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ファンシー×ポップ×アポカリプス  作者: ひなた友紀
第1章:夢のβテストへ
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【エピソード2:テスター合格と新しい世界への期待】

 あれから、どれくらい歩いたんだろう。足元の瓦礫がごろごろしていて、道って呼べる道も見つからないまま、私はひたすら廃墟の町をさまよってた。建物はどれも崩れかけで、風が吹くときしむような音を立てる。さっき見たあのうさぎっぽい生き物の姿はまるで影も形もなくなってて、もしかして私の見間違いだったのかなーとか、そんな不安ばかりが頭をぐるぐるする。


 でも、人だろうと動物だろうと、何かしら動くものがいるなら、この世界が完全に終わってるわけじゃない、っていうか、私みたいにログインしちゃった誰かが他にもいるんじゃないかって期待をしてしまう。……正直、独りきりは心細すぎる。そんなこと言っても、現状では仕方ないんだけど。


 ああ、私、何でこんなとこにいるんだっけ? ファンシーでポップなゲーム世界に浸りたかっただけなのに。現実逃避気味に、頭を抱えてしまいそうになるけど、とりあえず何か役に立ちそうなものを探そうって思い立って、建物の中をいくつか覗いてみた。


 ──一つ目の建物は、どうやらお菓子屋さんの跡地だったらしい。お店の看板が床に落ちていて、「○○スイーツ」とか書いてあるのが辛うじて読める。カラフルなキャンディのイラストが半分剥がれていて、なんとも痛ましい感じ。扉は壊れてて、外れかけの蝶番がぎしぎし鳴った。中は意外に暗くて、窓ガラスが割れてる隙間から薄暗い光が入ってくるだけ。埃や粉砂糖みたいに舞ってる得体の知れない浮遊物に、思わず息を止めてしまう。


 店内を何とかうろうろしたけど、もちろん売り物のお菓子が残ってるはずもないし、棚はひしゃげて倒れてるし、カウンターの奥にはレジがあったけど電源すらない。奥の厨房らしきスペースを覗いたら、そこも調理器具が散乱してるだけ。ふつうのゲームならアイテムゲットイベントくらいあってもいいと思うけど、現実さながらの廃墟だし、私の運のなさかもしれない。


 それにしても、誰かここにいた形跡とか、そういうのはないのかな。床に足跡らしきものがあれば少しは希望を持てるのに、埃が厚く積もっててよくわかんない。触るとじわっと湿ってるし、どう考えても長いこと放置されてる感じ。もしかして、サービス終了後の世界とか、そんなSFみたいなオチが待ってるの? 私は勝手に想像を広げて、ひとりで怖がる羽目になった。


 結局、お店から出ても、次に覗いた建物も似たようなもので、「ここ、たぶんファンシー雑貨のショップだったんだろうな」ってわかる雰囲気はあるものの、崩れた棚や破れたポスターが落ちてるだけ。ぬいぐるみの耳らしきものが転がってるのを見つけたとき、ちょっとドキッとした。だって、それが血みどろとかじゃないにしても、半分焦げたように真っ黒になってて、「これ、本来はどんだけ可愛かったんだろう……」って胸が締めつけられた。


 私はぬいぐるみを拾い上げてみたけど、毛並みがボロボロで、耳が途中でちぎれてる。元の形状すらわかんないくらい、傷んでた。……ねぇ、何があったの? この世界、本当は可愛い雑貨やスイーツでいっぱいのはずじゃん。どうしてこんなに無残なの?


 問いかけても、当然ながらぬいぐるみは答えない。しばらくしてそっと床に戻した。連れて歩く勇気はないし、正直ちょっと不気味だったから。代わりに心の中で「ごめんね」って謝りながら。まるで何かの魂みたいに思えて、変な気分になったんだ。


 店を後にして、私は大通りらしき広い道を探す。どこかに幹線通りがあれば、何か手がかりがあるかもしれない。さすがにこんな路地裏をずっとふらついてるわけにはいかないからね。でも、思うように進めない。建物が大きく倒れて道路を塞いでたり、穴が開いてたり、通れる道を見つけるのが難しすぎる。結局、しょっちゅう行き止まりにぶつかっては引き返すことの繰り返しで、私が今どのへんを歩いてるかもよくわからなくなってきた。マップ表示とかは出せないのかな。……出せないんだ。あー、困る。VRゲームの便利機能、ほとんど機能してないってどういうこと?


