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ファンシー×ポップ×アポカリプス  作者: ひなた友紀
第1章:夢のβテストへ
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【エピソード3:システムエラーの予兆】

 私は息を詰めたまま、目の前の人──年上の男の人とおぼしきその人──が何を口にするかを待っていた。向こうはこっちをじっと見つめてくる。薄暗い廃墟の通り、灰色の瓦礫の山々に囲まれた中で、その人の姿だけが妙にくっきりと焼きついて感じられる。ほとんど逆光に近い光のせいで、表情まではよく見えないんだけど……やがて、少しだけ肩を落とすような仕草をして、男の人はゆっくりと口を開いた。


「……なるほど、ログアウトできずにここに飛ばされた、ってわけか。」


 低い声。どこか冷静だけど、私のことを突き放す感じはない。とりあえず敵意はなさそうで、ちょっと安心。私は思わずほっと息を吐いた。そしたら話しやすくなったのか、言葉が止まらなくなる。


「はい。あの……私、さっき始めたばかりで、いきなり変な画面になっちゃって、そのままこの廃墟に放り込まれちゃったんです。メニューも出せなくて、ログインした直後からずっとこんな状態で……」


 説明しながら、私の声は少し震えてたと思う。状況が状況だから仕方ないよね。男の人は腕を組むようにして聞いていたけど、途中で小さく頷くと、口を開く。


「俺も似たようなもんだ。正式サービス前のテストって聞いてたのに、気づけばこんな有様でさ。すでに何日か経ってる。おまえと同じように、ログアウトはできない。運営にも繋がらない。こういう場所で、一人で生き延びるしかなかった。」


「え……もう何日か、ここにいるってことですか? 本当ですか?」


 思わず目を見開いてしまう。私がこの世界に来てから、まだ数時間も経ってない(はず)なのに。ということは、この人は先行テスターとか、あるいは別ルートで早めに接続してたのかな。いずれにしろ、相当なサバイバル経験を積んでるみたいで、私よりはるかに頼りになりそうだ。……でも、こんな場所で何日も? 飲み物とかごはんとか、どうやって?


 訊こうか迷っていると、男の人──どうやら“ハル”と名乗った──が、自分のジャケットの内ポケットを探るような仕草をした。あ、やばい、武器とか出されたらどうしようと思って一瞬ビクッとしたけど、出てきたのは白いタオルみたいな布切れ。それを適当に広げながら、ハルは少しだけ苦笑する。


「おまえ、陽菜だっけ? そんな怯えた顔してると余計に疲れるぞ。……見りゃわかるが、もうヘトヘトだろう?」


「え、あ、はい、正直……もう足ががくがくで……」


 認めた途端、ふくらはぎや太ももがドッと重く感じられた。そりゃそうだよね、廃墟を何時間も歩き回ったんだから。ヒールとかじゃなくてスニーカーだったのが唯一の救いだけど、それでも運動不足の中学生にはハードすぎる。


「なら、とりあえず安全そうな場所で休もう。道端で突っ立ってるのは、モンスターに襲われても逃げようがないからな。ここはもう無駄にウロウロするにはリスクが大きい。俺の仮拠点が近くにあるから、そっち行くか。」


「か、仮拠点、ですか?」


 私が目をぱちぱちさせると、ハルは「一応な」と短く返事。なんだかゲーム用語っぽいけど、そういうことでもしないとやってられないんだろう。半信半疑ながらも、彼がこうして生き延びているってことは、本当に拠点らしきものを作ったんじゃないかと思う。私には見当もつかないけど、もし宿る場所があるならありがたい話だ。


「俺はハル。年はおまえより少し上ってとこだ。テスター歴もそんなに長くはないが、とにかく生き延びるためにやるべきことをやってる。……おまえも一人じゃどうにもならないだろう。」


「はい、もう限界っていうか……正直、手がかり一つ見つけられなくて、ずっと不安で……」


 自分の声がかすれそうになる。緊張が解けたせいか、一気に涙が出そうなくらい疲労感が込み上げてきた。だけど、こんなところで泣いたら完全に面倒くさい子扱いされそうだから堪える。ハルは私のそんな様子をチラッと見て、少しだけ眉根を寄せる。


「ま、もう少し詳しい話は拠点に戻ってからな。ここで長居すると危ない。」


 そう言うと、ハルはすぐ方向転換して歩き出す。私は慌てて「は、はいっ!」と返事して後を追いかけた。妙にそっけないけど、別に意地悪とかじゃないんだろう。多分この世界の厳しさを実感してるからこそ、効率的に行動しないと命の危険があるってことなんだ。……何度も言うけど、ここ、VRゲームだよね? “命の危険”って普通はないはずなんだけど、痛覚や疲労がこんなにリアルにある以上、何があってもおかしくない気がする。


 ハルは地形をよく把握してるみたいで、崩れた建物の隙間や傾いた電柱を器用にかわしながら進んでいく。私も必死についていくけど、足をとられそうになって何度か転びかけた。そのたびにハルが手を貸してくれるでもなく、ちょっと振り返って「大丈夫か」と声をかけるだけ。ぶっきらぼうだけど、見捨てられるよりは全然マシだ。声をかけてくれるだけで安心する自分がちょっと情けない。


