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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
一章
8/61

不安

 

 □□□



 眠れなくて、男は目を開けた。


 小さな、客間とは凡そ呼べない部屋の中。

 真ん中に置かれた衝立の向こうでは、神楽が眠っている。


 山小屋の中で寝過ぎたせいだろうか。


 しかしその後も神楽と一緒に雪山の中を歩き詰めだったし、妖怪とも戦ったし、それなりに疲労は溜まっている筈なのに。


 小さく溜息を吐いて、男は片膝を抱えた。

 次いで、自身の右手をそっと眺める。


 ――自分は一体、何者なんだろう。


 男は自然とそう考える。


 記憶もなく、雪山に倒れていた……明らかに、人ではない何か、の自分。


 人ではない、なら……妖怪、なのだろうか。

 それも……“人の姿を取れる”妖怪。


 妖怪にも、色々ある。

 蜘蛛や蛇と言った蟲の姿をしている者だったり、草木や花の姿をしている者だったり。


 人間と、寸分違わぬ姿をしている者も、在る。


 どんな姿をしていようとも、共通しているのは好物が生き物であることと、一番怖いのは、何処から見ても人間にしか見えない姿をしている妖怪だということ。


 そして――その妖の頂点に立つと言われている種族こそが、“鬼”と呼ばれる者達だった。


 “焔獄鬼”とは、かつての日ノ本で、“最強の悪鬼”と呼ばれ恐れられた鬼。


 如何な強大な妖も、如何な強大な鬼でも、決して彼の鬼を斃す事も、対抗する事すら敵わなかったという。


 そんな鬼が、この村のすぐ近くに封印されている。


 神楽は、その鬼に興味があるのだという。


 長老は何処か不思議そうな顔をしていたし、名無しの男も、神楽のその言葉に違和感を覚えずにはいられなかったけれど、とにかく神楽は、もう暫くこの村に滞在させて欲しいと言っていた。


 少々医術の心得があるから、村人達の治療に手を貸す、と言って。


 成り行きで自分も神楽と共にここに留まることになったが、自分はこれから、どうすればいいのだろう。


 このままずっと、神楽と行動を共にしていて、良いのだろうか。


 神楽は、この村までは連れて行くが、後の事は自分でどうにかしろと言った。

 だが、村の住人ではない上、人間でもない自分は、行く宛もこの先の目処も何もない。


 ぐるぐると色んな事を考えては、溜息を漏らす。

 ――と、その時。


「……!」


 ふと、障子の向こうに人の気配を感じ取って、男は微かに目を瞠る。


 神楽を起こさないよう気を付けながら障子を開けると、ちょうど、誰かが提灯を手に長老の家に入って来るのが見えた。


 それは二人三人と続き、途絶えた頃、男は気配を殺して廊下を歩きだす。


「……そうか、静婆さんがな」


 声が聞こえたのは、先程長老と話をした部屋の辺りだった。


 淡い光が障子を照らしていて、中に集まっているのだろう人々の影を浮かび上がらせている。

 男は部屋の脇まで寄り、聞き耳を立てた。


「りんの事が余程堪えたんだろう。あの後すぐに体調が急変して、さっき……」


「りんはまだ十五になったばかりの女子だったのになぁ……何て不憫な……」


「静婆の奴、自分のせいでりんは殺されちまったんだ、とも言ってたしな」


 会話の気配から察するに、静、という老婆が一人先程息を引き取ったらしかった。


 神楽が届けた遺体、りん、と呼ばれた娘の祖母といったところだろうか。


「長老、この村は一体どうなっちまったんだ。聖様が鬼神様を封印したお陰で、ここは永劫の平穏が約束されてたんじゃねえのか」


「なのに最近病でどんどん村人は死んじまうし、畑は枯れるばっかで雨もなかなか降らねえ。このままじゃ、この鬼神村は乾涸びちまう」


 集まっているのは村の男達のようだった。


 不作と飢饉に喘ぐ彼等は、既にその心労と不安が限界まで達しているらしい。

 その不安は、誰かが口にすればあっという間に室内に充満し、外にいる名無しの男にも伝わって来る。


「もしかして、聖様の張った結界が消え掛かってんじゃねえか?」


「有り得るな……だって聖様が鬼神様を封印したのは、もう百年以上前だって話だし」


「結界の力が弱まって消える寸前って事か? そんで、浄化される筈だった瘴気がそのまま漏れ出して、村を蝕み始めてるって?」


「……或いはそういう事なのかもしれん」


 長老は深く重い溜息を零しながらそう言った。


「考えてみれば、稀代の戦士とはいえただの人間が張った結界じゃ。そう長く()つものではなかったのかもしれん。鬼神様にしても、斃された訳ではなく封印されただけじゃ。もし、封印の力さえも弱まって来ているとすれば……」


「ちょ、ちょっと待てよ長老! それじゃあ下手すりゃ鬼神様が怒って、目覚めて村を襲いに来る可能性も……っ」


 両腕を組んで最悪の事態を想定する長老に、男衆の一人が悲鳴にも似た声を上げた。


「……そうならんように、何か策を考えねば」


「策ったってよぉ……」


「……い、いっそ……封印されてる今のうちに鬼神様の息の根を、完全に」


「お、おい、そりゃいくら何でも……!」


「だってよ……!」


 話はどんどんと不穏な方向へ進んでいく。

 ああでもないこうでもないと半ば不毛な議論が繰り広げられていたが、やがて、長老が少しだけ声を荒げて皆を宥めた。


 結局その場は何の対策も打ち出せないまま解散となり、男達は松明を手に重い足取りで去っていく。


 一連のやり取りを聞いていた名無しの男も、取り敢えずは部屋に戻る。


 神楽はまだ眠っていたが、今見聞きしたことは明日話すことにして、男はもう一度布団に潜り込んだ。






 翌日、起きると陽が高かった。


 体を起こして室内を見回すと、衝立は部屋の隅に、その向こうで寝ていた筈の少女の姿もない。


「……?」


 半ば困惑して寝間着のまま廊下に出て台所に向かうと、神楽より少し歳上の女が水仕事をしていた。


「あ、おはようございます。と言っても、もうすぐ昼時なんですけど」


 男の気配に気付いた彼女は、明るい笑顔でそう挨拶してくれる。


 もうすぐ昼時、という言葉を聞いて、寝過ごしたことを知り、男は少し恥ずかしくなる。


「余程お疲れだったんでしょう。朝食をお持ちした時、神楽様が“このまま寝かしておいていい”と仰ってましたよ」


 男の心を読んだかのようにそう言う彼女――確か名前を琴と言ったか――に、男は気不味そうに視線を落とす。


「……その神楽は、何処に?」


 小さな溜息交じりに琴に問えば、笑みを崩さないまま「鬼神様の山に行かれました」と言われた。


「お腹空いてらっしゃいますでしょう? 何か召し上がりますか?」


 こてん、と首を傾げながら琴は問う。

 男は、再び溜息にも似た息を吐いて、「いや、良い」と半ば投げ遣りに答えた。

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