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地味でお粗末な君が隣にいては自分が恥をかく、と婚約者に言われましたので。

作者: カヤベミコ
掲載日:2026/08/16


「ノクティア。君のその装いは一体なんなのだ? 

こんな華やかなパーティに、そんな地味な格好で出席するなんて、いつにも増して酷い見栄えじゃないか。

君はここを、葬儀場か何かと勘違いしているのか?」



ここ、アストラ王国・王宮で開かれれているパーティの最中さなか、私・コルニクス子爵家の長女であるノクティアは、三年前に婚約をしたヴァヌス伯爵家の子息・ルーカスに、そのようにとがめられた。



「はぁ……お粗末なドレスにお粗末なアクセサリー、ほどこしている化粧ですらお粗末。君という存在は、この華やかな会場に全く見合っていない」



ルーカスの言葉に、私は少し目を伏せる。



「挙げ句の果てには、その真っ黒い髪と瞳。君は本当に地味で冴えない。

知っているか? 君を連れ歩く僕が、社交界で何と噂されているかを。


ずばり、"気の毒なカラス使い" だぞ。不名誉なことこの上ない」



ルーカスは地味なものより、派手できらびやかなものを好む。それは女性に対しても同じ。



「君も、華やかな僕に相応しい女性になるために、少しはベロニカ嬢を見習ったらどうなんだ」



ベロニカはレンドル男爵家のご令嬢。確か私と同い年。

彼女はブロンドの髪にエメラルド色の瞳を持つ、とても美しい女性だ。パーティではいつも華やかな化粧を施し、上品なドレスやアクセサリーを身に付けている。

……けれど。



「……なんだ、その目は? この僕に、生意気に口答えでもしようというのか?」



ほんの一瞬だけ、眉を寄せ非難的な目を彼へと向けてしまった私。でもすぐに、「ああ、失敗した」、と思った。


我が家はルーカスの実家より爵位が下だ。両親に余計な心配をかけないためにも、彼の機嫌を損ねないよう日々過ごして来たというのに。


私はルーカスに向けて、腰を折る。


……でも、私が頭を下げたその時。水差しを持って会場内を歩いていたボーイが、ちょうど横を通りかかった。


そして、「あっ」と思った頃には、時すでに遅し。ボーイとぶつかってしまった私は、水差しに入っていた水を見事に頭からかぶってしまった。


水と冷や汗、どちらとも取れないものがほほを伝う。



「……っ、君という奴は、どこまで僕に恥をかかせる気なんだ!」


「……」


「もういい! もう限界だ! 今後、君とは一切関わりたくない!


僕たちの婚約は、当然ながら破棄させてもらうぞ。地味で冴えない、お粗末な "濡れガラス" なんかを妻にしたら、末代までの恥だからな!」



ルーカスは顔を真っ赤にさせながら、私にそう言い捨てた。そしてドスドスと大きな足音を立て、パーティ会場から去ってしまった。



「も、申し訳ございません、レディ! おい、新人! 水差しを持ったまま会場を横切るなと、あれほど言っておいただろう!」


「す、すみません! 向こうで花瓶が倒れてしまったようで、急いで水差しを持って行かねばと慌ててしまって……。レディ、なんとお詫び申し上げて良いか……!」



私はなんとか取りつくろって、ぎこちない笑顔を作る。



「今、婚約を破棄すると怒鳴っていたのは、ヴァヌス伯爵家のご子息・ルーカス様だ」


「こちらのご令嬢は、コルニクス子爵家のノクティア様ね。なんて酷いお姿……」



パーティに来ていた貴族たちが、ざわめいている。

その中には、ルーカスが好意を寄せているベロニカの姿もった。彼女は眉をひそめ、どこか哀れむような視線を私へと向けている。



「……大変失礼いたしました、お騒がせしてしまって……。すぐに退出いたしますわ。


そして、ボーイの方々。お気遣いありがとうございます。ですが、私が急に体勢を変えてしまったのが原因ですから。こちらの方にはどうか、おとがめなどなきようにお願いいたします」