 それでも十数分ほど歩き続けたら、壊れかけのビルが連なる一角にたどり着いた。周囲は狭い路地ばかりで、瓦礫が積まれて一見通れないように見えるんだけど、ハルは慣れた様子でその隙間にすっと入り込み、ブロック塀を押しやるような仕草をした。すると、中から抜け道みたいなのが現れる。え、こんな隠し通路があるの? 私が驚きながらついていくと、薄暗い廃墟の狭い通路を抜けた先に、比較的屋根がしっかり残ってる建物があった。元はどんな店だったのか、看板は判読不能で、ドアも枠から外れかかってるけど、壁と屋根だけは意外と崩れずに保っている。


「ここ。仮拠点っていってもあんまり大したものはないが、雨風は凌げるし、夜にモンスターが来ても通路が狭いぶん防御しやすい。周囲の瓦礫もいい具合にバリケードになるからな。」


 ハルが先に入って、中の様子を手招きしながら示す。確かに床はボコボコしてるけど、転がってる瓦礫を多少どけてスペースを作ったんだろう、中央にわりと広めの空間がある。そこに適当に箱とか板とかが並べられていて、何かのテーブルっぽく使われているみたい。さらに部屋の奥には、毛布みたいなものが敷かれた簡易ベッドがあった。まるで現実のキャンプ用寝袋を広げているような感じで、こじんまりだけど確かに“生活”の形跡がある。


「すごい……ここで過ごしてるんですか?」


 思わず感嘆の声が漏れる。こんな環境で何日も生き延びてるなんて、本当にサバイバル能力が高いんだろうな。食料とかどうしてるんだろう。尋ねる前に、ハルは向こうの壁際に寄って何やらごそごそ探し始めた。


「とりあえず座れ。足痛いだろ。……ああ、そこにプラスチックのケースをひっくり返してあるから、それを椅子代わりにしてくれ。」


「あ、ありがとうございます……」


 私はおとなしく言われたとおりにケースの上に腰を下ろした。思ったより頑丈で助かる。ようやく落ち着いて肩の力を抜くと、全身がだるいことに気づいてひそかに苦笑した。こんな状態で、よく何時間も歩いたなあ。


 その間にハルは壁際からペットボトルらしきものを取り出してきた。中身は透明の液体。水……だよね? こんな廃墟でどうやって確保したの? 疑問が尽きないけど、ハルは黙って私に差し出すと、また別のボトルも取り出して蓋を開け、自分も飲み始める。もしかして貴重な水分なのに、私のために割いてくれるのかな。申し訳ないと思いつつも、正直喉がカラカラだったので遠慮なく有難くいただくことにした。


「ふぅ……」


 一口飲むと、思わずほっとする。若干鉄っぽい味というか、清潔感に欠ける気もするけど、背に腹は代えられない。むしろ冷たいわけでもないのに、なんだか生き返ったように美味しく感じる。それだけ追い込まれてたんだなと改めて思い知らされる。


「……ありがとう。ほんと助かります。」


 私は素直にお礼を言った。ハルは「別に」とつぶやくと、壁に寄りかかって座り込み、こっちをちらりと見る。


「聞きたいことはたくさんあるだろうけど、おまえのほうこそ説明しろ。さっき『始めたばかり』って言ってたよな? ログインした直後からこうなのか?」


「そうなんです。最初はちゃんと“可愛い世界”が見えるチュートリアル画面があったのに、いきなりバグみたいなエラーが出て、視界が暗転して……気づいたらこの廃墟でした。メインメニューも出せなくて、ログアウトも不可能で……」


 そう言いながら、私は気をつけてヘッドセットの辺りを触ってみる。現実で頭にかぶってるはずなんだけど、この世界では触っても何もないように感じるし、ホログラム画面も出てこない。なんだろう、この異常事態。


「なるほど。俺も同じだよ。かれこれ三日くらいになるが、いまだに出口は見つからない。ここが本当にVRの世界なのか、それすらわからなくなる。痛覚もあるし、空腹もある。まるで現実みたいだ。」


「えっ、三日……そっか、それは大変でしたね。」


 私は思わず絶句した。三日も廃墟でサバイバルって、想像を絶する。しかもその間に敵モンスターとか出なかったのかな。ハルの様子を見てると、あちこち服が擦り切れて汚れてるし、軽い怪我の跡もある。彼が私より数段頼りになることはわかるけど、それでもしんどいに決まってる。


「モンスターは……いるんですか?」


「いる。俺も最初はゾッとしたけど、いわゆる可愛らしい動物キャラが変異して凶暴化したみたいなのがそこらじゅうに徘徊してる。下手に近づくと攻撃されるぞ。ああいうのを倒せば、何かアイテムが手に入るかっていったら、今のところそんな恩恵はない。むしろ危ないだけだ。」


