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ファンシー×ポップ×アポカリプス  作者: ひなた友紀
第1章:夢のβテストへ
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【エピソード4:廃墟の地への転送】

 うっすらまぶたを開くと、まず最初に感じたのは背中や腰に残る鈍い痛みだった。ああ、そうだ。私、あれからハルさん──まださん付けで呼んでいいのかな? 年上だから一応敬意を表してるけど、うまく言えない──の拠点に落ち着いて、布団みたいなものを借りて眠ったんだっけ。


 起き上がろうとして、身体中がぎしぎしと悲鳴を上げる。まだ筋肉痛には早い気がするのに、それでも足の重さがすごい。廃墟の町をうろつき回ったせいで、普段は絶対使わない筋肉を使っちゃったんだな、と思う。そもそも、体育すらまともにやってない中学生が、こんなサバイバルみたいなことをするなんて、ほんと無理がある。けど、現実でも仮想でも、逃げられないなら頑張るしかない。そう思ってブランケット代わりの布をどけて、なんとか座る姿勢になる。


「……あれ、ハルさん?」


 声を出して部屋を見渡すと、角のほうにハルの姿があった。こちらに背中を向けて、何か金属っぽいものを磨いているように見える。作業に集中してるのか、私が起きたことには気づいてないのかな。周囲はまだ少し薄暗くて、昼なのか夕方なのかよくわからない。時計がないし、どれくらい眠ってたのか把握できないのがもどかしい。


 部屋の奥には相変わらず簡素な荷物や工具が雑然と置かれている。見慣れない種類のパイプとか、針金をまとめた束とか、何かを改造しようとしてるみたいに見える。ハルがどうやってこれらを集めたのか考えると、やっぱり相当苦労したんだろうなと思う。あれだけ歩いても私はほとんど何も見つけられなかったんだから。


「……起きたのか」


 低く通る声が部屋に響き、私はビクッとしてそっちを向いた。背を向けていたハルはいつの間にか振り返っていて、私と目が合う。相変わらずどこか冷静な表情だけど、少しだけホッとしたようにも見える。単なる思い過ごしかもしれないけど、それでも何となく心が温まった。


「はい、おはようございます……って言っていいのかどうかも微妙ですけど。すみません、ぐっすり寝ちゃって。時間って、どれくらい経ちました?」


「3~4時間ってとこだな。外はまだ陽が沈まないが、もう夕方に近い。こっちの世界での“時間”がどう流れてるのかも怪しいが、とりあえず暗くなりすぎる前に、少し行動しようかと思ってたところだ」


「そっか……私、何か手伝えますか?」


 眠気と体の痛みで頭はぼんやりしてるけど、何もしないでただ甘えてるのも申し訳ない。幸い、多少の休息で体力は戻った気がする。足がだるいのは変わらないけど、歩けなくはないはず。


 私がそう申し出ると、ハルは手元にある金属パイプを手でトントンとたたきながら、わずかに首をかしげた。


「そうだな……まずは、おまえがどこまで動けるかによるな。回復してるなら、軽く周辺の物資回収に付き合ってくれ。俺も一人で動くよりは効率がいいだろうし」


「物資回収……?」


 思わず聞き返すと、ハルは部屋の隅にある空き箱の山を軽く示した。


「そう。食べられるものや水、あるいは役に立ちそうな道具を探してくる。こっちに来てから、まともに補給できるルートなんてないが、廃墟の奥や裏通りに行けば、わずかに残ってることがある。もちろんリスクはあるけどな」


 リスク、つまりモンスターに襲われるとか、建物が崩れかけてるとか、いろいろ危険要素があるってことだろう。正直怖いけど、このまま何もしなければ飲まず食わずで終わるのも時間の問題だ。まるで非常事態の避難生活みたいに、毎日必死で食料や水を探すしかないんだろう。