ルーカスが去ったことで、私はようやく口を開くことが許される。



妻は常に夫を立てなければならない。

妻は黙って夫に従わなければならない。

しかし、夫が誤った行動を起こす前に自然と軌道に戻すのもまた、妻の役割である。



花嫁修行の一貫として家庭教師に教えられたことが、威圧的なルーカスの前では全てが空回りした。

でも、せめて最後くらい。貴族のたしなみとして気丈に振る舞わなくては。



「本当に、気の毒なカラス使い」



……けれど、どこからともなくそんな声が聞こえてきた時、私は一瞬、立ち上がることを躊躇ちゅうちょした。

そして、同時にこうも思う。



私はいつから、これほど誰かの目を気にして生きるようになっしまったのだろう。


昔の私はどのように過ごしていた? 少なくともこんな風に、常に感情を押し殺してはいなかったはず。

たった数年前のことなのに、今はそれすらも思い出せない。




うつむかないで。どうか顔をあげて」



けれど、その時。誰かに、柔らかなレースのハンカチを頬に添えられた。

私は驚きつつも、その声主の方へと視線を向ける。



ひかえ室まで歩ける? 取り敢えず、ここから移動しましょう」



その人は心配そうな表情を浮かべながら、私に手を差し伸べてくれている。



「行きましょう?」


「……は、はい。あの……ありがとうございます」





声をかけてくれたのは、白銀の髪にサファイアブルー色の瞳を持つ、とても美しい人だった。

私はこの人と共に、パーティの控え室へと足を運んでいる。



「全くっ! 一体なんなの、あのオトコ! オトメの、しかも婚約者の外見を否定するだなんて、男としてあるまじき行為よっ!」


「あ、あの……」


「ああ、ごめんなさいね! 実はずっと聞こえていたのよ、あのオトコの無礼極まりない言葉の数々がっ。あ、盗み聞きをするつもりは、もちろんなかったのよ?」


「え、ええっと……」


「はっ! やだ、アタシったら! そもそも名乗りもせず、いきなり会場から連れ出してしまったのは失礼だったわよね、ごめんなさいっ! えっと、アタシは……」


「……セクレタム侯爵家のご長子、ジルベール様とお見受けいたします。私はコルニクス子爵の長女、ノクティアと申します。先ほどはお恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」


「ノクティアさん、ね。それと、どうか謝らないでちょうだい。だって、あなたがそう思う必要なんてこれっぽっちもないもの。

……と、話は変わるけれど、ノクティアさんはアタシのこと知ってたの?」


「もちろんです。ジルベール様のお噂はかねがね。あなた様のことをご存知ない方は、この社交界にはいらっしゃいません」



私がそう言うと、ジルベールは両手を自身の頬に当てた。



「あらやだ。それって、アタシが "男" なのに、こんなキャラだってことを?」



少し驚いたような表情をする "彼" 。けれど私はすぐに、左右に首を振る。



「いいえ。我が国の文官試験において、歴代最高点を最年少で叩き出されたお方だということをお伺いしていました。それと、次期宰相様候補だというお話も」


「あら……そっちの方、ね」



ジルベールは頬をかきながら、少し照れくさそうに微笑んだ。



「うーん。でも、アタシのことを知ってるならちょうどいいわね……

ねえ、ノクティアさん。今度一度、アタシの家に "お勉強" に来てみない?」


「お勉強……?」


「そうそう」


「えっと、脈絡をうまく理解することが出来ず申し訳ありません。つまり、文官の方々がされているお勉強の一貫を、ということでしょうか?」



人間性を磨く……ということ?



「ふふ、違う違う! そんな堅苦しいものじゃないわ。そうねぇ、"ヒミツのレッスン" って言った方が良いかしら? もちろん、怪しいやつじゃないわよ」


「ひ、秘密のレッスン……?」


「ああ。でもまだ、ノクティアさんには一応、婚約者がいるんだったわね……

そうだわ、アタシがあなたのお父様に先にお声がけをしておくわ。

だから婚約が正式に白紙に戻ったら、今度はあなたからアタシに連絡を寄越よこして。


アタシが "レッスン" して、あなたを誰よりも素敵で華やかなご令嬢にしてあげるから!」



レッスンとは……もしかして女を磨く、的な?



「アタシ、他者をいたぶるやつが、昔から本っ当に許せないの。ノクティアさんだって、あのオトコのこと見返してやりたいって思わない?」



口をポカンと開けてしまっていた私だが、彼にそう言われた時、思わずグッと唇を結んだ。


……その通りだ。もう、誰かの目ばかりを気にして生きていたくない。感情を押し殺して、相手に言葉を返せない人間でいたくない。


変わりたい、と強く思った瞬間、



「是非お願いいたします……!」



私はジルベールにそう伝えていた。



「うふふ。決まりね」



すると、彼の方はにっこりと……いや、ニヤリと微笑んだ。



「絶対に見返してやりましょう。

それとアタシ、あなたにもう一度会えるのも楽しみにしてるから!」





三月みつき後。ルーカスと私は正式に婚約を解消した。正直、これほどすぐに話が進むとは思っていなかったので少し驚いている。


聞くところによると、大勢の貴族が出席していたパーティ会場での、かなり悪目立ちをした婚約破棄、ということが世間体にも悪く、速やかに受理されたとのことだったけれど。


でも、おかげで私は、



「ノクティア。あなたは肌が雪のように白いから、オレンジよりピンクをベースにしたお化粧の方が映えるわね」


「は、はい」


「髪は春の夜空を思わせるような、黒いストレートね。なら、ふんわりと空気を入れて仕上げるより、カチッとタイトにまとめた方が綺麗に決まるわ」


「なるほど……」


「ドレスは、そうねぇ。あなたの肌や髪色を考慮すると濃いブルーが似合いそうだけれど、小柄で華奢な分、ホワイトでも素敵になりそうね。合わせるアクセサリーも、あんまりゴテゴテしていないものがいいかしらね。パール系とか」


「勉強になります……!」



ジルベールの自宅で、似合うお化粧の仕方やヘアセット、そしてドレスやアクセサリーを選ぶコツを "レッスン" していただいている。というか、同時進行でそれらを施していただいている状態。



「ジルベール様は文官のお仕事だけでなく、ファッションにもけていらっしゃるのですね」



私は顔を動かさないよう気をつけながら、このメイク室に並ぶ、ありとあらゆる化粧品や化粧道具、ヘアセット用品、そしてドレスやアクセサリーのデザインカタログなどを見渡す。



「うふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。でも、そうねぇ……あなたを元気付けることが出来てるなら、アタシのスキルも少しは役に立ってるのかしらね」



すると、フェイスブラシを私の頬に当てていたジルベールがどこか楽しげな様子で、鏡越しの私へとウインクする。本当に、気遣いまで完璧な人である。



「さて。勝負は一月ひとつき後に王宮で開かれる、ダンスパーティね。規模は前回くらいのものかしら? 

