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坂の上の「Witch House」  作者: 詩紡まりん


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2/2

「Witch House」の黒猫スヴァルト


 町はずれの通学路の途中、急な坂を登った小高い山の上にレンガ造りの古い趣のある一軒の店。

 子供たちになぜか人気の「Witch(魔女の) House()

 そこには、魔女と呼ばれる女店主と猫二匹が居ます。

 一匹は白猫のブラン、もう一匹は黒猫のスヴァルトと言いました。


  大人は、あまり登りたくないような急な坂の上の店。

 子供たちは、そんな急坂でも気にせずに坂の上のこの店にやって来ます。

 大人になるにつれてこの店から足が遠のくのは、この店がやはり魔女の店で、子供たちにしか魔法が見えないからなのでしょうか?


 魔女は言います。

「子供の頃は、みんな魔法が見えるし、魔法が使えるのよ。でも、大人になるとだんだん見えなくなって使えなくなるの。それが大人になるってことかもしれないわね」


 茉奈(まな)ちゃんは、二歳年上のお姉ちゃんと二人姉妹です。

 お姉ちゃんの那奈(なな)ちゃんは、ママの言うことを良く聞く良い子でした。

 茉奈ちゃんも、お姉ちゃんと同じようにママの言うことを聞いているつもりなのですが、なぜか叱られてしまいます。

 お姉ちゃんも、「お姉ちゃんなんだから!」とママに叱られることがありますが、茉奈ちゃんは「お姉ちゃんはちゃんとやっているのに、なんであなたは出来ない?」と叱られます。

「お姉ちゃんなんだから!」と、那奈ちゃんが叱られているのを見ても茉奈ちゃんは、特になんとも思いませんでしたが、自分が「お姉ちゃんはできているのに」とか「お姉ちゃんみたいにできないの?」とママに叱られると本当ムカムカしました。