「でも、これってまだゲームなんだよね?」


 自分に言い聞かせるように、わざわざ口に出して確認しちゃう。痛覚も振動もリアルすぎて、今この瞬間が仮想空間だなんて信じられないし、現実との違いがわからなくなるくらい。同時に、もしこれが“現実”だったらどうしようって悪夢みたいな想像も浮かんできて、一人で勝手に怖がってる。……落ち着け、落ち着け。そんなダークなこと考えてたら、ますますどうしようもなくなるだけだ。


 そうやって半ば無理やり自分を宥めていたら、いつの間にか少し広い通りに出てた。地面にはひび割れだらけだけど、見渡すかぎり、道幅はそこそこ大きい。でっかいパステルカラーの看板が斜めに倒れて、支柱が折れてぶらぶらしてる。なんて書いてあるのかなって近づくと、こう書いてあった。「♪ようこそ ハッピーアベニューへ♪」


「ハッピーアベニュー、ねぇ……」


 めっちゃ皮肉な名前。こんな崩壊した場所で“ハッピー”なんて言われても、嘘でしょって思わずにいられない。だけど逆に考えれば、ここはかつて“ハッピー”だったのかもしれない。それも、とびきりファンシーでポップな幸せに満ちた通りだったはず。でも今は、この惨状。私は看板を見上げてため息をついた。


 道の先には、背の高いビルが一本、辛うじて立ってるのが見える。全部の窓ガラスが割れてて、廃墟感丸出しだけど、背が高いってだけで目立つから「ひょっとしたらあそこから周囲を見下ろせるんじゃ?」と思い、ダメ元で近づいてみることにした。


 ビルの玄関は半壊状態。自動ドアらしいものが歪んだまま止まっていて、隙間から中に入れそうだ。中は暗くて埃っぽいけど、ちゃんと階段がある。エレベーターは当然使えなさそう。階段を登ったら上の階から外を見下ろせるかもしれない。……怖いけど、他に手段がないので意を決して足をかける。コンクリートが不安定に見えるし、いつ崩落してもおかしくない気がするけど、しょうがない。念のため壁に手をつきながら、ゆっくり、ゆっくり上がった。


 階段を一段一段踏むたびに、コツン、コツン、と響く音がどこか寂しくて、私の心臓まで響くみたい。しかも、途中で天井の一部が崩れ落ちてる箇所があったりして、「これ、いつ落ちてもおかしくないよね?」って冷や汗をかく。だけど、意外にも一番上らしい10階まで辿り着くことができた。そこは屋上へ続く扉があるらしいけど、扉そのものが半分外れかけてる。慎重に押し開けると、ひゅうっと風が入ってきて、埃が舞った。思わず目を細めながら外に出る。


 屋上──といっても、ここも相当荒れている。鉄柵がぐにゃりと曲がって、床のアスファルトに無数のひび割れ。見下ろすと、町全体が本当に灰色に覆われてるみたいに見える。建物がほとんど倒壊しているのが、上からでもはっきりわかる。あちこちに大きな瓦礫の山があって、ちゃんとした形を保ってる建物なんて数えるほどしかない。そりゃあ人影も見えないわけだ、と納得しかけたけど、その瞬間にズキリと心が痛んだ。こんなの、ファンシーでもポップでもないじゃないか。


「……見事に廃墟、だね」


 呟いた声が、乾いた風にさらわれていく。屋上の柵まで慎重に近づいて、身を乗り出さないように景色を確認した。──ちょっとだけ遠くの方、街の中心部っぽいところに、やけに背の高い塔らしきものが見える。もしかして、あれはお城? 元々このゲーム世界には「お姫様のお城」があるって公式ページに書いてあったし、たぶんそれだと思う。屋根っぽいとこがかろうじて見えて、色はくすんでるけど、形状が尖塔みたいになってるのがわかる。……あそこへ行けば、何かあるかもしれない、なんて、期待を抱くと同時に不安が増す。


