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ファンシー×ポップ×アポカリプス  作者: ひなた友紀
第3章:戦わなければ、守れない
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【エピソード1:手探りのサバイバル訓練】

 朝──と呼んでいいのかどうか、まだ曇り空に見える薄い光が拠点の隙間から射し込んでいる。ここは廃墟の建物を最低限補強して屋根の残った一角を仮住まいにしているだけだから、窓もないし、夜が明けたんだかどうかは外の光の色で判断するしかない。でも、昨日の嵐のような一日を思えば、こうして生きて朝を迎えられたことだけでも大きな安堵を感じる。


 私は毛布というよりただの布のような寝具から身体を起こし、周囲を見回した。昨日まで二人だったこの空間に、今は六人が入り混じって寝泊まりしている。あれだけ窮屈だって思っていた拠点が、さらに手狭に感じられるのも無理はない。それでも、モンスターがいつ襲ってくるかわからない町で、こうして“屋根がある”だけでも恵まれてるほうなのかもしれない。


「……うん……?」


 隣では、最初に保護した青年──腕に噛み痕があった彼がまだ寝息を立てている。血が止まったとはいえ、痛みで苦しそうに寝返りを打つ姿が切ない。でも、眠れているだけマシだろう。向こうのほうには新しく加わった三人組の姿が見える。中年男性のコウジさんと、大学生のリナさん、そして足を負傷したアツシさん。こちらはコウジさんが起きているのか、薄暗い拠点の壁にもたれかかってぼんやりと外を見つめている。


「あっ……おはようございます。もう少し寝ててもいいですよ?」


 思わず声をかけると、コウジさんは気配に気づいたのか小さく苦笑して、首を振った。


「いや……夜、あまり眠れなくてね。夢に出るんだよ、モンスターやら……いろいろ」


 その呟きに、胸がざわっとする。私だって昨夜は怖い夢を見そうだったけど、一瞬で意識が落ちてよくわからないまま朝になっちゃった。疲労のおかげでぐっすり寝られたとも言うけど、それでもやっぱり不安なことばかり。この世界がいつ戻るかわからないし、食料や水だってあるわけじゃない。


「……ごめんなさい。ここ、狭いですし、環境も最低限で……」


 謝る私に、コウジさんは「いや、むしろありがたいよ」と眉を寄せるように笑った。そりゃそうだ、私たちだって余裕があるわけじゃないのに、彼らを受け入れた形になってる。正直、ハルさんの負担は相当なはずだ。彼はこの拠点をもともと築き上げて、一人で維持していたんだから。


 そのハルさんの姿が見当たらない。一晩中見張るとか言ってたけど、いつの間にかどこかに移動したのかもしれない。少し立ち上がって足音を忍ばせながら拠点の奥のほうを見ると、バリケードの隙間から外に出ている気配がある。もしかして朝の見回りに行ったのかな。そう思うと、ここに残ってる私たちはますます頼りきりだ。


「陽菜さん、おはようございます……」


 後ろから、リナさんがひそめた声で近づいてきた。夜のうちに痛みが増したのか、顔色が優れない。でも目はしっかり覚めている感じだ。見れば、同じくアツシさんも壁際で横になったまま起きていて、こちらをじっと見つめていた。傷の具合はどうなんだろう。彼の足はひどく痛む様子だし、どこかぼうっとした表情をしているのが不安だ。


「足……大丈夫ですか?」


 私が声をかけると、アツシさんは「う、うん、まだ痛いけど、動けなくはないと思う……」と弱々しく笑う。昨夜より顔色がいい気がするのは気のせいかな。ただ、正直いって、あのまま動き続けるのは無理があるだろう。どうにかして治療ができればいいけど、ここには医薬品なんてない。数少ない水と布だけで何とかするしかないのが現状。そもそも、いつかは私たちだけじゃ対応しきれない怪我人を抱えることになるかもしれない、と考えると頭が痛い。


「……そうだ、後でハルさんが戻ってきたら、みんなで話し合おうって言ってたんです。これからどうするか。食べ物も水も限りがあるし。おなかとか空いてますよね?」


 話しかけると、リナさんもアツシさんもコウジさんも顔を見合わせて微妙な表情になる。昨日の夜、ほんの少し砂糖を舐めただけで空腹を誤魔化すしかなかったのだ。怪我人はエネルギーを要するし、私たちも全員分の食糧なんてまるで足りない。自然と、沈黙が落ちる。