ちなみに出席リストも確認済み。あなたの元婚約者も来るそうよ。なんせ、新しい婚約者を探すことに必死になっているみたいだから。


それと、ノクティアはアタシのパートナーとして出席すること。あなたのご両親にはすでに事情も話してあるから」


「は、はい」



ジルベールは出会いから今まで、全てが用意周到な人だ。



「週に一度はアタシとファッションのレッスンをしましょうか。あ、ダンスの確認もしないとよね。当日はとびきり素敵な友人カップルとして、皆をあっと言わせましょう!」


「……はい」


「あら、まだ何か不安なことでも?」


「……いいえ、不安とかではなく。ジルベール様は、どうしてこんなにも私に親切にして下さるのかと、そう思ってしまって」



私がおずおずと質問すると、ジルベールはあごに指を当て、少し考える素振りをする。



「そうねぇ……。本当のノクティアを取り戻して欲しいから、かしら?」


「本当の私……?」


「ええ、そうよ。きっとあなたも、昔はもっと色々なことに胸を張れていたんじゃない? 


だって、前回のパーティであなたが縮こまって何も話さなかったのって、あの元婚約者の前だけだったもの。


誤って水をかけてしまったボーイには配慮に満ちた言葉をかけていたし、控え室ではアタシの女磨きレッスンの提案に、やる気 あふれる返事をしていたでしょう?」



ジルベールは再び、私にウインクする。



「人の心って意外と強いし、存外素直なものなのよ。……昔々、アタシ自身にもそれをさとしてくれた人がいた。だから今、こんなキャラで、それでもってあなたに世話なんて焼いているの」


「……ジルベール様にも、そう導いて下さる方がいらっしゃった、ということなのですね」


「うふふ、その通りよ」



そして、優しく微笑んでくれた。



「本当の美しさは内なる美から、なんて言葉もあるけれど、自ら外見を磨くことで、それが自信に繋がるし、武器になることもある。

あなたのような悩めるオトメには、それを分かって欲しかったの」



そう言って、ジルベールはフェイスブラシを置くと、今度は艶のあるピンク色の口紅を手に取った。そしてそれを自身の小指に少し乗せ、私の唇に優しくタッチしてくれる。



「仕上げよ。今のあなたはとても美しいわ。ほら、もう誰にも地味で冴えないなんて言わせない」



鏡に映る、全てが施された自分を見た瞬間、私は思わず目を見開いた。


私の肌の色や骨格に似合う、華やかなお化粧。そして、髪色や髪質を考慮した上品なヘアスタイル。


今まで女中にお願いしていたもの、なんなら自身でチャレンジしていたものとは、全く違う。

華やかだけれど決して奇抜ではない、気品すら感じさせる仕上がり。



「すごい……表情が明るく感じられて、なんだかいつもより血が通っているように見えます」


「似合うドレスを合わせると、もっとはつらつとした印象になるわよ」


「……ジルベール様、本当にありがとうございます。心まで晴れやかな気分です」



私はそう言って、鏡越しのジルベールに笑顔を向けた。



「……やっと笑った。アタシの好きな笑顔」


「え?」


「うふふ。今のあなたは本当に素敵ね、ってことよ。だから、どうか自信を持って。ね?」


「……? はい、ありがとうございます」




この時のジルベールに、少しだけ、どこか懐かしさを感じた私。

けれどこの後すぐに、私たちはさらなる打ち合わせを行なったため、この感覚は一度仕舞い込むことになった。






ダンスパーティの当日。私はジルベールにエスコートされながら、会場を訪れていた。



「ノクティア、準備はいい?」


「……あの、ジルベール様。今日のパーティは、確か前回のものと同じくらいの規模だとお聞きしていた気がするのですが……」


「あら、言ってなかったかしら? 前回は若者ばかりのパーティだったけれど、今日は父母世代も来ているのよ」


「えっ?」


「もちろん、あなたとアタシの両親もね」



ちょっぴり意地悪そうに微笑む彼。



「騙した感じになってしまってごめんなさいね。でも、レッスンの成果を出すなら大舞台の方がいいじゃない?」


「……ジルベール様、正直にお答え下さいね。今日の私は、あなたの隣へ立つのに相応しい、レディになれていますでしょうか?」



私は恐る恐る、ジルベールを見上げる。すると、そんな彼はキョトンとする。けれどすぐに、口もとに指先を添えてクスクスと笑い出した。



「もちろんよ、ノクティア。こんなに美しいレディをエスコート出来るなんて、アタシはなんて幸運なオトコなのかしら」



ジルベールは楽しそうに、そしてどこか慈しむように、私の頬へと手を添える。



「うん、素敵なメイクね。薄付きなのにとても華やか。ヘアスタイルも綺麗に仕上げてる。アクセサリーも上品で良いわね。もちろん、そのサファイアブルーのドレスも、とてもよく似合っているわ。


