第4話
ともかく、じっとしてはいられない。急がなくては。
二人が言うには、ここにいてはまたライフルの的になる、とのことだった。確かに、この場所は木立の切れ間がある。狙われるには充分な場所だろう。
大男は、上顎から吹き飛んでなくなっている。血に混じって歯と舌が見えていた。
仲間の二人はガチガチと歯をならした。
ふと気づいた。大男の死に気を取られて気付かなかったのだろう。恐怖で麻痺して痛みも感じていないと思われる。
カメラの左手は薬指と小指が吹き飛んでなくなっていた。あの時の銃声は三発。つまりこの三人を狙っていた。
大男の頭とカメラの左手半分を撃ち抜いていたのだ。もう一発は反れたのだ。
「ひ、ひ、ひ、ひぃぃいいいい……」
カメラは自身の左手の惨状にようやく気付いたようで、手を被いながら力なく泣いた。
それでもアロハはオロオロしていたので、俺は見よう見まねで自身の肌着を破り、止血をしてやった。それにカメラは恐縮してお礼を言ってきた。
「す、すまない。さっきまで、追い掛けてたアンタにこんなに優しくして貰えるなんて……」
「いえ、礼なんて今はいいです。急ぎましょう。ここにいたら危ないのでしょう? 取り敢えず、廃屋がある集落に戻りましょう。もうすぐ日も落ちますし」
俺は立ち上がって案内するように、二人に背を向ける。しかし二人は納得行かないようだった。
「く、暗くなる前に車に行ったほうがいいんじゃないか? ライフルを持った殺人者がいるんだぞ?」
「そ、そうだ。それに、俺の左手を早く病院で治療して貰わないと」
俺は呆れて溜め息をつく。そしてそれに答えた。
「なに言ってるんです。このまま夜になってごらんなさい。方角も分からずに車にたどり着けず、それこそ殺人者や熊の餌食になるだけですよ。それに、あなたたちは軽装で水も食料も持ってきてない。集落に戻って、俺の荷物を取り戻せば、上着の代えや飲み物にお菓子だってあります。今夜はましな廃屋で一夜を明かさなくてはいけませんよ」
俺の言葉に二人とも大きく頷いた。
「そ、そうだな。あんたサバイバルに慣れてそうだ」
「あんたに着いていけば間違いなさそうだ。頼む、連れてってくれ!」
俺たちは、身をかがめながら出来るだけ茂みを選んで集落へと向かった。途中、山鳥が飛び立つのにビクつきながら。
やがて集落が見えてきた。二人は開けたところとか、道なんかは狙われるから避けたほうがいいというので、その通りにした。
まずはカメラの手の応急措置をしてやらねばなるまい。ここまで来る間にも、痛いので、何度も呻いていた。アロハは肩を貸してやったり、慰めたり励ましたりしていた。コイツらにも美しい友情があるのだ。
アロハは、俺の荷物やスマホを置いてきた廃屋を指差した。俺は辺りを警戒しながら、それを引っ付かんで二人の元へと戻る。なんとか無事だ。三人揃って安堵の息を漏らした。
しかし俺たちの顔には疲労の色が濃く出ていた。それはそうだろう。俺はさっきまで死の危険にさらされていた。カメラは負傷し、大男は死んだ。アロハだって現在の状況に当然追い付けていない。
さっさと休める場所を探さないと。
辺りを警戒しながら見渡す。どれもこれも破れた家屋だ。廃屋なのだ。中には潰れたものさえある。
蔦に覆われ、屋根には穴が空いている。しかし、その中に一つだけましなものがあった。
赤い屋根の家だ。廃村になる少し前に建てられたのかもしれない。一番新しかった。
俺はそれを二人に指差す。二人は声を出さずに頷いた。
急がねばなるまい。さっきまでの俺は三人に追われていたが、別な殺人者が現れたという構図だ。
三人で辺りを確認する。俺たち以外の動きはない。俺たちは目的の赤い屋根の家屋へと急いだ。
家の回りはブロック塀で囲われていた。その中は草だらけだったが、玄関までたどり着くことは容易だった。
扉にはカギがかかっておらず、俺たちは何とか入り込むことが出来た。
アロハがスマホのライトをつける。中は片付いており、ホコリもそんなに溜まっていない。
俺たちは土足のまま、その中に上がり込んだ。アロハとカメラはようやく安心したのか、二人で固まって、家の中を物色し始めた。
食べ物はなかったが、キレイな包帯があったようで、喜んで俺に見せてきた。俺はその間、携帯コンロを出して、火をつけていた。そしてカメラへと言う。
「包帯を巻いたって、通気性が悪くなって傷は悪くなる一方だよ。山の中だし、どんな菌が付着したか分からない。焼いたナイフで傷を焼いて消毒しよう」
カメラは完全に固まっていたが、アロハは賛同してくれた。俺はナイフを焼きながらアロハへと言う。
「押さえといてくれ。暴れられたら何度も痛い思いをしなくちゃならない。それから──、キミは大声出すなよ? 外に『ライフル』がいたら気付かれるからな」
俺は外にいるであろう殺人者を『ライフル』と名付けた。二人とも分かったようだが、カメラは身を固くしていた。
そして、震えるカメラの左手にある傷にナイフの焼いた腹を押し付ける。
カメラは『ぐっ』と唸ったが、足もバタバタさせず、こらえた。傷は広い。一度では足りず、計四度カメラの左手を焼いた。赤黒く染まった左手を抱いて、カメラはそこにうずくまってしまった。