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気のせいであってほしかった

 窓辺の花を見つめながら僕が考えていたのは「誰がこの小道具を作ったんだろう?」ということだった。


 『暁の王女』はパートリッジ本邸にだけ咲く花で……いや、もう枯れちゃったから“咲いていた”かな。とにかくパートリッジ本邸にしかなかった花だけど、実はパートリッジ家の人間だけしか知らないかといえばそうじゃない。

 例えば本邸にお客さんが来たとき、代々の当主が『暁の王女』の咲くあたりへ案内した話はたくさん残ってる。切り花を贈り物にした記録もあるよ。だから王都で発行された植物図鑑にも、実は『暁の王女』の絵は載ってるんだ。


 でも、絵だけじゃ大きさや質感は伝わらない。

 なのに窓辺ですらりと立っているこの造花は、『暁の王女』を完全に再現したと言っても過言じゃないほどの形になってるんだ。花を作った人……もしくは作らせた人が、本物の『暁の王女』を知っていたとしか思えないよ


 誰が『暁の王女』を知っていたんだろう……。


「お客さんたら、本当にそのお花が気に入ったんですねえ」


 声を掛けられてハッと振り向くと、メイドによく似た店員さんがうふふふと笑ってる。


「キレイですもんねえ。気持ちはよーくわかりますよ。アタシもね、小道具が別の花に代わっちゃったときは、ありゃ―残念だなーって思いましたもん。もういらなくなった花を見た旦那様が『処分していい』っておっしゃったときは、そりゃもうガッカリしましてねえ」

「旦那様?」

「この店の経営者の方ですよ」


 そっか、お店だもんね。経営してる人がいるよね。


「旦那様は現実主義っていうんですか? 『いらなくなったものを保管しておく必要は無い』との考えをもっておいでなんです。『その分の場所代がどれだけかかると思ってるんだ』なんて良くおっしゃいますよ。だから必要のなくなった衣装なんかは処分しちゃうんです。中古品として売ったり、再利用できそうな部分だけとっておいて残りを捨てたり」


 うーん、合理的だ。


「お客さんも知ってると思うんですけど、『まがりかえで通り』にはあれだけの劇場があるじゃないですか。その数だけ劇があって、しかも演目だって変わりますからねえ。“上演してる劇の衣装ならなんでも揃う”をウリにしてるうちの備品も、びっくりするほど多くなるんです。しかも当時の『約束の花束をあなたに』はそんなに人気もなかったですし、残しておく理由なんてなかったんですけどねえ」

「じゃあ、どうして残したの?」

「それはですね、お嬢様が反対したからです」


 お嬢様っていうのは、さっきから出て来る“旦那様”の娘さんなんだって。


「お嬢様は『約束の花束をあなたに』が無名だったころから、この劇がお好きでいらっしゃいましてねえ。それもあってこの小道具の花にも思い入れがあったみたいなんですよー」

「ふうん……」


 つまり僕はそのお嬢様のおかげで今こうして『暁の王女』らしき花を見ることができてるってわけだね。ありがとう、顔も名前も知らないお嬢様。

 それじゃ今はどんな花が舞台を彩ってるんだろうね。きっと今日のドネロン伯爵邸で見ることができ――。


 ん? 伯爵邸で?


 そこで僕は気がついた。

 花の話に気を取られてたから、もうずいぶんと時間を使ってる!


「あ、あの、そろそろ、着替えを」

「あー、そうですねえ。じゃあ、こちらを」


 にこにこする店員さんがハンガーラックから取ったのは、それはそれは派手なピンク色の服。

 え、それ、服だったの?

 本当に?

 カーテンとかじゃなくて?


「キレイな色でしょ? こういうキレイな色を着たら、失恋でしょんぼりしてるお客さんの心もパーッと晴れますよ!」


 うっ。またそういう余計なことを。


 でもこれは、キレイな色というか……なんだろう。

 もしも町中でこの服を着てる人がいたら、僕はびっくりして二度見する自信があるよ。そんな感じの色だ。

 もうちょっと落ち着いた色がいいんだけど、表に出て僕自身が選ぶ勇気はないし……そもそも化粧やカツラのことも考えたら、あれこれ試着する時間なんてない。


「お客さんは男性ですからね、アタシが着るお手伝いをしましょうかね?」

「い、いいよ。自分で着られるよ」

「だけど女性の服の構造なんて分かります?」

「分かる分かる大丈夫大丈夫」

「あらっ? 分かるんですか? あらあらあら、お客さんったら隅に置けないですねえ」


 何が?


 くふくふ笑うメイド……じゃない、店員さんをカーテンの向こうに押しやって、僕は急いで自分の服を脱ぐ。女性用の服を手に取って……うーん、本当にすごい色の服だ。僕がこれを着るのかあ……。

 なんて思ってたら、店の入り口とは反対側の扉が開く音がした。

 即座にコツコツという女性用靴音がしたのは様子を見に行った人がいるからかな。続いて女性の高い声も響く。


「まあ、旦那様。お久しぶりのお越しでいらっしゃいますね」

「うむ」


 渋めの男性の声が返事をした。

 なるほど。

 さっきからあの店員さんが話に出してた“旦那様”こと、店の経営者が裏口から来訪したわけだね。


「どうだね、最近の売り上げは」

「好調ですよ。よろしければ帳簿をご覧になりますか?」

「いや、今はいい。後で見せてもらおう」


 ……なんだろう。

 この男性の声、聞き覚えがあるような気がする。

 でも、まさかね。そんな偶然なんてないよね。きっと僕の気のせい……だよね。


「表には何組かお客さんがいらしてるようだな」

「はい、おかげさまで。今日も朝から大盛況です」

「なるほど。どれ、私も挨拶をしてくるか」


 男性用の低い靴音が表の方向へまわったかと思うと、扉が開閉する音に続き、妙に芝居がかった声が聞こえた。


「ようこそ、我が大切なお客様! 数ある店の中で、ここ『ゴールデン・ペタル』を選んでいただいたことをたいへん光栄に思います! あなたの夢をかたちにするこのお店で、ぜひ素晴らしいひと時をお過ごしください! オーナーである私ジェフリー・モートも、皆さまの夢を全力で応援させていただきます!」


 表で盛大な拍手が起きる中、カーテンのこちらにいる僕の頭の中は真っ白になった。


 ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃああああ!

 やっぱりジェフリーだったあああ!

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