 お姉ちゃんの那奈ちゃんも「お姉ちゃんなんだから」と叱られる度に、妹が憎らしくなって来ました。

 仲良しだった姉妹に少しずつ溝が出来てしまいました。

 ふたりとも、ママに好かれたいし、褒められたいのですが、なかなか上手くいきません。

 いつしか、茉奈(まな)ちゃんのヘソは、少しずつ曲がっていました。


 茉奈(まな)ちゃんには、保育園の頃からの仲良しさんがいます。

 ちょっとぼんやりさんで天然の風花(ふうか)ちゃん。

 しっかり者でお姉さんキャラの一花(いちか)ちゃん

 やんちゃで、暴れん坊の大和(やまと)くん。

 一番小柄なのに足が速くて、優しい悠人はるとくんの四人でした。

 ママたちがママ友なので、茉奈ちゃんは、この四人とよく一緒に遊んでいました。


 同じ年齢の5人でしたが、小学校は自宅のある地域で分かれてしまい。

 茉奈ちゃんは、一花(いちか)ちゃん、大和(やまと)くんと同じ小学校、風花(ふうか)ちゃんと悠人(はると)くんは、お隣の小学校へ入学しました。

 小学校は別々でしたが、ママ達同士の仲が良かったので、小学校の低学年までは5人で集まって公園で遊ぶことも有りました。

 そんな時、5人は決まって砂遊びをしてから、鬼ごっこをして、最後は坂を駆け上って競争をしました。

 そして、坂の上にある「魔女の家」へ行って駄菓子を買いました。

 みんな、そこの駄菓子が大好物でしたが、茉奈ちゃんと悠人(はると)くんは、猫が大好きだったので、「魔女の家」の白と黒の2匹の猫に会うのも楽しみでした。


「猫飼いたいなぁ」

「ぼくも~」

 みんなが駄菓子を選んでいる間にも茉奈ちゃんと悠人くんは、2匹の猫を撫でながら言いました。

「うちは、妹が猫アレルギーだから駄目なんだってさ」

 と、悠人君が言うと茉奈ちゃんも言いました。

「うちは、ママが猫好きじゃないんだって」

「え~、こんなに可愛いのに?茉奈ちゃんママ変わっているね」

 茉奈ちゃんは、ふと、うちのママって変なのかな?と思いました。

 そして、5人で思い思いのお菓子を買って、再び公園に戻りました。


「風花ちゃん犬飼ったんだってね?」

 悠人くんが、突然風花ちゃんに聞きました。

「うん、先月から。トイプードル、可愛いよ」

「いいなぁ」

 悠人くんが羨ましそうに言うと、大和くんが

「俺んちには、パグがいるぜ。ブースカ太郎っていうの」

「へぇ~、ブースカ太郎?」

「鼻息がブーブー言うからブースカってパパがつけた」

「面白い名前だけど、可愛いね」

 と、風花ちゃんが言いました。

 茉奈ちゃんは、知らない間にみんな犬を飼っている事に驚いていました。

 すると、負けず嫌いの一花ちゃんが

「うちは、おばあちゃんが柴犬飼ってるよ」

 と、言いました。

「みんな犬なんだね。俺は、猫を飼いたいなぁ」

 と、悠人くんが言うと

「私も猫飼いたい」

 と、茉奈ちゃんも続けました。

「えー、猫って目が怖いじゃん!

