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黄金に輝く髪飾りと花びら

 僕は宿の寝台に座って、暗くなった窓の外をぼんやりと見ていた。


 少し前、ドネロン伯爵邸で役者さんを見送ったあと、僕は立食パーティーの会場に戻った。

 ニコールは僕がいなかったことに気付いていたみたいで、小ホールへ入ったら急いで走ってきたよ。


 不安と安堵がまざった表情でニコールが「どこへ行っていたの」って尋ねるから、僕は「役者さんが通るかと思って、表で待ってた」と答えたんだ。「直接会うのは恥ずかしかったから」とも付け加えてね。

 その理由が女装してるせいだってニコールは判断したみたい。少し複雑な表情になって「そうね……」って言うから、僕はニコールの耳に顔を近づけて囁いたんだ。


「そろそろ帰るよ。今日は誘ってくれてありがとう。とっても楽しかった」


 ニコールは意外そうな表情を見せた。分かるよ、まだパーティーは始まったばかりだもんね。でも、ニコールは深く追求することなく「お送りします」って小声で言う。

 僕は首を横に振った。これは僕の勝手だからね、せっかく役者さんがいるのにつき合わせたら悪いよ。


「一人でも平気だよ。貴族街には警備の人もいるし、怖いことなんてないってニコールもよく知ってるよね?」


 そう言って半ば強引にドネロン伯爵邸を出て、そのまま宿へ戻ってきたんだ。


 戻ってきた女装の僕を見たとき、宿の人は少しばかりぎょっとした様子だった。でも深く詮索されなかったのは、さすがにいろんなお客を相手にしてきた人だなって気がしたよ。

 本当は僕も着替えてすぐ公共浴場へ行って化粧を落としてしまおうと思っていたけど……。


 暗い部屋の中で一つ息を吐き、僕は例の髪飾りをピンクの膝に置いた。


「ロナ・エグディは、エレノア・パートリッジ……」


 改めて考えてみると、思い当たることはある。


 最初に姉上がくれた一覧の中で『約束の花束をあなたに』に関して書いてることが少なかった。

 ゴールデン・ペタルにあった初期の小道具だっていう花束は、『暁の王女』にそっくりだった。


 前にサラが話してくれたっけ、ロナ・エグディの名前が登場したのは三年くらい前だって。

 姉上が王都で暮らし始めたのも三年くらい前だったもんなぁ。


 いつの段階で姉上が戯曲を書き始めたのか、どうして書こうと思い立ったのか、僕には分からない。だけど姉上の戯曲が世に出るきっかけになったのはきっとドネロン伯爵だ。姉上はドネロン伯爵に後見になってもらって、作品を発表するようになった。この髪飾りはきっと、エレノアじゃなくてロナに贈られたものなんだ。


「すごいなあ……」


 姉上も、姉上の才能を見抜いたドネロン伯爵もね。


 膝の上で輝く髪飾りをしばらく眺めていた僕だけど、ようやく立ち上がる。

 とりあえず着替えよう。

 このままだと服がシワになっちゃう。返すときに申し訳ないからね。



***



 結局僕はあんまり寝付けないまま翌朝を迎えることになった。

 昨夜はなんとか自分を叱咤して公共浴場まで行って、ちゃんと化粧も落としたよ。だけど宿に戻って来ても、頭の中は劇のことや姉上のことでいっぱいで、ちっとも眠くならなかったんだ。


 それでもゴールデン・ペタルには行かなきゃね。僕の服を預けてあるし、何よりこの衣装を返さないと延滞料金が取られちゃうんだから。


 僕は派手なピンク色を抱えて朝の空気の中を進む。到着した『まがりかえで通り』には人の姿がほとんどない。劇の上演は昼からだから、人に夢を見せる劇場自身が夢の中にいる時間だね。

 建物たちの前を進んで道を逸れると、目的地の『すぐもみじ通り』だ。ここに貸衣装屋ゴールデン・ペタルもある。

 道の先におしゃれな水色の壁が見えてきたところで、僕は妙なことに気がついた。


 店の近くが妙にキラキラしてる。なんだろうと思ったら、一人の男の人がいたんだ。

 確かにこの通りには朝の光がさしこんでるし、あの人が着てるのは一目で分かるほど上等な服だよ。だけどなんか不自然な感じで、同時にすごく嫌な感じがする。

 ……あれは、もしかして……。


 彼は僕の方を見て、にっこりと笑った。


「やあ。この店のお客さんかい?」


 声に合わせて、ぽろろろ~ん、とハープの音が聞こえる気がする。

 やっぱり! サラの婚約者、ルーク・センシブルだ! なんでこんなところにいるんだよ?

 エレノアの弟だって気付かれたくない僕は小さく頭を下げて通りすぎようとした。でも、ルークは気にせず話しかけてくるんだ。


「キミは衣装を借りに来たのかな?」


 いやいや、空気を察してほしかったなあ。

 とりあえずさっさと受け答えして通り過ぎよう。


「いえ。返しに来たんです」

「ということは既に衣装を借りたんだね。すごいなあ。そうだ、キミは『約束の花束をあなたに』を知ってる?」

「ええ、まあ」


 ここで「ではさようなら」って言ってそのまま店に向かっちゃえば良かったんだけど、ルークが、


「あのムダルっていう主人公は、ボクなんだ」


 なんて言うから、うっかり立ち止まってしまった。


「もちろんモデルがボクっていうわけじゃないよ。ボクは作者に会ったことなんてないし。ただ、さ。ムダルはラジュワーに何度も求婚をするだろう? いろんな演出を考えて、おどけて、驚かせて。あの姿を見てボクは、昔の自分を思い出したんだ。相手に対してふざけて、笑わせて、ごまかしてきた。ボクそっくりだよ」


 ルークが見せたのは、珍しく陰のある笑みだ。


「でも、ボクは、本気の言葉だけは言えなかった。ムダルは最後まで走ったのに、ボクは途中で立ち止まったんだ。……だからボクは、本当の意味ではムダルになれなかった。ラジュワーに手が届かなかったのは、そのせいさ」


 静かに息を吐いて、ルークはゴールデン・ペタルを見上げる。


「この店はボクの知っている方が経営していてね。『一度、来てほしい』って言われてたんだ。……でも、ムダルになれなかったボクにはもう用のない場所になってしまった。そう思ったら、ここで足が止まってしまってね」


 言ってルークは肩をすくめる。

 おどけた様子だったけど、なぜか妙に寂しそうだったから、僕はつい口にした。


「ムダルになれなくても、衣装を着てみるくらい構わないと思いますよ」

「ありがとう。以前のボクならその意見にうなずいたかもしれないな。だけど先日“ある人に”『相手を巻き込むな』って怒られて反省したから、やめておくよ。それが新たな相手への敬意に繋がると思うからね」


 そう言えるルークには、前にモート家の屋敷で見た自分勝手さが消えていたように思えた。


「ごめんよ。キミにとってボクは“いきなり自分語りを始めた変な男”だよね。でも、なぜかちょっと話をしてみたくなってさ」

「それは――」


 僕が答えようとしたときだった。ゴールデン・ペタルの扉が勢いよく「バーン!」と開いて、中から昨日の店員さんがひょこっと顔を出す。僕を見てにっこり笑って……う、なんか嫌な予感がするぞ……。


「失恋したお客さん、いらっしゃーい! 女装はいかがでしたか? 女性の気持ちは分かりましたかー!」


 や、や、やっぱり! どうしてそういう余計なことを言うかなー!

 僕は「では失礼しまーす!」と叫んでルークの横を走り去り、店員さんをぐいぐい押して一緒に店の中へ入ったんだ。

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