 そんな気まずい空気を破るように、バリケードのほうでガタリと物音がした。緊張して身構えると、ハルさんの顔が覗き込んで、こっちを見ながら「起きたか」と低く言う。私は「おはようございます」と少し安堵した笑みを浮かべる。怪物や野良プレイヤーじゃなくてよかった。ハルさんの姿を見るだけで、なんだかこの拠点の“秩序”が保たれてるように感じるのは不思議だ。


「さて……おまえら、昨日は疲れてただろうが、今日はやることが山積みだ。とりあえず、おまえ(アツシ)は足の状態をもう少し休ませろ。歩けそうにないなら拠点に残るしかないからな」


 開口一番、ハルさんがビシッと場を仕切るように声を出す。口調こそ厳しいけど、それはここがサバイバル状態だから仕方ないというか、むしろ頼もしいとも言える。アツシさんが「はい、すみません……」とうつむくと、ハルさんは視線をリナさんやコウジさんにも移して、続けざまに言葉を発した。


「リナとコウジは、もし動けるなら今日、一緒に探索に出てもらう。食料や水の調達を急がないと、今夜か明日あたりには全員飢えることになる。ここにはそれだけの蓄えはないからな」


 私や最初に保護した青年(私の隣にいる腕の負傷者)はどうするのか。それもハルさんが指示をくれるのかなと思って見ていると、彼は私を見つめて、「陽菜はどうする?」と問いかける。昨日みたいに行くのもいいが、怪我人が二人いる以上、拠点を空にするのは怖いし、探索組の人数ばかり増やしても足並みが揃わないかもしれない。悩みどころだ。


 正直、私も探索には行きたい。食料問題は死活問題だし、ハルさん一人に危険を押しつけるのは気が引ける。でも拠点を守って怪我人を世話する役も必要なら、私が残るべきかもしれない。どちらがいいのか、本当に迷う。私は目を伏せて少し考え、あえてハルさんに判断を委ねようと口を開いた。


「……どうしましょう。私も行きたい気持ちはあるけど、拠点に一人もいないと不安ですよね。怪我人もいるし」


 ハルさんは微妙に表情をゆがませ、腕を組む。


「そうなんだ。二人(怪我人)がここで寝込んでて、モンスターが襲ってきたり、野良プレイヤーに荒らされても困る。かといっておまえ一人だけで守りきれる保証もない。何とも難しいな」


 すると、アツシさんが寝そべったままこちらに顔を向け、「俺も……ここに残りたいです。というか動けませんけど。怪我もあるし。代わりに、もし何か力になれることがあればやりたいんですけど、あんまり役に立たないかも……」と低く呟いた。腕の負傷者の青年も「ああ……僕も、しっかり休まないと腕が痛くて……」と続く。そりゃそうだよね、と私は心中でうなずく。


「だったら、俺とリナ、コウジ、それに陽菜……といきたいところだが、怪我人が二人じゃまだ身動きも制限される。まぁ、仕方ないな。俺とリナ、コウジが外に出て探索する形で、陽菜はこっちに残って二人を頼む。何かあったら大声を出してバリケードを固めてくれ。モンスターが来るときは足音や気配でわかるはずだ」


 ハルさんの決断はそうだった。私も一瞬「私も外へ」と思ったけど、確かに怪我人だけを置いていくのは不安すぎるし、リナさんとコウジさんがどの程度役に立つか未知数でも、最低限ハルさんがいれば探索は成り立つだろう。ならば、私は守りに徹するのも悪くないかもしれない。


 リナさんは少し顔色を変え、「探索って具体的に何を?」とおどおどした様子で聞く。するとハルさんは「食料、水、道具、何でもいい。使えそうなものを片っ端から集める。昨日みたいに砂糖や缶詰が見つかったら儲けものだ」と即答する。リナさんが不安そうに目を伏せるのは無理もない。この世界で廃墟をうろつくのは恐怖そのもの。だけど、私だって初めはすごく怖かったし、今も怖い。彼女が覚悟を決めるかどうかは、もう本人次第だろう。