「わかりました。私、できる限り頑張ります」


 本当は怖いけど、そう言うほかない。ハルは淡々とした表情を浮かべて、「じゃあ、出発するか」と立ち上がった。手元にあったパイプはベルトに差し込むようにして固定している。あれ、即席の武器か何かなのかな。私は何も持ってないから不安になるけど、素手で頑張れって言われるのも困る。せめて木の棒とかでもあればいいんだけど……。


 その私の気持ちを察したのか、ハルは脇に置いてあった金属バールみたいなものを手に取って、こちらに差し出した。


「おまえはこれを持ってけ。あまり重くはないし、モンスターや破片に対して最低限の防御くらいにはなるはずだ。使いこなせるかは知らんが、素手よりはマシだろ」


「ありがとうございます……」


 恐る恐る受け取ってみると、確かに意外と軽い。でも握り部分がゴツゴツしてて、正直怖い。人を傷つけるための道具に見えちゃうけど、ここでは自己防衛のためなんだと思うと仕方ない。私が握力のなさそうな手つきでバールを持っているのを見て、ハルは軽く嘆息しつつも、「ま、慣れるしかないな」とだけ言った。ほんとそれしかないよね、って思いながら、私も意を決して立ち上がる。


 拠点を出ると、相変わらず瓦礫だらけの路地が広がっていた。上空の曇天は先ほどよりもオレンジっぽい光を帯びている。日が傾いてきた証拠だろう。廃墟の街並みを見下ろすと、傾いた電柱や倒れた看板がシルエットになって、まるで廃墟の美術館みたいに見える。少し幻想的ですらあるけど、これが可愛いゲーム世界の末路と思うとやりきれない。


「今日の目標は、まず水と食料だ。あと、もし使えそうな布や金属板があれば欲しい。夜の冷え込みは地味に厳しいからな」


 前を歩くハルが小声で言う。私は「はい」と頷きながら、バールを両手でしっかり持ち直した。なんだか演劇部の小道具を握ってるみたいで妙な気分だけど、いつ何が飛び出すか分からないから気を抜けない。二人で狭い路地を抜け、少し広い通りに出ると、昨日……正確には何時間前かに私が歩いた道に似てる気がする。ボロボロのパステル看板、朽ちたお菓子屋さんのような建物。どこもかしこも似たような廃墟だから、どっちを向いても景色が同じに見えてくる。


 ハルは慣れた様子で辺りに警戒しながら歩く。私も彼にならって、なるべく音を立てないように足を運んだけど、瓦礫を踏むとやっぱりザクザクと音がしてしまう。どうしようと焦えていると、ハルが「そこ、なるべく瓦礫を避けろ」と言うもんだから、余計に緊張で汗が出る。うまく避けるのは本当に難しい。逆に一人で歩いてたら音を出しまくって、すぐモンスターに見つかってたかもしれない。


 しばらく進んだ先に、崩れかけたスーパーらしき建物が見えてきた。看板の文字が半分消えてるけど、「マーケット」って読める部分がかろうじて残ってる。入口の自動ドアは完全に壊れてて、ガラスが粉々になって散らばっていた。中を覗くと、棚やレジが倒れて荒れ放題。でも確かに生活品はあったはずだし、ここに何か残ってるかもしれない。


 「ここは一度見たが、あんまり収穫はなかった。それでももう少し奥を探せば、まだ漁れるスペースがあるかもしれない。気を抜くなよ」


 ハルがそう言って、先頭を切って中に入る。スーパーの天井は半分崩れており、落ちてきたコンクリート片や鉄骨が棚を潰してる。足元にもビニールや紙くずや、何か得体の知れない残骸が混じり合って山積み。とにかく息がしづらい。ホコリなのか、カビの臭いなのか、鼻を刺すような空気が充満していた。私は腕で口を覆いながら、ハルに続いて奥へ進む。


 大きな冷蔵ケースらしきものが横倒しになっていて、その下をくぐるようにして通る。普通なら食品が並んでたんだろうけど、当然そんなものは見当たらない。腐ったり虫がわいたりしてるはずだから、それはそれで助かる──いや、助かるっておかしいか。とにかく残ってても食べられないし、そりゃ片付けられもせずにどこかで腐敗してるんだろう。


