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二章 物語の幕開け()

「……やっちまったなぁ」


湊は屋上への階段に座り込んでいた。


あの時、冬川に発した一言は思いも寄らぬ人物にも聞かれてしまっていたのだ。


屋上への入り口である扉から物音がし、冬川と湊は同時に扉を見やった。


そして、そこには閉じていた筈の扉が開いた状態になっており、誰かが階段を駆け下り走り去ろうとする音が聞こえてくる。


二人は顔を見合わせたが、それも一瞬でしかなく、すぐさま後を追いかける。


先に扉を潜ったのは湊だった。


だが、湊は階段の下の階を覗き込んで思わず足を止めてしまった。


覗き見をしていた者が誰であるか、分かってしまったのだ。


それは、


「……楓」


湊の妹、楓だった。


そこから湊は全身の力が抜けていき、階段に座り込んでしまい、立ち上がることができずにいた。


湊の後ろに居た冬川は、楓を追い掛けずに腕を組んで壁に寄りかかっていた。


追おうとも考えたが、自分では捕まえることはできても対処のしようがないと判断したからだ。


冬川も湊のそれを初めて聞いたのだから。



「それで、どうするつもりなんだ?」


このまま黙った状態でいても仕方ないと、冬川は途方に暮れている湊の背中を横目に呟く。


「どうするって言われても。それより真冬さんは、軽蔑しないんですか? さっきの話を聞いて」


湊はその問いに答えることはせず、話を逸らした。


「まぁ、驚きはしたがな。軽蔑はまだしないさ。お前の言い分も聞いてないし、理由があったのだろうことも理解しているからな」


冬川は肩をすくめながら思ったことをそのまま伝えた。


「まだ、ですか。そうですよね」


冬川の言葉に更に気持ちが沈むが、湊は頷く。


「それより、妹はどうするんだ? このまま放置と言うわけにもいかないだろう?」


「……楓のことはこうなってしまえば仕方ありません。成るようにしかならないですから。近いうちに、しっかり向き合います」


沈む湊にフォローを入れるように冬川が話を戻すと、湊は少しの沈黙とともに口を開き、溜め息を漏らす。


「ふむ、そう言うことなら私はこれ以上とやかく言わないとしよう。しかし、先程の説明はきちんとしてもらうぞ?」


「はい、分かってます。元々そのつもりですから」


冬川の見据えるような視線を背中で感じ取った湊は、天井を見上げながら決意していた。


そしておもむろに口を開き、過去を振り返っていく。


声は震えない。


ただ、淡々とした話し方で、出来る限り自身の感情を入れないようにしているようではあった。


「あれは、もう十年以上前のことなんですが――――」






「そして、今に至るわけです」


話すことは簡単であった。


現世で一番最初の記憶をそのまま語ればよかったのだから。


しかし、長くは語ろうとしなかった。


今まで家族の元でどう過ごしてきたのかなど、言えるわけがないと無意識に思ってしまったのだ。


湊は話し終えると、すぐさま言い訳や自身の正当化をしたくなってしまったが、必死に堪える。


それは今一番やってはいけないものだと、理解しているからだ。


「…………」


「…………」


二人の間に沈黙が流れ、その場を支配する。


「軽蔑しましたか?」


もう限界だとばかりに口を開いたのは湊だった。


「……いや、しないさ。その時の状況など、居なければ分からないようなものだったんだろうと思うしな」


冬川も漸く思い悩んだような表情と共に、一文字に噤んだ口を開く。


「だが、それと同時にこうも思った。哀れで愚かな選択をしたな、と。その時は仕方なかったのかもしれないが、それは過ちだ」


「……確かに、その通りなんですよね。小西にも同じようなことを言われました」


冬川の一つ一つの言葉が、今の湊には痛かった。


「何時も心の片隅で思っていた事なんです。あれは、間違った選択だったんじゃないのかと。あれは、償いなんて烏滸がましいようなエゴだったんじゃないのかと」


今、湊は冬川の顔を見るのが怖ろしくて堪らなかった。


見て見ぬ振りをしてきたものと向き合う、それだけでも辛く、苦しく、狂いそうになるというのに。


「でも、あれは正しい選択だったんだと、自分を正当化する気持ちの方が勝って」


そして、


「もういい、泣くほど辛かったんだろう? 言える相手もいない、勿論家族にさえも。そんな状況じゃ、独りで抱え込むようになるのも仕方ないさ」


静かに、冬川に悟られぬよう涙した湊だったが、何時の間にか温もりに包まれていた。


そんな湊を冬川は見てはいられなかったのだ。


「だから、今は泣け」


冬川のそれが切っ掛けだったのだろう。


湊の中はダムが決壊するかのように、今までのもので溢れかえっていた。


それと同時に、この時、湊は本当の意味で過ちを認めたのだった。



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