第5話
うずくまるカメラをよそに、俺はカーテンへと近づき、少しだけ指でカーテンを開いて外を確認する。外には人の姿はない。
しかし、三人を狙った『ライフル』がどこかにいる、と考えることが自然だ。
なんの躊躇もなく三人に引き金を引ける人物。明らかに殺意があったのだ。
俺は玄関へと向かう。カギは簡素なもので、かけることは容易だった。
カギをかけて二人の元に戻ろうとすると、背後にアロハが立っていた。
「あんたいいやつだな。アキラは痛がってるけど、あれなら破傷風になったり壊疽したりしないもんな。恩に着るよ」
フッ。さっきまで殺そうと追いかけられてたヤツに感謝されちまった。カメラの名前は『アキラ』ってんだな。
アロハとともにカメラの元に戻る。カメラは幾分落ち着いたようで、縮こまった体勢から、いくらか楽な姿勢になっていた。
「ありがとよ。あんたのおかげだ」
「いやなに。山中を歩きづめで腹が減ったろう。何か食おう」
俺はリュックから、お菓子と缶詰を出した。本来は自分一人でのキャンプの予定だったので、それほど持ち合わせはないが、少しでも腹が膨れればいいだろう。
アロハもカメラも、俺に感謝して、チョコとクッキーとサバ缶を食べた。そして顔を上げる。
「俺、佐々木ユージってんだ」
アロハの自己紹介。それにカメラが続く。
「俺は佐川アキラ。ユージとは幼馴染みなんだ。お互いにバカやって、不良みたいな真似してよ」
それにアロハは同調して笑う。
馴れ合いか……。この緊張した極限状態の中で、何か話してれば気が紛れるのだろう。気持ちは痛いほど分かる。俺はさっきまで一人で戦っていたのだから。
「そうそう。そんで高校中退してよ。大山とデカイことしようってツルんでさ」
「ま、大山はスケールがでっかくて、ヤクザな知り合いもいたし、アイツにくっついてりゃ、繁華街を肩で風切って歩けたんだ」
そこまで言って、二人とも数秒黙った。
「……ま、大山はあんなことになっちまったけどよ」
「うん……」
俺も黙った。ほんのさっきの出来事。大男は顔が吹き飛んで死んだ。ライフルは、この三人を狙ったのだ。
この無人な山の中に、ライフルが潜んで狙っているのだ。
「あんたは?」
アロハの質問。これは二人に続いて自己紹介せよということだろう。俺は少しばかり躊躇した。
「俺の……名前、か」
「そうそう。あんたをなんて呼べばいい?」
「俺は綺羅っていうんだ」
「へー、綺羅かぁ」
「なんか、キラキラネームっぽいな」
「いいじゃないか。人の名前なんて」
「で? 名字は?」
「そうそう。綺羅の名字は何て言うんだ? そっちが呼びやすかったらそっちにするよ」
「それは……」
「うんうん」
「はいはい」
「尻在っていうんだ」
「尻? ケツの尻かよ」
「プププ。いてててて」
人の名を聞いて笑ったカメラことアキラは、手の傷に響いたようだった。まったく。何が面白いってんだ。
「さて……。これからどうする?」
アロハことユージが聞いてきた。俺は自分の考えていることを言う。
「今日はここで休んで、明日早いうちに車に向かって出発しよう。ライフルの正体はどんなやつだか分からないが、俺たちには逃げることしか出来ない」
「車までは、どのくらいなんだ?」
「ざっと四時間くらいか? 途中の景色を楽しみながら来たから、結構遠いところに停めて来てしまったんだ」
「そうか……」
俺たちのいるこの場所には明かりがない。さっきのコンロは消してしまった。山の中で明かりは大変目立つ。そこをライフルに狙われたら危ないと思ったからだ。
雑談は気をまぎらわせる。さっきまで殺される側だった俺と殺す側だったユージとアキラが談笑していた。
いつもならまだ寝るには早かった。アキラはことあるごとに失った左手の苦痛に耐えていたが、一人だったらもっと痛かった。二人がいて良かったと言ってくれた。
そのうちにユージが、この家の中を探索してみようと言った。一階は先ほど見て回ったが、この家には二階がある。
暗い二階には誰も行きたがらなかったが、二階は大抵寝室があるはずだ。布団なんかもあるかもしれないと言ってきたのだ。
なるほど、それもそうか。まぁ、布団や毛布があったところでノミやダニだらけだろうが。
ギシギシと音を立てて、三人で階段を上る。その頃の俺たちは、くっつきあって談笑していた。
その時までは──。
二階には三室あったが、最初の一つはドアが開け放しでガランとしていた。開けっ放しのせいか、床が汚れていた。
二つ目は引き戸でカーテン以外は何もない部屋だ。ホコリだらけだ。
そして三つ目。一番奥の部屋はドアが閉じられている。アキラがドアに手を掛けて開く。そこには。
そこには──。
俺たちは戦慄して息を飲んだ。その部屋の中央には椅子に縄でくくりつけられた、女性の白骨死体があったのだ。