……大丈夫、あなたは誰よりも美しいから」



そして、今度は優雅に手を差し出してくる彼。



「ノクティア、踊っていただけますか?」



私は戸惑いつつも、ゆっくりと彼の手を取る。



「……はい、喜んで」


「うふふ。あ、ほら、あそこの柱の影にいるの、ヴァヌス家の息子じゃない?」



ダンスのステップを踏みながらも、私は一瞬、ドクリと心臓が跳ねた。



「彼の隣にいるのは両親かしら。……あら? アタシたちの方を見ている父親に、彼は何やらこっぴどく叱られているわね。彼自身もハンカチを噛みながら悔しそうな目をこちらに向けているし。


ふふ。声は聞こえないけれど、何を言い合っているのかは一目瞭然だわ。


お前は、自分は、こんなにも気品 あふれるノクティアを自ら手放したのか、ってとこかしらね」



ジルベールはそう言い放ち、私を自身の方へとグッと引き寄せた。



「ジ、ジルベール様?」


「見せつけてやりましょ。逃した魚の大きさも、ね」



ルーカスを見つけて跳ねたはずの心臓が、今度は別の意味で高鳴り始める。

……この数か月の間に、少しずつジルベールに惹かれていった私。もう認めざるを得ない。



「……努力は報われる、ってことかしらね」


「えっ?」


「うふふ。あなたの努力が報われて、アタシも嬉しいわ。本当なら正面から、あのオトコにノクティアの美しさを突きつけたいところだったけれど……これでも十分すぎたかしらね」



曲が終わると、私たちの周りが騒がしくなり始めた。



「セクレタム侯爵家のジルベール様と、コルニクス子爵家のノクティア様だわ。あのお二人、いつの間に……」


「ジルベール様は美しい上、最も有力な次期宰相様候補でしょう? 数多あまたの女性が彼との結婚を望んでいたけれど、今までは全てお断りしていたみたいよ。パートナーを連れてのパーティへの参加も、これが初めてじゃないかしら?」


「ノクティア様は一時期、いつも顔色が悪くて心配だったけれど、今日はご気分も優れていそうね。明るくて朗らかなジルベール様がそばにいらっしゃるからかしら」


「ノクティア様だって、もともとはとても美しい女性よ。地味に見せていたのも、俯いて歩かれていたのも、ルーカス様が自身より目立つな、自身より前に出るなって、ずっとおっしゃっていたからでしょう?」


「そうよね。ノクティア様はどんな方々にも気遣いを向けられる、とても心優しい女性よ。前回のパーティで彼女に水をかけてしまったボーイにも、とても寛大にご対応されていたもの」



そしてその中には、レンドル男爵家のご令嬢、ベロニカの姿もった。彼女はこちらをじっと見つめ、何かを伝えたそうにしている。


ちらりとジルベールを見上げると、彼は、「少しお話ししてきたら?」とでも言うように、軽く頷いてくれた。


私は勇気を出して、ベロニカに歩み寄る。



「……ごきげんよう、ベロニカ様」


「?! ノクティア様、お声がけいただきありがとうございます。……本当に、本日もとても麗しくていらっしゃるわ……!」



……え? と思ったのも束の間。

ベロニカは頬を高調させながら、私の腕にガバリと抱きついてきた。



「べ、ベロニカ様?!」


「失礼をお許し下さいまし、ノクティア様! ああっ、そのお可愛らしいお顔! そして、春の夜空を思わせる美しいおぐしと瞳……! あなたほどの麗しい女性を、わたくしは知りません。ずっと、ずぅっと、密かにあなたに憧れていましたの……!」


「えっ?! ええっと……」


「ああ、ルーカス様がお言いになったお言葉なんて、一っ切気にされなくて大丈夫ですわ。


知っていらっしゃいます? 前回のパーティであんなに派手に、婚約の解消をノクティア様に突きつけたことで、彼の評判はこの社交界では駄々落ちですの。


ご両親がどのお家に取り継いでも、どのご令嬢からも婚約をお断りされているそうですわ。もちろん、わたくしも願い下げです」



綺麗な顔からは似ても似つかないような、とても辛辣しんらつな言葉を発し続けるベロニカ。

眉と眉がくっついてしまいそうなくらい、眉間にシワを寄せながらルーカスを非難していた彼女だが、私に見せてくれる笑顔はとても可憐だった。



「ノクティア様。わたくし、実はずっと、あなたのお友達になりたかったのです。不本意ですがルーカス様や、あなたにお声をかけることが許されるジルベール様が、ずっと羨ましくて仕方がありませんでしたの」