 狭い通路を進んでいると、急にハルが手を挙げて合図した。私は慌てて足を止める。少し先のラックの陰から、ガサガサっと何か動く音が聞こえてきたからだ。何だろう、モンスター? それとも私が路地裏で見かけたあの動物……? 一気に緊張が走り、バールを握る手に汗が滲む。ハルが目で私に「静かに」と合図を送って、そっと近づいていく。その瞬間──突然、ラックの陰から毛むくじゃらの何かが飛び出してきた。


 見た目は……うさぎ? 猫? いや、丸っこいフォルムの生き物なんだけど、両目が赤く光っていて、口から牙がのぞいてる。まるで凶暴化した人形のように唸り声を上げている。色合いはパステルピンクなのに、ところどころ毛が抜けて皮膚が見えてるのが不気味で仕方ない。明らかに通常のかわいいマスコットじゃない。これがハルが言ってた“変異モンスター”なんだろうか。


「ぐぅぅ……!」


 恐ろしげな唸り声がこだまする。バカみたいだ、こんなのがファンシーゲームのキャラだったなんて信じたくない。一瞬足がすくむけど、隣でハルがさっとパイプを引き抜き、懐に構える。


「陽菜、下がれ」


 低い声でそう言われたけど、私もただ突っ立ってるだけじゃ申し訳ない。焦りながらバールを構えてみる。だけど、いざ相手を前にすると腰が引けてしまう。モンスターがぎらぎらした目でこっちを見て、よだれみたいなのを垂らしてるなんて……怖すぎる。VRなんだからとわりきれるほど生易しくない。痛覚だってあるんだ、こっちがやられたらどうなるかわからない。そんな意識ばかりが頭を駆け巡る。


「……ぐるるッ!」


 モンスターは凄まじい勢いで飛びかかってきた。ハルが一瞬でステップを踏み、パイプを横に振るって牽制する。モンスターもそれを警戒して一度左右に動くけど、すぐに狙いをこっちに切り替えたのか、私のほうに向かって牙をむいてくる。


「わっ──!」


 思わず声が裏返った。私、こんなのに対処できるの? でも逃げ場なんてどこにもない。ラックも床も崩れてるし、とにかくバールを突き出すしかなくて、半ばやけくそで振りかざした。すると、運良くモンスターがバールの先端にぶつかってきて、私たちは一瞬ぶつかり合う形になる。


「く、くるし……!」


 モンスターは私の武器を噛もうとしてくる。かすかにバールにキィッという音が響く。すごい力だ。こんな小さな体でも、化け物じみた筋力があるのか、腕ごと持っていかれそうになる。必死に踏ん張って耐えてるうちに、後ろからハルが素早い動きで回り込んで、パイプをモンスターの背中に思いっきり叩きつけた。バチンという嫌な音がして、モンスターがビクンと震えた。


 その隙に私がバールをぐっと押し返すと、モンスターはうめき声を上げながらたまらず横へ転がった。血みたいな液体が飛び散ってるかもしれないけど、薄暗いせいでよく見えないし、正直見たくもない。ごめん、こんなの可愛いうさぎキャラのはずだったんだろうに……でもやらないとやられるんだ。


「……っ!」


 地面をのたうつモンスターは、まだ息があるのか動きを止めない。恐ろしく形容しがたい叫びをあげて、こちらへ再び起き上がろうとしている。ハルがすかさず追撃を加えようと構えているのがわかるけど、その前にモンスターが衝撃音とともにガクリと崩れ落ち、ピクリともしなくなった。……ああ、倒れたんだ。これで終わり?