 コウジさんは「わかった。役に立てるかわからないが、モンスターが出てもハルさんがいれば安心だろう」と自嘲気味に笑う。実のところ、彼も慣れてるわけじゃないだろうから、どこまで貢献できるのか不明だけれど、少なくとも足手まといにはならないと思いたい。三人で行けば、警戒の目も増えるし、運べる物資も多少は増えるはずだ。


 「よし、出発は一時間後だ。それまでに水分を少しだけ補給して、装備を整える。陽菜は怪我人の手当てを手伝ってやれ。何かあったらすぐ呼べよ」


 そう言ってハルさんは、会議を終了とばかりに立ち上がる。リナさんとコウジさんも緊張した表情でうなずいて、その場を離れ、それぞれ準備に取りかかる。拠点が急に忙しない空気に包まれたようだ。


 私は怪我人が寝ている奥のほうへ足を運び、まずアツシさんの足の状態を改めて確認する。腫れがひどく、噛まれた部分が紫色になってるのが気になるけど、今のところ膿んでるわけでもないので、布を交換して汚れをぬぐうしかない。あまりに痛がるなら砂糖水を飲ませて安静にするしかない。


「大丈夫ですよ、ちゃんと寝てればきっと良くなるはずです……私もずっと見てますから」


 なんの根拠もない励ましだけど、アツシさんは弱々しく微笑んで「ありがとう」と答える。横では腕を負傷した青年が「僕もしばらく大人しくしてるしかないか……」とつぶやく。二人とも表情が暗いけど、こうして安静にしていれば無理をしたときよりはマシだろう。もし昨日みたいに遠征についていったら、体がもたないに決まってる。


 この場を離れるリナさんとコウジさんにしてみれば、外の探索でモンスターと遭遇するリスクが怖いだろうし、残される二人も怪我の不安や食料の心配はつきまとう。私だって、もし拠点がモンスターに襲われたらどうするんだろうという不安が消えない。どこを向いても安泰じゃない。そんな息苦しい空気の中、私たちは黙々と準備を続けるしかない。

 

「あ、陽菜さん。さっきまで寝てましたけど、何か手伝うことがあれば……」


 背後からかけられた声に振り向くと、さっきまでぐっすり寝てた青年(私が最初に保護したほう)が起き上がってこちらを見ている。腕を押さえながら申し訳なさそうにしている。彼も装備どころか服すらボロボロだけど、できる範囲で働きたいってことなんだろう。ただ、動き回ると傷が開きそうだ。

 

「うーん……そうですね、何か簡単な用事があればいいんですけど……あ、そうだ。ハルさんに聞いてみましょうか。ここに残る組でできることって限られるので」


 そう提案すると、彼は「うん、頼む」と頷いて力なく笑う。やっぱり罪悪感があるのかもしれない。私がそっと微笑み返して立ち上がると、入り口近くで待機しているハルさんのところへ足を運ぶ。彼は金属パイプや工具類を整理している最中だった。


「ハルさん、あの……私が最初に連れてきた青年、腕の怪我の人が何か手伝えることがあるかって」


 そう訊ねると、ハルさんは小さく息を吐いて、「そうだな……後でバリケードの補強を一緒にやらせるか。動き回るのは無理でも、座りながら針金を巻くくらいはできるだろ」と返事してくれた。たしかに、それなら出歩かなくていいし、体力の消耗も少ない。怪我人でも多少は拠点の防御に貢献できそうだ。


 「わかりました。伝えますね……あと、注意点とかありますか?」


 「ああ、外側の瓦礫を動かすときは音が出やすい。あんまり大掛かりな補強はしなくていい。ほんの少し針金で隙間を塞いで、動かないようにする程度だ。それくらいなら大丈夫だろう」


 ハルさんの指示を確認して、私は怪我人の青年に戻って内容を伝える。彼は「それなら腕もあまり使わないでやれそうだし、やります。ありがとう」と素直に言ってくれて、これで拠点の守りも少し強化できそう。こうして少しずつ役割分担が決まっていくのは、チームとしてありがたい。


 その後、ハルさんたち外出組は淡々と準備を進める。リナさんには簡単な武器として、廃材を改造した棒や鋭い金属片を持ってもらう。コウジさんは古びた鉄パイプらしきものと、あと物資を入れるための簡易バックパックを背負う。ハルさんはいつもどおり金属パイプを武器に、最低限の荷物を携帯。拠点にある水をほんのわずかだけ容器に移して持っていくが、本当に少ない量だから心もとない。


