表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

2. 乙女ゲーム

 そう、私は知っている。

 この舞踏会の光景も、王子の婚約破棄も。

 というか、むしろ見慣れてる。

 だってこれ――


(ゲームのイベントそのまんまじゃない!?)


『セデュース・ラバーズ ~略奪する乙女~』


 私がかつて、血と涙とお金を注ぎ込んでハマり倒した、鬼畜仕様の乙女ゲーム。


 主人公は、貧乏貴族の地味な令嬢――リナ・アルデーヌ。

 攻略対象は、王子、宰相家の御曹司、騎士団長の跡取り、王宮魔導師の息子……全員が学園屈指の超ハイスペック男子たち!

 そして彼らの隣には、当然のように、美しく、賢く、気高く、完璧な婚約者たちがいる。


 そしてゲームの目的は――婚約者たちから、攻略対象を“略奪”すること!


 そう、これ略奪ゲーだったのよ……!


 略奪、下剋上、愛の闘争。

 愛されヒロインなんて甘っちょろいものじゃない。

 この世界では、他人の幸せを叩き壊して自分のものにするのがルール!


 しかも、現実じゃ絶対にありえない。

 地味で平凡で冴えない令嬢が、完璧令嬢を蹴散らして、超一流イケメンを落とす――そんな、胸のすくようなカタルシスが満載なのだ。


 もちろん、簡単にはいかない。

 ヒロインは攻略対象たちの情報を集め、悩みを解決し、時には窮地を救いながら、イベントをこなして地道に好感度を上げていく必要がある。

 同時に、ライバル令嬢たちの嫉妬を煽り、評判を落としていくのも攻略の一環だ。

 しかも、イベントは膨大、選択肢は地雷だらけ。毎日ログインし、数えきれないほど周回して情報を集め、鬼のようなフラグ管理……そして、限定イベントのための課金につぐ課金。


 でも、やればやるほどヒロインの好感度は上がる。

 血のにじむような努力を続ければ、いつかはトゥルーエンドにたどり着ける。

 このゲームは、恋愛弱者の夢を全力で叶えてくれるのだ。


 アラサー喪女だった私も、このゲームにどっぷりハマっていた。

 ……いや、ハマらざるを得なかった、というのが正確かもしれない。


 私は地方の短大を出て、根拠のない「何者かになれるかも」なんて夢を胸に、都会へ出てきた。

 でも、現実はそんなに甘くなかった。

 拾ってもらったのは、ブラック企業の事務職――という名の、実質なんでも屋。

 日々の資料作成に加え、客先への電話対応や謝罪の同行、打ち合わせのセッティングと、気づけば渉外業務の最前線にも立たされていた。

 それなのに、給料は雀の涙、残業は青天井、休日出勤も当たり前。

 職場では毎月のように誰かが辞めていくのに、誰も驚かない。

 「明日は我が身」だと分かっていても、辞める勇気もなかった。

 だって、次がある保証なんて、どこにもないから。


 住んでいたのは、築ン十年のボロアパート。

 壁一枚越しに隣人の喧嘩の声が筒抜けの、そんな場所。

 部屋に帰っても、誰もいない。誰かに待たれていることもない。


 出会い? 合コン? 街コン? 無理無理無理。

 休日は寝不足の解消と体力の回復のため、ひたすら寝て過ごす。

 学生時代から男子とは縁がなく、容姿も「下の中」くらい。

 メイクも服も、最低限。おしゃれなんて、他人事だった。

 鏡を見るたびに思っていた――もう、一生恋愛しなくていいや。


 そんな私にとって――

 “略奪乙女ゲーム”は、唯一の逃げ場だった。


 現実では何も持たない私でも、ゲームの中では誰かの“運命の相手”になれるチャンスがある。

 それだけで、日々の地獄が少しだけマシになった。


 睡眠を削り、通勤電車の中でポチポチ周回し、イベントアイテムを集めるために早朝ログインを欠かさず、課金は生活費を削ってまで突っ込んだ。


 ボイス付きの新規スチルが欲しければ、限定ガチャを引くしかない。

 確率0.5%? 知ってるよ。知ってて沼に飛び込んでたよ……!