 気づいたら私は立ったまま息を乱していた。心臓が破裂しそう。手汗でバールが滑りそうになる。こんなの、ゲームでの初バトルなんてレベルじゃないよ。一撃の重みがリアルすぎる。こんな姿で襲いかかってくるなんて、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


「大丈夫か?」


 ハルが私に近づいてくる。私は何も言えずにただ頷く。声が出ない。震える手を必死に抑えながら、「うん……大丈夫……」と搾り出すように答えた。心臓のバクバクは止まらないままだけど、幸い大きな怪我はなさそうだ。


 モンスターの動かなくなった体からは、何か紫色の液体が滲み出ているように見える。血なんだろうか。私の靴に垂れそうになってて、慌てて後ずさった。まさに地獄絵図。可愛らしさを投影するはずだった動物キャラが、こんな凶悪な姿で、しかもリアルに痛々しい形で横たわっているなんて、胸が締めつけられる。恐怖と罪悪感とが混ざり合って、吐き気を催しそうになる。


「……こいつからは何も取れない。行こう。時間がもったいない」


 ハルが無感情な声でそう言い、モンスターの亡骸に目もくれずに進もうとする。私があまりにも呆然としているのを見てか、「仕方ないだろ。殺らなきゃ殺られてた」と一言だけ付け加えた。そう、わかってる。私もそうしなきゃ危なかったって理解してる。でも心が追いつかないんだ。今まで可愛げな姿のキャラクターを倒すなんて、想像すらしてなかった。


「ごめん……ごめんね……」


 聞こえるかどうかわからないくらいの小さい声で、私はモンスターの遺体に呟いた。申し訳ない気持ちと、自分を責める気持ちが渦巻いて、泣きそうになるけど、ハルに「時間がない」って言われて現実に引き戻された。そうだよね、立ち止まってても何も変わらない。私はバールを強く握り直して、ハルの後に続く。


 スーパーの奥をさらに探ってみたけど、やはり食べられるものはほとんど見当たらない。たまに缶詰らしきものを発見しても、中身が腐って膨張してたり、穴が開いて液漏れしてたり。まともに食べられそうにない。これじゃ食料とは呼べない。仕方なく、わずかに残ったペットボトルの空容器とか、まだ使えそうな布切れとかを拾い集めるだけで終わった。いまいち収穫ゼロに等しいけど、何もしないよりはいいんだろう。


「まあ、こんなもんだろ。ここはあちこち探したから、もうあまり期待できない。別の場所に行こう」


 ハルがどこかで溜息をつく。あのモンスターと対峙したことで、私もへとへとだし、廃墟探索の大変さを実感するばかり。こんな調子で毎日続けるなんて、考えるだけで気が重い。でも、そうしないと生きていけないんだろうな。


 スーパーを出るころには、外は薄暗いオレンジからやや赤みを帯び始めていた。もうすぐ夕方というより、夜が迫ってる感じ。ハルは周囲を警戒しながら足早に歩き、「今日はもう戻る。日没後は危険度が増すからな」と言う。確かに暗闇の廃墟でモンスターに会ったら、一発アウトな気がする。私ももちろん賛成だ。


 帰り道、どこか別のルートを通ったおかげで、以前私が見つけたスーパーとは別のコンビニっぽい跡地がちらっと見えた。ハルはスルーしかけてたけど、私が「ちょっと気になる」と言って頼み込むと、しぶしぶって感じで入ってくれた。そこも当然荒れ果てていて、食料らしきものは見つからなかったものの、何故かペンやメモ帳がいくつか無事な状態で棚に残ってた。包装されてたから中身はまだまとも。これ、記録用に使えるかもしれない。


「そういえば、行動記録をつけたりしたら、何かわかるかも……」


 そんな私のつぶやきに、ハルは少し考えてから「まあ、ないよりはマシかもな」と言った。多分それは肯定の意味だ。誰がいつどこで何を見つけたか、あるいはどんなルートが危険とか、細かくメモできれば役に立つ可能性もあるだろう。こういう世界観でこそ、“書く”って行為は意外と重要かもしれない。


 メモ帳とペンをゲットし、私たちは再び拠点へ帰るため歩き出す。途中、誰もいない路地で細い体の動物が小走りに通り過ぎるのを見た。あれはあの謎の“野良キャラ”なのか、ただの猫なのかは不明。でも敵意は感じられなくて、向こうもこちらに構わず通り過ぎていったので、正直ホッとした。もう戦いなんて嫌だ。


