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幼き日の五目おにぎり

作者: はやはや

 今でも、ふとした拍子に思い出す。


 アルミホイルに包まれた、手のひらより少し大きめのおにぎり。それをめくると、出汁の染み込んだご飯に、お揚げ、鶏肉、にんじん、ごぼう、大豆が混ざった五目おにぎりが顔を出す。



 幼なじみの紫衣しいちゃんのお婆ちゃんが作ってくれる五目おにぎりが、私は好きだった。


 紫衣ちゃんのお婆ちゃんは、手先が器用だった。

 紫衣ちゃんが着ているワンピースとか学校用の手提げ鞄とか、上靴入れとか、全てお婆ちゃんの手作りだった。でも、野暮ったくはなく、可愛くて素敵だった。


 紫衣ちゃんが持っていた、うさぎのキャラクターがついた布地の手提げ鞄が可愛くて「いいなぁ」と言い続けたら、お婆ちゃんは私にも同じ物を縫ってくれた。


「これお婆ちゃんが作ったから、よかったら使ってやって」


 と紫衣ちゃんのお母さんが手提げ鞄を持って来てくれた。私は大喜びした。まさか、作ってもらえるなんて。紫衣ちゃんのお婆ちゃんに、心の中でお礼を言った。

 その時に「これも食べてやって」と、アルミホイルに包まれた、歪な形の丸い物を幾つか渡された。


 アルミホイルの中に、五目おにぎりが入っていると私は知っていた。それまでにも何度となくもらっていたから。素朴な味が、食の細かった私には優しくて、それだけは丸々一個食べられるのだった。

 紫衣ちゃんのお婆ちゃんが作る五目おにぎりは、私の好物だった。


「食べていい?」


 と母に尋ね、早速アルミホイルをめくる。

 一口齧って「そうそう。これこれ」とにんまりする。

 冷めて少しベタついているご飯、鶏肉がころんと口に入る。にんじんとこぼうの柔らかい食感。大豆の歯触り。

 いつ食べても変わらない味。毎回、これだけ同じ味に仕上げるなんて、すごいなと思っていた。


 あんなにちょくちょくもらっていた、五目おにぎりだったけれど、紫衣ちゃんと私が中学生になる頃には、全くもらわなくなった。でも、お婆ちゃんの体調が悪いわけではなく、元気らしかったので、それでいいと思っていた。


 そして、自分の学校生活や進路、受験に手一杯になり、五目おにぎりのことは、頭からすっかり消えた。


 紫衣ちゃんとの距離も、中学入学と同時に遠くなり、別の高校に進学したし、その後、紫衣ちゃんは海外の大学に進学したので、全く接点がなくなった。



 ⌘ ⌘ ⌘


 紫衣ちゃんが、海外から戻って来ると、突然聞いたのは、大学卒業を控えた頃だった。癌が見つかったのだ。

 全摘手術を受けたくらいだから、病状は深刻だったにちがいない。


 それでも紫衣ちゃんは回復した。定期的な通院や検査は必要らしいけれど、私と同じように社会生活を送っている。


 紫衣ちゃんが元気になって束の間、お婆ちゃんが亡くなった。かなり高齢だから、大往生だった。

 まるで、紫衣ちゃんが元気になるのを見届けてから、旅立ったように思えた。


 ある日、自分の部屋を片付けていると、机の一番下の大きな引き出しの中に、あるものを見つけた。


―― うさぎのキャラクターがついた布地の手提げ鞄


 そっと取り出す。小学生だった私が使い込んでいて、布地は所々ほつれている。その時、不意に歪な丸い形のアルミホイルを思い出した。


 あの五目おにぎりを作ってくれる、お婆ちゃんは、もういないのだと。二度と食べることはできない。

 別の誰かが真似して作ることはできる。でも、お婆ちゃんが握ってくれた、()()は永遠に食べられないのだ。


 そう思うと、胸がきゅっと傷んだ。


 戦中、戦後の厳しく苦しい時代を生き抜いてきた、お婆ちゃんの手。その手で握られていた五目おむすびに敵うものはない。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人が亡くなったと聞いた時、もちろん悲しみがありますけれど、その方にまつわる物をとおしてぐっと身近に感じ悲しみも深くなることがありますよね。 悲しいけれどとても心があたたまるお話でした。 読…
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