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わざとじゃないんです、非常ベルの配置が悪いんです。

世界樹の根元は、

戦争が終わった今も、静かだった。


血の匂いはもうない。

叫び声も、角笛もない。


それでも、

大地はまだ完全には癒えていなかった。


ヴィーダルは、

ひとり、根元に立っていた。


父も、

雷神も、

かつて世界を動かしていた神々も、

ここにはいない。


残されたのは、

折れた枝と、

使われなくなった武器と、

「これから」を決めなければならない沈黙だけだ。


ヴィーダルは、

それらを黙って見下ろしている。


守ることはできる。

壊すこともできる。


だが――

何を残すかは、

まだ誰も決めていなかった。


そのとき、

世界樹の奥で、

微かに異物の気配がした。


神でも、

巨人でもない。


ましてや、

この世界の生き物でもない。


ヴィーダルは、

初めて視線を上げた。


――扉が、

また開こうとしている。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



企画が通らなさすぎると、

人はだんだん、自分の考えが正しいのかどうか

分からなくなる。


北山瑠々も、そうだった。


三度目の差し戻し。

四度目の「悪くはない」。

五度目の沈黙。


会議室を出た瞬間、

頭の中で何かがぷつりと切れた気がした。


席に戻っても、

画面の文字が意味を持たない。

企画書を直す理由も、

直した先に何があるのかも、分からない。


——もう、何が非常事態なのかも、分からない。


気づいたときには、

瑠々は立ち上がっていた。


赤い箱。

「非常ベル」と書かれた文字。


押すつもりなんて、なかった。

ただ、考え事をしていただけだった。


指先が、

ほんの少し触れただけだった。


——キィン、と乾いた音が、フロアに響く。


一瞬の静寂。

次の瞬間、ざわめき。


「え?」

「誰?」

「非常ベル?」


瑠々は、青ざめた。


「……あ」


すぐに総務が走ってきて、

上司が顔をしかめて、

「誤作動?」と誰かが言った。


瑠々は、

「すみません……考え事をしていて……」

そう答えるのが精一杯だった。


大事にはならなかった。

怒鳴られることも、解雇の話もなかった。


それでも、

その場にいるのが、どうしても耐えられなかった。


瑠々は視線を伏せたまま、

会議室とは逆方向へ歩いた。


向かった先は、

自然と——非常階段だった。


重たい鉄の扉。

静かな空間。


非常ベルの音は、

もう遠くなっている。


瑠々は、深く息を吸って、

ゆっくりと扉に手をかけた。


開けた瞬間、

足元の感覚が変わった。


コンクリートの冷たさではない。

風の匂いが、違う。


——階段は、続いていなかった。


そこにあったのは、

見上げるほど巨大な影と、

静かすぎるほどの空気。


振り返っても、

会社のフロアは、もう見えない。


非常ベルも、

同僚の声も、

すべて、向こう側だ。


瑠々は、ひとりだけ、

違う流れの中に立っていた。




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