ではあったが。
「ふむ、逢い引きか」
「どこをどうみたらそうなるんですか!?」
勝手に納得気味な仕草をする冬川に思わず立ち上がってしまう湊。
「しかし、その娘は満更でもなさそうだがな」
「あぅ、あ、逢い引き。私が山城先輩と」
しかし、冬川は湊の背後をわざとらしく覗き込み、小西の様子をニヤリと笑う。
「小西!? 小西、戻ってこい!? 冬川先生、誤解です。誤解なんです」
湊は小西のまさかの反応に慌てふためく。
「そうか、五回も逢い引きしていたと」
冬川はまたも不適な笑み浮かべ湊を見やる。
「違います!! どうしてその解釈になるんですか!? 小西とはさっき知り合ったばかりなんです!」
思わぬ言われように、湊は冬川にからかわれてると分かっていながらも言い訳を並べていく。
「冗談だ。先程、不良どもが出て来たのは見てるからな。ただ、あの口説き文句はどうかと思うぞ?」
「ほぼ最初っからいたのかよ! でありますか」
冬川の容赦ないからかいに、湊はつい地が出てしまいそうになった。
一応は教師なのだからと、敬語を使っていた湊だったが今回は厳しかったようだ。
「ふふ、地が出てるぞ?」
それが冬川にとっては嬉しいらしく、純粋な笑みが零れる。
「くっ、貴方を教師とは思いたくないからですかね」
「ほぅ、それは私を異性として」
ふてくされた湊の苦し紛れの一言も、冬川には通用しないようだ。
「違いますから、悪い意味で教師とは思えないってだけです」
しかし、湊も最後までは言わせない。
言わせたら最後、すでに追い込まれてはいるが更に追い込まれる。
「悪い意味、禁断の」
「あんたの頭はそれしかないのか!?」
だが、冬川のそれは湊の地を引き出してしまうには十分すぎた。
「ああ、湊が私のプロポーズに頷くまでは、それしか頭にないさ」
「自慢気に語らないでください!! 小西も、何時まで悶えてるんだ!」
胸を張って腕を組む冬川に、湊は大声を無性に出したくなった。
そして、つい関係ない小西に八つ当たりをしてしまう。
「おや、八つ当たりはいけないな。湊」
珍しいとばかりに湊を見つめる冬川。
小西はというと、湊の一言にハッと妄想から帰ってきていた。
だが、どうも二人の様子があまり良いものではないと察し、場を読んで鳴りを潜める。
小西への八つ当たりに罰が悪そうな湊であったが、今はそれどころじゃなかった。
今日一日で、既に湊のストレスは爆発寸前であったのだ。
「冬川先生、僕は貴方の傍にはいられない。どうして分かってもらえないんでしょうか」
小西が場を察してから、最初に口を開いたのは湊だった。
「それは誰が決めたことなんだ? 親御さんにでも言われたか。それとも妹さんに? まさか、友人に言われたからとは言わないよな?」
冬川は湊のその言葉に少しムッとしてしまい、挑発的な口調にしてしまう。
「違います。これは僕が自分で考え、自分で判断したことです。誰の指図でもない」
買い言葉に売り言葉。
どちらが最初等というのは関係なく、二人に険悪な雰囲気が漂い始める。
「何故だ? あの時、君から言ったことだぞ?」
「僕は、あの時など知りません。僕が貴方と初めて出会ったのはこの学校なんです」
湊が一番よく知り、冬川の言葉に間違いがないのも分かっている筈なのだが、湊は敢えて否定した。
「いいや、あの冬に私達は会っている。君は――――と名乗っていた!」
その否定された冬川の表情は悲痛の一言に尽きた。
冬川は縋るように、しかし、その事はおくびにも出さず湊を睨む。
「冬川先生、可笑しなことを言いますね? 僕は山城 湊ですよ? ――――じゃない」
だが、湊の出した答えはやはり否定と拒絶だった。
「君は!!」
冬川は尚も、湊に何か言おうとしたが、授業と時間に阻まれる。
授業開始五分前の予鈴だ。
「予鈴が鳴りましたから、これで失礼します。授業に遅刻しますから」
「待て! 話しは終わって。くっ、何でなんだ」
話しは終わりだと、湊が暗に告げ、去っていくのを冬川は悔しげに見送る。
「あ、えっと、え? どうしよう。えっと、失礼しました!」
供に残された小西はあまりの状況に理解が追いつかず、慌てるばかりであったが、取り敢えず湊を追いかけることにした。
冬川に何か言われる前にと、全力疾走で。
そんな小西を見やりながら、冬川は淡々と授業の準備を始めていった。
その時の冬川はまるで機械のようであった。
この話もまた難産でした。
悩みに悩み、またも妥協してしまった作者をお許しくださいm(_ _)m
ここまで読んで下さった皆様に感謝します。
まだまだ序盤。
頑張っていきますのでよろしくお願いしますm(_ _)m