 一花ちゃんがすかさず反論し、

「ひっかかれそうだしね」

 犬派の風花ちゃんも付け加えるように言いました。

「でも、あのお店の猫たち可愛いよ」

 と、茉奈ちゃんが言うと、大和くんが

「あれは、魔女の猫だもん!」

 と、言うと誰も何も言えなくなってしまいました。


 茉奈ちゃんと悠人君は、心の中で猫だって可愛いのにと思っていましたが、猫を飼っていないふたりは、猫の可愛さをアピールすることは出来ませんでした。

 そして、それが、5人で一緒に遊んだ最後になりました。


 それぞれが成長して中学生になると、再び同じ中学の生徒になりました。

 この頃になると、男女の関係も微妙になり、あれほどいつも一緒に遊んでいたお友達だったのに、顔を合わせても男子と女子は挨拶すらしない仲になっていました。


 茉奈ちゃんは、風花ちゃんと一花ちゃんとは顔を合わせれば話す仲でしたが、クラスが別々だったので以前のように、いつも一緒に居たり、遊んだりする仲ではなくなりました。

 茉奈ちゃんは、心の中で

「ママ達同士の仲が良かったから一緒に居ただけで、あのふたりは私のことを友達だと思って無かったんだわ」

 と、思うようになりました。

 思えば、風花ちゃんと一花ちゃんと大和くんと、なぜ仲良くしていたのかもわかりません。

 ただ、悠人くんだけば、保育園時代から気が合ったし、茉奈ちゃんが泣いているといつも傍にいてくれました。

 年上のいじめっ子からも守ってくれました。

 しかし、今は、うっかり話そうものなら、すぐに噂が立ってしまいます。

 廊下ですれ違っても、話すどころか挨拶するのも躊躇(ためら)われました。


 悠人くんは、小学生からサッカーを習っており、今もサッカー部とクラブチームをかけ持ちして頑張っていました。

 小学生の頃は、背も茉奈ちゃんの方が高いくらいだったのに、今では見上げる高さになっていました。

 優しい性格はそのままらしく、女子たちからも人気がありました。

 クラスの違う茉奈ちゃんには、悠人くんに声をかける勇気はありませんでした。


 中学生になると茉奈ちゃんのヘソは、家の中だけでなく学校でも曲がっていきました。

 まず、素直に「はい」や「そうだね」という同意する言葉言えなくなっていました。

 先生に注意されると、素直に「はい」と言えず、「でも」「だって」と何か一言言わないといられなくなっていました。

 クラスメイトとの会話でも、第一声は「てか」「ていうか」「でもさ」であり、素直に「うん」や「そうだね」という同意の言葉を口に出来なくなっていました。

 茉奈ちゃん本人は、全くその事に気づいていません。


 クラスメイトの女の子が

「昨日、映画見て来たんだけどさ、面白かったよ。俳優のAさんカッコよかったな」と言うと

「てか、あの人、女の人と週刊誌に写真撮られてたよね?」

 と返事をし、

「B先生がCさんの学級新聞のこと褒めてたよ」と、言うと

「でもさ、Cさん提出遅れて怒られたらしいよ?」

 と、返し、

「茉奈ちゃん、委員会の集まり今日だよ」と、教えてくれた子に対しても

「てか、今日の放課後じゃない?」

 と、返事をする素直じゃない子になっていました。


 以前の面影はどこへやら、素直で明るい茉奈ちゃんは、そこにはいませんでした。


 そんなある日、理科係の茉奈ちゃんが、先生に頼まれた資材とプリントを持ち理科室に移動にしようと廊下を急いでいました。

 その時に、すれ違った男子生徒の腕に茉奈ちゃんが持っていた資材が当たって、上に乗せていたプリントがバラバラに散らばって廊下に落ちてしまいした。

「いてっ!」

 男子生徒の腕に資材の角が当たったらしく、そこが赤く蚯蚓(みみず)()れになっていました。

 茉奈ちゃんは、ハッとして謝ろうと思いましたが

「ごめんなさい」の一言が出ません。

 心の中では、なんでそんな一言が言えないんだろうと思いつつ、男子生徒の方を見ずに落としたプリントを拾おうと廊下にしゃがみ込みました。


 すると、その男子生徒も廊下にしゃがんで落ちたプリントを集めてくれました。

「はい」

 そう言って、拾ったプリントを渡してくれたのは悠人くんでした。

 茉奈ちゃんは、そこでも言いたいことば出て来ず

「てか、悠人じゃん!」

 と、言ってしまいました。

 それでも悠人くんは

「おう、茉奈。気をつけろよ」

 と、プリントを渡すと、爽やかに去って行きました。


 茉奈ちゃんは、悔しくて、悲しくて、涙が出そうになりました。

 無性に自分に腹が立っていたのです。

 まだ、その時は、自分がひねくれた言葉しか言えない子になっている事に気づいていませんでしたが、それでも自分が駄目なことだけはわかりました。


 それから、茉奈ちゃんも中学二年生になり受験勉強のために塾へ通うようになりました。

 しかし、何のために勉強をしなければならないのか、高校へ行かなければならないのかわかりませんでした。

 学校で勉強するだけでも、嫌なのに、学校から帰ってまでまた勉強しに行く日々。

 ヘソが曲がったままの茉奈ちゃんは、ママの言うことを聞くのすら嫌でした。

 塾の無い日は、お風呂洗いや、食器洗い、洗濯物を取り込んで畳む等々の家の手伝いもしなければなりません。


 塾に行く途中、いつもの公園のベンチに座って茉奈ちゃんは思いました。

「私は、ママの奴隷じゃないんだ!」

 茉奈ちゃんには、自分の堪忍袋の緒が切れる音がしました。


 すると、足元に「魔女の家」のあの黒猫が座って茉奈ちゃんを見上げています。

 そのエメラルドグリーンの目で、じっと茉奈ちゃんを見つめていました。

「魔女のところの猫ちゃんでしょ?」

 と、茉奈ちゃんがそういうと、黒猫は、「そうだ」と言うように頷いたように見えました。

 しばらく、茉奈ちゃんが公園のベンチに座っていると、公園の前の通りを、汗だくになりながら走るトレーニングウェア姿の少年が走って来ました。

 既に日が落ちて、薄暗くなりかけた公園前の街灯に照らされたその少年横顔に茉奈ちゃんは見覚えがありました。


 悠人くんです。

 茉奈ちゃんは、なんだか胸が苦しくなりました。


 保育園の頃から、いつも一緒だった悠人くんが、ひとりで頑張っている姿を見て、自分は何をしているのだろうと思ったからです。

 別の日にもまた、ひとり汗だくで走る悠人くんをみかけました。

 また別の日にも…。

 彼は、サッカー部だったから、サッカーの為に走っているんだろうか?