「……ジルベール様、ですか?」



私は驚きつつも、彼の方を振り返る。



「あの、お二人はお知り合いでしたか?」


「ええ、実はそうなの。ベロニカは妹みたいな感じかしら」


「ジルベール様のことは、お姉様だと思っております」



そう言って、ニコニコ微笑んでいる二人。



「そうだったのですね。……ふふ、そういえば、なんだか仕草や発言が似ている気がいたします」



私はクスクスと笑いながらそう伝えた。

すると、そんな私を見て唇をワナワナとさせたベロニカが、さらに強く、私の腕に抱きついてくる。


けれど、ジルベールがすかさず、



「ベロニカ、落ち着きなさい。それと、そろそろノクティアを返してちょうだい。

今日の彼女は、このア・タ・シのパートナーなのよ?」



と、彼女の首根っこを掴むように、私から引き離していた。



「ずるいわ、お姉様ばっかり」


「なんとでもおっしゃい」



ジルベールはふんっ、と鼻を鳴らした後、再び私へと手を差し出した。



「素敵なノクティア。もう一度、アタシと踊っていただける?」


「……ふふ、もちろんです」



私たちは互いに手を取り、ダンスを踊る。ジルベールに視線を合わせると、彼はとても優しげに微笑んでくれていた。


私は柱の物陰にいるルーカスにも、目を向けてみる。


ルーカスは今までに見たことがないくらい、疲れ果てた表情をしていた。さらに言えば、後悔にさいなまれた目で、ずっとこちらを見つめている。


そんなルーカスが、やがてガクリと膝を落とした時、水差しを運んでいたボーイが運悪く彼につまずいた。

そして、「あっ」と思った頃には、時すでに遅し。彼は頭から盛大に水を被り、水浸しになった。


ルーカスは顔を真っ赤にしながらボーイに掴みかかったけれど、彼の父親に、「これ以上恥を晒すな、この馬鹿息子が!」と怒鳴られたことで、再び小さくなっていた。



「本当に、気の毒なカラス使いね」



会場内のどこからともなく、そんな声が聞こえてくる。



「ねえ、知ってる? "気の毒なカラス使い" のお話。


"色とりどりの見せかけの羽……威勢や傲慢な態度で自身をがんじがらめにしているカラスは、いつも健気にカラスに付き添っている、心優しいカラス使いの存在に気付くことがない"


何年間もずっと、あの濡れガラス……失礼。ルーカス様の婚約者だったノクティア様が、本当にお気の毒だったわ」



……気の毒なカラス使いの真の意味とは、そのようなことだったのだと知る私。



「ああ、ノクティア。あそこにいるの、あなたのご両親じゃない? ダンスが終わったら挨拶に行きましょ。それと、後でアタシの両親にも会わせていい? あなたのことを紹介しなさいってうるさいのよ」



けれどもし、ずっと真の意味を知らないままだったとしても、私はもう立ち止まったりしない。



二曲目のダンスが終わった後、私はジルベールのエスコートを受けながら、ゆっくりと歩き出す。



「行きましょう、ノクティア」


「はい、ジルベール様」




決してうつむかず、前を向いて進み続ける。

心を強く持って、心に素直になって。




-----




「くそっ、あのボーイめ! この僕を水浸しにするなど無礼にも程がある! 

……ノクティアもノクティアだ。僕との婚約を解消してまだ半年も経っていないのに、もう次の相手を見つけていたなんて……!」



控え室でたったの一人、水浸しの頭をハンカチでゴシゴシと拭いているのはルーカス。



「くそっ、くそっ! こんなことならば、ノクティアを捨てなければ良かった! 地味で冴えない格好をしているのは僕のためだと、一言言ってくれれば良かったのに……!」



ルーカスは何度も舌打ちをする。

そんな中、



「あら、先客がいたのね」



ノックをし、部屋へと入ってきたのはジルベールである。



「ごきげんよう。確か、ルーカス殿、だったかしら? うーん、思ったよりも水浸しね。大丈夫?」


「きっ、君は……!」



ジルベールがにっこり微笑むと、ルーカスは顔を真っ赤にして立ち上がった。



「君は一体何のつもりだ?! なぜノクティアに近付いたんだ!」


「何のつもり、ですって? あなたがアタシにそんなことを問う権利ある?」



淡々と言い放つジルベールに、ルーカスは眉をひそめ、唇をゆがませた。



「……ふん、僕が何も知らないとでも思っているのか?


ジルベール卿。君はセクレタム侯爵家の長子だと世間では認識されているが、本当は違うんだろう?


もともとは卑しい身分の戦争孤児で、本来の君はセクレタム侯爵家とはこれっぽっちの縁もゆかりもないことを、僕は知っているんだぞ……!」



ルーカスが勝ち誇ったようにそう叫んだ。

けれど、



「あら、だから何? アタシがあの家の養子だってことなら、別に隠してなんかいないわ。文官仲間の間でなんか、結構知れ渡っているしね」



ジルベールは、ふ、と鼻を鳴らしただけ。



「まっ、負け惜しみも大概にしろ!」


「負け惜しみも何も、そもそもセクレタム侯爵家の跡取りにアタシを指名したのは義父母だし、書類だってすでに受理済みよ。


……ふふ。それに、アタシだって知っているわ。


"パズルのピース" は、意外と身近なところに落ちている、ということをね」







十年前。  

ここ、アストラ王国と隣国の間で、政治的理由による激しい戦争が起きた。場所は両国の国境付近。

派遣された騎士団の健闘により、両国の内陸部にはそれほど被害が及ばなかったが、この戦いで帰らぬ人になってしまった者も当然いた。


ジルベール、もとい、"ジル" の実父もそのうちの一人だった。


彼は貧しい平民だったが、騎士の一般募集に応募し、戦地に赴いた。もちろん、家族を養うため。けれど結果として、彼が家に帰れることは二度となかった。


病気がちだったジルの母親も、彼の後を追うように、その後すぐに亡くなった。


ジルは、たったの10歳で孤児となった。




「ここはアストラ王国・王家が管理している王立孤児院です。あなた方のお父上は、勇敢にも祖国を守って下さいました。あなた方も彼らに恥じぬよう、ここで学び、立派な大人におなりなさい」



