7. リナ・アルデール(1)
戦慄。後悔。喪失――
ふと周囲を見渡せば、煌びやかな舞踏会の場が、凍りついたように静まり返っていた。
ルークをはじめ、学園の誰もが息を呑み、私とビクトリアを注視している。
けれど――誰一人、言葉を挟もうとはしない。
あれほど私に肩入れしてくれていたルークでさえ、今はただ、黙してこの成り行きを見守っている。
それも、無理はない。
ビクトリアの告発は、これまでの“ちょっかい”や“いじめ”といった学園内の揉め事とは、まったく次元の違うものだった。
それは――筆頭公爵家の令嬢が、王国の秩序を守るために行った、揺るぎない“正義の糾弾”だったのだ。
しかも、彼女は他の婚約者たちの令嬢とも手を組み、彼女たちの父親――すなわち、ジェラール公爵を筆頭とする有力貴族たちへの根回しも、すでに済ませているという――
完璧に組み上げられた断罪の構図。
その中で私は、何一つまともな反論もできず、ただ狼狽し、言葉を失い、愚かにも沈黙した。
――その結果、私の好感度は地に落ち、すべてが失われた。
“チヤホヤされるヒロイン”の立場も、
“いじめられていた可哀想な令嬢”のポジションも、
“勇気を出して婚約破棄の撤回を申し出た健気な少女”のイメージも。
ぜんぶ、跡形もなく吹き飛んだ。
さらに言えば――
異世界転生モノお約束の“ゲーム知識で無双”など、望むべくもない。
なぜなら、すでにこの世界はゲームの最終盤。
分岐の選択肢など、もう残っていない。
それどころか、もともとこの逆ハーレムルートには――“ギロチンエンド”という、逃れられない結末しか存在していなかったのだから。
今や私は、完全なる“王国の敵”。
貴族社会の秩序を揺るがした、背信者。
誰も、私を庇わない。
同情も、赦しも、もはやどこにもない。
――ならば。
私は、腹をくくった。
この物語の新たな“悪役令嬢”として、最後まで舞台に立ち続けてやる。
卑劣でも、狡猾でも、構わない。
どうせ堕ちるのなら――最も劇的に、美しく、悪役として咲き誇ってやる。
(そう……私は、このゲームにすべてをかけてきた)
何千周もの周回プレイ。
膨大な時間と、労力と、情熱と、課金と……すべてを注ぎ込んできた。
存在すら疑われていた“逆ハーレムルート”に到達し――ゲームの世界に転生まで果たしたのだ。
そんな私が――戦わずして、終わる?
ありえない。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
瞳の奥に宿るのは、もはや迷いでも諦めでもない。
氷のように冷たく、澄みきった――静かな闘志。
唇の端に、笑みを刻む。
冷笑。仮面。演技――すべてを駆使して、私は“新たな役”を演じる。
その視線を、まっすぐにビクトリアへと向けた。
その瞬間。
勝者の余裕をまとっていた彼女の表情が、かすかに動いた。
微笑がわずかに揺れ、目が細められる。
それは――警戒。そして、戸惑い。
「――あら。ビクトリアさまは、大きな勘違いをしていらっしゃるようですわ」
私は会場中に響く声でそう言い放ち、堂々と歩を進める。
その笑みは、かつてのか弱い令嬢のものではない。
今や私は、この舞台に立つ“真の悪役令嬢”。