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悪役令嬢は離島めぐりがしたいので断罪を強く希望します  作者: 南蛇井


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第36話 悪役令嬢、出航

 夜明け前の港は、静かだった。


 薄青い空の下、白い帆船が一隻、ゆるやかに揺れている。


 船名はまだ刻まれていない。


 名は、これから決まる。


 桟橋の先に立つのはリディエル。


 外套を翻し、海を見つめている。


 背後から足音。


「本当に行くのだな」


 ライベルトの声。


「ええ」


 振り返らずに答える。


「地図は完成しましたもの」


「次は?」


「余白を歩きますわ」


 まだ誰も線を引いていない海域。


 制度も、評議会も、名前すらない島々。


 完成とは、終わりではない。


 始まりだ。


 ライベルトが隣に並ぶ。


「王都は安定している」


「自治制度も動き始めた」


「お前がいなくとも、回る」


「それは結構」


 くすりと笑う。


「わたくしがいなければ回らぬ国など、健全ではありませんもの」


 沈黙。


 潮騒だけが聞こえる。


 やがて、ライベルトが言う。


「今度は君を追放するんじゃない」


 静かな、しかし確かな声。


「隣に乗せてくれ」


 かつては“追放”という言葉が似合う立場だった。


 悪役令嬢。


 物語から弾かれる存在。


 だが今、彼は違う意味でその言葉を否定する。


 追い出すのではない。


 共に進むのだと。


 リディエルはゆっくり振り向いた。


 そして、笑う。


「潮の流れに任せますわ」


 即答ではない。


 拒絶でもない。


 海を見るように、自然体で。


「王子としてではなく?」


「一人の航海士としてなら歓迎いたします」


「……手厳しいな」


「平等ですわ」


 数秒見つめ合い、ライベルトは肩をすくめる。


「では、航海士として乗せてもらおう」


 彼は外套を脱ぎ、桟橋に置いた。


 王子の装いではなく、旅人の姿。


 リディエルが手を差し出す。


「足元にお気をつけて」


「命令か?」


「助言です」


 二人は船に乗り込む。


 甲板に立つと、港の景色が少し遠くなる。


 レティシアが岸から手を振っている。


 自治評議会の代表たちもいる。


 誰も止めない。


 誰も縛らない。


 それが、彼女が作った国の形。


「出航準備、整いました!」


 若い船員の声。


 帆が上がる。


 風が入る。


 船体が軋み、やがて前へと動き出す。


 港が離れる。


 王都の塔が小さくなる。


 リディエルは舵輪に手を置いた。


 ライベルトがその横に立つ。


「どこへ向かう?」


「決めておりません」


「相変わらずだな」


「航路図は完成しましたが」


 遠くの水平線を見る。


「未来図までは描いておりませんもの」


 風が強まる。


 船は波を切る。


 地図の外側へ。


 制度の外側へ。


 物語の外へ。


「後悔はないか」


 ライベルトが問う。


「ございません」


「王妃の座も?」


「椅子は重いだけですわ」


 さらりと言う。


「ですが、隣に立つことは選びました」


「それで十分です」


 彼は小さく笑う。


「私はまだ学ばねばならないな」


「何を?」


「自由の隣に立つ方法を」


 リディエルは一瞬目を丸くし、やがて柔らかく微笑んだ。


「簡単ですわ」


「縛らないこと」


「それだけ?」


「それだけ」


 船は沖へ出る。


 背後に残るのは、過去の役割。


 悪役令嬢。


 婚約者。


 王太子妃候補。


 改革者。


 航路図の完成者。


 どれも嘘ではない。


 だが、どれにも閉じ込められない。


 潮が変わる。


 帆が鳴る。


「進路は?」


 ライベルトが問う。


 リディエルは目を細める。


「風が心地よい方向へ」


 舵を切る。


 船は素直に応える。


 水平線が開ける。


 物語は、ここで終わる。


 だが彼女の旅は終わらない。


 追放ではなく、出航。


 孤独ではなく、並走。


 悪役令嬢は、自由のままに笑う。


 船は進む。


 物語の外へ。

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