二章 物語の幕開け(湊の想い)
「はぁ!? 代表の指導しろって、無茶苦茶過ぎません!?」
そして現在、湊は冬川の頼み事があまりにも無茶ぶり過ぎて声を張り上げていた。
代表とは、国内の魔法大会と国際魔法大会に出る代表選手の事だ。
ちなみに、ここで湊が叫んでいる代表とは、高等の部の代表選手の事。
他に中等の部と成人の部があり、成人の部は、大学生から社会人までを対象としている。
「私に言うな。職員会議で決まったことだ。それに湊が全て教えるわけではない。あくまでも、私の助手として手伝ってもらうだけだ」
冬川もあまり気が進まないらしく、肘掛けで頬杖をしながら溜め息を吐く。
「それにしたって、僕まだ二年ですよ!? そんな事出来ませんって!」
「しかし湊、お前の実力は本当なら代表に選ばれて当然のものなんだぞ? それなのに、一年、いや、中等部の時から代表入りを蹴ってるらしいじゃないか。だから教職員一同で、湊のその力をどうにか出来ないものかと考えたんだ」
納得のいっていない湊に対し、冬川はこうなったわけを話し始めた。
「何でそうなるんですか!?」
「まぁ、なんだ。ここ三年間は不作でな、教師は藁にも縋る思いなんだ。選手として駄目なら指導者として。分かるだろう?」
湊の突っ込みも何のその、説明の次は説得と、冬川は同僚たちに頼まれた仕事をこなしていく。
「まぁ、代表選出も済んでないし、顔合わせの時までに答えを出してくれれば構わないから、頼むよ」
そして、一応同僚たちの言い分を伝え終わると、冬川の独断で妥協案を提示する。
「はぁ、分かりました。考えてはみますよ。冬川先生の面子もありますしね」
湊は盛大に溜め息を吐きながらも、冬川のその案に乗ることにした。
「助かる。もう行っていいぞ。すまなかったな」
冬川は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「いえ、それじゃこれで」
「あっ、それと、私のことは真冬と呼べと言っているだろう。湊」
湊が背中を向けた瞬間に、冬川は今思い出したかのような態度で抱きつこうとする。
「僕、禁断の恋には興味ありませんから。冬川先生」
だが、湊は予想していたらしく、ひょいっと横にずれるとそのまま職員室を出て行く。
最後に振り返って、満面の笑みと拒絶を言葉にしながら。
「ふむ、まだ駄目か。次はどういう手でいこうかな」
と言っても、冬川は全く堪えてはいなかったが。
その逆に、もう新しい策を練り始めていた。
「はぁ、厄介な事になったもんだな」
湊は職員室から自身のクラスである二−Aに向かう途中、先程までのことをぼんやりと考えていた。
普通に生きると言うのは、こうも難しかったのかと。
「一限はサボろ」
今から行ったのでは、一限の最後のほうになることに気付いた湊は、屋上に方向転換した。
ちょうど良く階段もあったことから、比較的早く屋上に着いたものの、湊は扉を開けた時ある諺を思い出す。
「馬鹿と煙は何とやらってか」
自分で自分を中傷して、何故だか笑いが零れてきた。
湊に暗い影が差しているようにも見えた。
「まぁ、たまには良いよな。こういうのも」
黄昏気味の湊は、何時の間にかぼぅっとフェンス越しに景色を眺めている。
そして、空を眺める。
これは湊の癖でもあった。
悩み事があると、空を眺め心を落ち着かせるのだ。
「湊……か」
湊にとって、その名は複雑な思いが過ぎるだけで、嬉しいと言う感情単一で湧いたことはなかった。
だからだろう、と湊は思っている。
冬川を避けてしまうのは。
「はは、言えるわけないか」
ある思いが湊の胸を突いた。
しかし、湊は自分の考えていること、思っていることは烏滸がましいものだと痛感していた。
「僕が、俺が、真冬さんを好きなんて……。所詮、湊に成りきれない俺なんかじゃ、資格なんざあるわけない」
分厚い雲で覆われたその空からは、湊の気持ちが反映されたかのように雨が降り始めていた。
「予報じゃ降らないって言ってたのにな」
それでも湊はそこから動こうとはしなかった。