 私は大きく深呼吸して、「どうか気をつけて」と声をかける。その一言で、全員の緊張がさらに高まったように見えた。ハルさんは私の方をちらりと見て、「おまえらも変に外へ出るなよ。もしどうしてもってときは声を出して状況を教えろ。怪我人二人の面倒と拠点防御、頼んだ」と言い残し、リナさんとコウジさんを連れて出発する。


 バリケードを開けて外へ踏み出す彼らの後ろ姿を見送るとき、私の胸がぎゅっと締め付けられる感覚がした。どんな危険が待ち受けてるかわからないし、戻ってこられない可能性だってある。だけど、行かなきゃ私たちも飢えてしまう。そう考えると、あれが唯一の選択肢なのだと納得せざるを得ない。


 拠点の中には、私と怪我人二人、そして腕に怪我をした青年の四人が残る。皆がそれぞれ心配そうな表情を浮かべつつ、どうすることもできない状況だ。今できるのは、体を休ませながら拠点を守る準備を進めることだけ。だからこそ、私はさっそく青年にバリケード補強の手伝いをお願いする。彼は痛む腕を庇いながらも、さっそくワイヤーを巻き、板がずれないように固定してくれた。たまに「うっ」と呻く声を上げながらも、少しでも役に立ちたいという思いが伝わってくる。


 「私、周りを見回してきます。怪しい気配がないかだけでも確認するので……もし何かあったら呼んでくださいね」


 そう言って私は拠点の中を巡回する。床や壁の亀裂、瓦礫の落ちている場所などを改めてチェックするのだ。もしモンスターが侵入してくる経路があれば、事前に発見して塞ぎたい。と言っても、すでに何度もやっている作業だけど、新たな亀裂が生じているかもしれないし、瓦礫がずれて落ちやすくなっているかもしれない。廃墟だから常に安全な構造とは言えないのだ。

 

 歩き回ってみると、案の定、天井付近の破損がさらに進んでいる場所を見つける。そこからほんのわずかだが光が差し込み、空気の通り道にもなっている。今はまだ崩れ落ちていないけど、強い衝撃があればそのまま落下しそうだ。「うーん……道具があれば補強できるんだけどな」と呟きながら、近くの板切れや針金を手に取ってみる。素人作業すぎてあまり意味がないかもしれないが、やらないよりはマシだろう。外出組が戻ってきたら本格的に対処できるかもしれない。


 そんな地味な作業を繰り返しているうちに、拠点内に妙な静寂が戻ってきた。気がつけば、アツシさんも腕の負傷者も寝息を立てている。痛みが強いだろうし、休めるときに休ませてあげないと回復しない。もう一人の青年(最初に保護した彼)はせっせとバリケードの微調整を続けている様子だが、疲れの色が見える。


 (ハルさんたち、早く帰ってこないかな……でも無茶はしないでほしいし……)


 心の中でそんな複雑な祈りを繰り返す。無事に探索を終え、食料や道具を持ち帰ってきたとして、今度は七人でどう生活するかが問題だ。もっといえば、この廃墟化した「ファンシー×ポップ」の世界をどうやって元に戻すのか。噂によれば、運営が仕込んだ「ラブナティア(Lovenatia)」というコアAIが暴走している可能性があるって話も聞いたことがある。何らかの中枢にアクセスすれば修復できるかもしれない。でも、その中枢がどこにあるのか、どうやって行けばいいのか、情報が少なすぎる。


 あれこれ考えていると、頭が痛くなる。私たちにはただのサバイバルで手一杯。コアAIの「ラブナティア」をどうにかするなんて夢のまた夢じゃないか。だけど、そうしなきゃこの世界は永遠に廃墟のままで、ログアウトもできないまま年単位で囚われ続けるかもしれない。いつかは踏み込まなきゃならない課題なんだと思うと、ぞっとする。

 

 私がそんな思案に沈んでいると、不意に拠点の入り口付近で動きを感じた。はっとして身構えるが、そこにはさっきバリケード作業をしていた青年がこちらに手招きしている。何か見つけたのかもしれない。少し緊張しながら近づくと、彼が声を潜めて言った。