 昔は、気軽に話せていた相手なのに今は遠い存在です。

 頑張っている彼に対して、自分は何の目標も無く、頑張りたくても頑張るものもない。

 急に自分が何のために生きているのかも疑問に思えてきました。


 そんなある日、茉奈ちゃんはお母さんと喧嘩をして家を飛び出して来てしまいました。

 家出をしたくとも行く所もありません。

 仕方なく、いつもの公園へ行ってベンチに座ってぼ~っと夜空を眺めていました。

 すると、また「魔女の家」の黒猫がやって来てベンチに並んで座ってくれました。

 茉奈ちゃんは、猫を撫でながら

「私の愚痴、聞いてくれる?」

 と、黒猫に話しかけました。

 黒猫は、じーっと前を見つめていましたが、耳を茉奈ちゃんの方に向けてピクピクと動かして、

「聞くよ」と、合図をしているようでした。

 茉奈ちゃんは、黒猫に家でママと喧嘩したことや、学校でお友達と上手くやれないこと、自分で自分が嫌で仕方ないことを話しました。

 一通り話すと、ちょっとスッキリしたような気分になっていました。


 その公園の真ん中には水道が有り、上から飲み水、下は手洗が出来るような蛇口を付いています。

 その下の水道で頭から水を被る男の姿を見て、茉奈ちゃんは思わず

「悠人!」と声を出してしまいました。

 でも、悠人くんの方は、水の音でその声には気づいて無いようでした。

 すると、黒猫はベンチから飛び降りると、悠人くんの足元に歩いて行きました。

 悠人くんは、黒猫気づくと

「久しぶりだな、スヴァルト」

 と、声をかけ

 頭から滴り落ちる水をタオルで拭きながら茉奈ちゃんの方へ歩いてきました。


 そして、茉奈ちゃんに気付くと

「茉奈じゃん!茉奈も久しぶりだな」

 と、声をかけて来ました。


 茉奈ちゃんは、どぎまぎしながらも

「つーか、悠人、頑張って走ってるじゃん!」

 と、必死に平静を装って言いました。


 悠人くんは、タオルで頭を拭き終わると、犬のようにブルブルっと頭を振って髪の水滴を飛ばしました。

「やだー、悠人、犬みたい」

 茉奈ちゃんは、悠人くんの水しぶきを浴びて言いました。


「ごめん、ごめん、いつものクセでさ」

 久しぶりに見る悠人くんの笑顔は昔のままでした。


 スポーツドリンクを取り出すと、それを飲み干しながら、

「それにしても、こんな時間に、ひとりでどうしたんだ?」

 長年のブランクなんてなかったかのように茉奈ちゃんに問いかけて来ました。


「猫と遊んでいたわけじゃないだろ?」

 茉奈ちゃんは、本当は素直に話したかったのですが、それが出来ずに

「んなわけないだろ!散歩、散歩。そしたら猫と遭遇したの」

 と、必死で言いつくろいました。


「この猫、俺たちが子供の頃から居るよな?名前スヴァルトって言うんだぜ。子供の頃にふたりして猫飼いたいって言っていたのを覚えている?」

 茉奈ちゃんは、そう言われて昔を思い出していました。

「うん!覚えている」と、茉奈ちゃんが答えました。

 すると、悠人くんは

「そっか」と、

 つぶやきながら、スヴァルトを抱き上げてズヴアルトに言いました。

「お前は素直で、可愛いな」

 スヴァルトは、悠人くんに答えるようににゃ~と鳴きました

 茉奈ちゃんは、心の奥の奥に刺さったトゲがチクリと動いた気がしました。


「お前さ、あれから坂の上の店に行ったことある?」

「魔女の店?」

「そうそう、白い方のブランも元気だから行ってみるといいよ」

「ってか、もう駄菓子買いに行く年齢じゃなくない?」

 茉奈ちゃんは、また素直になれませんでした。


 悠人くんは、

「そうだな」

 と、言いながらスヴァルトを下に降ろすと、

「じゃあな、茉奈。早く家に帰れよ」

 と、言い残して再び走って公園から出て行きました。


 茉奈ちゃんは、廊下で悠人くんにプリントを拾って貰った時と同じように悔しくて、悲しくて、涙が出そうになりました。

「なんで、素直になれないんだろう」


 茉奈ちゃんは、このまま家に帰る気にもなれず、どうしようかと思っていると、

 スヴァルトが坂道の方に歩き出しました。

 茉奈ちゃんもつられてスヴァルトの後をついて坂道を登って行きました。

 坂の上には、あの「Witch(魔女の) House()」があります。

 夕方には閉まってしまう店なので、きっと真っ暗なのだろうと思っていましたが、坂を上っているうちに見えて来たその店は、闇夜の中に浮かぶ昔話の中の狸屋敷のように、ぽつんと一軒明るく輝いていました。