 だって、この状態でお城が無事だなんて保証もないけど、もし無事なら誰か残ってるかもしれない。あるいは運営の偉い人がいるかもしれないし、ログアウト方法もあるかも。──自分で考えておいて、勝手に期待して勝手に落ち込むっていういつもの悪い癖が頭をもたげてきた。ま、落ち込むのは後回し。確かめに行かないと何もわからないでしょ、と自分で自分を叱ってみる。


 そう決めたのに、身体は正直で、足がすくむ。どうやってあんな遠くまで行くの? しかも街の中心部なんて瓦礫がもっと多そう。ちょっとやそっとじゃ進めないんじゃ? このビルの階段だってかなり怖かったのに……。いやいや、泣き言は言ってられないよね。ずっとここで立ち尽くしてたって、状況は変わらない。お腹だって空くし、どこかで食料を探さないとヤバいし──あ、そうだ、今の私ってゲーム内のアバターなんだっけ? それとも自分自身の身体がここにいるの? 本当にわかんないんだけど、リアルに空腹感じるのかな、こういうの。実際、どこかでお腹が鳴りそうな気配。うう、最悪だ。


 途方に暮れて柵に寄りかかっていると、またしても「かさ…」っていう雑音めいた音が聞こえた。何だろう、風の音だけじゃない。振り向くと、屋上の片隅の給水タンクがぐらついてる。そこから誰かが覗いてるような? え? 慌ててそっちを見やると、サッと影が動いた。


「あ、ちょっと待って、逃げないで!」


 またしても、私は声を上げる。けど当然、返事はない。今度こそ見間違いじゃなく、確かに何かいた。あの路地裏でも感じたような、動物っぽい動き。うさぎ? あるいは猫? 何にしても、あっという間に姿を隠しちゃった。屋上のあちこちに金属パイプやら壊れたゴミ箱やらが散らばってて、隙間だらけ。そこに潜り込まれたら追いかけようがないよ。


 でも、もしこれがただの野良動物(ゲーム内の?)じゃなくて、私みたいに囚われたプレイヤーだったら?……まさかそんな変な姿で囚われるってことはないよね? でもわからない。ファンシー動物のアバターを選ぶ人だっているかもしれないし。ううん、考えすぎ?


 とにかく、さっき路地裏でもそれらしき影を見たし、どうやら“何か”が確実に存在してる。ちょっと怖いけど、放っておくのも気になる。世界の謎を解く手がかりになるかもしれないし。──うん、と自分を奮い立たせ、私は重い足をひきずりながら給水タンクの方向へ近づく。タンクの足元は金属フレームが曲がって、危なっかしい。トタンみたいな破片が散らばってて、ガタン、と足をかけると揺れそうだから慎重に。視界に埃が舞って、むせそうになるのをこらえる。


「えっと、もしそこに誰かいるなら、私は敵じゃないですから……!」


 声が震える。そもそも自分でなんでこんなこと言ってるんだろう。でも、意思表示しないと襲われたり逃げられたりする可能性があるし、そこはもう脊髄反射みたいに口走っちゃった。……返事はない。けど、トタンの奥の方に、微妙に動く物影が見えた気がする。


 こわごわ、トタンをそっと持ち上げる。……何もいない。いや、ほんの一瞬、何かがヒュッと奥に逃げ込んだみたいだったんだけど、そこに穴が空いていて、たぶんビルの階下に通じる割れ目か何かにするりと消えていったんだろう。追いかけるにはあまりに狭くて、私じゃ通れない。思わず肩を落としちゃった。


 「またダメかぁ。どうして逃げるの。私がそんなに怖い?」


 謎の生き物に問いかけてもしょうがないのに、口に出さずにいられなかった。誰とも話せないって、こんなにも心細いんだなぁと痛感する。屋上には私以外、動くものはいなくなった。風が強くなってきて、髪がばさばさと顔を叩く。


