二章 物語の幕開け(原因)
ここでお知らせします。
ここからの地の文章で冬川と書いていたのを、全て真冬に変更させてもらいました。
理由を挙げますと、湊と真冬の関係の変化に加え、冬川と古川の名前が似ていて分かりづらいと判断したからです。
作者の勝手で申し訳ありません。
湊は、魔器を持ち微笑み続ける真冬を見つめながら思う。
「どうしてこうなった」
と。
模擬戦の最初の頃は、まだ正気であった。
それが、何時の間にか正気を失い、魔器などという一歩間違えれば兵器にも成りかねないモノを手に握り締めている。
だが、幸いだったのは暴走を始めた真冬を見て、大概の生徒は教師を呼びに行くか逃げるかで、既に居ないことだ。
残っているのは、古川や鳳、他にも数名といったところか。
「湊! 一旦逃げろ!」
湊が真冬を横目に思案していると、観客席にいる古川から声を掛けられた。
「駄目だ! 今、逃げたら大惨事になる! それに、そんな事になったら、いくら冬川先生でも懲戒免職は免れない! 下手したら、捕まって警察沙汰になる。そんな事させられない!」
湊は最悪の事態を想定しながら、真冬の動向を探る。
事態が事態なだけに、古川もそれ以上は何も言ってこなかった。
「しかし、どうしたものか。こっちも魔器を使えば何とでもなるけど。下手したら、真冬さん宝器出しそうだしなぁ」
古川にはああ言ったものの、湊はこれからの手を考えあぐねていた。
「ふふふ、湊、さぁ、これでいいだろう?」
そうしている間にも、真冬は湊へと近寄って来ていた。
既に瞳は濁り、真冬本人の意思が無いように見えた。
「まさか宝器に呑まれたなんて事は、無いよな」
湊は真冬のそれを見て、不意に一つの可能性に辿り着いた。
しかし、その可能性も高いとは言えず、証拠もない推論に過ぎなかった。
そもそも、宝器や魔器に呑まれるのは、精神に極度の負荷でも掛からない限り、有り得ないのだ。
この可能性ならば対処のしようは幾らでもあるが、真冬にそこまでの負荷があったのかどうか判断しきれない湊は、安易に縋るつもりはなかった。
「でも、本気を出すような事を言っていた割には、魔器しか出さないか。っ!」
一瞬、湊は真冬から目を離してしまった。
だが、それは今の状況下ではやってはいけなかった。
湊は自身の目と鼻の先に、濃密な気配を感じた。
湊に迷いはなかった。
右側に飛び込む。
それと同時に、湊がいた場所に大剣が叩きつけられていた。
凄まじい音と共に、地面には亀裂が走り陥没しているのが見受けられる。
「ちぃ、これ以上は考えてる暇はないか」
湊はアクロバティックな動きから体勢を立て直し、魔器の使用も視野に入れ魔具を構えた。
魔器を相手取るにはかなり心許ないが、泣き言も言っていられない。
「今の僕で、どこまでやれるか。……でも、やるしかないよな」
湊は本意ではないが、先程の仮説を取り敢えずの行動方針の土台に置き、対処法を組み立てる。
対処法は気絶させる、何らかの方法で真冬の意思を目覚めさせる、真冬の体力または魔力を枯渇させる等だ。
他にも方法はあるが、戦闘しながらでと言うとこのくらいだろう。
「ふぅ、時間は残り僅か。覚悟、決めるか」
魔法は恐らくこの戦いでは有効打にはなり得ない。
更に、他の教師などが真冬を止めに来るはずだ。
時間がない。
だからこそ、湊は前方に身体を深く沈め、踏み込み疾走した。
しかし、
「舐めているのか?」
魔器を具現化している真冬には、遅すぎる速度だった。
「っ!」
目を離したつもりなど、湊にはなかった。
そのはずだったが、目の前から真冬を見失う。
そして、本能的に前方に魔具を薙ぎ払った。
湊のその判断は正しかったと言えよう。
「しまっ」
だが、それすら真冬にとっては無意味なものだった。