「……信じたくないけど、本当にホラーな世界なんだ……」


 私の声が少し震える。もうやだ、かわいいゲームだったはずなのに、どうしてこんなことに。思わず下を向いてしまうと、ハルが少し苦い顔でつぶやく。


「たぶん、この世界そのものがぶっ壊れてるんだろう。サービス開始前に何かトラブルがあって、俺たちはその中に取り込まれちまった。その推測はしてるが、確証はない。」


「……じゃあ、どうすればいいんでしょう?」


 ハルは私の問いに即答せず、上を向いてしばし沈黙する。どうも言葉を選んでるらしい。やがて小さく息を吐いて、口を開いた。


「わからない。だからこそ、現状でやるべきは“一日でも長く生き延びる”ってことだ。水や食料を調達しながら、可能性のありそうな場所を探す。俺はそうしてる。おまえだって、死にたくはないだろ。」


「死、死にたくないですよ。ゲームなのに死ぬなんて……でも、もし本当に痛みがあって……」


 言いかけて黙る。ゲームの中で“死”んだらどうなる? 普通ならリスポーンとか復活とかが当たり前だけど、そんなシステムが機能してるとは思えない。下手すると本当に自分ごと終わりになりかねないって、頭でそう理解してしまうと鳥肌が立った。VRの中ってわりきれないほど生々しいこの感触が、恐怖を煽る。


「まあ、しばらくは俺の拠点にいてもいい。おまえ一人じゃ危険すぎるし、助け合いができれば俺も少しは楽になるだろうからな。……ただし、口だけじゃなくて行動してくれよ。採取とか荷物運びとか、分担しないとやってられない。」


「あ、はい、もちろんお手伝いします! 私だって、ただ守ってもらうだけじゃ申し訳ないです。」


 勢いよく頷いた。実際そうでもしなきゃ生きていけないんだろうけど、何もしないよりはよっぽどいい。少なくとも私はここで、ようやく一人じゃない環境を手に入れたんだ。心底ほっとする気持ちと、サバイバル生活への怖さが入り交じって、不思議な感覚になる。


 「じゃあ……まずはゆっくり休め。体が持たないだろう。夜までには一度外へ見回りに出るが、それまで眠れるなら眠っておけ。消耗を回復しないと、いざというとき動けなくなる。」


 ハルはそう言いながら部屋の端を指す。そこには床に敷いた布団みたいなスペースがある。見るからに薄汚れてるけど、ないよりはずっとマシだ。正直、私の全身はだるくて眠気もあるし、今すぐにでも寝ころびたいくらい。──いやでも、初対面の人がいる前で寝てしまうのはどうなんだろう。私が戸惑ってると、ハルは「心配ならそこでちょっと横になるだけでもいい」と呆れたように言ってくる。……うん、確かにそうだよね。ここまでボロボロで弱ってるんだから、多少の恥ずかしさより休息が先決か。


「すみません。じゃあ、少しだけ横にならせてもらいます……ありがとう、本当に。」


 頭を下げてから、布団のところに近づく。足元にはいくつか小物やら仕掛けらしきものが置いてあって、罠でも作ってるのかな。ハルはいろいろ工夫しながら、この場所を守ってるんだろう。それを思うと、私が加わることで逆に足を引っ張らないようにしなきゃなあ、って緊張が走る。でも今は考えてもしょうがない。とりあえず休もう。


 遠慮がちに布団の上へ座り込み、上着だけ脱いで横になる。床の硬さがちょっと伝わるけど、さっきまで外を歩き回ってたぶん比べ物にならないくらいマシだ。身体を伸ばすと、思わずホッと息が漏れた。


「……ふぅ……」


 ハルはもう何も言わず、壁際で作業を始めてるらしい。水やら道具やらの整理か、あるいは私が寝てる間に見張りでもしてくれるのかもしれない。なんてありがたいのだろう。けど、油断して寝てる間に襲われたらどうしよう、なんて不安もないわけじゃない。……でも、この目の前の状況を見る限り、彼が私を害するメリットなんてないだろう。むしろ仲間が増えたほうが彼も助かるに違いない。そう勝手に信じるしかない。


 ──目を閉じると、まぶたの裏にさっきの廃墟の風景がよみがえる。瓦礫だらけの道、粉塵にまみれた部屋、壊れて捨てられていたぬいぐるみの耳。絶望ばかりの世界。でも、こうして誰かと出会えた以上、きっと何かできるはずだ。ログアウトも、何とかなるかもしれない。現実に戻れたら、友達にこの話をしたい。『マジで大変だったんだよ!』なんて笑い話にしてやりたい。そのためには頑張らないとね……。


 そんなふうに、思考がぐるぐる渦巻きながら、疲れた体はどんどん重く沈んでいった。心細さを抱えつつも、でもほんの少しだけ、もう独りじゃないっていう安堵が勝ったのかもしれない。気づくとすとん、と意識が落ちて、私は廃墟の仮拠点で初めての“睡眠”を迎えた──。


 ……これが、どれくらい続くのかは、まだ誰にもわからない。けれど、少なくとも私は今、深い暗闇に沈みながらも、一縷の希望を感じていた。いずれきっと、この世界の謎を解き明かして、みんなで笑いながら「ファンシー×ポップ」を楽しめる日が来るんじゃないか──そんな淡い夢を抱きつつ、意識を手放すのだった。


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