 ふと、吹きさらしの空を見上げたら、雲の流れが早い。あれ、さっきまでこんなに曇ってたっけ? なんとなく、空気が冷たく感じてきた。時間の概念がわからないから、ひょっとしたらもう夕方に近いのかもしれない。太陽は雲に隠れてまるで見えないし、このまま暗くなったらどうするの? 夜の廃墟とか、考えただけで泣きそうなんだけど。


 さすがにこのビルの屋上で夜を迎えるのは嫌すぎるので、もう一度下に降りることにする。階段を戻るのもまた怖いけど、仕方ない。崩れかけの段差を踏みしめながら、息を詰めて慎重に足を運ぶ。途中で少しだけ足を滑らせそうになって、心臓が止まりかけたけど、何とか無事に1階へ戻ってきた。


 ビルの入口近くで、なにやら張り紙のようなものが落ちてるのに気づいた。半分泥と埃にまみれてるそれを拾いあげてみると、「ファンシー×ポップ オープニングセレモニー開催!」って書いてある。「日時:〇月×日 10:00~ 場所:○○ホール」みたいな文言がところどころかすれて読めないけど、要はゲームが正式サービス開始するときに予定されてたイベントかな? にぎやかなイラストも描かれてるんだけど、色褪せて剥がれかけてる。もしこれがゲーム上のイベント告知だったら、どうしてこんなにボロボロになってるんだろう。βテストを始めたばっかりのはずなのに……。


 ますます謎が深まるけど、とりあえずポスターを持ってても役には立たなそうだから、そのへんにそっと戻した。やっぱり、早く人を見つけるしかない。ログアウト方法を聞きたいし、この世界の状態がどうなってるのかも知りたいし、とにかく一人じゃ無理がありすぎる。


 さて、次はどうするか。やっぱり中心部のお城を目指すのが良さそう、と思ったけど、距離感がいまいちわからない。歩いて行けるのかな。廃墟だらけでどれだけ遠回りするかわかんないし、その前に日が暮れちゃうかもしれない。それに、もし途中でモンスターみたいなのが出たらどうするの? 普通のゲームならチュートリアルで戦闘の仕方を教わるとか、最初に武器がもらえるとかあるじゃん。それがここには何もないんだから、私、一撃でやられちゃう可能性あるよね……。


 考えれば考えるほど怖くて、しゃがみこんで頭を抱えたくなる。けど、こういうときほど動かないとダメってわかってる。しばらくは外が明るいのを信じて、なるべく大きな道を選んで進んでみよう。そう心に決めて、ビルの玄関を出た。落ちてた瓦礫を踏まないように注意しつつ、広い通りらしき方向を目指す。


 歩き始めてしばらくすると、傾いた街灯の下に、古びた自販機っぽいオブジェが見えてきた。カラフルにペイントされてて、まるでおもちゃみたいだけど、よく見ると「ドリンクボックス」と英語のようなロゴが書かれてる。試しに触ってみたけど、もちろん通電してないから動くわけもない。そもそも中身があるのかすら怪しい。わずかに扉が歪んでいて、意を決して開けてみると、空っぽのスペースに錆びた缶が一つ、ころんっと転がっていた。まったく何の役にも立たない。


「ほんと、がっかり……」


 小声で毒づいてしまう。でも、私の運が悪いだけかもしれないし、まだ諦めるのは早い。……と自分に言い聞かせつつ、歩く。歩く。さっき一瞬感じた空腹がじわじわ広がって、足取りが鈍くなる。ゲームだってわかっていても、お腹は空くんだ、これが。ああ、現実世界に戻って、おやつでも食べながら友だちに愚痴りたいよ。「聞いてよー、バグで廃墟世界飛ばされたんだけど!」なんて言っても笑われるかもしれないけど、それでも誰かと一緒にいられるなら絶対マシ。


 と、そんなふうにふてくされかけたところで、少し先の曲がり角で、何かが視界に飛び込んできた。ちょっと背の高い──いや、人影? よく見ると、誰かが立ってる! 間違いない、私以外の“ヒト”っぽいシルエット!