真冬に薙ぎ払いを掻い潜られ、湊は無防備な状態で膝蹴りを食らい、更に回し蹴りで観客席まで障壁を破るほどの勢いで吹っ飛ばされた。
いくら観客席に近い場所だったとは言え、凄まじい力だった。
「湊!」
古川が鳳を逃がした後、再び観客席に戻ってくると、湊が観客席に埋もれていた。
「がふっ、いってぇ」
「湊、避けろ!!」
湊が血を吐き痛みに顔をしかめていると、再び古川が叫んでくる。
「あ? っ! はぁはぁ、手加減なしかよ」
最初、その意味が理解できなかった湊だったが、目の前の威圧感に魔具を犠牲にし飛び退いた。
「ちぃ、魔具も粉々か。くそ、甘く見過ぎたな」
避けるためとはいえ、魔具を投擲してしまった湊は、出来るだけ真冬から離れる。
幸い、もう残っている生徒も古川だけだったため、観客席にいても他の人に被害が及ぶこともない。
古川も湊達からは離れているため、危険はそうそうないだろう。
「まぁ、骨が無事だったのは幸いか」
湊はぎりぎり間に合った防御魔法に感謝した。
簡易的なものではあったが、それが無ければ間違いなく大怪我は免れなかっただろう。
「それにしても、強い。さすが、現代の英雄様か」
そして、改めて真冬の実力を認識した湊は、真冬のその凄まじいまでの素質、才能に戦慄を覚えた。
元々、宝器を扱える者は英雄や勇者と言った類の器なのだと言われている。
そんな相手に湊が憂いを覚えてしまうのは仕方ないだろう。
「やるしかないよな」
湊は自身の気持ちに踏ん切りをつけ、過去を呼び起こす。
「もう一度、これを握ることになるなんて、何の因果なのかね」
それとともに、湊の両手には刀が握られていた。
「夜桜、紅桜」
そう、湊は敢えて魔器ではなく、宝器を手に取った。
魔器でも対等に相手は出来ただろうが、それでは意味がない。
対等では、負けることはないが勝つこともない。
例えそうではなくとも、勝つのにも負けるのにも時間が掛かりすぎる。
時間がない湊にとっては、宝器の方が何かと手っ取り早かったのだ。
ただ、
「がふっ、はぁ、はぁ。やっぱ、宝器はしんどいか」
今の湊には、宝器は諸刃の剣でしかなかった。
真冬と出逢ったあの日、あの時に気付いた事だ。
自分がまともに宝器を扱えなくなっていると言うことを。
原因は大体解っていた。
前世の戦いは熾烈を極め、湊も身命を削り、存在を削って戦い抜いた。
そして、最期の時にはもう肉体すら失い、内面、つまりは精神や魂もぼろぼろの状態だった。
更に、訳も分からぬ転生をしてしまい、肉体と精神にズレが生じてしまっていた。
主に内面的なものが重要な要素の宝器や魔器である。
このような状態で宝器はおろか魔器を扱うなど、無謀にもほどがあるのだ。
「だけど、これで」
湊は向かってくる真冬に半身で構える。
そして、
「はぁ、はぁ。疲れた、二度とこんなのごめんだ。……にしても、宝器のダメージの方が大きいって何のいじめだよ、全く」
決着は呆気なかった。
突っ込んでくる真冬に、湊は普段は具現化しない宝器の鞘に夜桜を収め、真冬の眼や感覚でも追えない程の速さで、鳩尾に突きを放ち意識を奪ったのだ。
魔器と宝器の格の違いは、それほどまでにあったということだ。
湊は宝器をさっさと消し、倒れた真冬の横にドカッと座り込む。
「全く、全盛期の足下にも届かないな、こりゃ」
皮肉気に今を把握した湊は再び咳き込み、少量とは言えない血を吐いた。
と、そこに駆け寄ってくる人物が一人。
「湊、大丈夫か!?」
古川だ。
何やら落ち込んでいるようにも見える。
「……湊、すまん。俺、何にも出来なかった」
案の定、古川は何も出来なかったことに負い目を感じていた。
「気にすんなって。今回は仕方ないさ。何にも出来なくて当たり前なんだよ。仮にも最強って呼ばれてる人だぞ?」
