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愛想がないと結婚0日目に離縁されたアラサー会計士 ~複式簿記で辺境領地を再建します~  作者: かな


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第34話:帝国の不当な調べ(逆監査)と過去の不良債権

王国がヴァイス領の「穀物引換券」を基軸通貨、すなわち経済の土台となる紙片に据え、事実上の国家経営の立て直しに乗り出してから数ヶ月。王都の広場には活気が戻り、悪貨による物価の異常な高騰は落ち着きを見せていた。

だが、その平穏を切り裂くように、北西の国境を越えて巨大な影が迫る。この世界最大の軍事国家にして、金本位制、つまり金の保有量を盾に経済の主導権を握る「グラン帝国」。その黄金の双頭鷲を刻んだ漆黒の馬車が、数十騎の重装騎兵を伴って王都の正門を潜った。

彼らが突きつけたのは、儀礼的な親書ではなく、冷徹な「国際広域監査通告書」、すなわち王国の全財産を強制的に調べ上げるという宣言であった。

王宮、最高評議府の広間。

ロラン:「――我がグラン帝国は、王国の発行する『穀物引換券』が周辺諸国の通貨価値を不当に損ない、国際的な商売の秩序を乱していると判断した。よって、国際的な慣習に基づき、王国の全資産および帳簿の再査定、つまり財産の価値をすべて測り直すことを要求する」

壇上でそう宣言した男の姿に、評議府の重鎮たちは息を呑んだ。磨き上げられた帝国の官服に身を包み、かつての卑屈さを傲慢な自信で塗りつぶした男。カナリス・ヴァン・ベルクの元夫、ロラン・ド・メルシエであった。

ロランは、かつて自身を論理の檻に閉じ込めたカナリスを、嘲笑を浮かべて見下ろした。

ロラン:「久しぶりだな、カナリス。相変わらず可愛げのない眼鏡をかけて、算術の真似事か。だがここは辺境の泥の中ではない。帝国の『金の理』の前で、貴様のまやかしの紙切れがどれほどの価値を持つか、徹底的に洗わせてもらうぞ」

隣で不機嫌そうに剣の柄を叩いていたグロックが、上体を乗り出そうとした。

カナリス:「閣下、三歩下がってください。ロラン様の仰る通り、これは数字の整合性、つまり計算の辻褄が合っているかを問う場です。感情的な対応は、相手に不確実な期待、すなわち付け入る隙を与えるだけの損失です」

カナリスはグロックを制すると、机の上に一枚の巨大な図表を広げた。それは、彼女が王国全土、さらには隣国にまで張り巡らせた「小口送金ネットワーク」、すなわち民の少額のやり取りを繋ぐ網の最新データから抽出された、国際経済の断面図であった。

カナリス:「ロラン様。いえ、帝国顧問殿。あなたがたが我が国の現物資産を疑うのは自由ですが、その前に、あなた自身の足元を確認された方がよろしいかと思いますよ」

ロラン:「何だと……?」

カナリス:「私が構築した送金網は、もはや王国の中だけには留まりません。そこから見えてきた、興味深い情報の淀み。帝国はここ数年、軍事費の膨張を補うため、市場に流通する帝国の金貨を秘密裏に回収し、その金の純度を三割も下げて再発行していますね?」

ロランの顔が、一瞬で強張った。

カナリス:「帝国の通貨は、もはや金という実体の裏付けを失い、空虚な権威だけで浮いているに過ぎない。事実、周辺諸国の商人たちは、帝国の悪貨を避け、より信頼性の高い我が国の『穀物引換券』を取引の道具として選び始めています。ロラン様。あなたの言う『粉飾決算』、つまり帳簿の嘘を行っているのは、果たしてどちらの国でしょうか?」

カナリスの放った「逆監査」の刃。彼女は、ロランの攻撃を予測済みのリスクとして、あらかじめ帝国の財務上の弱点を徹底的に調査していたのだ。

カナリス:「この情報の整合性を国際的な商売の法廷に開示すれば、明日には帝国の信用は灰になり、同盟国からの借金返済請求が殺到するでしょう。さて、和解の条件を提示しましょうか? これ以上我が国への不当な調べを続けるなら、帝国の破綻の数式を全世界へ公開させていただきます」

ロランは、震える手で机を掴み、カナリスを睨みつけた。彼は知っていた。カナリスという女が「ハッタリ」で数字を語ることは決してないということを。彼女の指す一行、その一銭のズレが、巨大な帝国を崩壊させる引き金になることを。

ロラン:「……おのれ……。カナリス、貴様……!」

カナリス:「交渉の席で感情を露わにするのは、最も利回りの低い、利益を生まない行為です。今日のところは、その調査報告書を書き直して、お帰りください」

夕暮れ時。王宮の屋上。

冷たい風が吹き抜ける中、カナリスは眼鏡を外し、熱を持った目元を指で押さえた。背後から重い足音が聞こえる。

グロック:「カナ。お前、ついに帝国まで借金取りみたいに震え上がらせやがったな。俺、お前の横に立ってるだけで、自分がちっぽけな存在に思えてくるぜ」

グロックは、いつの間にかカナリスの背後に立っていた。彼は彼女の肩に、厚手の毛織物のマントをふわりとかけた。

カナリス:「……。閣下、一歩までなら許可します。疲れました。元夫という過去の不良債権、すなわち価値のない負の遺産を処理するのは、想像以上に精神的な無駄な損失を消費しますから」

グロック:「ははっ! さっきはあんなに格好よく追い払っておきながら、やっぱり無理してたのかよ。でもな、カナ。あいつが戻ってきたのは、お前の数字が『本物』だって認めた証拠だ。お前が作ったこの新しい仕組みが、世界の理を書き換え始めたんだな」

カナリス:(一銭の狂いもない誠実さこそが、最強の防壁になる。目に見えない脅威を可視化できる。だが、帝国は本気で私たちを『敵』と見なした。明日からは、為替の操作、すなわち通貨の価値を操る工作や、物流の妨害……。あらゆる手段で、私の帳簿を汚しに来るはずだ)

カナリスは眼鏡を直し、帳簿の末尾に、決意の証として「Kana」と美しくサインを走らせた。

自己資本比率100%の人生――。それは、過去の影を振り払い、巨大な帝国という名の不純物を徹底的に排除せんとする、新たな経済戦争の始まりであった。

だが、帝国の報復は、カナリスの予想よりもはるかに早く、そして卑劣な形で始まった。

その夜、王都の酒場や宿場では、ロランが放った工作員たちが不吉なささやきを広めていた。

工作員:「……おい、聞いたか。あの女会計士、帝国の怒りを買って、ヴァイス領へ全財産を持ち逃げする準備をしてるらしいぞ。王宮の金庫は、もうもぬけの殻なんだと」

不安という名の毒は、夜の帳の中で静かに、しかし確実に王都の血脈を侵食していった。

翌朝。中央広場の公定両替所の門前には、夜明けを待たずに、手持ちの引換券を握りしめた不安げな群衆が、地の底から湧き出すように集まり始めていた。

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