新年の宴
馬車から降りた僕は思わずため息をついた。だって王宮は本当に見事だったんだよ。
柱は太いしアーチ状の天井は高いし、明かりときたらパートリッジ本邸の十年分の明かりよりも絶対に多いだろうなあって感じだった。
そこを、紳士淑女の皆様が歩いて行く。姉上曰く、まだこれでも人が少ない方なんだって。うわあ……あの人の首飾り、宝石でキラッキラだ。向こうの人が持ってるのは黄金のステッキ。きっとジェフリーと趣味が合うんだろうなあ。
なんて冷静に観察してるけど、普段の僕ならきっとこの状況で気後れしたと思う。じゃあどうして今は平気なのかというと、これから僕が一世一代の勝負に出るから。その緊張に比べたら、今の状況なんてぜーんぜん何てことないんだよ。
さ、僕も大広間へ向かおうかな。みんなについて行けばいいんだよね。……って歩き出した途端、後頭部に衝撃が走った。
「痛ぁ!」
涙目になりながら振り返ると扇を手にした姉上が微笑んで……違う、目が笑ってない……。
「一人でどこへ行くつもりですの?」
声もとっても低かった。
そうだった。僕は姉上にお願いして、同伴として連れてきてもらったんだっけ。エスコートしなきゃいけないのをスポンと忘れてたよ。やっぱり緊張してるのかな。
僕が肘を出すと、姉上がそっと手を添えた。では改めて大広間へ行こう! と思ったけど、これが意外と難しいんだ。ついつい腰が引けてしまって、姉上に睨まれる。
「もっと姿勢を良くして。わたくしのほうへ近寄りなさい」
「む、無理だよ」
「なぜ?」
「近づくと姉上のドレスを踏みそうになるんだ。うっかり破ったらって思うと怖くて……」
姉上は大きなため息を一つ吐いた。
「伯爵家の息子でありながら、エスコートすらできませんのね……」
す、すみません、領地に引きこもりきりの弟で。確かに僕はエスコートより、水汲みのほうが得意です。
とはいいつつも姉上は扇を持つ方の手でそっとドレスのスカートを押さえてくれた。おかげで少し近寄って歩けるようになったから、僕も少し胸を張る余裕ができたよ。
そうしたら、姉上が小さな声で呟いたんだ。
「意外ですわね。お前の姿は悪くありませんわ」
「そう?」
「ええ。背筋がきちんと伸びていますし、なによりヒールを履いたわたくしと同じくらいの背丈になってましてよ」
本当だ! 確か数か月前に会ったときの姉上は僕のことを見おろしてたはず。
そっか。僕、少しは成長したんだ!
これもたくさんの食べ物を差し入れてくれた村人と、あとは美味しい食事を用意してくれたサラのおかげだね。
なんだか不思議だな。少し褒めてもらえただけで、僕はもっと足を大きく踏み出せるようになったんだ。
大広間の前には係の人が待機していて、僕たちのために扉を開けてくれる。
さっきまでだって「昼間みたいに明るい」って思ったけど、ここはさらに明るい。高い天井から下がった巨大なシャンデリアが、「これでもか!」って具合に光を降らせてるせいだね。それを鏡みたいな床が受けて「負けないぞ!」って照らし返してるんだ。壁の紋章もピカピカ眩しくて、たくさんの人が身につける金銀宝石がチカチカ瞬いて、楽団の人たちが持つ楽器もキラッキラに輝いて……どこに顔を向けても、光、光、光でびっくりするよ。
さて、開催まではもう少し間があるんだっけ。それまで僕はもう少し人の少ない場所で待機してるつもりだったんだけど。
「久しぶりね、エレノア!」
「元気だった?」
姉上の知り合いらしい令嬢たちがこちらへ向かってきたから、離れる機会を失ってしまったんだ。
「あなた最近、どこの夜会にも姿を見せないんだもの」
「エレノアに会えなくて残念がってる方はとても多かったのよ! もちろん、私たちも含めてね!」
「さすがに今日は来るわよね、ってみんなで話をしていたところだったのよ」
「そうしたら男性と一緒にいらっしゃるでしょう?」
「ねえ。横の素敵な方は、もしかして……」
素敵な方? って、僕のことだよね。だってみんなで含みのある目で見てるもんね。話の流れからすると、僕は姉上の恋人とか、そんなふうに思われてる? うわあ、どうしよう!
僕はおろおろするばっかりだったけど、
「お久しぶりですわね」
一歩前に出た姉上が軽やかに応じた。
「残念ながら皆様の予想は外れてましてよ。こちらはわたくしの身内ですの」
「お身内……ということは」
「弟ですわね」
「では、パートリッジ家のご嫡男?」
その声が届いたのかな、僕の周囲で歓談していた中の数人が様子を変えた。ギョッとしたような表情になったり、あからさまに顔を背けたりね。……あ、あの人、確かパートリッジの縁戚にあたる人だ。
なるほど、なんとなく理解できたぞ。きっとこの人たちは父上から“援助を求める手紙”を受け取ったことがあるんだ。とすると僕は、父上の意向を受けてお金の無心に来たとでも思われてるのかもしれない。
参ったなあ。またしても勘違いされてるってことか。令嬢たちのほうは姉上が応対してなんとかなったけど、こっちはどうすればいいんだろう。「違いますよ! 僕は僕の用で来たのであって、父上とは何の関係もありません!」……なんて、そんなことは言えないしなあ。
しょうがない。
僕はニッコリ笑って姉上の横に並ぶ。
「初めまして、グレアム・パートリッジと申します!」
声を張り上げて礼をする。令嬢たちはちょっとびっくりした表情だ。周りの人たちも僕に興味を持ったみたいであちこちから視線を感じる。
ううう、本当は注目なんてされたくないよ。だけどみんなの警戒を解くためにはしょうがない。頑張れ僕。とにかく笑顔だ、笑顔!
「いつもは土の匂いが馴染む場所に住んでいますが、王宮の素晴らしい光景を一生の思い出に刻んでみたいと思い立ち、姉に頼み込んで連れてきてもらいました! 華やかな場所には不慣れなので、不調法があったらすみません! どうぞお目こぼしいただければ幸いです!」
僕がなんとか言い切ると、令嬢たちは揃って微笑む。
ど、どうだったのかな。変だったかな? 笑顔だけじゃ分からないや。姉上の顔は見えないし……。
「さすがは“最高の淑女”エレノアの弟君なだけあるわね!」
「ええ、本当に!」
良かった、褒めてもらえてるみたいだ。
「グレアム様、このあとお時間はございます? よろしければ私と一緒にダンスをしていただけませんか?」
「あら、ずるい! 私だってお願いしたいわ!」
「私ともぜひ!」
待って、その展開は予想してなかった!
社交辞令かもしれないけど……でも、僕は皆さんと踊るわけにはいかないんだよ。どう断ろうか。
考えてたら、よく通る声が大広間の端から響いたんだ。
「皆様、ご静粛に。これより新年の宴を開催いたします!」
さぁっと騒めきが引いていく。
人々の視線の先にいるのは立派な服装の男性だ。あの人はこの国の宰相閣下なんだって、あらかじめ姉上が教えてくれてたよ。
彼は大広間からの注目を集めながら手にした書面を開く。
「まずは新たな年に合わせ、社交の場に初めて姿を現されるご令嬢方をご紹介いたしましょう!」
この瞬間に僕の胸の中で鳴った音はきっと、世界で一番大きな音だったと思うな。