湊は雰囲気を明るくしようと、おちゃらけた口調で古川を励ます。
「湊は出来たじゃないか。それも、あの刀って」
しかし、古川は納得いかず、話をより深いところまで持って行く。
「あーきら、そこはみんなには内緒だからな?」
何人かのけたたましい声とともに足音が聞こえてきたため、湊は古川の言葉を遮り重い腰を上げる。
未だにダメージは残っているが、そうも言っていられない事態になることを予期した湊は、もう一踏ん張りとフラつく身体に活を入れた。
強化魔法で肉体の補助をし、湊は真冬を抱き上げると平静を装って、そこまで来ている教師達の所に向かっていく。
「彰、来ないのか?」
「え? あ、今行く」
疲れた表情を浮かべる湊に、古川は俯いていた顔を上げ、追いかける。
その後、二人は保護され真冬は保健室に運ばれるも意識が戻り次第、会議室に連行という形になった。
幸い、学校側の意向ですぐには警察に引き渡されることにはならなかったが、実際どうなるかは不明だ。
「真冬さん……」
湊は今、保健室に治療という名目で居座っていた。
そして、湊が見つめる先には、ベッドで眠りについている真冬がいた。
「起きてるんでしょう? 真冬さん」
保健室に他に人はいない。
ちょっと強引な手を使い、湊が追い出したのだ。
入り口付近に見張り役の教師はいるが、声を潜めれば気付かれないだろう。
湊は状況を理解した上で声をかけた。
「……ああ、ついさっきな」
湊のそれに応え、真冬は狸寝入りを止めた。
「で、どうするんですか? この状況」
真冬が起き上がるのを手伝いながら、湊は溜め息を吐きたくてしょうがなかった。
「さて、どうしたものか」
「気楽には構えていられないと思いますけどね」
のほほんと構える真冬に、湊は怒りを通り越して呆れるしかなかった。
「だろうな。しかし、私も意識が曖昧だったからなぁ」
真冬はどうにも出来んと肩をすくめ、対処のしようがないと顔をしかめる。
「それは多分、宝器に呑まれたか、暴走でしょうね」
湊は真冬のあの原因を今までずっと考えていた。
そして行き着いた答えがこの二択だった。
呑まれるのと、暴走は似ているが実際はかなり違う。
呑まれるというのは、宝器の所有者が精神に極度の負荷を負い、宝器の器である精神のバランスを崩すことによって、宝器との主従関係が逆転してしまうことを指す。
宝器は魔器の昇華したものだが、それ故に宝器は魔器などよりも明確な意志を持ち存在するため、主従関係が逆転してしまうと呑まれるのだ。
暴走、これは精神には関係なく宝器と所有者のバランスが崩れることによって起こる。
主な原因は何らかの要因によって宝器の力が増し、宝器が所有者の器に収まり切らなくなった場合が挙げられる。
この場合、一度暴走を止めてしまえば器の容量も増し、宝器と所有者のバランスも安定する。
「僕がみた感じ、真冬さんの場合は暴走の可能性の方が高いですね。呑まれたのなら、こんなに早く意識は戻りませんし」
「ふーむ、そうか」
あくまで可能性の話ではあるが、真冬は湊を信じた。
手を握っては開くという作業を数回繰り返すと頷く。
「まぁ、学校側も警察には通報しないで、内々で揉み消したいみたいですから、警察沙汰にはならないんじゃないですかね。多分」
湊は話を戻し、学校側の対応を自分の考えと照らし合わせ真冬に伝える。
「それに、真冬さんは僕と模擬戦をしていただけですから。最後までいてくれた証人もそう言ってます」
真冬は湊がどうしたいのかこの時点で漸く理解した。
「また、助けられたな」
「何のことだか分かりませんね」
その後、湊は真冬と共に保健室から出て、入り口付近で彷徨いていた教師に会議室まで連行されていった。