 やがて瓦礫の壁をかき分け、隠し通路を進み、仮拠点の前まで戻ってくるころには、空はすっかり薄暗くなり始めていた。ビルの影が長く伸びていて、まるで不気味なモンスターの輪郭みたいに見える。拠点の中に入ると、少しほっとする。壊れかけとはいえ、屋根と壁があるって大事なんだなって改めて思う。


「悪かったな。結局あまり成果がなかった。それでもおまえが使えそうなメモ帳やペンが手に入っただけマシか」


 ハルがそう言って奥に荷物を降ろす。確かに初めての探索としてはしょうがないかもしれない。私も何もできなかったわりに、モンスターと遭遇したせいで精神的にクタクタだし。「ううん、私こそついていくだけで精一杯でした。ありがとうございました」と頭を下げると、ハルは「いいって」と小さくつぶやく。相変わらずぶっきらぼうだけど、その声のトーンはほんの少し柔らかく聞こえた。……気のせいかな。


 私は室内の片隅に腰を下ろし、拾ってきたメモ帳とペンを眺める。封を破って開けてみると、中は何の変哲もない罫線ノート。でも、この世界でこれに記録を残すのって、ちょっと大事な作業な気がする。いつからここにいるか、何が起きてるのか、日記っぽく書き留めるだけでも、いずれ意味を持ちそうな予感がある。


(私がここで何を感じたのか、どうやって過ごしたのか、それを形にして残しておきたい──)


 そんな考えが浮かんで、私はペンを握りしめた。初日から今に至るまでの出来事を思い返す。どこから書き始めよう。やっぱり最初にファンシー世界を見るはずだったのに、エラーで廃墟へ落ちて、ハルと出会ったところまでが大事かもしれない。いや、本当の最初は私が応募したところか……なんてぐるぐる考えながら、まずは簡潔にメモを取ることにした。


 ──私は陽菜。中学2年生。VRゲーム「ファンシー×ポップ」のβテストに参加しようとしたら、こんな廃墟に取り残された。ログアウトできず、メニューは開けない。痛覚も現実並みにある。見つけた先行プレイヤーのハルさんに助けられて、今は仮拠点で過ごしている。モンスターは凶暴化した可愛い動物で、本当に恐ろしい……。


 書いているうちに、何とも言えない気持ちになる。これがちゃんと後世に伝わるのかは分からないけど、少なくとも今の私には心の整理が必要だし、こうして言葉にするのは悪くない。


「今日はもう休むか? 外は暗いし、無理しても収穫は薄い。俺も夜の見回りが終わったら交代で寝る」


 ハルがそんなことを言いながら、拠点の扉代わりにしている板をしっかり固定する。夜になればモンスターの活動が活発になることもあるそうだから、ある程度バリケードをしておくんだ。照明らしきものは見当たらないけど、小さなランタンみたいなのが隅に置いてあって、弱い光を灯している。燃料や電池はどこから手に入れたんだろう、と疑問もあるけど、訊くのは後回しにしよう。いつの間にか私は喉がカラカラだし、さっきの戦闘で神経がボロボロだ。


「……はい、そうします。あまり役に立てなくてすみません。明日こそ、もう少し頑張ります」


 私がそう言うと、ハルはごそごそと荷物を整理しながら「気にすんな。最初からフル稼働したら死んじまう」と言った。語気はきつくない。むしろ「無理すんな」というアドバイスなんだろう。何だかありがたいような、申し訳ないような気持ちで、私は小さくお礼を口にする。


 日が沈みきると、外はほとんど真っ暗になった。曇ってて月の光も星の光も期待できない。廃墟が闇に包まれていく恐怖を想像すると、背筋が寒くなる。こんな状態で眠れるのかな。けど、昼間から動き回って余計な緊張をしたせいで、身体はクタクタなのは確かだ。仕方なく再び布団を借りて横になる。まるで不安定な野宿だけど、ハルがいるというだけで昨日よりは少し安心感がある気がする。


