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第10話

 ユージと俺はアキラを担ぎ、アキラはケンケンと土を蹴る。結構いいスピードだ。

 葛の茂みを出て、辺りを確認する。この位置から見える小高いところにあるのが廃道だと思われる。かなり廃村からは離れたはずだ。


 ドローンの姿はない。まだどこかで俺たちの姿をセンサーで探しているかもしれないが、アイツにはプロペラ音がある。その時はまた何かの茂みに隠れてやり過ごせば回避できるはずだ。

 とにかく沢だ。なにより二人が楽しみにしている。まあ沢蟹もうまいものではあるが……。


 ライフルから逃れられたという気持ちからだろうか? 足取りは軽くなり、夕方近くには沢を見つけることが出来た。俺とユージは喜んでそこに飛び込む。わずか50センチ幅の小さな小川だ。水位も低いが水を汲んでアキラに与えた。

 タオルに水を含ませてアキラの汚れを拭き取り、傷を押さえているタオルも新しいものと交換し、汚れたものは洗った。

 澄んだ水に、俺もユージもたっぷりと水を飲んだ。


「お! カニいる!」


 俺が石に隠れる蟹を捕獲すると、ユージもアキラもキラキラした目でそれを見たが、案の定ガッカリした後で、大きく笑った。

 そこで火を熾して石を焼き、そこに沢蟹を投じた。石焼だ。カラカラになるまで焼くのだ。

 だがアキラには別なものを用意せねばなるまい。鼻も折れ、口も大きく開けることは困難だ。あまり熱すぎるのも良くないだろう。

 リュックの中を探すと、バランス栄養食のクッキーがあった。水分が必要なものだが、ここには豊富に水がある。アキラも喜んで食べていた。

 ユージは沢蟹にハマったらしく、自分でたくさん取って火の中に投げ入れては食べていた。

 そうして夜になっていった。


 俺たちはまるでキャンプ気分だった。もうすぐ車が近いというのもあったろう。

 アキラはそう考えるとあちこちが痛みだしてきたと笑った。


「だけどよ、すぐに病院にかかるんだ。入院するとは思うけどよ。退院したら、絶対に普通の仕事に就くよ。大型の運ちゃんなんていいな。ちゃんと免許取ってよ」

「へー、夢があっていいな」


「キラは?」

「ん?」


「なんの商売してんだ?」

「俺? 俺は普通のサラリーマンだよ」


「普通のサラリーマンかぁー」

「なんだよ。そういう仕事がいいんじゃなかったの? ユージはなにするんだ?」


「俺はキャバのボーイとか?」

「なんだそりゃ。あんまり普通じゃねーじゃん」


「いや、紹介してくれる人もいるしよ。それに女の子がいっぱいいるじゃん?」

「そーゆーとこだからだろ?」


「あとはパチ屋のスタッフとか?」

「まー夜の仕事よりかはいいのかな?」


 そんな話をしながら、俺たちの夜は更けていった。




 朝起きると、またもや白いモヤが立ち込めていた。ここで動けばライフルには見つかり難いかもしれないが、逆に昨日のような事故が起きるかもしれない。

 ここはモヤが晴れるのを待つべきだ、と二人に言うと同調してくれた。

 アキラは、焚き火に小枝を投じて火を燃やし、ユージはまた沢蟹を採った。

 バランス栄養食は、まだ二本ある。朝食分あれば車に間に合うだろう。そこから山を急いで下って……。


 ともかく、この山から早々に脱出だ。そうすれば元の日常に戻れるんだと、二人に話した。

 二人ともそれを笑顔で聞いていた。


 俺はそこで、二人の前から離れた。人間誰しもおこる生理現象だと言って。

 二人が見えるくらいのところの藪に入り、ズボンの前を開けて取り出すと、木の影から狙いを付ける。


 その時──。この朝の静寂を破るかのような音が鳴り響いたのだ。


 ドバンっ!!


 小鳥たちが騒ぎ立てて飛び立つ。この音、聞き覚えがあるぞ?

 そう、ライフルの音じゃない。これは、二人の仲間だった大男の改造銃の音だ。


 二人のほうを見る。先ほどまで談笑していた二人の姿を。

 しかし、そこには頭部を銃弾で失ったアキラの姿と、その血を被って放心状態のユージの姿だった。


 さらに音が聞こえる。朝もやの中から、プルプルプルプルと……。あのドローンだ。


 それは放心状態のユージと、もはや生きている人間では無くなったアキラのいる場所を空中から眺めているように止まっている。


 ユージはただ、されるがまま。ジッと血が吹き出しているアキラの姿を眺めていた。


「バカ! 早く隠れろ!」


 俺は藪から飛び出し、ユージへと走る。もはや荷物など構ってはいられない。

 車の鍵はポケットの中だ。それさえあればなんとでもなる。

 ユージの手を掴んで、沢を飛び越え対岸の茂みの中へと、そのまま突っ込んだ。


 そしてそのまま走る、走る、走る。


 ドローンは、茂みに入ったことで追ってはこなかった。しかし、アキラを撃たれるほど、あんな至近距離までライフルは近づいていたのだ。

 それを撮影して楽しんでいるのだ。

 ユージの手を引っ張ってはいるが、足取りが重い。


「ユージ! 大丈夫か?」


 するとユージは、足を止めて繋いだ手をそっと放してしまった。


「アキラが……、死んじまったよ……」


 そして顔を伏せたまま、しゃくり上げた。


「そうだ。でも俺たちはまだ生きてる」

「俺は……、もういいよ」


「な、何を言って……」

「アキラとは、親友だったんだ。小さい頃からずっと一緒だった。俺の父ちゃんは、俺と母ちゃんを置いて出ていっちまった。アキラの家もほとんど同じ環境だったけどよ、いつも頼りになる存在だった」

「そうか……」


「だからアキラのそばにいてやりたい。お前だけでも行ってくれ」


 ユージ。あの沢に戻るというのか? たった一人で……。

 気持ちは分かるが、それじゃいけない。ユージは今、感傷的になっているだけだ。一時の感情。それに流されてはダメなのだ。

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