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ファンシー×ポップ×アポカリプス  作者: ひなた友紀
第2章:廃墟のファンシーランド
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【エピソード4:サバイバルへの第一歩】

 私たちは怪我人ふたりと、新たに加わった三人を含め、総勢六人もの大所帯になって、荒れた路地をなんとか進んでいた。夕闇は刻一刻と迫り、街のあちこちに広がる瓦礫が長い影を落としている。心臓はもうとっくに悲鳴を上げていたけれど、みんな無言で足を動かす。誰も「もう動けない」とは言い出せない状況だ。それだけ夜が恐ろしく、拠点まで戻らなければ本当に命の保証がないと、肌で感じているから。


「あとどれくらいですか……?」


 私の隣で、最初に保護した青年(腕に噛み跡がある人)が汗まみれの顔をこちらに向ける。しゃべるだけでも辛そうだ。彼を支える私の肩や腕もパンパンに凝り固まって、正直もう倒れそう。けど、この問いに答えなきゃ。ちらりと前を歩くハルさんを見れば、相変わらず表情こそ読めないものの、速度を落としてくれているように思える。


「たぶん、もう少し……あと三つ曲がり角を抜ければ、拠点の近くに出ると思います」


 私がそう言うと、ハルさんが「二つだな。少しショートカットできる道がある」と補足してくれた。よかった、思ったより遠回りしなくて済むらしい。問題はこの怪我人ふたりの足がどこまで耐えられるかってところだ。


 後ろを振り返ると、新たに加わった三人組──中年男性、若い女性、そして足を怪我してる青年──も、ほぼ限界の顔をしている。それでも、さっきの凶悪モンスターを何とか撃退できたことで、ほんの少しだけ士気は上がっているのかもしれない。「もう走れない」とは言わずに、こちらの指示に従って必死でついてきてくれる。


「あ……陽菜さん、すみません……少しだけ休憩を──」


 支えられている青年の体がまたガクッと沈む。足を引きずる拍子に地面でつまずき、危うく転倒しかける。私は慌てて肩を支え直し、体勢を整える。もう限界は近いのかもしれない。ハルさんが眉をひそめてこちらを見やる。


「……あとちょっとだ。ここで立ち止まっても逆に危険が増す。すまないが、あと十数分だけ頑張れ」


 ハルさんは冷たいようでいて、実際に今休んだら夜闇が完全に落ちる。モンスターどころか、町の治安がさらに乱れている可能性だってある。私もわずかに笑みを作って青年の背中を叩く。


「大丈夫。すぐそこ……もう少しで、安全な場所があるから。ね?」


 自分に言い聞かせるように励まし、再び歩きだす。闇の帳が深くなるにつれ、視界が悪くなってくるのを肌で感じる。そこかしこの建物の影が濃くなり、廃墟の廊下や窓から、じっとこちらを観察する視線があるんじゃないかと疑ってしまう。神経をとがらせながら、何とか足を進めるのみだ。


 やがて、崩れた電柱の向こうに、見覚えのある大きな建物が見えてきた。そう、私とハルさんが拠点としている構造体の一角だ。外壁こそ崩壊しているが、内部はまだ屋根が残っていて、雨風は凌げる。ここまで戻るのに二十分近くかかったけど、とにかく無事たどり着いたことに安堵する。後ろを振り返れば、足元も覚束ないみんなが青息吐息だけど、まだ死者が出ていないのは奇跡的かもしれない。


「ここですか……?」


 先頭の青年(足を怪我したほう)が、痛みに耐えながら壁に寄りかかる。私が小声で「はい、私たちの拠点……簡易的なものですけど、屋根と壁はあるし、一応寝床もあります」と答えると、彼は血の気を失った顔で「助かった……本当に……」と呟いた。中年男性と女性は「すいません、お邪魔します」と遠慮がちに頭を下げる。どれだけワイルドな人たちでも、やっぱり寝る場所がある安心感は大きいんだろう。


 ハルさんは入口付近に仕掛けてある“簡易バリケード”を慎重に取り外す。元々は瓦礫や板を組み合わせた即席の扉みたいなもので、夜間にモンスターが侵入しづらいようにしてるのだ。彼が合図すると、私たちは次々と中に入る。懐かしいと感じるなんて変だけど、つい昨日と同じ場所なのに、こんなにホッとするなんて思わなかった。