 入り口のドアには【CLOSED】という看板がかかっていましたが、店の中の灯りは、灯っているように見えました。

 黒猫スヴァルトが、にゃ~んと鳴くと、音もなくドアが開いたように見えました。

 茉奈ちゃんは、ビックリしてその後に続いてドアに手を掛けると、ドアがすっと開きました。


 そして、中から

「お入り、スヴァルトのお友達」

 という女の人の声がしました。


 茉奈ちゃんは、なぜか迷うことなく店の中に入ると、以前と変わらぬ店内の様子にホッとさせられました。

 それと同時に、この年齢になって改めて見ると、本当に不思議な店だなと思いました。

 子供の頃は、駄菓子コーナーと猫しか見ていなかったので、この店が魔女の家と、言われる意味がわかるような気がしました。

 外は、そんなに寒くは無いのに暖炉には火がくべられていました。

 しかし、室内は暑くも寒くもなくちょうど良いのです。


 窓別ふたつ並べられた猫用のベッドには白猫が寝ていました。

 外から戻った黒猫もその隣のベッドに飛び乗り、そこに座って茉奈ちゃんを見ていました。


「魔女」と呼ばれる女主人は、お気に入りの大きな椅子に座って古木の1枚板のテーブルの上に置かれたティーセットでお茶飲んでいました。

「お前さんも、そこに座りなさい。暖かいお茶は飲めるかしら?」

 と、茉奈ちゃんに尋ねました。


 茉奈ちゃんは、猫舌ではなかったので

「飲めます」

 と、答えました。

 茉奈ちゃんは、あれ?っと思いました。

 なぜなら、お母さんにも、学校の先生にもこんなに素直に答えたのは久しぶりだったからです。


 茉奈ちゃんは、魔女に勧められるまま椅子に座りました。

 しばらく、どちらも何も言わずに時間が流れて行きました。

 遠くで、静かに流れる音楽の音と、パチパチ暖炉の火が燃える音だけが響いていました。

 茉奈ちゃんは、暖炉の火を眺めているうちに心が穏やかになる感覚を覚えました。


 魔女は、カップにお茶を注ぐと、それを茉奈ちゃんの前に置くと

「まずは、お茶を一杯どうぞ」

 と言いました。


 茉奈ちゃんは、黙ってそのお茶を飲みました。

 紅茶なのか、緑茶なのかはわかりませんでしたが、不思議な味がするお茶でしたが、嫌な味ではありませんでした。

 むしろ、心が落ち着くお茶でした。


 そして、静かに魔女が話し出しました。

「本来は、あなたは素直な人なのね?」

「えっ?」

 と、茉奈ちゃんは、驚きました。

「今、ここに来てあなたは何も拒否しなかったでしょ?お茶だって何のお茶かもわからないのに、飲んでくれたじゃない?」

「それは…」

 さすがの茉奈ちゃんも魔女に逆らうと怖いからとは言えませんでした。


「昔、よく5人で来てくれていたでしょ?あの時のあなたが本来のあなたよね?」

「覚えているんですか?」

「もちろんよ、私はここに来た人のことは忘れないわ」

 さすが魔女だ!と茉奈ちゃんは思いました。

 そして、魔女になら猫に話すように話せるかも?と思ったのです。


 すると、魔女は何も言わないのに、大きな鏡を持ってきて

「この鏡の中を覗いてご覧なさい」と言いました。


 茉奈ちゃんは、魔女が持ってきた鏡を覗き込むと、そこには、パートで働くママの姿が映っていました。


 茉奈ちゃんのママは、大きなスーパーで働いています。

 レジをやったり、品出しをしたり、お客さんのクレーム対応をしたり、店長に文句を言われたり、バイトの人のミスをフォローしたり…

 茉奈ちゃんのママは休みなく働く姿が映し出されていました。

 そして、疲れて帰宅して、食事の準備をしていると、干しっぱなしの洗濯物を見て茉奈ちゃんを叱ったり、お風呂を沸かそうとしても現れてなかったり、やっと全員の食事が終わり、ヘトヘトになっている所に茉奈ちゃんが文句を言うという一連の姿が映し出されていました。