この孤児院は、今回の戦争で亡くなった王国騎士団の騎士、及び平民から募集された一般騎士の子供たちの、新たな棲家すみかとなった。



「こんな幼子おさなごを残して逝かなければならなかったなんて……きっとご両親のみなさまも、さぞ心残りでしょうね」


「ほんの少しでも、我々が彼らの助けになれれば良いのだが……」



王立孤児院は、貴族たちの支援によって設立されたもの。

月に数度ある開放日には、多くの人々が視察としてここを訪れる。中には自身の子供たちを連れてくることもあった。



「ここに住んでる子供はみんな、親がいなくて一人ぼっちなんだって! あはは、かわいそう!」

「こいつ、女みたいな顔してる! どうせ力だって弱いんだろ!」

「ちょっと押しただけで転んじゃった! わ、顔と足から血が出てる、きたなーい!」



大人たちに良心があっても、その子供にまでそれを求めることは出来ない。人間とはそういうものだ。……でも。



うつむかないで。どうか顔をあげて」



そんな中でも、ジルに手を差し伸べてくれた子供が一人だけいた。



「医務室まで歩ける? 取り敢えず、ここから移動しましょう」



上等そうな柔らかなレースのハンカチを、何の躊躇ためらいもなく自身の血の付いた頬に添えてくれた、小さな女の子。



「転んでも泣かなくてえらいわね。あなたは心がとても強いわ」



けれど、その後ジルは泣いた。その子が塗ってくれた、消毒液がみて。



「あら、転んだことよりお薬の方が嫌だったの? ふふ、あなたの心は随分と素直ね」



優しい笑みを浮かべるこの女の子は、名をノクティアといった。

ジルより三つ年下の、コルニクス子爵家のご令嬢。自分とはまるでつり合わない、美しいお姫様みたいな子供だった。


ノクティアはその後も何度かこの孤児院を訪れ、その度にジルたちの世話を焼いてくれた。同じ孤児院にいたベロニカ、いや、"ベラ" も、彼女に救われた一人だった。

けれど。



「院長先生。最近、ノクティアお嬢様がここに来ないけど……どうかしたの?」


「ああ。コルニクス子爵様とご家族は、仕事の関係でしばらくこの地を離れられる。ノクティアお嬢様は君たちととても仲良くしてくれていたから、寂しくなってしまうね」



ジルの心には、ぽっかりと穴が空いた。

いつの間にか、ノクティアが彼の生きる糧になっていたから。



「オレ今度、騎士爵を持つ旦那さまの家に、奉公に行くことが決まったんだ! 旦那さまは王国騎士団に所属してる、本物の騎士様なんだって! オレも、絶対に強く生きてやる……!」



けれど、ジルと同じ平民出身の子供が貴族の家に引き取られることが決まった時、ジルの運命は動き出した。



「ジル、君は本当に勉強熱心な子だね。院での学びの時間が終わった後でも、君は一人、書庫にこもって勉強している。他の子供たちが遊んでいる間も、ずっと」



騎士の家に引き取られていった子供は、孤児院の同年代の中で、誰よりも体が大きく、誰よりも力が強い者だった。


一方のジルはというと、栄養がまだまだ足りておらず、体は痩せっぽっち。肩を押されたら簡単に転んでしまうくらい。よって、あの子供のように、騎士爵に目をかけてもらうことは難しい。



「自ら学び、知識を得ようとするその貪欲な姿勢は、今後の君を支えてくれる糧となるだろう」



院長の言う通りだ。

力がないなら、勉学でのし上がるしかない。

初めは読み書きさえ怪しかったが、そのうち一冊の本を読み上げ、気がつくと孤児院にある書庫の本全てを暗唱できるほどになっていた。


自分の持つ武器をどう扱うかによって、未来は変えられる。

騎士の家に引き取られた同志を見送った時、ジルは子供ながらにそう悟った。



「私たち夫婦の息子の一人も、君の父君と同じ、先の戦争で亡くなっていてね。こんな老夫婦で良ければ、君の面倒を見たいと思っている。

それと今後、年老いた私の仕事も手伝ってくれると嬉しいのだけれど」



そしてついに、孤児院を度々訪れていたとある男爵から、ジルを養子に迎えたいという申し出があった。


本来であれば、出自すら怪しい平民の子供が貴族様の養子に迎え入れられるなんてことは、全くもってあり得ないだろう。そう、天地がひっくり返ってもあり得ないだろうと思う。