「とりあえず、一番奥のスペースを整理して座らせるぞ。陽菜、おまえは怪我のチェックをしてやれ。水も少し使うか……」


 ハルさんがテキパキと指示を出す。私も「はい」と返事して、虫の息みたいになってる二人の怪我人をそこへ案内する。布団と呼べるほど立派なものはないけど、一応床に敷いた毛布やクッションが少しあるから、そこに寝てもらう形だ。中年男性と女性は無言で周りを見回しながら、「ここがあなたたちの……」と衝撃を受けているみたい。廃材と隙間風のすきま漏れはどう見ても仮初のシェルターだもんね。


「すいません、私たちもここに逃げ込ませてもらって本当にいいのか?」


 中年男性が申し訳なさそうに訊ねる。私が「はい、かまいません。狭いですけど、危険な外よりは少しはマシだと思うんで……」と答えると、「ありがとう、本当に……」と深々と頭を下げられ、なんだか照れくさい。私だって大したことをしてあげられるわけじゃないのに、これ以上どう対応すべきか手探りだ。


 ハルさんは入り口付近でバリケードを再度組み直しながら、「夜間は物音を立てないようにしてくれ。モンスターが寄ってくるかもしれない。あと、水や食料は限りがある。そこは理解してほしい」と厳しい口調で釘を刺す。三人は唇を噛んで「わかりました」と頷く。青年もまた顔をしかめ、「少しでいいんです、助けてもらえただけでもありがたい……」と力なくうなずいた。


 私とハルさんは、まず怪我人ふたりの応急処置を最優先と考え、残りの三人にも協力してもらって床を片付ける。砂糖はどうするか──正直、さっき散々使い果たして残量はわずかだ。でもこの際、怪我人にちょっと舐めさせるだけでもエネルギー補給になるかもしれない。


「ねえ、ハルさん、少しでいいから砂糖を……」


 私が声をかけると、彼は渋い顔で「ああ、仕方ないな。今は体力回復が優先だ」と短く答え、保存容器を探す。幸い、先に見つけてあった容器が一つ無事で、その中身はまだ半分ほど残っていた。もう一つはモンスターとの交戦でほとんどぶちまけてしまったけど、これでも十分ありがたい。


 青年と中年男性、女性たちは「砂糖……?」と目を丸くする。私たちはかいつまんで事情を説明し、「カフェの倉庫で見つけた。ちょっと古そうだけど、味や匂いに問題はなさそう」と伝えた。男性が恐る恐る口に入れ、「ああ、確かに甘い……大丈夫かもな」と安堵した表情を浮かべる。戦闘と恐怖で糖分が減りまくってるだろうし、一口舐めるだけでも一息つけるはずだ。


 ただし、水と合わせるわけにもいかない。私たちの持つペットボトルはもう残りわずかだ。これも共有するとあっという間に底がつきそう……。でも、新しく加わったメンバーからは水や道具が出てくるわけもない。かえって彼らの消耗が大きく、追加の補給を求められている。ここが“助ける”と決めた以上、避けて通れない代償なんだろう。ハルさんも「数日中にまた物資探しか……」とつぶやき、頭を抱えている様子が目に浮かぶ。


 怪我の処置は、私がメインで布とテープを使って止血と固定を行う。中年男性が手伝ってくれ、女性も暗い中ランタンをかざしてくれる。幸い命に関わるレベルの深い傷ではなさそうだけど、感染リスクは拭えない。噛み跡は特に危ないかもしれない。でも消毒できる液体もないし、どうしようもない。祈るような気持ちで布を巻くしかないのだ。


「すまない、君、名前は……?」


 止血を受けている青年が、ようやく声を落ち着かせて私に尋ねる。ああそうだ、私たち、しっかりした自己紹介もしてなかった。こんな非常事態の中では仕方ないけど、やっぱり話しておくべきだろう。


 「私、陽菜っていいます。中学二年生で、VRのβテストに参加したらこんなことに……あっちの頼りになる人がハルさん。ここの拠点を最初につくったのも彼で……」


 そう言いかけて、ふとハルさんの方を振り返る。すると彼は予想通りの無表情で、何も言わない。やっぱり警戒心があるのかもしれない。私は困ったように笑いつつ「まあ、二人で生き延びてたんです。今までは……」とまとめる。


 「なるほど……俺はアツシです。こっちはリナと、コウジ。三人とも仲間がいて……その、離れ離れになったけど、どこかで再会できると信じて行動してたらこんな怪我して、行き詰まってたところを助けてもらったんです」


