第1話
「ふぅ」
俺は汗を拭ってひとつ息を吐いた。慣れたとはいえ山道を歩くのは疲労がひどい。
俺の趣味は誰も使わなくなった廃道を入って、住む人のいなくなった廃村を見に行くことだ。
今週も細い舗装された道の路肩に軽自動車を止めて林道に入り、そこから廃道へと足を踏み入れた。
廃道は木の葉が積もって木々が生い茂り、倒木なども道をふさいでいる。すでに道の意義を失って久しく、ほぼ山肌だ。
「こんな場所に人が来るわけないよな」
今日行く場所は昭和60年代に人口がゼロになった山村だ。相当不便な場所だったのだろう。
途中に石垣があったが、家らしきものはなくなっている。おそらく木造家屋が倒壊して朽ちてしまったのだろう。
スマホを出して目的地を確認する。当時、住宅が密集していた場所はあと15分ほどだ。
廃道を進んでいくと、こんな山奥から声がしたのでゾッとした。
足音を潜めようにも木の葉や小枝を踏む音は意外と大きい。
引き返すか?
いや、せっかくここまで来たんだ。
俺は自分に大丈夫だ、気のせいだと言い聞かせて前に進んだのだった。
目的地に近づくにつれ、それは二人の男の声だと分かった。楽しそうな若い男で、それほど危険だと感じなかったのでホッとした。
向こうもこちらの足音に気づいたようで、様子を伺い、声を潜めたようなので俺は数十メートル離れた丘から声をかけた。
「こんにちわ!」
「あ~、こんにちわぁ」
そこは目的地の古い住宅地だった。奇跡的に何軒も家屋が残っている。
男たちは撮影機材を持っていて、こちらにカメラを向けてきた。
「あれ? なんですか? テレビの人?」
「いやぁユーチューバーなんですよ。新参のね」
「へぇ。有名な方ですか?」
「いや。まだアカウント取り立てで。フォロアー0の、投稿0です」
そう言って男たちはニヤリと笑った。何かおかしいと直感した。俺はその場で立ち止まる。彼らは丘の下だが二人もいる。何かあったら逃げ出せる体勢はとらなくては。
考えていると男たちは言う。
「こんな廃村に観光ですかぁ?」
言葉は友好的だ。しかし、コイツらはなんなんだ? ファッションをよく見る限り、アウトローな感じだ。指や首にはゴテゴテした銀細工に、腕には袖口からタトゥーが見える。そんな輩がなぜこんな場所に? 俺は少し身を丘に引っ込めつつ質問する。
「あなたたちは──、なぜこの場所に?」
「いや、動画の撮影ですよ」
「なんの動画です?」
「ホラ、こうして山の中のね。あなたは?」
「私は廃屋の探訪が好きなのです。もう目的も達成したので帰ろうかと」
「ああ、それなら是非。下りてきてくださいよ」
冗談じゃない。危うきに近寄らずだ。俺は音を立てずに後ずさろうとしたが、その時だった。
ガサガサガサ!
大きな茂みを掻き分ける音に思わずたじろぐ。すると、俺より20センチは高かろう大男が現れ、肩をガッチリと捕まれたのだ。
その男は下の男たちに呼び掛ける。
「おおい、捕まえたぞぉ。痩せっぽっちの優男だ」
「ひっ!」
思わず声が漏れる。それに大男は笑った。
「へっへーん。こいつビビりだ。おーい、コイツちょうどいいぞぉ」
イヤな汗が流れる。無法な連中なのだとピンと来た。なんとかコイツの縛めから逃れてクルマに戻らなくては──。
しかし、ソイツはズボンの尻ポケットから黒いものを引き抜いて俺の頬に押し付けた。
拳銃──!?
「へっへっへ。なんで鉄砲持ってんだ? って思ったろ? 思っちゃったろ? 逃げようとなんて思うなよ? もう少しだけ生かしといてやる。それ、そこから下に下りろ」
大男に指示されたところには草だらけの石段がある。
このまま、下の仲間のところに連行されてしまう。逃げようにも拳銃が突き付けられていては……。
石段を下りることが、こんなに長く感じるとは思わなかった。普段階段を下りるときには駆け足ぎみにタンタンタンと下りていたのに。
少しだけ生かしてやる? やはりコイツら、俺を……。
「よう。どうだ、コイツ」
「ちょうどいいじゃん」
「逃げないように押さえとけよ」
やっぱり。俺を殺すつもりなのだ。そして、あのカメラで撮影する? バカな。ここは日本だぞ? 世界に類を見ない安心と安全の国。その裏側にこんなことがなされるなんて。
下にいた男の一人はアロハシャツを来ている。もう一人はカメラを構える男。そして、拳銃を持ち俺を押さえている大男だ。
俺は今から起こることを想像し、必死に命乞いをした。
「ど、どうか勘弁してください。家に帰ればお金があります。それを差し上げます」
「ふーん、いくら?」
「百……二十万くらい」
「へー、結構もってんじゃん」
男たちのニヤニヤは止まらない。そしてアロハは友好的に言う。
「いやさぁ、この鉄砲、改造ガンなんだけど、結構威力あんだよね。だから山ン中にいる獣でも撃とうって思って来たんだけど、なかなかいないもんじゃん?」
「は、はい」
「でさー、人でもいたらそれでもいいなぁって、さっきちょうど話してたのよ。俺たちヤクザの先輩もいるしさぁ、ツテは有るわけよ。ウワサに聞いたことない?」
「ど、どんなですか?」
「殺人動画」
もんろんある。ネットのウワサ、都市伝説。裏で出回っているとかの話だ。
そういうのに快楽を感じる金持ちがいるのだ。AV感覚で見るのだろう。
「多分さぁ、そう言う動画って好事家が高く買ってくれると思うんだよね。百二十なんて吹き飛ぶくらい。それにお兄さん、俺たちの顔見ちゃったしね」
その話の間、カメラは俺の姿を撮り続け、大男は俺のズボンから財布とスマホと車の鍵を抜き取りアロハの足元に投げ、俺を土の上に転ばせてリュックを剥ぎ取り、背中を踏みつけた。
「カギはこっちにあるしさ、逃げようにも俺たち倒さないと逃げれないでしょ? それは無理っしょ。でもまぁ、そーだな。逃げるのを撃つのも面白いのか?」
三人は下品に笑う。そして、背中の足はどけられた。
「さぁ、十秒待ってやる。逃げてどこかに隠れろ。さぁ行け!」
十秒? たったそれだけでどこに逃げろと? しかし、迷ってる暇はない。俺は素早く立ち上がって三人の男に背を向けて走り出した。