「…………っ!」


 息が止まる。嬉しさと驚きが一気にこみ上げて、私は思わず口を開くけど、声が出ない。なんて言ったらいいんだろう。「ねえ、そっちの人!」って大声で呼びかけるべきか、こっそり近づくべきか、数秒間迷う。それくらい衝撃的だった。だって今まで、動くものといえばあのうさぎみたいなのしか見てなくて、人間と会うなんて初めてだもの。


 意を決して声を出そうとしたら、向こうが先に気づいたみたいで、こちらに顔を向ける。距離がちょっとあるから顔ははっきり見えないけど、背丈や体格からしてもたぶん大人か高校生以上かな、って雰囲気。灰色の建物の隙間から夕方の光みたいなのが差してるせいで逆光になってる。けど確かにヒトだ。はぁ、よかった、やっぱり私以外にも誰かいたんだ!


 私は駆け寄ろうと、足を大きく動かした。崩れた路面に気をつけながら、でも興奮して走りかけた途端、向こうも何か警戒してか、すぐに動き始める。そっと腰のあたりに手を伸ばしてる感じ? ……え、まさか武器? あわわ、まずい、迂闊に走ったら危険かもしれない。ブレーキをかけて歩きに変えて、両手を上げるようにしてアピールした。


「待って、私は、あの、敵じゃありません! 助けてほしいだけで……!」


 声が上ずる。泣き出しそうなのを必死でこらえながら、一生懸命言葉を続けようとした。そしたら相手が一拍遅れてから、「……誰だ?」と低い声を出した。男性っぽい。その質問にどう答えるか一瞬迷って、まあ普通に名乗るしかないよねと決める。


「あ、私、陽菜っていいます。あの、ログインしてたらこんなとこに飛ばされちゃって……ログアウトできなくて困ってるんです。あなたも、テスターさんですか?」


 すると、相手は少し黙った後、「……まあ、そんなところだ」と小さく返事した。声の響きからして若そうだけど私よりは年上かな。確信は持てないけど、高校生か大学生か。その人は警戒を解かないようで、まだ腰のあたりに手を置いたままだけど、こっちに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。逆光だった顔が、少しずつ見えてくる。ショートヘアっぽくて、着てる服は黒っぽいジャケット。まるでサバイバルゲームの兵士みたいにも見えるけど、こんなの最初から用意されたアバターなの? 謎は深まるばかり。


 ともかく、人だ、人がいた。私の胸はドキドキ。緊張と安堵が混じって、なんか変な汗が出そう。相手がどんな性格かもわからないし、もしかしたら私を襲うような危険人物かもって一瞬不安になったけど、……いや、でもこの状況で人と出会えるなんて、奇跡じゃない? 話せばわかるに違いない、はず。


 そう自分に言い聞かせながら、私は必死で落ち着こうとする。ようやく誰かと会えたんだ。この世界がどうなってるのか、誰もわからない状態のままじゃないかもしれない。希望がほんのわずかに見えた。だから、ちゃんと会話をしなきゃ。


「よかった……ほんとに、人がいるなんて……」


 思わずそう呟くと、相手は少し怪訝そうに眉を寄せた。私はギクッとしながら、でも逃げないぞと心の中で意気込む。ここから何が始まるかわからないけど、今はとにかく、何でもいいから話がしたい。ログアウトできないってことを説明して、一緒に解決策を探してもらえたら最高なんだけど。そもそもこんな廃墟で、どうやって生き延びてるんだろう。その辺の事情も教えてほしいし、私の頭の中は質問の嵐。


 こうしてようやく私は、“謎の男”と出会った。暗い廃墟の中での初めての人との再会(正確には初対面)。胸が高鳴って仕方ないけど、怖さもある。いったい彼は何者なんだろう? そして、私たちはこの世界から抜け出す方法を見つけられるんだろうか。


 私が問いかける前に、先に相手からどんな言葉が返ってくるか──今はそれを待つしかない。すごく長い一瞬が流れる気がした。私はただ息を詰めて、相手の返答を待ち続ける。



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