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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
一章
7/61

封じた者

 

 ――それは、日ノ本に言い伝えられる伝説の鬼だった。


 生まれ落ちた瞬間より、この世の如何な生き物よりも、妖よりも強大なる力を有し、本能のままに破壊と殺戮を繰り返す邪悪なる鬼。


 この世で最も恐ろしく、最も悍ましいその鬼は、いつしか人の世で、妖の世で、“最強の悪鬼”と呼ばれた。


 だが、今から百年以上前、その“最強の悪鬼”に立ち向かい、見事封印してみせた者が在った。


 焔獄鬼と三日三晩渡り合い、重傷を負いながらもその人物は、自身の持てる全ての力を以って彼の鬼を封印。


 彼の鬼の持つ強大なる瘴気を浄化し、浄化し続けながら付近の村を永劫守り続ける為の結界を張ったという。


 その地こそが、この、“鬼神村”


 浄化され続ける瘴気に守られ育まれた、秘境だった。


「……と言ってもそれはもう、昔の事ですじゃ」


 言いながら、長老は疲れ切ったような溜息を零した。


「封印された鬼を、儂等は“鬼神様”と崇め、代々祀って参りました。お陰でこの辺りは大きな災害や飢饉に見舞われる事もなく、妖怪達の襲撃を受ける事もなく、穏やかで平穏な村として生存しておれました」


 長老は自身の娘が運んで来た茶を啜りながら、力なく言う。


「しかしどういう訳かここ数年、この村で突然疫病が流行り始め、日照りが続き、畑は次々と枯れ……多くの住人が病や飢餓で死んでいきました……」


 つい数日前には、母親の乳が出ず、赤ん坊が生まれてたった数日で死に、母親も後を追うように死んだ。


「鬼の瘴気により守られる村、などと……今となっては昔の事ですじゃ……」


 このままでは、いずれ村自体が枯れ果て、全滅するだろう、と長老は言う。

 絶望を通り越して失意に沈む瞳で。


「以前は、旅人が立ち寄ったりなどもする、それなりに穏やかで明るい村だったんですが……」


 そうして長老は、茶を飲み干すと同時にそう締め括った。


「しかし驚きましたな。鬼神様の噂など、とうに廃れて消え去っておるものとばかり思うておったんですが……」


「……いいえ」


 淋しそうな苦笑を漏らした長老に、そこで神楽は静かに首を振った。


「私が聞いたのは――その“焔獄鬼”を封印した人物の話です」


「……、」


 静かな言葉に、長老も名無しの男も軽く目を瞠って神楽を見遣る。


「“最強の悪鬼”と恐れられる鬼に単身戦いを挑み、三日三晩にも及ぶ死闘を繰り広げ、互いの力尽きる直前、彼の鬼を封じることに成功した稀代の戦士」


「その方の話ならば儂も知っとります。当時はまだ年若い青年であった、とか……確かお名前は……」


「――(ひじり)


 ――どくん。


 その名を、聞いた、刹那。

 神楽の後ろで、名無しの男の心臓が、一度、大きく波打った。


 同時に、手にしていた湯呑みを取り落として、畳の上に茶が零れてしまう。


 だが男は、そんな事を気にする余裕などない程に、動揺していた。


 今、神楽が、口にした名前が、その響きが、男の何かを酷く刺激する。

 瞬間、頭の中で急に声が響く。


(――もしも……が、……て、……は)


「おい」


「っ」


 頭痛さえ覚える程の鼓動と耳鳴りを一瞬で掻き消したのは、神楽の声だった。

 はっとなって俯いていた顔を上げれば、男の方を無機質に見遣る神楽と、少しおろおろとした様子で見ている長老の顔が目に入る。


 口から少し浅い呼吸が漏れて、心臓が未だ通常より速い間隔で鼓動を刻んでいる。


「どうした」


 神楽が問う。


 短く、静かに。


「い、いや……何でも、ない……すまぬ、ちょっと、手が滑った……」


 咄嗟に男は無理矢理口元に笑みを浮かべて、苦しい言い訳をしながら取り零した湯呑みを震える指先で拾い上げた。


 全身に汗が噴き出していて、気持ちが悪い。


 何故、こんなに動揺しているのだろう。

 見ず知らずの誰かの名前を、神楽が呟いた、それだけの事で。


「大丈夫ですか?」


 長老が駆け寄って来る。

 男は無理な笑みのまま、もう一度彼にも向かって詫びた。


「ああ……すまぬ、畳を汚してしまったな」


「いえ、そのような事お気になさらず。お召し物が汚れてしまいます。どうぞそのまま」


 着物の袖で畳を拭こうとした男を慌てて止めて、長老は廊下へ続く戸を開けて娘を呼ぶ。


「長老様」


 少し乱れた空気の中、神楽が再びそれを払拭するような声で長老を呼んだ。


「はい」


「“焔獄鬼”が封じられている場所は、何処ですか?」


「鬼神様が封じられている所、ですか……?」


「ええ」


「東の山の中腹辺り、と言い伝えられとりますが……何故、そのような事を……?」


 ここへ来て、長老は神楽に対し微かな警戒と疑念を表してみせる。

 だが神楽は、それに何ら動じることも何か適当な言い訳染みた事を言うでもなく。


「少々、興味があるだけです」


 と、答えた。


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