 選択肢は全て手書きメモで分岐を整理。失敗すれば即リロード。

 推しキャラのルートは何十周もして、ルート分岐の背景セリフまで暗唱できるレベル。

 恋愛イベントのフルコンプと、隠しルートの条件解放。

 そのために私は、年末年始の実家帰省すらキャンセルした。


 そうして、そうして、そうして――ようやくたどり着いた、幻のエンディング。


 それが、“逆ハーレムエンド”。


 ルーク王子を筆頭に、イケメン貴族4人が、満面の笑みでヒロインに愛を告げ、彼女を囲む――

 これまで私のことなんて眼中になかった男たちが、全員、命を懸けて愛してくれるという、まさにドリームな展開。

 「君なしでは生きられない」だの、「他の誰にも渡したくない」だの、耳が溶けるようなセリフを次々と囁かれて……


 画面に映し出されたのは――

 ルークたちに贈られた、宝石のようにきらびやかなドレスをまとい、ふわりと巻いた髪に、さりげなく光るイヤリング。

 透けるような笑みを浮かべたリナが、男たちに囲まれてうっとりと微笑んでいた。


 古びたドレスとすっぴん同然の顔で必死に生きていた、リナ。

 ルークたちに選ばれ、愛されて、美しく変わっていった。

 まるで、蛹から蝶へと羽化するように――


 ――画面越しに、私は嗚咽してた。

 泣いてた。本当に泣いてた。


 心の底から「生きててよかった」って思った――その直後。


 ドクン、と胸が痛んで、パタリとその場に倒れた。


 たしか、あれだ。

 感極まりすぎて、心臓が止まったんだよね。

 スマホ握りしめたまま。ガチャ石も300個残したまま。クリアボーナスも受け取らずに。


 ……


 ――そして今、私はそのヒロイン・リナとして、この世界に転生している……らしい。


 あの『予見』の力も、やたらと冴え渡る勘も、全部納得がいった。

 あれは、リナの潜在意識――というか、私の中に眠っていたゲームの知識だったんだ!


 ……って、え、ちょっと待って。

 これって、本当に現実なのかしら?

 それとも、ただの夢?


 でも、目の前の光景はまぎれもなく『セデュース・ラバーズ』の卒業舞踏会。

 推したちも、悪役令嬢も、モブも、大広間の空気まで、すべてが生々しく、リアルすぎる。

 ってことは……これは夢じゃない。現実。現実なのね……!


 誰だか分からないけど、ありがとう!!

 転生させてくれて……本当にありがとう!!!

 だって、だって、あのヒロイン・リナに転生できるなんて……!


 何千時間も一緒に泣いて笑って、攻略して、バッドエンドで心折れて……

 それでも何度も立ち上がって、推しを振り向かせたあのヒロイン。

 誰よりも愛したヒロインに、わたし自身がなれるなんて――!


 しかも、これは“逆ハーレムルート”のど真ん中。


 待って、ということは……あのルーク王子とか、氷の貴公子アランとか、獣系騎士ライナルトとか、悪友系のジルベールとか――

 あの、イケメンすぎて現実に目の前にしたら即卒倒しそうな4人に囲まれて、甘くときめく言葉を投げかけられて、夢みたいな恋が始まって、しかも全員から本気で口説かれるってこと……!?


 むりむりむりむり!!!!

 ちょっと、喪女歴三十年の私が、そんなのに耐えられると思う!?

 推しに面と向かって「君を一生愛する」なんて言われたら、心臓破裂するんですけど!?


 ――いや、でも、逆に考えればこれは、神様がくれた、最高で最後の恋愛チャンスなのかもしれない。

 攻略対象たちと、リアルで恋愛できちゃうってこと……?

 キスとか、デートとか……結婚とか!?


 (……うわ、想像しただけで息ができない……)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