「陽菜さん、これ、入り口の端っこに隠れてたやつで……たぶん、物資?」


 見ると、小さな袋が青年の手に握られている。茶色い紙袋で、埃にまみれていたらしいが、そこそこ重量があるようだ。私が「開けてみましょう」と言って袋の口を広げると、そこには何と缶詰が三つ入っているではないか。しかも奇跡的に膨張しておらず、ラベルもかろうじて読める。「コーンスープ」「ベジタブルミックス」と英語で書かれている。エネルギー源になるかもしれないし、保存が利く食材だ。


「すごい……! こんなのが拠点に埋もれてたんですね……いや、全然気づかなかった」


 まさか拠点の中にこんな宝物があるなんて。この青年、もしや夜な夜な他の部分を探してくれてたのかも。彼は「こんなとこに置き忘れてあったのかもしれません。俺が最初に来たわけじゃないし……」と苦笑する。確かにハルさんがいろいろ集めてはいたはずだけど、見落としてた可能性もある。廃墟だから、埋もれてるものは見当たらないと決めつけていたのかもしれない。


「これで、みんなが帰ってきたら少しはお腹も満たせるかも……! すごい発見ですよ、ありがとう!」


 思わず青年の手を握りかけて、慌てて引っ込める。彼も「あ、いや、俺も偶然だから……」と照れ笑い。こういうささやかな発見が、こんな世界では大きな希望になりうるのだ。少なくとも、今日一日は食べ物を口にできる保証ができた。怪我の回復には栄養が必要だし、私たちの体力だって限界に近い。


 私はその紙袋を大事に抱え、奥のほうへ運んで布でくるみ、怪我人の目に入らないようそっと隠しておく。食料があるとわかると彼らが「食べたい」とせがむかもしれないし、そうなるといつ帰ってくるかわからない探索組のぶんをどう確保すればいいか困ってしまう。今は平等に配分するためにも、みんなの意見をまとめてから開封したほうがいい。


「よし……これで少し希望が湧きますね。何とか全員、生き延びられるかもしれない」


 独り言のようにつぶやいて、私は小さく頷く。あと数時間もすれば、ハルさんたちが帰ってくるはず。無事に戻れば、もっと多くの物資が手に入ってるかもしれない。そうしたら怪我人の回復を待ちながら、次なる行動を考えられる。もしかしたら誰かが「ラブナティア」の情報を探り出せるかもしれないし……。何より、私の弱い希望だけど、いつか普通にファンシーでポップな世界に戻れる手がかりを見つけられるかもしれない。

 

 拠点の中はまだ薄暗く、みんなが休む気配に沈んでいる。でも不思議と昨夜よりは悪くない雰囲気だ。人数が増えたことのデメリットもあるけれど、こうして力を合わせれば、“生きようとする力”も増すのかもしれない。何しろ、ここは廃墟になった「ファンシー×ポップ」の世界。希望を捨ててはいけないと思えるのは、ほんの小さな発見──缶詰三つや、仲間が増えたこと、それだけでも大きな意味があるからだ。

 

 (さあ……ハルさんたち、どうか何も起こらず、無事に帰ってきて……!)


 そう心の中で願いつつ、私は拠点の奥で静かに再び巡回作業を始める。外があれだけ危険なぶん、ここを少しでも快適に安全にしておきたいのだ。私や怪我人だけじゃ手が足りないけど、何もしないよりはマシだろう。怪我人が眠っている横をそっと通り抜け、瓦礫が山積みの奥を覗き込む。出会ったころは心細くて仕方なかったけど、今や守る人が増えたことで逆に奮い立つものがある。大変な道のりだけど、みんなで生き延びて、いつかこの世界の本来の姿を取り戻す。そう思うと、不安ばかりじゃなくなるんだ。


 (私、絶対に諦めない。いつか“ファンシー×ポップ”の純粋な輝きを、この目で見たいんだから)


 まだ見ぬコアAI「ラブナティア」や、行方不明の仲間たちのことが頭をかすめる。ここから先、何があっても不思議じゃない。だけど、私たちはもう孤独じゃないんだと信じたい。しんと静まる拠点のなかで、小さな足音だけを響かせながら、私は廃墟を見つめる。そして、これから始まる新たな日々に向け、ぎゅっと拳を握り締めた。



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