けれど、あり得ないことが起こっているのも、また現実。

貴族の世界に足を踏み入れることは、ジルにとっては願ってもいない幸運だった。


ジルは、深々と頭を下げる。



「わたしの知識があなた方の、そしてやがてはお家のお役に立てますよう、これからも全力で努力いたします」



貴族の養子になったジルは、"ジルベール" と改名した。


そして、男爵家に引き取られてから一年後。今度は義父母の知り合いの、子爵がジルベールに声をかけた。



「僕のもとで、君の知識をもっと活用してみる気はないか?」



ジルベールの噂は貴族の間でも広がりを見せていく。子爵の仕事に同行した先でも、



「君がジルベールか。噂は聞いているよ。良ければ僕のもとでも、一度仕事をしてみないかい?」



今度は伯爵がジルベールに目を付けた。そして、



「王宮で行われた文官の採用試験において、歴代最年少で最高点を叩き出した秀才とは、君のことだろうか?」



後の、二人目の養父にあたるセクレタム侯爵と、ジルベールはついに王宮で対面することとなる。


それから三年後。

子のいないセクレタム侯爵は男爵家に、ジルベールを自身の長子として正式に迎え入れたいという旨の書面を送った。


男爵家の年老いた養父母は、初め戸惑いを見せていたが、「ジルベールがこの先もずっと、幸せに生きていってくれるのならば」と、涙ながらに送り出してくれた。


こうしてジルベールは、セクレタム侯爵家の正式な跡取りに任命されたのだった。



「ジルベール、君ももう18歳だ。文官の仕事にのめり込むのも結構だが、そろそろパーティにも顔を出したらどうだ?」



義父にうながされ、出席したパーティの当日。ジルベールは心臓が飛び出すのでないかと思うくらい、緊張していた。


あのお姫様のような彼女に、やっと、もう一度会えるかもしれない。

ジルベールの胸は期待に膨らんでいた。



「ヴァヌス伯爵家のルーカス様と、彼のご婚約者・コルニクス子爵家のノクティア様よ。


ノクティア様は今日もうつむきがちで、顔色もよくありませんわね。以前はもっと朗らかで、凛とされていた印象でしたけれど」



でも、再会した彼女には、昔のようなはつらつさはなかった。



「ノクティア! 未来の夫となる僕より前に出るな、目立つなといつも言っているだろう!」



そして同時に、その原因が彼女の婚約者にあることも知る。


目を伏せ、唇を噛み締めるノクティアを見つめながら、ジルベールはそっと、会場を後にした。




義父上ちちうえ。"アタシ" のこの姿、あなたの目にはどう映ります?」



あのパーティの日から、ジルベールは独自の "個性" を持つようになった。



「ははは。ジルベールがその "個性" を確立した時、他の者には決して真似出来ない、さらなる強力な武器を得たものだと、私は関心したのだよ。

宰相様も、明るくて朗らかな君のことを、とても気に入って下さっている。


さらに言えば、君はご婦人方にも親しみやすい印象を持たれているね。

この間は君の義母上ははうえも、君が施した化粧とヘアセットが皆にとても好評だったと喜んでいたしね」



地位をのし上がるだけでは足りない。

自身の武器になり得るものは、一つでも増やしていかなくては。



「ノクティアさん。今度一度、アタシの家に "お勉強" に来てみない? "ヒミツのレッスン" って言った方がいいかしら?」



文官の仕事と並行しながら得たファッションの知識を使い、ジルベールは再び、彼女のそばにいられる権利を得る。

そしてようやく、



「ジルベール様、本当にありがとうございます。心まで晴れやかな気分です」



ジルベールのファッションレッスンを受けたノクティアから、あの頃のような笑顔を返された。


ジルベールの生きる糧となった、あの美しい微笑みを。







「さっき、アタシとのダンス中にね。ノクティアったら真っ赤になっていたのよ。


これってアタシのこと、少しはオトコとして意識してくれるようになったってことよね?

うふふ、十年間の努力が報われた気がしたわ」



嬉しそうにクスクスと笑うジルベールを、ルーカスは真っ青な顔で見つめている。



「……ジルベール卿。君は、ノクティアにもう一度会うために……彼女に笑いかけてもらうためだけに、平民から貴族となり、さらにはその中で地位を高め、しまいには、その個性を作り出し、触れたこともなかったファッションの世界にも足を踏み入れていった、ということなのか……?」


「ええ、その通りよ」


「なぜだ? 子供の頃に、たかがほんの少し、傷の手当てを受けただけなのだろう?! 


しかも君はノクティアに忘れられているじゃないか! 君にとって彼女は特別でも、彼女にとっての君は、その他大勢のうちの一人だったんだぞ!」


「ふふ、それが何?」



ジルベールはさらに口角を上げる。



「はい、まずは一つ目。

"たったそれだけの事" 、というのは、あくまであなたの感想よね? 

誰かにとってはたったそれだけの事でも、また別の誰かにとっては、その先を生きていく糧になるということよ。


はい、二つ目。

その他大勢から、たった一人のかけがえのないオトコに勝ち上がること。こんなに興奮する勝負、他にある? 腕が鳴って仕方がないわ。


……いつまで経っても人を傷付けることしか出来ないあなたには、理解が追いつかないのかもしれないわね」



そう言って、ジルベールは自身の頬を指でトントンと叩く。



「まあでも、あなたに "傷" を付けられたおかげで、アタシはノクティアと巡り会えたのだし。

そう言った意味では、あなたはキューピッドね。アタシとあの子の」



この瞬間、ルーカスは何かに気付いたのか、真っ青な顔のまま、口をあんぐりと開け出した。



「あなたはアタシたちの恋のキューピッドだけれど、自分は大丈夫なのかしら?