「どう?あなたのお母さんはあなたを奴隷扱いしていた?」

 以前、スヴァルトに愚痴ったことを魔女は知っていました。


 茉奈ちゃんは、スヴァルトが魔女に話したのかな?と思いながら答えました。

「てか、ママの方が奴隷みたいだった」

「そうね」

「でも、お母さんは奴隷みたいだなんて思っていなんじゃないかしら?だって、あなた達の為に自分から進んで頑張ってくれているのだもの」

「そうなのかな?」

「たぶん、人って自分のためより、誰かのための方が頑張れるのよ。お母さんは愛する家族のためだから頑張ってるのじゃないかしらね?」


 茉奈ちゃんは、保育園の頃からの記憶を辿って、いつもママが茉奈ちゃんやお姉ちゃんの為に頑張ってくれていた姿を思い出していました。

 保育園のママ友と会わなくなったのも、会わなくなったのではなく、忙しくなって会えなくなったのだと。


「ねぇ、あなたのお母さんの楽しみって何なのかしらね?喜ぶことって何なのかしらね?」

 と、魔女は茉奈ちゃんの顔をじっと見つめながら尋ねました。


 茉奈ちゃんは、ママが毎日仕事から帰って、食事を作ってぐったりしてソファーで寝落ちしている姿を思い浮かべていました。

 茉奈ちゃん達が小さい頃は、ママ友達と公園でおしゃべりして爆笑をしていたり、たまにはランチもしたりしていました。

 でも、今は、そんな姿を見ていません。

 茉奈ちゃんは、今さらながらに自分が自分のことしか考えてなかった事に気づいたのです。


 魔女は、それを察したように言いました。

「お母さんのお手伝いをしてあげることも大切だけれどね。それと同じくらい大切なことがあるのよ?あなたにそれが、わかるかしら?」

 茉奈ちゃんは、考えてみましたが、わかりませんでした。

 ママのお手伝いをして、少しでもママを楽にしてあげることしか思い浮かばなかったのです。


「それはね。あなたがお母さんの頑張りに感謝していることを伝える事よ。それがお母さんの心のパワーになることもあるから。仕事に行くのも、食事を作るのも家事をするのも、お母さん自身のためというより、あなた達の為なのよ。

 自分のためだけなら手抜きも出来るじゃない?」

 と、魔女は笑いました。


「感謝を伝える?」

「そうよ。あなたには一番難しいことかもしれないわね。今のあなたは素直じゃないから」

 茉奈ちゃんは、ちょっと心当たりがありました。

 ママにだけでなく、悠人くんにも素直になれなかったことです。


「相手と話すときは、否定から入っちゃだめよ?相手はあなたに拒否されていると感じてしまって、心が遠くなっちゃうから」

「否定形?」


 魔女は、再び鏡を見せて、茉奈ちゃんがお友達と話している場面をいくつか見せてくれました。

 そして、最後に先程の悠人くんとのやりとりも…


「あなたは、もう気づいているはずよ」

「うん」

 茉奈ちゃんは、凍っていた心に刺さっていたトゲが抜けて、そこから溢れた涙が目から溢れるのを感じたのです。


 すると魔女は、二粒のチョコレートを茉奈ちゃんのてのひらに乗せて言いました。

「これは、素直になれるチョコレートよ。あなたが素直になりたいと強く思った時に食べなさい」

「なんで、二粒?」

「あなたが素直になりたい人は、ふたりでしょ?」

 魔女はそう言ってウィンクをしました。


「人の縁は、お互いが結び続けないと切れちゃうのよ。片方が一生懸命結んでも駄目なの。ふたりでお互いに努力しないと切れてしまうことを忘れないで」


 茉奈ちゃんは、魔女に素直にお礼を言って坂道を下って行った。


「スヴァルト、あなたの大切なお友達の縁が、また結ばれると良いわね?」

 黒猫はベッドでまるくなったまま尻尾をゆらゆらと2回振った。


 魔女は「まったく」と言いながら、店のドアのカギを占めブラインドを降ろした。






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