序章
突然ではあるが、とある世界は幾度もの破滅の果てに救われた。
甚大な被害、多大な犠牲と、一人の青年の幾度にも及ぶ人生を賭して。
ことの発端は、神の名を有する『概念的であり思念的な存在』の暴走からであった。
この存在はセカイを構築した創造主及び神でありながら、人に構築された存在でもあった。
人は、この存在をゼウスともオーディンとも言った。
この存在は概念や思念、それに類似するモノに限り、ありとあらゆる存在でもあったのだ。
だが、これによって一つの問題が起きた。
人間である。
人間は増えすぎてしまった。
人間の思念と言うのは恐ろしい程のチカラを持っていた。
特に負の感情というモノは際限が無い。
人間のそれは、人間の概念や思念を取り込むその存在の莫大な器をも越えてしまった。
その存在を脅かし、狂わせてしまったのだ。
暴走は突如として起きた。
その存在の半分以上の存在を奪って、一つの存在に成ったのだ。
しかし、その存在はそれでも最期の抵抗とでも云うべきもので、暴走する自身のソレを切り離し、残ったソレ以外の総てで一つの魂を産み出し、世界に落とした。
それが前述で述べた青年である。
だが、その行動は人間を護るためのものではない。
暴走を食い止め、その存在が再び一つの存在に戻るためのものだった。
青年にもそれはわかっていた。
それが自身の存在理由と言うこともだ。
しかし、青年はそれでも構わなかった。
世界全て等と大それたことは言わない。
自身の大切な人達だけでも救えるのならと。
自身の身を削り、魂を削って、心の内を誰にも明かさず戦い抜いた。
そして……
暴走したソレとの決戦の跡地に、二人の人物がいた。
一人は日本人特有の黒髪を伸ばし、後ろで結んでいる優しげな瞳と顔立ちをした青年。
一人は染めているのであろう明るい茶髪に、ピアスを片側だけ着けている今風の青年。
二人は何をするでもなく、肩を並べその跡地に佇み、光景を目に焼き付けていた。
そうしていると、黒髪の青年の方が光景を目にしながらぽつりと呟く。
「これで終わりか」
「ああ、そうだな」
黒髪の青年のそれは独り言のようではあったが、茶髪の青年もまた光景を見据えながらそれに応えた。
「やっと、眠れる」
「っ、ああ……そうだな」
再び黒髪の青年から言の葉が零れ落ち、茶髪の青年はそれに答えようとしたが、どうしてか言葉に詰まってしまう。
それでも、茶髪の青年は一呼吸置いて声を震わせながら、何とか言葉を紡ぐ。
「なんだ、泣いてるのか? 前にも言っただろ? 俺は消える訳じゃない。ただ、在るべき存在に戻るだけだって」
そう、茶髪の青年は泣いていた。
これから起きる別れを知っているが為に。
「わかってる。わかってるさ、そんなこと」
涙を止めたい。
最後くらい笑って見送ってやりたい。
そう思ってるはずなのに、涙は一向に治まる気配を見せない。
茶髪の青年は上を見上げ、歯を食いしばった。
涙を零さないように、笑顔で送り出せるように、今だけはと静かに泣いた。
「ならいいさ。みんなのことは任せて良いよな?」
黒髪の青年は、それに気付きながらも話しを続けた。
「……勿論だ。任せとけ」
茶髪の青年も完全に涙声になりながらも会話を続ける。
だが、それも一言二言が限界だった。
それからは二人ともが口を閉ざし、今までの記憶を思い起こしていた。
暫くそうしていると、その時を黒髪の青年が告げる。
「ああ、もう時間みたいだ。みんなに伝えてくれ。……ごめんって」
この先の不安を感じさせない、安らぎを与えるような声色だった。
そして不意に、茶髪の青年の横にあった気配が消えた。
「っ、最期の言葉が、ごめん……かよ。親友」
茶髪の青年はそれを感じながらも横は見ず、何もない正面に向かって泣き笑いを浮かべ、最後の言葉を友に贈った。
「またな。またいつか、親友」
黒髪の青年を見送った茶髪の青年も、またこの場から姿を消した。
いつか、また馬鹿な親友と会える日を願って。
そして、新たな命が産声を上げる。
新たな物語を創り出す為に。