あなたの評判は、もう元に戻せる見込みが皆無なくらい最悪だと聞いているけれど。


確か先日、あなたのお兄様がお家の次期当主としてお披露目されていたわね。


次男のあなたは婿入りをどのお家からも拒否されてばかりで、この先一体どうするおつもり?」



そして、全部のピースが合わさった時。

全てを悟ったルーカスが、頭を抱えながら再び膝をついた。


ジルベールはニコリと笑みながら、そんなルーカスに歩み寄り、彼の耳もとで、



「この十年、他者を威嚇し傲慢に振る舞うことしか頭になかったヤツに、俺がノクティアを渡すと思うか? お前はせいぜい、逃した魚のデカさを悔やみながら、生涯たったの一人で孤独に生きていけばいいさ」



地面の、さらに奥深くをうような低い声で、そうささやいた。



「万一仕事がなくて野垂れ死にそうになったら、アタシが騎士団にいる知り合いに掛け合ってあげるわ。騎士団の訓練は一日に何度も何度も吐くくらい、厳しいものらしいけれど!」、とも付け足して。




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「 "野生の" カラスって賢いわよね。ライバルの獲物が欲しい時は、しばらくの間は敢えて動かずにじっと待機して、ライバルが油断して獲物を離してしまったその瞬間に、すかさずそれをさらっていく。 


それでもって、二度と獲物を捕らえられないかもしれないライバルを横目に、大満足でそれを美味しくいただいてしまうの。


世の厳しさを知っている者は、やっぱり一味も二味も違う、ということなのかしらねぇ」



「……ジルベール様? 突然どうされたのですか?」



ダンスパーティの日から三月みつき後の今。私とジルベールは、晴れて恋人同士となっている。



「うふふ。何でもないわ、こっちの話よ。

それよりノクティア、本当にいいの? 今日のデート先も、アタシたちが出会ったあの孤児院だなんて」


「もちろんです。院長様ともたくさんお話ししたいですし、子供たちに会えるのも楽しみです」



私は先日、ジルベールに感じていた懐かしさの正体をついに知ることとなった。


というのも彼と交際をするにあたり、お互いの過去の話をした時に発覚したのだ。

十年前に、私たちはすでに出会っていたということが。


しかも彼の方は、初めから私だと気付いていて声をかけてくれたのだという。


なぜ教えてくれなかったのかと聞いてみたところ、私がいつ気付くか楽しみに待っていた、とのお返事だった。結局、今になってしまったのだけれど。



「現在は騎士職の親を亡くした子供たちだけでなく、一般の孤児の子も受け入れてるそうね」


「はい……。それでも、ジルベール様やベロニカ様がいらっしゃった時より随分と少なくなっていると、院長様がおっしゃっていました」


「アタシやベロニカみたいな例はあまりないだろうけれど、孤児院を卒業した子たちは、職人のかたに弟子入りしたり、家庭を持ったりして、みんなそれぞれの道を歩んでいるみたいね」



馬車に揺られながら、私は昼下がりの空を見上げる。

みんな心のままに、自分の信じる未来へと羽ばたいて行く。



「それはそうと。ノクティア、今日のお化粧もヘアセットも素敵ね。自分で整えたの?」


「今日は女中たちが頑張ってくれました。彼女たちも、ジルベール様直々のファッションレッスンを先日に受けましたから」


「楽しそうで何よりだったわ。途中からはノクティアのお母様まで参加されたりして」


「私たちの楽しそうな声に、居ても立っても居られなくなってしまったそうです」


「ふふ。あなたがみんなに愛されていることを改めて確認出来て、アタシもすっごく嬉しかった」



ジルベールは愛おしそうに、私の頬へと手を伸ばす。



「ジルベール様は……?」


「ん?」


「……申し訳ございません。何でもありませんわ」


「……んふふ。アタシも、あなたを心から愛しているわ」



ジルベールはクスクスと楽しげに笑いながら、私の頬にキスを落とす。



「……私もお慕いしています」


「うふふ、幸せ!」



窓から差し込む陽光が、重ねられた私たちの手を照らす。   



「出会ってくれてありがとう。

あなたをもう一度見つけ出すことが出来て、本当に良かった」




この奇跡に感謝を。

そしてこの軌跡に、どうか祝福あれ。




お読みいただきありがとうございました。

少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです^^


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〉「義父上ちちうえ。"アタシ" のこの姿、あなたの目にはどう映ります?」 読んでいてずっと気になっていた点が明らかに… セクレタム侯爵の答えがすごいですね、さすが♪ 素敵なお話をありがとうございま…
面白いお話でした! ただ、私の理解不足なのか本文から読み取り切れなかったのですが、ジルベールは性自認が「女性」で、恋愛対象が彼女にとっての「同性」である女性なのでしょうか? それとも、オネエはただのキ…
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