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悪役令嬢は離島めぐりがしたいので断罪を強く希望します  作者: 南蛇井


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第3話 第一島:灯台の島

 日の出と同時に、船は出た。


 港町グレイヴを離れる小型帆船は、思ったよりも質素で、思ったよりも頼もしい。


「落ちるなよ、嬢ちゃん」


 昨日の船乗りが笑う。


「落ちませんわ。落ちるのは物語だけで十分ですもの」


「なんだそりゃ」


 潮風が強く吹く。


 リディエルは甲板に立ち、水平線を見つめた。


 王都では決して見えなかった線。

 世界が丸いことを信じさせる境界。


(これが、外)


 胸の奥が、静かに震える。


 やがて、白い塔が見えてきた。


 岩場の上にぽつんと立つ、古びた灯台。


「あれが灯台島だ。住んでるのは爺さん一人」


「素敵ですわ」


「どこがだ」


 船は岩礁の隙間を縫うように進み、簡素な桟橋に着いた。


 上陸。


 足元はごつごつとした岩。潮だまり。海鳥の鳴き声。


 リディエルはスカートを少し持ち上げ、慎重に歩く。


「灯台守さーん!」


 船乗りが声を張る。


 やがて、灯台の扉が軋んで開いた。


 出てきたのは、白髪の老人。


 日焼けした顔に深い皺。片手には油の染みた布。


「……客か?」


「差し入れですわ」


 リディエルは一歩前へ出た。


 干し肉と薬草を差し出す。


 老人はじっと彼女を見た。


「貴族の嬢ちゃんが、こんなところに何の用だ」


「島巡りです」


 即答。


「ここは観光地ではないぞ」


「存じておりますわ」


 風が吹く。


 灯台の白壁が陽光を反射する。


「では、何を見に来た」


 問われて、リディエルは少しだけ考えた。


「灯台を」


「灯台?」


「ええ。この塔が、毎晩海を照らしているのでしょう?」


 老人は黙る。


「わたくし、それを見たくて」


 老人は鼻を鳴らした。


「ただの仕事だ」


「ですが、誰かの帰る場所を示している」


 老人の目が、ほんの少しだけ揺れた。


 船乗りが肩をすくめる。


「俺は夕方迎えに来る。それまで好きにしな」


 船は去っていった。


 島に残るのは、老人とリディエル。


 そして海。


 灯台の内部は石造りで、螺旋階段が続いている。


「登るか」


「ぜひ」


 ぎしぎしと音を立てながら上る。


 最上階の灯室。


 ガラス越しに広がる青。


 風が強い。


「ここで、毎晩?」


「四十年だ」


 老人の声は淡々としている。


「嵐の日も?」


「嵐の日ほどな」


 リディエルは灯具にそっと触れた。


「誰かが感謝を言いに来ますの?」


「来ん」


「表彰は?」


「ない」


「王に呼ばれたり?」


「一度も」


 静寂。


 波の音だけが響く。


 リディエルは、ゆっくりと息を吐いた。


(物語から外れた人)


 王都には常に舞台があった。


 中心があり、役割があり、拍手があった。


 だがここには――


 ただ仕事がある。


 ただ光を灯す人がいる。


「退屈ではありませんか?」


 老人は少しだけ笑った。


「海は毎日違う」


 それだけだった。


 だが十分だった。


 夕暮れが近づく。


 老人は灯りを準備する。


 火がともる。


 ゆっくりと回転する光。


 それが海へ伸びる。


 遠くに、小さな船影が見えた。


 その船が、ほんの少しだけ進路を変える。


 光に導かれるように。


 リディエルの胸が、じんわりと熱くなる。


「……素敵ですわ」


 老人は何も言わない。


 ただ光を見守る。


 ここには断罪も、王子も、ヒロインもいない。


 喝采も、悪意もない。


 あるのは――


 誰にも気づかれなくても、続いていく営み。


 船の迎えが来た。


「嬢ちゃん、帰るぞー!」


 桟橋へ向かう。


 リディエルは振り返った。


「また来ても?」


「勝手にしろ」


 それは許可だった。


 船が離れる。


 灯台の光が、少しずつ遠ざかる。


(わたくしは悪役令嬢)


 そう呼ばれた存在。


 だがこの島では、誰もそう見なかった。


 ただの旅人。


 ただの見学者。


 それでいい。


 王都の舞台から降りた先には、


 こんなにも静かな世界があったのだ。


 リディエルは地図を取り出し、第一島に小さな丸をつける。


「制覇ですわ」


 小さく笑う。


 次はどこへ行こうか。


 物語の外は、思ったよりも広かった。

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