 青年──アツシと名乗る彼は、辛そうに笑う。リナという女性が「ほんとに救われました。まだ混乱しててまともに自己紹介もできなくてすみません。私、大学生で、こういうゲームに詳しいわけじゃないんですけど友達の誘いで来て……」と落ち込んだ様子で言う。コウジと呼ばれた中年男性も一言だけ「俺も同じく。運が悪かったとしか言いようがないな……」と呟いている。きっと悲しいことがたくさんあったのだろう。


 全員がバラバラに話をしながらも、どこかホッとした空気が漂う。狭い拠点の奥で、みんなが床に座っている光景は、まるで避難所のようだ。だけど、ここで止まってはいけない。水も少ないし、何よりこの状況下で人数が増えればそれだけ食料を確保しなきゃならない。夜が明けたら、また探索に出る必要がある。


「ハルさん……これからどうします? こんな大人数、私たちじゃ……」


 私はそっと囁く。暗がりの中で、ハルさんは深いため息をつき、「正直、頭が痛い。だが、今は夜だ。今すぐ追い出すわけにもいかん」と低い声で返答する。その言葉が冷たいかどうかはわからない。でも、この拠点がパンクしかけているのは事実で、私も困る。かと言って、せっかく助かった人たちを追い出せるわけもないし、そうしたところで彼らがどうにかなる可能性のほうが高い。


「とりあえず、今日は寝よう。明日の朝、改めて話し合う。それまで物音を立てないように、みんな静かにしててくれ」


 そう結論づけて、ハルさんは座ったまま腕を組む。まるで夜通し見張るつもりなのかもしれない。私は「少し休んでくださいよ。交代で見張るとか……」と申し出るけど、彼は首を横に振る。


「おまえも疲れてるだろ。怪我人もいる。交代要員がいるならそれもいいが、今は混乱があるだろう。俺がとりあえず見ておく。……陽菜、おまえも体を休ませろ」


 言い草はぶっきらぼうだけど、気遣いを感じる。私も慣れない怪我人のケアにずっと気を張り詰めていたし、早く横になりたいのが本音だ。傍らを見ると、アツシと呼ばれる青年がまだ苦しげに肩で息している。でも、倒れるように眠ったほうが体力が戻るかもしれない。リナやコウジも、半分放心状態で天井を見つめている。私が「ここで眠っていいですよ」と声をかけると、二人とも遠慮がちに頷いた。


 こうして、一夜をここで全員が過ごす形になった。正直、床に毛布を敷いて「おやすみなさい」と言える状況じゃないけれど、体力と精神力が限界に近い私は横にならずにいられない。狭いスペースを譲り合い、あちこちでみんなが座り込んだり、半ば倒れるように寝転んだり。私も布団代わりの布をかぶって、小さく身を縮める。


 拠点の薄暗い空気と、瓦礫や埃の混じった匂い。どこかで怪我人がうめく声が聞こえる中、私はまぶたを閉じる。いつモンスターが押し寄せるかわからない。ここのバリケードは万全じゃないし、見張りをしてくれるハルさんだってヒトだから眠気に負けるかもしれない。でも、不安だらけでもう頭が回らない。眠りの淵が私をぐいぐいと引きずり込んでくる。


 (こんなに人数増えちゃって、明日からどうするんだろう……でも、一人で死ぬよりは、ずっと……)


 ぼんやりと思考が遠のいていく。砂糖があとどれだけ残ってるかとか、物資探しに出たらモンスターに襲われるかもとか、いろんな不安が頭をもたげるけれど、もう意識を保てない。限界だ。眠りに落ちる直前、背後から何やらハルさんが小声で「明日は朝イチで起きろよ」と言ったような気がするけど、答える余裕もなく意識が途切れた。


 ──こうして、第二日目の夜は、より多くの人々と共に拠点をシェアしながら終わりを迎える。初めて経験する“人数の多い夜”に、私の心は戸惑いながらも少しだけあたたかさを感じていた。怖い。けれど、一人じゃない。廃墟の暗闇の中、ギュッと目をつむりながら、私は「これで少しは生存確率が上がるのかな……」と淡い希望を抱き、眠りへ落ちていく。


 明日からが本当の踏ん張り時かもしれない。皆の食料問題、怪我の回復、水の確保……。まるで終わりの見えない地獄だけど、それでもここで生き抜くしかない。そう自分に言い聞かせ、私の意識は闇に吸い込まれていった。


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