「じゃあ俺は少し見回りに出る。何かあったらすぐ声を上げろ。出入口をこじ開けられたら終わりだが、多少は抵抗できるはずだからな」


 ハルはパイプを肩にかけて、ふらっと出ていく。私は心配になって「大丈夫ですか?」と尋ねるが、「慣れてる」と一言返されるだけ。なんだか頼もしいのか不安なのか、よくわからない。でも私一人よりは絶対に安心だ。


 やがて拠点は私だけになり、弱々しいランタンの光と、外から吹き込む風の音だけが響く空間になった。昨晩も似たような状況だったけど、今度はあの妙な“人影”や“モンスター”が入ってきたらどうしようと想像すると、本当に怖い。でも、ハルはこの数日これで生きてきたんだ。私も耐えるしかない。


 抱えるようにしてバールを身近に置き、仰向けで天井を見つめる。細い亀裂から夕闇が滲むみたいに見えるのが、すごく不気味。静寂が続けば続くほど、不安は増す。ああ、家族に連絡したい。友だちにLINEしたい。いつもなら当たり前だったことが何もできない。状況は絶望的に思えるけど、ほんの少しだけ希望があるとすれば、ハルが言う通り“生き延びる”しかないってこと。生きてさえいれば、いつかこの世界を抜け出す方法に行き着く可能性がある。


(そうだ、日記を書こう。何かしていないと不安で潰れそう……)


 布団の上で体を起こし、さっきのメモ帳を取り出す。ランタンの明かりを頼りにペンを走らせる。今日あったことを詳しく書き込んでいく。モンスターとの戦闘、自分の恐怖心、ハルのこと、スーパーの廃墟などなど。字は汚いし手は震えるけど、書き始めると意外と止まらない。


「はぁ……」


 最後にため息が漏れた。ページに今日の小さな感想を綴る──“まだ諦めたくない。絶対にここで終わりなんて嫌だ。私が大好きなファンシーな世界は、こんな廃墟じゃないはず。必ず元の可愛いゲーム世界を取り戻したい。それにはどうすればいいのだろう?”


 ペンを置いたときには、指先が少し痺れてる。意外と力んで書いてたのかもしれない。外からかすかに足音が近づいてきた気がして、はっとなる。でも、その足音はすぐドア(というか板)を押し開けて戻ってきたハルのものだった。大きなトラブルはなかったらしい。神経を尖らせながらこちらを確認して、「大丈夫そうだな」と一言。私は「おかえりなさい……」とほっとした声を返す。


「ほら、もう休め。あんまり夜更かししてると明日動けなくなるぞ」


 そう言われて、私はメモ帳を大事に抱えながら布団に潜り込んだ。ハルも「俺は少し作業するから、何かあればすぐ呼べ」と言って、部屋の片隅でまたカチャカチャと工具をいじり始める。なんて頼もしいのか、でも無理しすぎないといいな、と謎の気遣いが沸いてきて、自分でも不思議だった。


 まぶたを閉じると、今日あった色々なこと──モンスター、探検、拾ったメモ帳、ハルの働きぶり──が頭をぐるぐる回り出す。でも、疲労は正直で、そう長く考える余裕もなく意識が溶け落ちていく。ここは怖い世界だけど、せめて夢の中くらい、あの可愛いファンシーな町の光景を見せてくれないかな……なんて思いつつ、私はまどろみへと沈んだ。


 ──こうして、私の廃墟での二日目たぶんは幕を下ろす。明日こそ、もう少し状況を把握できたらいいな。もっとハルと相談して、他にも生き延びてる人がいないか探せたらいいな。あのうさぎっぽい謎の動物も気になるし、ログアウト方法だって絶対あるはずだから。ほんの少しの不安と、ほんの少しの期待を抱えながら、私は闇の中で薄れていく意識に身を委ねた──。


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